今年もよろしくお願いいたします!
突如現れ、人を襲っていた鎧騎士の様な姿をしたノスフェクト。戦闘は避けられないとアッシュに変身した揚羽は素早くクロスショットのレバーを二回起こした。
〈Two judge! Judgement spear〉
嘗てエリーが使用していたアッシュは、専用武器として銀の鞭を使用していた。だが鞭は本来使用が難しい武器だ。扱いを少しでも誤れば、自分や仲間を傷付けてしまう。それに何より、鞭を使用するアッシュの姿は狂気と信仰心を暴走させた修道騎士団の過激派の姿を想起させる。それをそのまま復元するのは宜しくないと言う事で、揚羽に合わせる形で専用武器も鞭から槍に変えられていた。
銀の槍をアッシュが構える。するとそれを待っていたかのように、騎士の姿をしたノスフェクトが襲い掛かった。
「ガァァァァァァッ!」
「ハァァッ!」
飛び掛かって来るノスフェクトは姿に反して武器を持っていない。それならばリーチがある分アッシュの方が有利であった。アッシュは飛び掛かって来るノスフェクトの動きに合わせる様に槍を薙ぎ払い、振るわれた槍に殴り飛ばされる形でノスフェクトが集積されていたゴミの山に突っ込む。
「ガフッ!?」
ゴミの山に埋もれて藻掻くノスフェクト。アッシュは一気に勝負を決めようと槍を構え、落下の勢いを乗せて突き立てようと思いっきり跳躍した。
「ヤァァァァァァァッ!!」
「くぅ……! ふっ!」
高く跳躍して槍を構え落下してくるアッシュの姿に、やっとゴミの山から顔を出したノスフェクトは徐に口元に手を持っていくと先程吸血して殺した男に向け何かを投げつけた。
それは人間を下級のノスフェクトに変異させるクロスブラッド。突き立てられた十字架がその中身を流し込みながら埋没すると、男の体を変異させてノスフェクトにした。
「グルルルッ……!」
騎士のノスフェクトにより男はドッグノスフェクトに変異させられた。立ち上がったドッグノスフェクトは、自身より上位の存在である騎士のノスフェクトを守るべく飛び掛かろうとしていたアッシュに横から襲い掛かった。
「ガルァァァッ!」
「きゃぁっ!?」
出し抜けに横から飛びついてきたドッグノスフェクトに殴り飛ばされる形で体勢を崩され、アッシュは槍を落として地面に叩き付けられてしまった。ドッグノスフェクトはそのままアッシュに馬乗りになると、鋭い爪で何度も彼女の体を引っ掻きボディースーツや鎧を引き裂こうとした。
「ガルルルッ! ガァァァッ!」
「あぐっ!? う、くっ!? この、やめ、あぁぁぁっ!?」
アッシュも必死に抵抗しようとするが、マウントを取られた状態だと振り払うのが難しい。加えてこのドッグノスフェクト、下級ノスフェクトである筈なのに妙に強かった。騎士のノスフェクトが生み出した事が関係しているのか、それとも単純に今のアッシュに力が足りないのかは分からないが兎に角彼女は追い詰められつつあった。
このままだと危ういかと思われたが、彼女だって伊達にカタリナについて行った訳ではない。攻撃されながらも何とかクロスショットを抜き、至近距離から何発も銀の銃弾を叩き込んだ。
「こん、のぉっ!」
「グギャァァァッ!?」
流石にこの至近距離で何発も銃弾を喰らうのは堪ったものではないのか、ドッグノスフェクトはアッシュへの攻撃を止めるともんどりうってひっくり返り肉体を銀で焼かれる激痛にのたうち回った。その隙にアッシュは立ち上がると、一旦クロスショットをベルトに装着し一気に4回レバーを起こした。
〈Four judge. God's execution!〉
「ハァァァァァァァァッ!!」
今の内に必殺技を叩き込むべきと、アッシュはゴッズエクスキューションを発動するとエネルギーを集束させた右足をのたうち回るドッグノスフェクトにお見舞いした。放たれた飛び蹴りを防ぐ事も出来ず、ドッグノスフェクトは肉体を粉砕され爆散した。
「ギャァァァァァァァッ!?」
「はぁ、はぁ……よし、次ッ!」
ドッグノスフェクトを倒せたアッシュだったが、まだ安心はできない。あのノスフェクトを生み出した張本人である騎士のノスフェクトがまだ残っているからだ。
一息つく間もなくアッシュは先程落とした槍を拾い上げ、改めて騎士のノスフェクトと相対すべく身構える。だが周囲を見渡しても騎士のノスフェクトの姿は何処にも見当たらなかった。どうやらアッシュがドッグノスフェクトと戦っている間に逃げられてしまったらしい。
だがまだ決して油断する事は出来ない。逃げたと思わせてこちらの隙を伺っているのかもしれないと、アッシュが周囲を警戒していると騒ぎを聞きつけたカタリナとルクスが合流してきた。
「揚羽さんッ!」
「揚羽ちゃん、大丈夫?」
「あっ! カタリナさん、ルクスさん!」
「揚羽さん、一体何が?」
「実は――――」
カタリナ達が合流した事に、アッシュも安心すると周囲への警戒もそこそこに変身を解き何があったのかを2人に説明する。
その様子を物陰の暗がりの中から静かに観察する一つの視線があったのだが、その事に揚羽は勿論カタリナすら気付く事は無く、後の始末を現地の警察に任せて3人はその場を去っていく。彼女達の姿が見えなくなると視線の主も音もなく姿を消すのであった。
***
ノスフェクトが出現したと言う事で、揚羽達はより強く警戒しながら当日を迎える事となった。ただでさえ怪盗ジェムと言う問題に直面していると言うのに、この上更にノスフェクトにも対処しなければならないのだから。
「カタリナさん、これ私達怪盗ジェムを捕まえた後もここに居なきゃいけないですよね?」
「そうですね。件のノスフェクトを放置する訳にもいきませんし。少なくとも、S.B.C.T.が来るまでは私達で何とかする必要があります」
「もう連絡はしてあるけど、やっぱり引く手数多だからこっち来れるまでは時間掛かるってさ」
頭の痛い話だ。どこもかしこも人手不足。根本的な問題は対抗できる力を持つ者が限られると言う事にあるが、だからと言って皆が皆力を持てばそれはそれで力の制御が難しくなり混沌を招いてしまいかねない。良からぬ思想を持つ者が迂闊に力を持てば、暴徒化して無用な犠牲を生み出してしまいかねなかった。
そう言う事情があるからS.B.C.T.は自分達の技術を、秘匿とまではいかないが外部に漏らさないよう装備の管理を徹底しているのだ。
それはそれとして、今はノスフェクトと怪盗ジェムだ。怪盗ジェムの予告した日時は今夜0時。態々犯行時刻を予告してくれる辺り備えはしやすいが、裏を返せば備えられても尚盗み出せる自信がある事の表れでもあった。一筋縄ではいかなそうな今回の仕事に、揚羽は胃が重くなるのを感じてコップの中の白湯を流し込む。
「んく、んく……はぁ。…………あれ?」
「揚羽さん?」
「どしたの?」
僅かに冷めた白湯が胃を温める感覚に少し気分が落ち着いた。そこで揚羽は、ある事に気付いた。怪盗ジェムが犯行予告をした博物館がある街に、強力な力を持つ上級ノスフェクトが現れる。状況として出来過ぎではないだろうか? ファッジと比べてノスフェクトは野に放たれた数が圧倒的に少ない。偶然と考えるには確率が低すぎるように思えたのだ。
無論、本当にただの偶然と言う可能性もある。だがこの時揚羽は昨夜の戦いもあって少し疲れていた。その疲れが、思考をあらぬ方向にもっていってしまう。
「もしかして怪盗ジェムって、昨日のノスフェクトだったのかな?」
「えっ!?」
「……いやいや、そんなまさか…………まさかねぇ?」
何気なく揚羽が口にした仮説に、カタリナは真剣に検討しルクスは否定しようとしたが否定しきれなかった。何しろ上級ノスフェクトは人間を意のままに操る催眠能力がある。その力を駆使すれば、一見不可能と思われる犯行も実現可能だろう。何しろ警備の人間を催眠で虜にしてしまえば、目当ての者を守る存在など物理的な隔離以外になくなる。そして対人用の物理的な隔離はノスフェクトにとっては無意味だ。ノスフェクト態にならずとも、素のフィジカルによる拳1つで鋼鉄の扉すら粉砕可能なのだから。
考えれば考えるだけ揚羽の仮説が現実味を帯びてきた。思わず3人は顔を見合わせ、何とも言えぬ沈黙が教会の一室を満たしていく。
「…………この事に関してはとりあえず保留にしておきましょう。確証は何もない訳ですし」
「そうね。どっち道今夜になれば分かる事だし」
「はい」
気を取り直した揚羽達は、今夜の予告時間に合わせる為体を休める事にした。だが揚羽の胸中は、再びあのノスフェクトと対峙した時の事を考え一抹の不安を抱かずにはいられないのであった。
その夜、深夜0時近く。
博物館が良く見えるビルの一室に、マクスウェル率いる一団が集まっていた。この部屋は博物館近くのホテルであり、彼らが一時的な拠点とする為使用している。
元々はただの宿泊の為の部屋だったが、今や室内は所狭しと機材が置かれ足の踏み場もない状況であった。その部屋の中で異彩を放つのは、やはり現実離れした美しさを持つ上級ノスフェクトのルビィである。忘れられた研究所から連れ出された時とは違い、今の彼女の首から下は体にフィットする鎧で包まれ顔だけが露出した状態であった。
「ルビィのコンディションは?」
「問題ありません。昨夜の戦闘の影響も皆無です」
「よし」
昨夜揚羽と戦ったノスフェクトはルビィであった。可能な限り身軽に動けるよう運ぶ機材などを必要最低限なものに絞った結果、彼らはルビィのエネルギー補給手段となる血液パックなども持ち合わせては居なかった。故に昨夜は彼女にエネルギーを補給させる為、人があまり出歩かない夜半に活動させ人を襲わせたのである。揚羽とはその際偶然遭遇してしまった。
予期せぬ遭遇戦には兜部分に仕込まれたカメラでモニターしていたマクスウェル達も冷や汗を流したが、ルビィは上手い事逃れて痕跡も残さず撤退してくれた。洗脳装置でもある兜により理性的な思考が出来るからこその判断だ。本能のままに暴れる本来の彼女であれば、こう上手くはいかなかっただろう。そう考えるとマクスウェル達は改めて自分達の成果物に満足した。
「よし、では締め括りとしよう。ルビィ、行け」
マクスウェルの指示にルビィは無言で頷くと、足音も立てず静かに部屋から出ていく。その最中、ヘッドギアが展開してフルフェイスの兜になった。件の洗脳装置を兼用する兜は、普段は違和感が無いようにとヘッドギアになるように作られていたのだ。
フル装備状態となったルビィの兜にはカメラも搭載されていた為、マクスウェル達にも彼女が何をどう見ているのかが分かる。ルビィは今ホテルを出て、屋根伝いに目的の博物館へと向かっている最中であった。時間が時間な為、少し目立つ動きをしても注目を浴びる事は無い。
彼らの目的は、例の博物館に展示されているバイカラーの宝石であった。
「しかしいいタイミングだった。あの宝石を手に入れてみせれば、ルビィの性能と使われている装置の性能の両方を示す事が出来る。加えて資金調達にもなるとなれば、正に一石二鳥どころか三鳥!」
これが彼らがルビィに博物館を襲わせる目的だった。彼らはルビィとルビィの制御に使われている装置の性能を実証する序でに、価値のある宝石を回収し活動資金とするつもりだったのである。あれ程の見事な宝石だ、闇オークションで競売に掛ければ数千万円は軽く下らないだろう。それを元手に、各地に散って細々とした活動を行っている同士と合流する。
マクスウェルがそんな事を考えていると、ルビィは博物館の屋根の上に辿り着いた。静かに移動し、目的の宝石が展示されているブースのちょうど真上に辿り着く。天窓があるのでそこから中を覗き込めば、部屋の中央には防犯用の囲いに覆われた宝石が鎮座していた。
が、日中と違うのはその周りに見慣れぬ3人の女性が居る事だった。ルビィはその優れた視力で、マクスウェルはカメラのズーム機能でその3人が何者なのかを確認する。
「あれは……」
そこに居たのはカタリナ、ルクス、揚羽の3人であった。彼女達は今夜が予告されていた日であると言う事で、怪盗ジェムを迎え撃つ為狙われている宝石のすぐ近くで守る事にしたのである。もし敵が特異生物的な力で犯行を行うのであれば、人数で不安がある彼女達に出来る事は下手に見回りする事ではなくすぐ近くで守る事であるからだ。
これにはマクスウェルも少し悩んだ。ルビィの力をもってすれば、あの3人を蹴散らして宝石を奪う事も容易いだろう。だが単純な力押しだけでは性能評価に不十分だ。洗脳装置の性能をより示す為には、姑息な手を使って見せなければ複雑な動きが出来ると言う実証にはならない。
「よし…………ルビィ」
マクスウェルは備え付けのマイクで指示を出す。ルビィはそれに従って一度そこから離れていった。
その手には何時の間にか、クロスブラッドが幾つか握りしめられていた。
***
一方その頃、宝石の展示室ではルクスが何の異変もない事に早くも飽きを感じて夜と言う時間もあり眠気から大きな欠伸をしていた。
「ふぁ~~~~……」
「ルクスさん、少し気を抜きすぎですよ?」
「はふぅ……でもさぁ、もう時間になるって言うのに何の異変も起こらないじゃない? もう暇で暇で……あふ」
そう言って再び欠伸を零すルクスに、内心で揚羽も同じ思いであった。時計を見れば間も無く深夜0時。だが未だに誰かがやってくる気配は感じられない。天窓の方を見れば、そこには人影など欠片も見る事は出来ず窓から覗き見える夜空だけが広がっていた。
それでも揚羽は気を抜いてはいなかった。彼女が気にしているのは、怪盗ジェムよりも先日遭遇したノスフェクトの方だったからである。
「……あのノスフェクト、今何処で何してるんだろう」
手持ち無沙汰になった揚羽の何気ない呟き。それを聞くとルクスも流石にのんびりしてはいられないのか、三度欠伸を零しそうになる口を噤んだ。怪盗ジェムに関しては分からないが、ノスフェクトは間違いなくこの街の何処かに潜んでいるのだ。ならばそれ相応の警戒をしなければ。
そうして気合を入れ直した事が功を奏した。次の瞬間カタリナとルクスの2人は弾かれた様に顔を上げ、部屋の外から感じる不穏な気配に表情を険しくさせたのだ。
「! カタリナッ!」
「えぇ、私も感じました」
「え? え?」
まだ2人ほどの域には達していない揚羽は、突然の豹変に一瞬困惑する。が、それが敵の出現を意味していると気付くと遅れて警戒して部屋の外へと視線を向けた。すると何処からか叫び声の様な物が聞こえてくる。
「これって……!?」
「……揚羽さん、あなたはここに居てください」
「宝石の御守、お願いね?」
そう言うとカタリナとルクスの2人は、部屋の外で何が起きているのかを確認する為急ぎ出ていった。残された揚羽は、何時何処から何が来ても良いようにと腰にベルトを装着して身構える。
「…………」
油断なく周囲を警戒する。このタイミングで騒ぎが起こるなど、例の怪盗ジェムの仕業と言う可能性が高い。差し詰め盗み出すのに邪魔な警護を誘き出して、手薄になった所を盗み出す算段の筈だ。カタリナ達もその事には気付いているだろうが、かと言って騒ぎを放置する訳にはいかない。揚羽はカタリナ達にこの場を任された者として、その信頼に応えるべく今までになく神経を尖らせていた。
その彼女の様子をルビィが上から覗き込む。言うまでもなく外で起こった騒動は彼女の仕業だ。正確にはそうする様に指示したマクスウェルの策でもあるが、彼女が無作為に一般の警備員や夜の街を出歩いている人にクロスブラッドを使用しノスフェクトに変異させて暴れさせたのである。
これで警備に当たっている3人が離れてくれれば御の字だったが、生憎と揚羽だけは残ってしまった。相手がそこまで迂闊ではない事にカメラを通して見ていたマクスウェルは不満そうに喉を鳴らすが、昨夜の戦いの様子なら揚羽だけであればルビィなら容易く下せると判断して攻撃の指示を出す。
『ルビィ、奴をやれ』
指示を受け、ルビィは天窓をブチ破り展示室の中へと飛び込んだ。瞬間警報装置が作動し博物館全体に非常ベルが鳴り響き、同時に揚羽は頭上から聞こえてきたガラスの割れる音に上を見上げ昨夜見たルビィの姿に目を見開く。
「あっ!?」
「カァァァァァッ!」
「くぅっ!」
貫手を突き立てようとしながら飛び降りてくるルビィに、揚羽は咄嗟に横に転がって回避すると立ち上がりざまに抜いたクロスショットを発砲し牽制する。その程度の銃撃ではルビィの鎧を抜く事は出来ないが、相手の追撃を止める事は出来た。
その隙に揚羽はクロスショットを再び腰に装着し、ロザリオから外した十字架を装填し変身する。
〈in Jesus' Name we pray.〉
「変身ッ!」
〈Amen〉
揚羽はアッシュに変身すると、即座に銀の槍を生成し構えながら突撃する。槍のリーチにまで近付くと、軽くジャンプしながら体を回転させ円を描く様に穂先でルビィを横薙ぎに切り裂こうとする。
「フッ!」
「ぬぅっ!」
加速と遠心力を加えた槍の穂先の横薙ぎは、威力自体は高いだろうがその分隙も大きい。見やすい攻撃故に回避は容易く、ルビィは回転に合わせる様に横に転がる事で回避するとその場で血の弾丸を生成しアッシュに向け斉射した。たった1人で弾幕を張るルビィを前に、アッシュは槍をプロペラの様に回転させて弾き防御する。
「おぉぉぉぉっ!」
そのまま再びルビィに接近したアッシュは、今度は至近距離で素早く槍を振り回して圧倒する。穂先だけでなく柄や石突を攻撃に用いる事で、アッシュの周りには一種の結界のような攻撃圏が発生する。攻撃圏内に入れば容赦の無い攻撃が襲い掛かる、アッシュの技量は過去にバルトを扱った時に比べて格段に上がっていた。その攻撃にはルビィも思わず攻めあぐねるほどである。
まるで嵐の様な連続攻撃が、遂にルビィの体を捉え始める。初めは鎧の表面を僅かに削る程度だったが、次第に穂先が掠め石突が相手の防御を弾く。
「(今ッ!)ハァァァァッ!」
「ぐっ!」
防御を崩した一瞬の隙を突き、鋭い刺突がアッシュから放たれる。その一撃にルビィは僅かに反応が送れ、完全に回避することは叶わず左手を突き刺された。
その光景に勝機を見出すアッシュだったが、それは次の瞬間驚愕に塗り潰される事になった。
何とルビィは槍が刺さった左手を無理矢理動かす事でアッシュの攻撃を横に逃し、更にそのまま槍を押さえて身動きを封じたのである。
「あっ!?」
「グルァァッ!」
「あぁぁぁぁっ!?」
自身の被害をまるで気にしない行動にアッシュは一瞬思考が停止してしまう。その隙に至近距離からの殴打を喰らって殴り飛ばされ、その際に思わず槍を手放してしまった。アッシュが槍から離れると、ルビィは銀成分の影響で鎧の下でボロボロのグズグズになった左手ごと槍を捨てると、殴り飛ばして倒れたアッシュに接近し立ち上がろうとする彼女の頭をサッカーボールの様に蹴り飛ばし鎧に包まれた胸を何度も踏み付ける。
「う、くぅ……!」
「フンッ!」
「がはっ!? ぐ、あぁぁっ!? うぐ、げほっ!?」
虫けらのように何度も踏み付けられながら、アッシュはクロスショットを抜くとルビィに向け発砲する。この至近距離なら避けられまいと言う判断からの発砲だったが、放たれた銃弾はルビィの鎧を貫く事なく弾かれ逆に銃を持つ右手を踏みつけられ身動きが封じられてしまった。
「あぁぁぁぁっ!?」
骨が軋む音に悲鳴を上げるアッシュ。ルビィは彼女の悲鳴が心地良いと言う様に鼻を鳴らすと、右手を踏み躙りながらしゃがみ覆い被さると兜の口元を開きその下に隠されていた牙のある口を露出させる。彼女が何をしようとしているのかを察したアッシュは、残された自由に動かせる左手を使って何とか押し返そうと抵抗した。
「い、や……!? や、止め、て……!」
「ググッ……ガブッ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
抵抗も空しく、首筋に牙が突き立てられ血を啜られる。牙が突き刺さる激痛と、その直後に襲ってくる体の奥底から無理矢理引きずり出される快楽にアッシュの口から悲鳴が上がった。
どうしようもないくらい熱くなる体に悶えながら、何とか引き剥がそうと左腕と足を使ってルビィを押し返す。だがルビィはアッシュをがっしりと押さえ付けており、吸血されている事によって力が抜けてきている為押し返す事も出来ない。無意味に手足をジタバタさせるのみで、その間も血を啜られ代わりに無理矢理押し付けられる快楽に意識が朦朧とし始めた。
「あ、う……うあぁぁっ! はっ、はっ……ひぐっ!」
次第に声に艶が出始める。自分の口からこんな声が出るのかと何処か他人事に感じながら、次第に抵抗も弱まり脳裏には諦めの感情が浮かび始めた。
(あぁ……私、ここまでなのかな……ごめんなさい、カタリナさん、ルクスさん…………)
まず最初に考えたのはカタリナ達への申し訳なさだった。こんな自分を導いてくれたと言うのに、自分はそれについて行くことが出来なかった。結局自分はただの小娘に過ぎなかったのだと思い知らされ、不甲斐無さに仮面の下で目に涙が浮かび視界が滲む。
だがそれ以上に彼女の心を占めていたのは、未だ再会する事叶わぬ京也への想いであった。
(紅月君……出来れば、もう一度会いたかったな……)
会って、今一度あの時の事を謝りたい。実里が死んだ時に彼にぶつけてしまった心無い言葉の数々、そして彼に行ってしまった暴虐の数々。それらを謝罪し、漸く彼女は前に進む為のスタート地点に立てる気がするのだ。
そして、もし許されるなら…………それ以前に彼に向けて抱いていた想いを打ち明けたい。自分が選ばれないなんて分かっている。だが、言葉にする事で整理がつく事もある。京也への告白がそれだ。フラれると分かって尚、口にしなければ気持ちに整理が着けられない。
だがそれももう叶わぬ事。全身が蕩けそうになる快楽に反して、手足の先はどんどん冷えていき力も抜けてきた。自分の命の灯ももう後僅かと、諦めながら何気なく視線をルビィが入ってきた天窓へと向ける。
(…………え?)
そこに見えたものに、アッシュは思わず目を瞬いた。天窓から音もなく飛び降りてくる者の姿がある。人型の姿のそれは、紅く輝く目をルビィに向けながら飛び降り、着地と同時に接近するとアッシュの血を啜る事に夢中になっているルビィの脇腹にサッカーボールキックを叩き込んで強引に彼女から引き剥がした。
「ごぼぁっ!?」
飲み掛けていた分の血を吐き出しながら蹴り飛ばされたルビィ。漸く解放されたアッシュは、血を失ってクラクラとする頭を持ち上げながらも自分を助けてくれた人物を見上げる。月明かりが逆光となって顔の部分が影になって分かり辛いが、反射した光に照らされたその顔は彼女が誰よりも探し待ち続けた人物のそれであった。
「あ、あ……あぁ…………!」
その人物の顔を見た瞬間、アッシュの心に歓喜が広がった。同時に安堵が広がり、吸血されて力が抜けた事も加わって変身が解けてしまう。だがそれも無理からぬことであった。何を隠そう、そこに居たのは彼女が心の奥底で求め続けた彼だったのだから。
「あ、紅月君ッ!」
揚羽が彼……京也の名を呼ぶと、彼は彼女を安心させるように軽く微笑んだ。
「磯部さん、久し振り……大丈夫?」
「あ、へーきへーき! これ位何とも……うわっととッ!?」
先程までルビィに覆い被され血を啜られていた事を心配する京也に、揚羽は何ともないと立ち上がり彼を安心させようとする。だが立ち上がった直後足から力が抜け、そのまま前のめりに倒れそうになる。それを京也に受け止められ、彼に抱きしめられた事に揚羽の顔が赤くなり心臓が飛び出しそうになるくらい跳ねた。
「あ、と……!」
「!!!!」
「やっぱり……磯部さん、ちょっとゴメンね」
京也は揚羽を受け止めるとそのまま抱きしめる様に先程彼女がルビィに吸血される際に牙を突き立てられたところに口を近付ける。首筋に感じる京也の吐息に揚羽の心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動した。
「え、ちょ、ま……! 紅月君、待って……」
「カプッ」
「んいぅぅぅぅぅっ!!」
徐に京也が揚羽の首筋に噛み付いた。今の彼はノスフェクトなので、それが意味するのは即ち先程彼女がされた吸血なのだが、この時彼が行ったのはその逆であった。
「んぅぅぅぅぅぅぅっ! あ、あぁ……! な、何? 何か、入って……あはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
揚羽は先程ルビィにより血を吸われ、力と命を奪われていた。京也はそれにより擦り減った彼女の力と命を補充する為、噛み付いた部分からエネルギーを流し込み回復させたのである。流し込まれるエネルギーは優しい熱さを持っており、その熱が彼女の体を滾らせていった。
先程とは違う意味で悶える揚羽の体に力が満ちていく。もう十分だと京也が判断して口を離すと、離れる彼の熱に揚羽は名残惜しそうな声を上げ物欲しそうに彼を見つめた。
「ぁ…………」
「もう大丈夫。磯部さん、辛い所とかない?」
「へ? あ、うん……もう大丈夫。ありがとう、紅月君」
「良かった」
揚羽が回復した事に京也は安堵の笑みを浮かべ、次の瞬間彼は表情を引き締めルビィの事を睨み付けた。
「……君はとても危険だ。悪いけど、倒させてもらうよ。……アルフッ!」
『んっ』
京也の影から浮上する様に姿を現したアルフは、彼の後ろから抱き着く様にその首筋に牙を突き立て血を啜りクロスブラッドを生成する。それを受け取った京也は、腰にヴァンドライバーを装着してヴァーニィに変身する。それを見て揚羽も、彼に続くべく再びアッシュに変身した。
「変身ッ!」
〈ダイシリアス! キョウヤ!〉
「私もッ! まだ戦えるッ!!」
〈in Jesus' Name we pray.〉
「変身ッ!」
〈Amen〉
並び立つヴァーニィとアッシュ。2人の仮面ライダーを前に、ルビィも警戒心を露わにし邪魔者を排除すべく身構えた。
「ガルルルル……!」
「磯部さん、行くよッ!」
「うん、紅月君ッ!」
同時に駆け出すヴァーニィとアッシュ……そしてそれを迎え撃つルビィ。
その戦いを、見つめる一つの視線があった。先程ルビィが飛び込む際に割った天窓の縁に立ち、風にマントを靡かせる人影。月明かりに照らされ黒いシルエットとなったその顔には、蝶を思わせる複眼が桃色に輝き眼下の戦いの様子を見ていた。
と言う訳で特別編第3話でした。
新年最初の更新でヴァーニィの再登場となります。嘗てはすれ違いの末敵対し最終決戦でやっと和解できた2人ですが、今回は最初から互いに背中を預け合う間柄です。
そして、次回は遂に……
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。