仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第6夜:大顎の獣

 季桔市近郊に存在する、自然豊かな山……阿呉山。その山中にある古びた屋敷の奥で、ヴラドは朽ちかけてボロボロのソファーに腰掛け寛いでいた。その傍らにはカミラが侍り、所々干からびているヴラドの体に愛おしそうに手を這わせている。

 

「ヴラド様……喉が御渇きではありませんか?」

 

 そう言ってカミラが衣服を肌けさせ均整の取れた裸体を露にすると、ヴラドは彼女の体を抱き寄せ傷一つない白磁の肌を持つ首筋に口を近付けた。

 近付くヴラドの吐息に、カミラは頬を赤く染め熱い吐息を吐き出す。

 

「あぁ……!」

 

 恍惚な顔で来たる時を待ちわびるカミラ。だが彼女にとっての至福の時間は、唐突な来訪者により中断させられる事となった。

 

「お~っとぉ、お邪魔だったかな?」

「ッ! 誰ッ!」

 

 突如部屋に響く声にカミラがヴラドから離れ警戒する。一方ヴラドは特に警戒することなく、暗闇の中一点に目を向けていた。

 その場所から解け出てくるように1人の男が現れる。鍛え上げられた肉体に灰色の髪を逆立て、顔や剥き出しの上半身のあちこちに入れ墨をした男だ。

 

 カミラはその男の登場に僅かながら警戒心を解いた。

 

「あなた、”ヴォーダン”……」

「よぉ、お前も随分元気になったじゃねえか。思わず涎が出る見た目だぜ」

 

 男……ヴォーダンはカミラに向けて下卑た笑みを向けながら、口の端から零れる涎をこれ見よがしに拭う。じゅるりと音を立てて涎を啜るヴォーダンを、カミラは不愉快そうに目を細め脱ぎ捨てた衣服を身に着けた。男なら誰もが見惚れる裸体を衣服で隠された事に、ヴォーダンは露骨に残念そうに肩を竦めた。

 

「あらら……もったいねえ」

「あなたにおいそれと見せる程、安い体ではないの。それより、何の用?」

 

 カミラが冷たい視線をヴォーダンに向けると、彼は溜め息を吐きながら目をクルリと回しつつ黒いクロスブラッドを取り出した。

 

「ヴラド様ご所望の品だ。お前もこの間作ったんだろ?」

 

 そう言ってクロスブラッドを差し出すと、カミラは溜飲が下がったと言う様に小さく息を吐きクロスブラッドを受け取った。彼女はそれをそのままヴラドに渡す様な事はせず、鼻を近付け軽く臭いを嗅いで問題ない事を確認して頷いた。

 

「ん……大丈夫そうね」

「おいおい、俺が適当なのを作ると思ってんのか?」

「何事にも確認は大事よ。特にヴラド様に献上するものはね」

 

 ヴォーダンからの文句を涼しい顔で受け流しながら、カミラは受け取ったクロスブラッドをヴラドに恭しく差し出す。差し出されたクロスブラッドを、ヴラドは受け取り握り締める様に自らの体に取り込んだ。するとヴラドの体のまだ枯れた部分が先程に比べて潤いを取り戻す。

 その部分をカミラは愛おしそうに艶やかな指の動きで撫でた。

 

「ウフフ……まだまだ、生贄がたくさん必要ですわねブラド様?」

「任せてくださいよブラド様。狩りは得意なんでね」

 

 自信たっぷりにヴォーダンがそう言うと、彼の体が赤黒い液体で包まれ次の瞬間その姿は嘗て京也がアルフに出会い始めてヴァーニィに変身した時に遭遇したウルフノスフェクトへと変異した。

 

 それを見てカミラはつい最近ヴァーニィを見た時の事を思い出した。

 

「あぁ、そう言えばまた見たわよ。あなたが取り逃がした小娘と、その小娘が虜にした坊や」

「あぁっ!? って事は、あの女も……!」

 

 あの時、初めて京也がヴァーニィに変身した際、彼はウルフノスフェクトを相手に悪くない健闘を見せた。だが彼は戦闘の素人であり、初めて変身した事もあって能力を十全に使いこなす事が出来ず危うく追い詰められそうになった。

 

 だが…………

 

「ちっ、あの時あの女が邪魔しなけりゃ……!」

 

 思い出すのは長い桃色の髪と赤い瞳を持つ女性。突如ヴァーニィの前に現れたあの女が同じノスフェクトの力でウルフノスフェクトに大きなダメージを与え、傷を癒す為にヴォーダンは引き下がらざるを得なかったのである。

 

 悔しがるヴォーダンに対し、カミラは発破を掛ける様に挑発的な言葉を口にする。

 

「何だったら次は私が一緒に行ってあげましょうか?」

「あぁ? テメェ、馬鹿にしてんのか!」

 

 カミラの言葉にヴォーダンは牙を剥き出しにして怒りを露わにした。一度は敗北を喫した相手に、もう一度同じ敗北を経験するのではと言われてプライドを刺激されたらしい。その様子にカミラは小さく肩を竦めると、真面目な表情で諭す様に口を開いた。

 

「自信を持つのは結構だけれど、あれからあの坊や達も力を付けてるわ。それに、S.B.C.T.の事もある。油断してると足元を掬われるわよ」

「余計なお世話だッ! 今度こそあの小僧をズタズタに引き裂いて、あの小娘をヴラド様に献上してやるから待ってやがれッ!」

 

 カミラの言葉にヴォーダンはそう叫ぶと、ウルフノスフェクトの姿で闇に溶けるようにその場から姿を消した。感情的になっているヴォーダンにカミラは仕方ないと言う様に肩を竦める。あの粗野な男に対して不安が無いわけではないが、しかし彼の実力をよく知ってもいたので後を追う様な事はしない。単純な戦闘力に関して言えば、ヴォーダンはカミラを超えている。万が一と言う可能性は無くはないが、暫くは好きにさせても問題ないだろう。

 

 そうと決まれば、後は自分とヴラドだけの時間。カミラは先程の続きの様に衣服を脱ぎ、所々がまだ枯れた体のヴラドにしな垂れかかる様に抱き着く。

 

「お待たせしました、ヴラド様。さぁ、どうぞ……」

 

 傷一つない白磁の様な肌を前に、ヴラドはゆっくりと口を近付け、彼女の肌から立ち上る匂いを嗅ぐ様に鼻から大きく息を吸いこんだ。自分の体臭が彼の体に入る事すら快感に感じる様に、肌の上を滑る空気が彼の鼻に入り込む感触にカミラは身を震わせる。

 

 そして病的に白い肌のヴラドの口が開かれる。肌の色に反して口の中は血の様に赤く、その口にある鋭い牙からは涎が滴り落ちていた。彼が口を開いた瞬間飛び出た呼気が肌を撫でる感触に頬を赤く染めるカミラの首筋に、ヴラドは遠慮なく牙を突き立て彼女の血を啜った。

 

「んぁっ! あ、あぁぁ……! ヴラド様……ヴラド様ぁ……!」

 

 血を吸われる事への快楽に身を震わせ喘ぐカミラ。

 

 不気味な廃屋敷の中に、女性の喘ぎ声が響く。それは妖艶でありながら、同時に恐ろしさと不気味さを感じさせる声であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 着飾ったアルフと共に京也が向かった先は衣類を取り扱う店だ。まず一番の目的は、兎に角アルフに新しい下着を買わせる事であった。何しろ最近更に発育してきたのか、前から彼女が身に着けていた下着のサイズが合わなくなってきたのである。アルフ本人はそれを特に気にしていないが、先程ジェーンが着替えさせた際に下着のサイズが合っていない事に気付きこの際だからとデートついでに買わせることにしたわけだ。

 

 正直な話、男である京也にはこの場所は居心地が悪い。女性用の下着の売り場など、男が立ち入って良い場所ではない。女性であるアルフが居るから体裁を保てているが、彼女が居なければ変な趣味を持つ男として他の女性から白い目で見られる事間違いなしである。ただの変態と思われる可能性もあった。

 

 とは言え、アルフの衣服問題を放置する訳にはいかないし、下着の購入にかこつけて他の衣服を用意するのも悪くない。と言うよりジェーンもそれを見越して軍資金を渡してくれた。これでアルフに他の服を買えと言う事か。

 

「ねぇ、京也……」

「ん、決まった?」

「うん」

「サイズは問題ない?」

「大丈夫」

 

 アルフがいくつか持ってきた下着を京也が持つ籠に入れていく。彼女はこれで用事は終わりと帰るつもりで店の出口に目を向けるが、京也はそんな彼女を引き留めた。

 

「アルフ、折角だから他にも色々見ていかない?」

「え?」

 

 どう言う事かと首を傾げるアルフに、京也は顔に笑みを浮かべながら彼女の手を引き女性用衣服のコーナーを練り歩く。

 

「折角ここまで来たんだしさ? 他にも色々と見ていこうよ。アルフが気に入る服、何かあるかもよ」

「でも……」

 

 基本出不精と言うか、外に出たがらないアルフは衣服に関しては無頓着だ。普段着が下着の上に直接身に着けたブカブカの黒いパーカーだけと言う姿からもそれが伺える。京也はそれを惜しいと前々から思っていた。どうせなら彼女にはもっといろいろなお洒落をしてもらいたい。そして行く行くは、お洒落をした彼女ともっと色々な場所へと出掛けたい。

 

 京也のそんな願望を感じ取ったのかは定かではないが、アルフは俯きがちになりながらも上目遣いになりながら京也の真意を訊ねた。

 

「京也は……私がお洒落すると、嬉しい?」

「嬉しいし、アルフとはもっといろんなところに行きたいな」

 

 眩しい笑顔にアルフは思わず目を細める。少し悩んだ様子を見せるが、もう一度京也の顔を見て決意が固まったのか小さく頷き顔を上げた。

 

「ん……分かった。お洒落する」

 

 納得してくれたらしきアルフの様子に京也はホッと胸を撫で下ろす。これで普段から少しはまともな格好をしてくれる。確かに家から出ないだけなら普段の下着とパーカーだけの格好でも問題無いのだろう。京也は彼女のそんな格好も別に嫌いではない。だが問題はノスフェクトが出た時だ。ノスフェクトが出て駆けるが変身しなければならない時、アルフは自分の格好など全く気にせず外へと出てしまう。人前に出たがらない故に一応物陰を選んで移動してくれるのだが、それでも下着パーカー姿を誰かに見られない保証はどこにもない。

 自分以外にそんな姿を見られたくないと言う、ちょっとした独占欲にも近い気持ちもあるにはあるが、とにかく京也はアルフが外に出るならちゃんとした格好をしてもらいたいと思っていた。

 

 そんなこんなで京也はアルフの手を引き意気揚々と色々な服をアルフに試着させた。最初はあまり気乗りしない様子のアルフではあったが、それでもやっぱり女の子なのか次第に色々な格好をするのが楽しくなり気付けば自分で衣服を選び、試着室に入り着替えた姿を京也に見せていた。

 

「これ、どうかな……?」

 

 そう言って試着室のカーテンを開いて姿を見せたアルフの格好は、普段に比べてとてもスポーティーとなっていた。Tシャツにホットパンツと言う、全体的に露出が多くてこれから先の季節にピッタリの服装だ。京也も思わず見惚れてしまう程の可愛らしさに、京也も思わず呆けてしまった。

 

「? 京也……?」

 

 あまりに反応が無いので、アルフは試着室から出て京也の顔の前で手を振った。そこで漸く再起動した京也は、首が取れるのではないかと言う程縦にブンブン振って似合っている事を伝えた。

 

「う、うんうんうんっ! 似合ってる、凄く似合ってるよ!」

「ホント? 良かったぁ……!」

 

 もしや似合っていないのではと危惧していたアルフは、京也からの答えに安心したように顎の下で指先を交差させるように手を合わせながら笑みを浮かべる。ちょっぴりはにかんだような笑みの可愛らしさに、京也は衝動的に彼女の事を抱きしめたくなるのを堪えつつ気になっていた事を訊ねた。

 

「でも、アルフそれ大丈夫? ほら、お日様の光とか」

 

 ノスフェクトであるアルフは、他のノスフェクト同様強い光を嫌う。光に当たったからと言って何か体に異常が生じる訳ではないのだが、室内の光にすら敏感に反応する彼女が日差しの下に素肌をここまで晒す服装をして大丈夫だろうかとちょっと心配になった。

 それに対し、アルフは小さく頷きながら答えた。

 

「大丈夫。眩しいのが、嫌いなだけ」

「そう? ならいいけど、無理はしないでね?」

「ん、ありがと」

 

 この服装を気に入ったアルフは一度試着室に戻り最初の服装に戻ると、そのままこの服を買って京也と2人で店を出た。

 

 服屋を出た2人はさぁ次は何処へ行こうかと周囲を見渡す。するとその時、京也にとっては聞き覚えのある声が2人の耳に入った。

 

「あ~ッ! 紅月君だ~ッ!」

「え? あ、ホントだ!」

 

 それは揚羽と実里の2人だった。2人も休日を満喫しているのか、手に買い物袋を持ちながら駆け寄ってくる。

 2人との遭遇に京也はちょっぴり焦りの表情を浮かべた。1人で居る時なら問題ないが、今彼はアルフと一緒に居る。色々な事情があってアルフの事は学校の友人達には秘密にしているので、ここで特に揚羽の様な者と出会うと面倒な事になると思ったのだ。

 

 その予想は正しく、揚羽は目敏くアルフに目を向けると初めて目にする彼女に目を輝かせて京也に問い掛けた。

 

「ねぇねぇねぇっ! その子誰? ウチの学校の子じゃないよね? てか、めっちゃ可愛いッ!」

 

 猛烈な勢いでアルフの事を訊ねてくる揚羽に、アルフ本人は怯えた様に京也の背に隠れる。元来京也以外の人間に対しては人見知りする性質の彼女は、揚羽の様にグイグイ距離を詰めてくる人間を苦手としていたのだ。

 

 京也もアルフに精神的負担を掛けないようにと揚羽を宥めようとするが、それよりも先に隣の実里が揚羽の頭を平手で引っ叩いた。

 

「コラッ! いきなり距離詰めすぎ。その子困ってるでしょうが」

「あイタッ!?」

 

 パコンといい音を立てて引っ叩かれ、揚羽の首が思いっきり下を向く。実里の一発で勢いを削がれた揚羽が叩かれた所を擦りながら顔を上げて抗議した。

 

「あぅ~、酷いよみのり~ん」

「酷いのは揚羽の方でしょうが。見なよその子、紅月君の後ろに隠れちゃってるじゃん」

 

 言われて改めて揚羽がアルフの事を見れば、相変わらず彼女は京也の背中に隠れて彼の肩越しに揚羽の事を見ている。その視線にやっと揚羽も彼女を怖がらせてしまった事に気付き、慌てて謝ろうと京也の後ろに回り込もうとした。

 

「あわわ、ゴメンねッ! 私、そんなつもりじゃ……!」

「だ~か~ら、先ずは近付こうとするのを止めなっての」

 

 バタバタと手を振りながら前に出ようとする揚羽を実里が押さえる。休日でも相変わらずな2人に京也は乾いた笑いを浮かべ、アルフは2人の様子から危険はないと判断して少しだけ京也の背中から体を出そうとした。

 

 その時、アルフはノスフェクトの気配を感じ取った。それも気配がかなり強い。この強さは上級ノスフェクトの気配だ。

 気配を感じ取ったアルフは弾かれるようにそちらを見て、次の瞬間揚羽たちの事等無視してその場を駆けだした。

 

「あ、アルフッ!?」

 

 突然駆け出したアルフに京也も全てを察し、買った服が入った袋を持ち直しながら揚羽たちに一言告げてその場を離れた。

 

「ゴメン、ちょっと用事出来たからッ! じゃあねッ!」

「あっ! 紅月君ッ!」

 

 揚羽が引き留めようとするも、京也はそれを聞かずアルフの後を追ってあっという間にその場から離れた。揚羽も反射的にその後を追おうとするが、実里に服の襟首を掴まれてそれは叶わなかった。

 

「はい、ストップストップ」

「ぐぇっ!? み、みのり~ん……」

「気持ちは分からなくもないけど、相手の事情考えないで距離詰めようとするのは揚羽の悪い癖。あの子については学校で紅月君に聞いてみよう。まずはそれから、ね?」

 

 宥めはするが、実里自体もアルフに対しては興味津々であった。女っ気のない男子として有名だった京也が、あんな美少女と休日にデートしていたのだ。気にならないと言えば嘘になる。

 

 これは学校でたっぷり問い質さなければならないと、実里も心の中で固く誓うのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 アルフが上級ノスフェクトの気配を感じ取ったと知り、京也は走りながら緊張で冷や汗を流していた。

 京也がヴァーニィとして人知れず戦うようになってから数年、その間彼が戦った中で恐らくこれが上級ノスフェクトだろうと言う存在は1体しか居ない。そう、初めてヴァーニィとして戦う事となった際に遭遇したウルフノスフェクトである。

 

 今でも思い出せる。あの時、彼は初めて拳を握り戦いへと赴いた。未知の力を肌感覚で理解しながら、必死に食い下がりそれなりに善戦してみせたがそれでもウルフノスフェクトは強く危うい所まで追い詰められてしまった。間一髪と言うところでジェーンが来てくれたから助かったが、もし彼女が来てくれなければ自分は殺されアルフがどうなっていたか分からない。

 

 あれ以降、京也は何度かの戦いを経験して大分ヴァーニィとしての力の使い方にも慣れた。今ならあの時とは違う戦いが出来ると自信を持って言える。

 だがそれでもやはり緊張を完全に拭い去る事は出来なかった。自分が倒れれば、アルフを守れる者は居なくなる。そうなったら…………

 

(アルフ……)

 

 ふと京也は隣を走るアルフの事を見た。ノスフェクトの気配を感じそこへ向けて駆ける彼女の横顔に、緊張した様子は見られない。その姿に頼もしさを感じると同時に、己の弱さを実感せずにはいられず京也は僅かに気落ちしてしまう。

 

「京也……?」

「え?」

 

 突然アルフが立ち止まり、京也を見ながら首を傾げた。目は僅かに揺れており、彼女が不安を感じているのが分かった。自分が気付かなかっただけで、アルフ自身も上級ノスフェクトとの戦いに対し緊張しているのかと思った。

 だがそうではない。彼女が不安を感じているのは戦いに対してではなく、緊張した京也に対してであった。彼が走りながらアルフの様子を見ていたように、アルフも走りながら京也の事を気にしていたのである。

 

「怖い……?」

「ぁ……!」

 

 緊張した京也を戦いに対して恐怖していると思ったのか、アルフが不安を露にしながら問い掛けてくる。その言葉に京也は頭を鈍器で殴られたような感覚を感じた。そして自分を恥じる。今、彼女の事を守れるのは自分だけだと言うのに何を不安になっているのか。彼女を安心させなければならないと言うのに、逆に不安にさせてどうするのかと自分で自分を殴りたくなる。

 

 同時に彼はアルフに感謝した。彼女の不安そうな姿を見て、先程まで感じていた緊張が何処かへ吹き飛んだ。意図した事ではないだろうが、不安そうにする彼女の姿に庇護欲の様なものを掻き立てられ覚悟が決まった。

 

 京也は薄く笑みを浮かべると、アルフの事を優しく抱きしめた。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

「ん……」

「アルフ、ありがとう。……お願い」

「うん」

 

 アルフは京也に抱きしめられる温もりに目を細め、頭を擦り付ける様に京也の首筋に顔を埋める。そしてそのまま彼の首筋に軽く舌を這わせると、牙を突き立て血を啜った。

 

「ん、くっ! ぁ……! ぁぁ……!」

 

 自分の血が、彼女の中へと流れ込んでいく感覚に得も言われぬ快楽を感じ頬を赤く染め熱の籠った吐息を吐く。たっぷり1分近く吸血し、満足したアルフは首筋から牙を離す。彼女が首筋から離れると、そこには吸血の痕である穴と血と唾液が混ざったモノだけが残される。

 

「ん……ぶっ!」

 

 京也の血からアルフは体内でクロスブラッドを生成。作り出された十字架が口から飛び出し、血と唾液に塗れた赤黒い十字架をアルフは京也に手渡した。

 

「京也……頑張って」

「うん」

 

 クロスブラッドを受け取った京也は彼女を安心させる為今一度優しく彼女の事を抱きしめた。そしてヴァンドライバーを取り出し腰に装着すると、バックル左右にハンドルを引いて開いたドクロの口に逆さにした十字架を入れハンドルを押しドクロの口を閉じる。

 

「変身!」

〈ダイシリアス! キョウヤ!〉

 

 京也の体が赤黒い液体で包まれ、次の瞬間彼は人間ではなくノスフェクトと戦う為の姿、仮面ライダーヴァーニィとなる。

 

 変身したヴァーニィはアルフに小さく頷くと、体を無数の蝙蝠へと変換し気配を感じる上級ノスフェクトの元へと向け飛翔した。

 

 その場に残されたアルフはそれを見送り、そしてその後を追って再び駆け出した。

 

 飛翔したヴァーニィは上空から上級ノスフェクトの姿を探した。白昼堂々、活動している人々も多いのですぐ見つかる筈だ。

 果たしてその予想は正しく、程なくして彼の耳に女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ッ!」

 

 響く女性の悲鳴に、無数の蝙蝠が一斉にそちらを見る。そこには今正にウルフノスフェクトに襲われている1人の女性が居て、その近くには既に犠牲となったと思しき女性と今襲われている女性の様子に慄いている別の女性の姿があった。女性の血液を吸いつくし殺したウルフノスフェクトは、残る1人の女性に襲い掛かる為に死体となった女性をその場に放り捨てる。

 

「グルル……」

「あ、あぁ……!? た、助けて……誰か、助けて……!?」

 

 腰が抜けたのか満足に立つ事が出来ない女性を前に、ウルフノスフェクトは舌なめずりをしてゆっくり近付く。女性が怯えた様子を見て楽しんでいるような姿に、ヴァーニィは怒りを感じて一気に接近。ウルフノスフェクトの眼前で変異を解きヴァーニィとしての姿に戻るとそのまま勢いを利用して飛び蹴りを放った。

 

「うぉっ!?」

「ダァァァァッ!」

 

 突然眼前に姿を現したヴァーニィに、ウルフノスフェクトは驚愕に目を見開く。そのままヴァーニィの蹴りが炸裂してウルフノスフェクトは女性から大きく引き離される……かに思われた。

 

 しかし、ヴァーニィの奇襲と渾身の一撃はウルフノスフェクトに片手で受け止められてしまった。

 

「なっ!?」

「ぐひひ……!」

 

 あっさりと攻撃を受け止められ今度はヴァーニィの方が仮面の奥で目を見開く。驚愕する彼を、ウルフノスフェクトはそのまま振り回して近くの電柱に思いっ切り叩き付けた。

 

「おらぁぁぁっ!」

「うわぁっ!? がっ!?」

 

 猛烈な勢いでヴァーニィが叩き付けられた電柱は、その威力にへし折られ明後日の方向に倒れていく。その際に電線を数本引き千切り、千切れた電線の先から行き場を失った電気が火花を散らしている。

 

 背後で千切れた電線が揺れている前で、ヴァーニィは背中に感じる痛みに耐えながら立ち上がった。

 

「ぐ、ぐぐ……くっ!」

「へへへ……来いよ」

 

 よろめきながら立ち上がったヴァーニィに、ウルフノスフェクトは挑発する様に手招きをした。余裕を感じさせるその姿に、ヴァーニィはコートを両腕に纏い両手を肥大化した爪の生えた手に変化させ攻撃を仕掛ける。初めて変身した時はまだ力の使い方が分からず、力に翻弄され手探りで戦った。お陰でうr府ノスフェクトに対しても次第に劣勢に立たされ最終的にジェーンの介入であの場は事なきを得た。

 しかし今は違う。あれから幾つもの戦いを経験し、力の使い方も分かった。その力で今度こそ倒して見せると意気込むヴァーニィが、両手の爪を振り上げてウルフノスフェクトに斬りかかる。

 

「ハァァァァッ!」

 

 コンクリートの道路を抉る程の一撃。ウルフノスフェクトもこれの直撃を喰らうのは不味いと思ったのか、素早く横に跳んで回避したかと思えば攻撃直後で隙だらけとなったヴァーニィに自身も手の爪を使って斬りかかる。下から掬い上げる様に放たれた爪の一撃を、ヴァーニィは地面に叩き付けた爪を抜かずにそのまま地面を引っ張る様にしてその場を動く事で回避した。

 

 その後も手の爪を使っての攻防を繰り返すヴァーニィとウルフノスフェクト。現実離れしたその光景に、唯一生き残った女性は震えながら呆けてしまっていた。

 

「ぁぁ……」

 

 両者の戦いを呆然と見ていた女性の傍に、追いついたアルフが立つ。アルフはこのままでは女性が戦いに巻き込まれたりして邪魔になると思い、未だに地面にへたり込んだ女性を無理矢理立ち上がらせこの場から逃がした。

 

「立って」

「え? わっ!」

 

 気付けば傍に居て、いきなり話し掛けてきたかと思えば腕を引っ張り立ち上がらせるアルフに女性は先程とは別の意味で驚き小さく悲鳴を上げる。アルフはそれを全く気にすることなく、立ち上がった女性を押し退ける様にその場から離れさせた。

 

「逃げて、早く」

「う、うん……」

 

 もう何が何だか分からなくなっていた女性は、こんな状況でも冷静に対応するアルフの言う事にただただ従いその場を離れた。残されたアルフは、女性が完全にこの場からいなくなったのを見ると近くの物影に隠れながらヴァーニィの戦いの様子を見守った。

 

 アルフの視線の先では、僅かにだが戦いの様子に変化が起こっていた。

 

「こ、のぉ……!」

 

 肥大化した手の爪を思いっ切りウルフノスフェクトに振り下ろすヴァーニィ。しかしウルフノスフェクトはいとも容易くそれを受け止めると、ヴァーニィに比べれば頼りない位の細さの腕で逆に押し返し、振り払うと体勢を崩した彼に蹴りをお見舞いして押し倒した。

 

「らぁっ!」

「がはっ!?」

「京也ッ!?」

 

 蹴り倒されたヴァーニィの姿にアルフが思わず声を上げる。その声に応える様に立ち上がろうとしたヴァーニィだったが、突然体から力が抜けた様にその場に崩れ落ちる。同時に両腕に纏っていたコートが解ける様に崩れ落ちて、コートを失いボディースーツと鎧だけの姿となってしまった。

 

「うぐぐ……!? かはっ!? はぁ、はぁ……」

「はっ、時間切れか。力を使い過ぎたな。血が欲しくて堪らねえだろ?」

「うぁ……ぁぁ……!」

 

 猛烈な渇きがヴァーニィを襲う。視線は忙しなく周囲を行き交い、何でもいいから喉の渇きを潤せる生き血を求めた。しかし視線を彷徨わせても、手の届く範囲に温かい血を流す存在は何処にもいない。

 唯一手の届くところに居る生き血を持つものは…………

 

「……ハハッ!」

 

 今正にヴァーニィを追い詰めているウルフノスフェクトだけであった。ウルフノスフェクトはヴァーニィが吸血衝動に駆られて苦しんでいる姿を見て、楽しむ様に彼の前に手をぶら下げ挑発した。

 

「ほれ、これか? これが欲しいのか?」

「あ、あぁ……!」

 

 飲まず食わずで砂漠を彷徨った旅人の様に、目の前の生き血に手を伸ばすヴァーニィ。手が届きそうで届かない所で自らの手を揺らして反応を楽しんだウルフノスフェクトは、ニヤリと笑みを浮かべるとあと少しで手が届きそうだった彼の顔を蹴り飛ばした。

 

「はい、ざ~んねん!」

「がっ!?」

 

 蹴り飛ばされ、地面に叩き付けられるヴァーニィはその場で胸元を押さえて苦しむ。もうこの際、地面に落ちた物でも雑巾の搾り汁程度の量でもいいからとにかく血が欲しくて堪らなかった。

 

 そんな彼の目に、ウルフノスフェクトが血を吸って殺した女性の死体が映る。体の血液の半分以上を吸われて事切れた女性の肌は、干からびた果実の様に血の気を失い干からびていたがまだ僅かに血が残っている。滴る血の気配にヴァーニィは気付けばその死体に向け手を伸ばしていた。

 

「は、ぁぁ、ぁ……!」

 

 今、彼は自分が何をしているのかを理解しているとは言い難かった。死体に食らい付き血を啜るなど、人道や倫理に反する事への嫌悪感など欠片もない。今彼の中にあるのは、この悍ましい程の渇きを癒す事への欲求のみであった。

 

 あと少しで女性の死体に手が届く……と思われたその時である。

 

「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

 突然物陰から見ていたアルフが叫びながら飛び出し、ヴァーニィを女性の死体から引き剥がした。その顔は青褪め、焦りから呼吸が荒くなり目尻には涙を浮かべている。

 あと少しで血に手が届きそうだったヴァ―ニィは、何とかして血を手に入れようとアルフの腕の中で暴れた。

 

「あぅ、うぁぁぁぁ……!」

「止めて京也ッ! お願いだから止めてッ!」

「はぁっ!? はぁっ!? あ、ぐぅぅぅ……!?」

 

 揉み合いになるヴァーニィとアルフ。不思議な事にヴァーニィは頑なに直ぐ傍にいるアルフにだけは手を出そうとしなかった。今なら彼女の首筋に食らい付きその血を啜る事も出来る筈なのにである。

 

 その様子を傍から見ていたウルフノスフェクトは、失望したと言う様に大きく溜め息を吐き2人に近付くと2人を引き剥がし、アルフの首を掴んで持ち上げヴァーニィを足で踏み付け押さえつけた。

 

「う゛ぁっ!?」

「ぐっ!?」

「フン、もういい。ちょっとは面白い事になるかと思ったが、もう十分だ」

 

 ウルフノスフェクトはまずヴァーニィを始末する為、邪魔になるアルフを近くの路地に向け放り投げた。投げ捨てられたアルフは路地の壁に叩き付けられ、意識を失ったのか崩れ落ち動かなくなる。

 

「あがっ!? あ、ぅ……」

「あの女は連れて帰らないといけねえからな。ヴラド様のご所望だ。だがお前は違う。お前は後々邪魔になりそうだからな、今この場で始末する」

「く、うぅ……!」

 

 胸板を足で踏み付けられ、ヴァーニィは必死に藻掻いた。コートがある状態なら手甲を作り爪で切り裂いて逃れる事も出来るが、今の状態ではそれも叶わない。

 血に飢えた目を向けながら藻掻くヴァーニィを、ウルフノスフェクトは見下しながら手を貫手の形にし爪を彼の首に突き立てようとした。

 

「あばよ、ヴァーニィッ!」

 

 ウルフノスフェクトの爪がヴァーニィに迫る。高速で放たれた貫手がヴァーニィの首を貫き彼の命を刈り取るかに思われた。

 

 その時、一発の銃弾がウルフノスフェクトの腕を撃ち抜いた。撃ち抜かれた腕は大きく抉られ、半分残った肉と皮でギリギリ繋がっている状態になった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突然の激痛にウルフノスフェクトの口から悲鳴が上がる。腕を撃ち抜かれた衝撃で後ろに後退ったウルフノスフェクトは、自らの腕の状態に思わず目を見開く。

 

「な……ば、馬鹿な……!? な、何で? 何で回復しねえッ!?」

 

 腕を引き千切りかけた威力もそうだが、何より彼を驚かせたのは本来彼らノスフェクトが持っている筈の驚異的回復力が機能しない点であった。特にウルフノスフェクトはついさっき、人が2人死ぬほどの量の血をたっぷり吸っている。それだけの血を吸えば、回復力を維持するには十分なエネルギーを得ている筈なのに、だ。

 

「誰だッ!」

 

 これはヴァーニィでも、S.B.C.T.でもない。そう直感したウルフノスフェクトが銃弾が飛んできただろう方を見ると、そこに居たのは1人の女性であった。

 

 静かにウルフノスフェクトを見据える空色の瞳。一見するとシスターを思わせる白い装束に身を包み、灰色の髪を靡かせながら硝煙を上げる銃口を向けているのは、先程京也とアルフが偶然出会った孤児院のシスターをしているカタリナであった。

 ウルフノスフェクトは明らかに自分を撃った女性であるカタリナに向け、獰猛な視線を向け牙を剥く。

 

「テメェかぁッ! 何だテメェッ!」

 

 千切れかけた腕をぶら下げながら叫ぶウルフノスフェクトの前で、カタリナは手にした銃……銃身とストックを切り詰めたランダルに似た銃を腰に巻いたベルトの前方に装着した。そして首から下げているネックレスから銀の十字架を外し、それを両手で包む様に持ち口元に掲げて目を閉じ祈りを捧げる。

 

「主よ……どうか彼の者の魂に、安らかな眠りと救済を……」

 

 天上の神に祈りを捧げたカタリナは、瞼を開き揺るぎない決意を感じさせる目をウルフノスフェクトに向けると十字架を銃の横にある穴に装填した。

 

〈in Jesus' Name we pray.〉

 

 そして右手でグリップを握り、()()()()と共に引き金を引いた。

 

「変身……!」

〈Amen〉

 

 引き金が引かれると共に、銃口から一発の銃弾の様な十字架が発射される。十字架はカタリナの周囲を飛び回りながら白銀の雪の様な光を撒き散らし、その光を浴びてカタリナの体の鎧が形成される。純白のボディースーツの上に胸、両肩、両腕、両足を覆う銀色の鎧。頭は白い装甲に赤い複眼を持つヘルメットで覆われる。体の各部を鎧で包まれると、十字架は最後に彼女の顔に装着され赤い複眼が十字架を付けた兜で隠された。十字架にはスリットが入っており奥から赤い複眼が相手を見据え、頭頂部からは首筋までを覆うベールの様な銀色の布が広がり、腰から下も前開きの銀色のスカートで覆われる。

 

 それは闇を払う光を携えた、聖なる騎士。その姿にウルフノスフェクトは思わず後退った。

 

「お、お前は……!」

 

 警戒するウルフノスフェクトの前で、カタリナが変身した仮面の戦士は両手を胸の前で組み軽く俯き口を開く。

 

「シルヴァ……仮面ライダーシルヴァ。あなたに、神の加護があらん事を」




と言う訳で第6話でした。

今回登場した新たなライダー・シルヴァは描写からも分かる様にイクサをモチーフにしています。より具体的に言うとセーブモードのイクサがモデルとなっています。イクサはどちらかと言うとセーブモードの見た目の方が好みだったりします(個人の感想)

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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