夜も更け、月の光に照らされたホテルの中で、ヴァーニィとロードノスフェクトの戦いは尚も続いていた。
「づあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」
ヴァーニィとロードノスフェクトは半壊したホテルの中を忙しなく動き回りながら戦っていた。壁を粉砕し柱を切断し、殴り合った衝撃で窓ガラスや扉が吹き飛んでも尚互いを攻撃する事を止めなかった。互いに高い回復力を持っている為殆どノーガードの殴り合いに近い戦いとなっていたが、そんな中でもヴァーニィはロードノスフェクトの攻撃を防ごうと言う意志が感じられた。ロードノスフェクトに比べてヴァーニィはエネルギーの総量で劣っている。これまで彼自身は積極的に他者から吸血するような事はせず、今彼の中にストックされている血の大半はジェーンとアルフが集めたものであった。
一方ロードノスフェクトは、自身でも幾人もの人々の血を吸い、また取り込んだカミラも多くの命を奪ってきた。それら全てを惜しみなくエネルギーに変えられるロードノスフェクトの回復力は、ヴァーニィのそれを上回っている為持久戦で優位に立つ事が出来た。
だがそれを差っ引いてもロードノスフェクトの戦いは自身へのダメージを殆ど無視した、無視しすぎた戦いであった。その最大の理由は、戦っているのがロードノスフェクト本人の意思ではない事が大きい。今彼の体を動かしているのは、彼の創造主であるペスター博士。彼がロードノスフェクトの意思を乗っ取り我がものとして操っているからに他ならない。彼は今、自分の意思で戦っている訳ではないのだ。
ヴァーニィはそれを憐れに思い、彼を博士の呪縛から解き放つべく拳を彼の頭に叩き込んでいた。
「うおおぉっ!」
「ぐぅっ!?」
エネルギーを集束させた拳を炸裂させ、その衝撃でロードノスフェクトの体勢が崩れた。遠隔で操作している状態故操っている本人は一切のダメージを受けていないが、衝撃で体が仰け反る事は防ぎようがなく視界を振り回されて目が回りそうになる。それでもやはりダメージを受けない、感じないと言う事実は相手をする者からすれば厄介極まりない特性であり、事実ロードノスフェクトは殴られ仰け反らされながらも反撃の蹴りを無防備なヴァーニィの脇腹にお見舞いしていた。
「うぐぅっ!?」
強烈な蹴りを諸に喰らい、内臓が潰れる感触に体の内側から食道を血と反吐がせり上がって来るのを感じる。ヴァーニィはそれを意識を繋ぎ止める為に込めた気合で無理矢理押し留めると、殴り掛かった勢いを失わないようにとそのまま突っ込んで何度も拳を叩きつけた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うぉっ!? う、ぐっ!? こ、の……!」
殴り掛かられながらも何とか反撃しようと自身も拳にエネルギーを集束させて叩き込むが、破れかぶれの攻撃では今のヴァーニィを止める事は出来ない。守っていては今のロードノスフェクトに勝てないと察したヴァーニィも、防御を捨てて攻めに全てのリソースを振る事に決めたのだ。
こうなると途端にロードノスフェクトの方が不利になる。ロードノスフェクトの体を操っているペスター博士は戦いに関しては素人であり、これまではロードノスフェクトのスペックに物を言わせて好き勝手していただけに過ぎない。だが元々ロードノスフェクトとヴァーニィにスペック上の差はそれほど大きくはなく、切っ掛け一つで簡単に逆転されうる均衡の上に立っていた。その均衡が今崩れたのである。
ロードノスフェクトが不利となる要因はそれだけではない。ペスター博士は所詮1人でしか戦っておらず、ロードノスフェクトの能力だけに頼っていた。それに対して、ヴァーニィには頼もしい味方が居てくれたのである。
「ふんぬっ!」
《させないっ!》
「何ぃッ!?」
ロードノスフェクトの攻撃を受け止めたのは、ヴァーニィの中で回復したアルフであった。彼女はヴァーニィの支配下には置かれず、自由に動く事が出来る位置に居た。故にこうしていざと言う時には自由に彼の外に出て、彼のサポートの為に動く事が出来る。
それでも彼女の能力自体はロードノスフェクトと比べると低い為、力尽くで振り払いヴァーニィに攻撃を届かせようとする事も出来た。だがそれも、アルフ同様自由に動ける実里により受け止められヴァーニィ自身に届かせる事は出来なかった。
《残念、でしたッ!》
「くぅっ!?」
度重なる攻撃の妨害に、ロードノスフェクトの動きが僅かに鈍る。ヴァーニィはその隙を見逃さず、素早く自身の足元から血の槍を伸ばしてロードノスフェクトを滅多刺しにして空中に磔にした。
「そこだぁっ!」
「うぐ、おぉっ!? し、しま……!?」
如何にダメージを感じなくても、動きを封じる様な攻撃を受けてはどうしようもない。
気付けば両者はホテルの屋上に辿り着いており、夜空を背景にロードノスフェクトが磔にされた。ヴァーニィが見上げれば、ロードノスフェクトの背後に漆黒の夜空とその中で異彩を放つ様に存在感を持つ煌々と輝く紅い満月があった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ぐ、くっ! くぅ……」
やっと……やっとここまで来れた。この暴君と化したロードノスフェクトの動きを、やっと止める事が出来た。未だに抵抗の意思はあるのか全身を滅多刺しにされているにも拘らず、尚も脱出しようと身を捩っているが突き刺さった血の槍からは根っこか菌糸の様に血が伸びて槍とロードノスフェクトの体を固定し逃げられないようにしていた。
「く……ふ、ははは……ど、どうやら、ここまでの様だね」
幾らダメージを感じずに体を動かせると言っても、動きそのものを封じられてしまってはどうしようもない。ロードノスフェクト……ヴラドの意識を乗っ取り操っているペスター博士も、諦めの表情となり抵抗する事を止めた。大人しくなったロードノスフェクトに、ヴァーニィは組み付くとクラッシャーを開きトドメを刺すべく牙を突き立て血を啜った。
「ガヴッ! んぐ……んぐ……」
ロードノスフェクトの血を吸い、血液情報を読み取っていく。十分なサンプルを取得すると、ヴァーニィは血で濡れた口をロードノスフェクトの首筋から離し口元の血を拭う事もせず腰の両側にあるベルトのボタンを押した。
〈アナライズ! アイデント、マジックバレット!〉
「はぁぁぁぁ……」
ロードノスフェクトが特別なノスフェクトと言えど、ヴァーニィのシステムは最も有効な毒素を生成する事が出来る。相手の血から相手に特攻となる毒素を生成すると、右足にエネルギーと共に集束されていき準備が整うとヴァーニィはその右足を身動きを封じたロードノスフェクトに叩き込んだ。
〈プレスクリプション・フィニッシュ!〉
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
放たれたヴァーニィの必殺技プレスクリプション・フィニッシュがロードノスフェクトに炸裂する。身動きを封じられたロードノスフェクトにこれをどうにかする手段はなく、そもそもその体を操っているペスター博士自身にこれ以上の抵抗の意思がない。
結果ヴァーニィの必殺技は何者に妨害される事も無く直撃すると、その勢いは止まらずロードノスフェクトの体を屋上から一気に1階をも突き抜け地下にまで届いた。元々ヴァーニィとロードノスフェクトの戦いで耐久値が限界に達していたホテルは、ヴァーニィの攻撃を受け止められるだけの強度も無く屋上から地下まで続く風穴を開けた。
「ガハッ!?」
地下でヴァーニィとロードノスフェクトは漸く止まった。ヴァーニィの足の杭が撃ち込まれ毒素を注入され、さらに押し潰されたロードノスフェクトは衝撃で口から血反吐を吐きながら苦悶の声を上げ、動きが止まるとノスフェクト態を維持する事も出来なくなり、ヴラドとしての姿に戻ると再び血の塊を吐き出し弱々しく息を吐いた。
「ぐ、はぁ……はぁ、ふぅ……」
「……ヴラド」
「う、ぅぅ……ぁ」
元からヴラドは色白で美しい顔立ちだったが、今の彼の顔色は白を通り越して土気色に近くなっている。目に力も無くなっており、誰がどう見ても分かるほどの死相を浮かべていた。そんな状態でも、彼は薄く目を開くと自身にトドメを刺したヴァーニィに小さく微笑み掛けた。
「ぁぁ…………ありが、とう」
望まぬ戦い、望まぬ抵抗を強いられ、苦しい思いをしていたヴラドは止めてくれたヴァ―ニィに感謝した。だが感謝されたヴァーニィには当然だが嬉しさは勿論、晴れやかな気分など微塵も無い。あるのは寂しさと虚しさ、己の力の無さに対する悔しさだけであった。不甲斐無さに情けなくなり、変身を解除した京也の目には涙が浮かんでいた。
その様子を、接続を切ったペスター博士は生き残っている監視カメラからの映像で確かめるとつまらなそうに溜め息を吐いた。
「ふぅむ、ここまでか。出来ればもっとデータを取りたかったが、仕方がない。欲をかけば元も子もなくすからな。今回得たデータを、次に活かせばいい」
そして今度こそ自身が追い求める完全で完璧なノスフェクトを生み出すのだと意気込むペスター博士。博士達は既にホテルから離れ、次の隠れ家とする場所を求めて車で静かに移動している最中であった。
その車が、突如大きく揺れた。それまでヘッドギアを使ってヴラドの体を操っていたペスター博士は、突然の揺れに外したばかりのヘッドギアを落としそれを拾う間も無く続いた大きな揺れに座席にしがみ付く様にバランスを取ろうとした。
「な、何だッ!? 何事だッ!?」
選んだ道は無差別攻撃の中に紛れ込ませた安全な道だった筈だ。だからここに亡者は居らず、S.B.C.T.等による妨害も無い筈なのである。だが現実に車は激しく揺れ、安定した走行も出来ず横転した。
「うぉぉぉぉっ!?」
乗っていた車がひっくり返る中、何かが車内に飛び込みペスター博士の体をシートに固定していたシートベルトを引き千切った。同時にドアが吹き飛び、回転の勢いでペスター博士は車から放り出され罅割れた道路の上に叩き付けられた。
「うぐぉぉっ!? ぐ、ぐぐ……な、何が……?」
困惑しながら顔を上げて横転した車を見れば、燃料に引火したのか炎上していた。あれでは車内に残っている者は全員丸焦げだろう。
炎上する車を前に呆然自失となるペスター博士。その耳に、妖艶な女性の笑い声が響いた。
「うふふ~、見~つけた~♪」
「ひっ!? お、お前は……!」
振り返ればそこには桃色の髪に深紅の瞳の妖艶な美女ジェーンが佇んでいる。今のは間違いなく彼女によるものだと確信したペスター博士は、護身用の拳銃を抜きながら残る手足を動かし必死に彼女から距離を取った。
「な、何をしに来たッ!? 社長の……傘木 雄成の指示を未だに守るつもりかッ!」
それは別に何か情報を得た上で口から出た言葉ではない。彼女が雄成に非常に近い、最も信頼を得ていた存在であると言う事を知っていたが故のものであった。彼女であれば何らかの密命を受け、中止された研究を継続している自分を排除しに来てもおかしくないと思ったのだ。実際嘗て自分を狙っていたアスペンは未だにノスフェクトと自分の排除の為にここまで付け狙ってきた。彼女も同じく自分の排除を命じられていてもおかしくないと思った。
だが彼女から返ってきたのは何を言っているんだと言う呆けた顔と、その直後のこちらをおちょくる様な笑いであった。
「あはは~、違う違~う。別に私はあなたの事をどうこうする様に言われた覚えはないわ~。ま~、先生からの指示を守ってるのは~、事実だけどね~」
訳の分からない事を言う彼女に困惑しながらも、ペスター博士は尚距離を取りこの場から逃げ出そうとした。彼女の真意は分からないが、友好的な理由で近付いてきたのではない事だけは分かる。今は逃げるのが得策だ。
そしてそれは正しい判断であった。
「ま~、あなたは放置しておく訳にはいかないから~、何とかしようと思ってるのは間違いじゃないんだけどね~。だってそうでもなければここで引き留めるような事しないし~」
「くっ!」
やはり彼女は敵だと確信した博士は、躊躇わず彼女に向け引き金を引いた。銃弾はノスフェクトが反抗してきた時の事を考えて銀成分を含む弾頭の物を使っている。彼女に対しても十分に効果がある代物だ。案の定放たれた銃弾が突き刺さると、瞬間彼女の顔が僅かに歪み血を吐きながら後ろに下がる。
「うぐっ!? かはっ……!?」
「死ねっ、死ね死ね死ねっ! 私の、私の邪魔は誰にもさせないぞッ!」
あちらこちらに破壊の爪痕が残る街に静かに銃声が響き渡る。次々と銀の銃弾に体を穿たれ、ジェーンの体は見る見るうちに血だらけになり口からは止め処なく血が吐き出される。そんな常人であれば致命傷であろう状態になりながらも、彼女の顔に浮かぶのは余裕を感じさせる笑みであった。
「ふふっ……私1人に~、そんな無駄遣いしてもいいのかしら~?」
「何……?」
含みを持った彼女の言葉にペスター博士は発砲を止める。怪訝な顔になる博士にジェーンは笑みを深めると彼の背後を指差し、つられて背後を振り返った博士はそこに広がる光景に顔から血の気が引くのを感じた。
「う゛……」
「あ゛ぁ゛……」
「あ、あ、あわわ……!?」
そこに居たのは無数の亡者の姿。先程の戦いでロードノスフェクトの体を操り、彼の能力で周辺にバラ撒いた亡者の一部だ。主であるヴラドが死にかけている事で能力が解けかけているのか体が崩れつつあるが、血を求める本能は健在なのかこの場で唯一の生者であるペスター博士に群がろうとしていた。
このままではヤバいと、ペスター博士は即座に攻撃目標を自分に這い寄って来る亡者の群れに変え発砲する。亡者程度であれば一発で仕留められるが、如何せん数が多い。すぐに最初のマガジンは空になり、予備のマガジンに交換して迎え撃ちながらこの場から逃れようと這いずる。だが先程地面に叩き付けられた際に足を痛めたのか立つ事が出来ず、マガジンの中の銃弾だけでは到底自分に迫る亡者の群れをどうにかする事は出来なかった。
「はぁっ!? はぁっ!? はぁっ!?……た、頼むッ! 助けてくれッ!?」
事ここに至って、ペスター博士はジェーンに助けを求めた。手持ちの銃弾だけでは亡者を退ける事は難しいが、彼女の手に掛かれば一掃する事は容易な筈。先程自分が彼女に何発も銃弾を叩き込んだことなど忘れたかのように助けを求める博士の姿に、ジェーンはこれ見よがしにふら付き棒読みな演技で体調がすぐれない事をアピールした。
「あ~、さっき撃ち込まれた銃弾の所為で力が出ないわ~。これじゃあ人一人助ける事も出来そうにないかも~」
「くっ!? この、売女が……! 死んだ人間に何時までも尻尾を振る実験動物の分際で……」
どれだけ悪態を吐こうとも、状況が彼にとって最悪な事に変わりはない。助けは来ず、逃れる術も無いと来れば、流石の彼も腹を括った。このまま亡者の群れに群がられ貪り食われるくらいなら、いっそ一発で終わらせた方がマシだ。
博士は僅かに躊躇いながら銃口をコメカミに押し付け、目を固く瞑り歯を食いしばって引き金を引き――――
「ッ!!」
――――銃からはカチンと言う弾切れを知らせる虚しい音だけが響いた。
「…………え?」
最初ペスター博士は何が起きているのか理解できなかった。だがジェーンと亡者相手に弾を無駄遣いしてしまった結果、自害の為の弾が残っていなかったのだと言う事に気付くと絶望に顔を青褪めさせた。足は満足に動かず、助けは来ず、最後の頼みの綱であった自害すら封じられた。
彼に残されたのは、甘んじて運命を受け入れ、自身が生み出した存在の糧となって貪り食われる道だけである。
「ひ、ひぃぃッ……!?」
当然、この男が大人しく運命を受け入れる訳もなく青褪めた顔で必死にその場から逃げ出そうとするが、時既に遅くあっという間に亡者に群がられてしまった。
「よ、止せッ!? 止めろぉぉぉッ!? ヴラド、止めさせろッ!? 私を、私を誰だと思ってるッ! 私はお前の……!」
必死の命乞いも誰かに届く事は無く、群がった亡者に全身を食い千切られあまりの激痛に悲鳴を上げる。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? た、助けっ!? 誰か助け、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
老いてただでさえ少なくなった肉を容赦なく骨から食い千切られ、腸を引き摺りだされ貪られる。今まで誰かが食われる様を眺めてきた男は、その報いを受けるように今度は自分が食われる側となった。いっそ意識を手放してしまえればまだ楽になれたかもしれないが、激痛が意識を強制的に覚醒させる為気絶や失神で意識を失い逃れる事も出来ない。
血に塗れた視界の中、助けを求めて伸ばした手も亡者たちに貪られる。その最中一瞬亡者の群れによる壁が僅かに割れて向こう側を見る事が出来た。
その際彼が目にしたのは、艶やかな笑みを浮かべながら観察する様に自分の事を見てくるジェーンの姿であった。
***
ペスター博士が息絶えた。それを操る亡者の感覚から確認したヴラドは、涙を流しながら深く息を吐いた。彼にとってペスター博士は親の様な存在であった。攫われて遺伝子改造された結果、彼は自分の過去を全て忘れた。残されたのは元々の穏やかな人格と、新たに植え付けられたノスフェクトとしての本能のみ。右も左も分からない彼を、創造主であるペスター博士は優しく導いてくれたのだ。
無論、博士がヴラドに優しくしたのは純粋な親心とか創造物に対する愛着から来るような、そんな殊勝な心掛けによるものではない。己の研究が正しい事を証明する為の大切な存在であるヴラドを自身に懐かせ、最上の結果を出させる為のアメでしかなかった。
打算に塗れた愛情ではあったかもしれないが、何も分からず頼れる者も居ない状態のヴラドにとっては掛け替えのない存在に他ならない。そんな存在を自らの手で討つ事は、例え使い捨てとして扱われたからと言っても辛いものがある。
だがこのまま彼を放置すれば、きっと第2第3のヴラドが作られる。自分と同じ辛い思いをする者が生み出されるくらいなら、ここで博士を討ち全てを終わらせるのが最善だと全ての罪を被る覚悟で亡者たちに博士を仕留めさせた。
そして今、全てが終わった。ノスフェクトを研究・開発していたペスター博士が死に、彼が運び出そうとしていたデータも全て吹き飛んだ。今後新たなヴラドが生み出される心配はもうない。と言っても、他の傘木社残党がノスフェクトのデータを手に入れていないと言う保証はない為、絶対とは言い切れないのが厳しい所ではあるが。
だが、もうヴラドにこれ以上何かをするだけの余力は残されていなかった。ヴァーニィの最後の一撃がトドメとなり、力尽きたヴラドの体は徐々に崩れ落ちていく。もう間もなく灰となって消え去ろうとしている彼を、京也は優しく抱き上げて看取っていた。
「終わった……これで、全部……」
「ヴラド……ごめん」
「……何故、謝るんだい? 君は間違った事をしていない。結局、僕らノスフェクトはこの世界に生まれてはいけない存在だったんだ。こうなるのはきっと、必然だったんだよ」
醜く生き足掻こうとしていたペスター博士とは対照的に、ヴラドは己の運命を全て受け入れていた。自身の体がどんどん崩れているにも拘らず、その表情は穏やかであり清々しさすら感じられた。彼は疲れていたのだ。ノスフェクトの未来を作り出さねばと言う使命感に駆られる事と、ペスター博士から優秀な研究成果を出す事を求められる事に。己の肩に掛かる重圧に耐える事に、彼は疲れ切ってしまっていた。
その重圧からやっと解放される。その安堵が彼に落ち着きを与え、迫る死に対しても穏やかに受け入れる事が出来ていた。
京也はそんな彼にやり直しの機会を与える事も出来ず、討つしか出来なかった事が悔しかった。自身も同じノスフェクトとなってしまった事で彼と共に歩む事も出来るようになった。時間は山ほどある筈なのに、世界はその時間を許してはくれなかったのだ。その事が悔しくて悲しくて、やるせなさに彼は謝るしか出来なかった。
律儀な京也の姿にヴラドは優しく笑みを浮かべると、崩れかけている手でそっと彼の頭を撫でた。
「ありがとう……僕の事を想ってくれるだけで、もう十分だよ。どうせ僕はもう世界からは敵にしかなれないんだ。今更やり直しなんて出来ないさ。君は戦い続けるしかなかった僕を終わらせてくれた。寧ろ感謝しているよ」
そう言って笑いながら、ヴラドはだが……と言葉を続ける。
「でも、君は違う。君は僕の様な罪を背負ってはいない。この世界に馴染めるだけの土壌はある。君の行く末に、幸がある事を願っているよ」
そこまで告げた所でヴラドは京也の背後に目を向けた。そこには、京也の事を見守るアルフと実里の姿があった。実里はヴラドと目があった瞬間一瞬身構えたが、ヴラドはそんな彼女に微笑み掛けながら頭を下げた。
「君にも、ゴメンね。巻き込んで、人の理から外してしまった。今更何をと言うかもしれないし、自己満足にしかならないのかもしれないけど、それでも言わせてほしい。申し訳なかった。こんな事しか言えないけど……」
ヴラドは自分の血を飲み干し殺した相手だ。そんな相手に対する気持ちは、ハッキリ言って複雑以外の何物でもない。今更謝られた所で全てが無かった事になる訳でもない。とは言え、だからと言って恨み辛みを叩きつけるのは何か違うと思った実里は、脳裏に浮かぶ言いたい事を全部溜め息と共に吐き出し顔を背けながら返答する事で答えにした。
《もう、いいよ……おかげで、って言い方は変だけど、紅月君の手助けも出来たし。だからって勿論感謝なんて微塵もしてないから》
実里からの返答に満足したヴラドは小さく声を上げて笑うと、続いてアルフの方に目を向け穏やかに語り掛けた。
「アルファ……いや、こう言おうか。姉さん。君はどうか、幸せになってね」
《ん……》
勿論実際に血が繋がっている訳ではなく、ただノスフェクトとして生み出された順番的にそう表現したに過ぎない。アルフにしてもヴラドの事を弟などと思った事は一度も無いのだが、それを態々指摘するのも無粋なのでアルフは小さく頷くだけで応えた。
相変わらずなアルフの様子に苦笑しつつ、最後にヴラドはもう一度京也を見て口を開いた。
「それじゃあね、京也。ありがとう……さようなら」
「うん……さようなら、ヴラド」
京也から返された別れの挨拶に、ヴラドは満足そうに笑いながら涙を流す。その笑顔のまま、彼の体は最後の一欠けらまで灰となって崩れ去った。残されたヴラドだった灰の山を前に、京也は涙を一つ落とすと顔を上げた。最後の一撃で空まで見えるようになった頭上には、ぽっかりと開いた穴から夜空に輝く紅い月が見える。
その時、ホテル全体が大きく揺れ始める。ヴァーニィとロードノスフェクトの戦いで耐久値が限界に達したホテルが遂に崩れようとしているのだ。
このままでは生き埋めとなってしまう。それは分かっているのだが、京也は空を見上げたまま動こうとしなかった。ただ泣きながら、紅い月を見上げているだけである。
《京也……》
《紅月君……》
アルフと実里は、そんな彼に温もりを与えるように優しく抱きしめた。左右から抱き着いて来る2人に、京也も抱きしめ返し3人は互いに抱き合った。
その3人の上に崩れたホテルの瓦礫が降り注いだのは直後の事である。
ジェーンが見ている前で、群がった亡者の中からペスター博士の悲鳴が聞こえなくなる。彼が事切れたのを確認すると、ジェーンは最後の仕上げとばかりに手からエネルギーの波動を放ち残った亡者とペスター博士を纏めて消し飛ばした。残った仕事を終えた彼女は、一息つくと夜空を見上げ深紅の月を見て薄く笑みを浮かべると視線をホテルの方へと向けた。ホテルはあっという間に崩壊し、衝撃で周辺に土煙が広がっていく。
そこで戦っていた京也達の事を想ってか、ジェーンの顔に珍しく寂しそうな表情が浮かんだ。普段笑っている彼女が、こんな顔をするのは本当に珍しい。特に、このような感情を露にするなど。
だがそれも束の間の事であった。すぐに普段の緩くも妖艶さを感じさせる笑みを浮かべると、静かにホテルがあった場所に背を向けその場を離れた。
「京也君、アルフちゃん……元気でね」
誰に聞かれる事も無いその言葉は、月に照らされた街に吹く風に流され消えていく。靡く髪を手で軽く押さえながら、顔を上げたジェーンは夜空に浮かぶ自身に瞳の色と同じ深紅に輝く月を見て見惚れるように笑みを浮かべた。
「あぁ…………良い夜、ね」
そう呟いた次の瞬間、彼女の姿は闇に紛れて消えていった。後には彼女が居た痕跡すら消え去り、まるで最初から誰もそこには居ないかと思わせるような有様だった。
直後、ホテル周辺は制圧したS.B.C.T.により封鎖される。残敵の捜索も行われたがノスフェクトは勿論亡者の姿すら確認できず、崩壊したホテルの中からはノスフェクト由来の灰が僅かに回収されるのみ。
ホテル近郊で無残に食い殺されたペスター博士の遺体も発見され、ノスフェクト関連の主要人物は全て死亡が確認された。
こうして、季桔市を恐怖に陥れた事件は幕を閉じる事となる。
だが…………その事件解決に最も尽力した、京也とアルフは戦いが終わった後にその姿を確認される事は無く、彼らの行方は要として知れないのであった。
と言う訳で第76話でした。
今回にて最終決戦は終了。次回はエピローグとなります。果たして京也とアルフはどうなったのか?
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。