今回で特別編も終了となります。お待ちかねのジェムの活躍に加えて、ちょっとしたゲストキャラのサプライズも用意しています。
突如現れた怪盗を名乗る仮面ライダージェム。まるでパフォーマーの様な佇まいのジェムに、挑発されていると受け取ったのかルビィは洗脳で封じられていた本来の力を発揮しノスフェクトとしての姿となってジェムに襲い掛かる。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
マクスウェル達により着せられた鎧が内側から弾け飛び、新たな鎧が血が固まる様に彼女の体を覆う。攻撃的な性格を表す刺々しい見た目の鎧。右手を構えると、滲み出た血が槍の形となり固まったそれをジェムに突き立てようと飛び掛かった。
「ハァァッ!」
放たれた重く鋭い刺突。だがジェムは自身の後ろに居たアッシュを退かし、更に軽く笑みを浮かべながら舞うような動きでそれを回避してしまった。
「フフンッ」
「チィッ!」
一度回避された程度でルビィの……レギナノスフェクトの攻撃が止まることはなく、右手の槍を何度も振るい、突き刺しジェムの体を傷付けようとした。見た所ジェムはあまり防御力が高いようには見えない。一発でも喰らえば即座に致命的なダメージとなるだろう。
恐ろしいのはレギナノスフェクトの攻撃だ。一見すると感情に任せたデタラメな振り回しに見えるが、その実攻撃自体は実に正確で狙いが定められている。傍から見ていてヒヤリとする場面も何度かあった。時折フェイントを交えて、ジェムが回避しようとするとそれに先んじて逃げた先を狙うような一撃が放たれた時はマズいと危機感を抱いた程だ。
ところが…………
「よっ! はっ! うふふっ!」
「くっ! このっ!」
「す、凄い……」
《全部避けてる》
ジェムは嵐の様な攻撃の全てを回避していた。紙一重の回避も幾つかあったが、それでも彼女の体にはかすり傷一つ付けられてはいない。無意味に槍を振り回して体力を消耗してばかりのレギナノスフェクトは、積み重なる心身の疲労から遂に攻め手が緩んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………くっ」
「あらあら、もうお終い? まだパーティーは始まったばかりよ?」
レギナノスフェクトの攻撃の手が止まると、ジェムは相手を挑発する様にマントを靡かせこれ見よがしに首を傾げてくる。舐め切ったその姿にレギナノスフェクトは怒りのボルテージが上がり、それにより先程より更に攻撃の速度が上がった。
「ふ、ざけるなぁぁぁぁっ!!」
抉れるほどの力で床を蹴り、衝撃で的が揺れるほどの速度でレギナノスフェクトがジェムに迫る。このタイミングでこの一撃は避けられない。アッシュが咄嗟に援護しようとクロスショットを抜こうとするが、それよりもジェムの動きの方が早かった。
「ふっふ~ん!」
ジェムはレギナノスフェクトがこう動くだろう事を読んで、突撃してくる前にベルトのバックル左側のレバーを引いた。するとバックル中央の円盤が高速で回転を始め、徐に右手の中指に嵌めている透明に輝く指輪の宝石部分を円盤部分に触れさせた。円盤と宝石が触れ合うとその瞬間宝石が削れた音が響き、ベルトからは宝石が削れて飛び散った粒子が舞う。その粒子に研磨の瞬間放たれた光が当たると、光は乱反射を繰り返しジェムの周囲に無数のジェムが姿を現した。
「!?」
眩い光と無数のジェムの姿にレギナノスフェクトは束の間標的を見失った。それでも構わず槍を薙ぎ払うが、攻撃が命中したと思った瞬間全てのジェムが削れた宝石の粒子となって舞い散り完全に姿が消えた。
「くそっ! こんな目くらましッ!」
まだ近くに入る筈だと、レギナノスフェクトはしちゃかめっちゃかに槍を振り回す。あまりに派手に槍を振り回す物だから展示室の中はメチャメチャに破壊された。このままだと展示されている宝石までもが被害を受ける。
それを誰よりも良しとしていないのは、宝石を盗むと言う予告をしていたジェム本人であった。
「困るのよね、私が狙ってた獲物を横取りするような真似をされちゃ」
「ぐぅっ!?」
ジェムの姿を見失っていたレギナノスフェクトは、出し抜けに背中を蹴り飛ばされ前のめりにひっくり返る。そこにジェムからの追撃が放たれるが、案の定銀成分を含んでいないからか効果は薄かった。
「こんな攻撃、効くかってのよッ!」
「やっぱり、対ノスフェクト用の装備じゃないんだ。僕らが何とかしないとッ!」
幾ら技量が優れていても、装備が通用しないのであれば意味は無い。ヴァーニィは自分がレギナノスフェクトの相手をしようと前に一歩踏み出すが、一方でジェムの方はこんな状況であっても余裕を崩す事は無かった。彼女は徐に右手に嵌めている指輪を赤黒い宝石が付いた物に交換すると、クラッシャー越しに宝石に口付けをした。
「そう慌てないで。知ってるわ、ノスフェクトが銀を含んだ攻撃でないと通用しないなんて」
「えっ?」
「今までのは様子見。相手の動きを見る為にね。ここからは、私の時間よ」
そう高らかに告げると、ジェムは一旦レギナノスフェクトから距離を取った。そして再びバックル左側のレバーを引いて円盤を回転させると、右手の指輪の宝石部分を擦り付けた。するとバックルの色が白から赤に変わり、同時に光と赤い粒子が飛び散りベルトから音声が響く。
《Change of Cut, Cloth Cinnabar! Commit the Alchemist!》
音声が高らかに響く中、飛び散った粒子が引き寄せられるようにジェムの体を包み込む。まるで研磨していない宝石の原石の様な光の塊となったジェムは、次の瞬間光が弾け飛び再び姿を現すとその姿を大きく変えていた。
白かったボディースーツは赤く染まり、茶色いローブと銀色の鎧を身に纏っている。手には先端に拳大の赤い宝石を付けた杖を持っており、その姿は一言で言い表すなら魔法使いか錬金術師を彷彿とさせた。
新たな姿となったジェムは、手の中にある杖をバトンか何かの様にクルリと回転させると先端の宝石をレギナノスフェクトへと向けた。すると宝石の前に魔法陣の様な物が出現し、そこから無数の火球が放たれレギナノスフェクトへと向かっていく。
「くっ!」
放たれた無数の火球を、レギナノスフェクトは素早い動きで回避していく。ジェムの火球の弾幕は相手を寄せ付けないよう次々と放たれるが、レギナノスフェクトはその火球の隙間を縫うように動きジェムとの距離を縮めていく。
そして遂にレギナノスフェクトの攻撃が届く距離まで両者が近付いた。
「貰ったぁぁぁッ!」
右手の槍をジェムに突き立てんと飛び掛かるレギナノスフェクト。だがその瞬間、ジェムは手にした杖を指揮者の様に軽やかに振るうと、出し抜けに足元の床から岩の壁が飛び出しレギナノスフェクトの攻撃を受け止めてしまった。
「なっ!」
「そ~れ!」
てっきり火球を打ち出すだけかと思っていたら岩の壁を出現させた事にレギナノスフェクトが驚愕している隙に、ジェムが再び杖を振るうと今度は強烈な放電が放射状に放たれる。如何に素早く動けるレギナノスフェクトと言えども、放射状に放たれた電撃から逃れる事は難しく全身を電撃に焼かれ堪らず動きを止めてしまった。
「うぐぁぁっ!? ぐぐぐ……!」
「よいしょ♪」
何とか電撃を堪えて体を動かそうとするレギナノスフェクトであったが、ジェムは容赦せず杖を振り下ろすとレギナノスフェクトの頭上から巨大な氷塊が落下してくる。氷塊に押し潰されレギナノスフェクトの姿が見えなくなるが、この程度で倒されるほど弱くもなく落下地点から氷塊に罅が入り砕け散った。
「舐めるなぁぁぁッ!」
氷塊を砕いて脱出したレギナノスフェクトが一気にジェムと距離を縮めようとするが、その時には既にジェムは杖を前に向け今度は巨大な炎の塊を放ちレギナノスフェクトの体を包み込んでいた。
「ぐぅぅぅぅぅっ!? こ、こんな炎程度…………!?」
ヴラドに匹敵するノスフェクトであるレギナノスフェクトにとって、ただの炎も決して脅威とはなり得ない。炎に体を焼かれてもその端から回復していくので、ダメージを無視して相手に攻撃する事は十分に可能であった…………本来であれば。
だがレギナノスフェクトを焼くこの炎は普通の炎ではなく、焼かれた傷は再生するどころか逆に焼け爛れた範囲がどんどん広がっていく。しかも今自分を焼くこの痛みは、ただ炎に焼かれているからと言うだけではない事に彼女自身気付いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? な、なぁっ!? こ、こ、この炎、この痛みッ!? こ、これ、どういう事ッ!?」
「どう、効くでしょ? シナバー……辰砂は水銀の原料。辰砂の力を得た魔法には、全てに銀の力が入ってる。銀が弱点のアンタには効果覿面でしょ」
銀の成分を含む炎に全身を焼かれてのたうち回るレギナノスフェクトを眺めながら、ジェムはその姿を元の白いボディースーツと黒い鎧、シルクハットを被った様な基本形態の『クオーツカット』に戻す。そしてヴァーニィ達に目配せすると、彼にトドメを刺すよう勧めた。
「とは言え、確実に仕留めるなら餅屋に任せるのが間違いないからね。ほら、さっさとトドメ刺しちゃったら?」
「え? あ、あぁ、そうだね」
ジェムの戦い方に見惚れていたヴァーニィは、彼女に声を掛けられて我に返ると改めてロードブラッドになるべくアルフを抱き寄せた。
「それじゃあ、行くよアルフ」
《ん……》
「ガヴッ」
《んくぁぁっ!》
変身した時とは逆に、今度はヴァーニィがアルフに噛み付きその血を啜る。そして十分に血を吸い、その口からクロスブラッドを生成するとベルトのバックルを開きその中に装填しバックルを閉じた。
〈ダイシリアス! ロード!〉
上級ノスフェクトであるアルフの血から作り出したクロスブラッドの力で、ヴァーニィが王の力を手に入れる。王者としての装いを身に纏った彼に対し、やっと炎が消え全身が焼け爛れたレギナノスフェクトはボロボロになりながらも槍を床について立ち上がり怒りの籠った目をジェムに向けていた。
「はぁっ! はぁっ! こ、殺す……! お前、殺してやるッ!!」
自分が負った傷を癒す為に、ジェムの血を干からびるまで搾り取ってやると大きく口を開けて飛び掛かる。だがジェムは再びバックラーの円盤を回転させ、指輪の宝石を擦り粒子と光を散らして自らの姿を眩ませレギナノスフェクトを回避した。
「くそ、また……!」
「ハァァッ!」
「ぐぁぁっ!?」
神出鬼没なジェムに翻弄されるレギナノスフェクト。そこにロードブラッドとなったヴァーニィが殴り掛かる。意識を完全にジェムの方に向けていたレギナノスフェクトはこれを躱す事が出来ず、殴り飛ばされて床の上を転がった先の壁に激突した。
「ぐ……くぅっ!」
壁に手をついて立ち上がり槍を構えて反撃に出るレギナノスフェクトを、ヴァーニィは血で出来た剣を手に取り迎え撃つ。槍と剣がぶつかり合う激しい剣戟の音が響く中、未だに倒れているアッシュにヴァーニィから出た実里が手を貸し立ち上がらせた。
《揚羽、しっかり!》
「みのりん……! うん!」
久し振りに聞いた親友の声に、アッシュは目に熱いものが込み上げてくるのを感じるもそれを堪えて差し出された手を取り立ち上がる。すぐ傍に感じる親友の気配、友と再び並び立てる奇跡に感謝しながら、アッシュは先程のお返しと言わんばかりに実里と2人でレギナノスフェクトに跳び蹴りをお見舞いした。
「みのりん、行くよッ!」
《オーケー、揚羽ッ!》
「《せーのっ!》」
「はぁ、はぁ……ん? ぐぁぁっ!?」
ロードブラッドのヴァーニィはレギナノスフェクトにとっても手強い存在であり、攻めあぐねている間に接近を許したアッシュと実里によるダブルキックを喰らってひっくり返る。それを好機と見て、ヴァーニィは床に手を突くと光に照らされた影の様に血を伸ばしてレギナノスフェクトの足元から無数の血の槍を伸ばして滅多刺しにして空中に磔にした。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
身動きが封じられたレギナノスフェクトに、ヴァーニィは接近し噛み付くとその血を啜り毒素を生成。ここまでの戦いで体力を削られていたレギナノスフェクトにこれを防ぐ術はなく、ヴァーニィのプレスクリプション・フィニッシュを喰らい致命傷を受けた。
「ガヴッ!」
「ぎぃぃぃぃぃっ!?」
「んぐ、んぐ……はぁっ!」
〈アナライズ! アイデント、マジックバレット!〉
「うぐ、あ……!? ま、待って、待……!?」
〈プレスクリプション・フィニッシュ!〉
「ハァァァァァァァァァッ!」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
放たれた蹴りが直撃し、蹴りと同時に撃ち込まれた杭からレギナノスフェクトにとって猛毒となる毒素が注入される。飛び蹴りの威力と毒によるダメージ、二つの相乗効果がレギナノスフェクトの肉体を崩壊させ血の槍から解放されても立ち上がる事は出来なくなっていた。
「あが……ぐっ!? が、はぁ……!? ご、ごん゛な゛……わ、わだじが、わ゛だじがぁぁ……!? やっと、やっと自由になれると思ったのに…………!?」
ペスター博士の野望により生み出され、危険だからと身勝手に長い間封印され、やっと解放されたかと思えば今度は自らの意思を封印されて自由に動く事を禁じられた。ノスフェクトとしての生を受けてからと言うもの彼女に自由と言うものは存在せず、束縛されてばかりであった。
自由を得る事なく死んでいく彼女に対し、ヴァーニィもアッシュも憐れみを感じずにはいられない。だが彼女はヴラドと違い、穏やかさとは程遠い存在である事も事実であった。自らの凶暴性を抑えきれず、望むままに破壊と殺戮を撒き散らす暴君となる未来しか見えない。そんな奴を野放しにする事は出来ず、彼らに出来る事はここで彼女を討つ事だけであった。その事に罪悪感を感じない訳ではなく、体を崩壊させていくレギナノスフェクトをヴァーニィは静かに見つめる。
自分に何も言わず見つめてくるヴァーニィに、レギナノスフェクトは何が出来る訳でもないが何もしない事もしたくないのか無意味に手を伸ばす。伸ばされた手はとてもヴァーニィに届くものではなかったが、彼は敢えて床に膝をつくとその手を握り返した。
「あ…………!?」
まさか握り返されるとは思っていなかったレギナノスフェクトは、思わず変異を解きルビィとなって目を見開く。ヴァーニィは驚愕する彼女に何も言わず、しっかりと手を握りしめたままジッと彼女の姿を目に焼き付けるように見つめていた。
そんな彼の姿に、ルビィは何を思ったのか口元を歪めると力の無い笑い声を上げながら全身から力を抜き肉体の崩壊を受け入れた。
「ふ……くく……はははっ」
力無く笑いながら、レギナノスフェクトは肉体を全て崩壊させ灰となり崩れ落ちる。ヴァーニィは手の中に残った灰を見て、彼女が存在した証を確かめる様にそれを握り締めた。その隣では、アッシュが死したルビィにせめてもの祈りを捧げるべく床に片膝をつき両手を組んでいたのだった。
***
ルビィの敗北は離れた所でモニターしていたマクスウェル達の元にも届いていた。彼らはルビィが自由の身になった時点で危険を察しつつもデータ収集の為モニターを続け、そして敗北が確定した時点で撤収の為慌ただしく機材などを運び出そうとしていた。
「くっ、計画が狂った……まさかヴァーニィまで出てくるとは……! それに何なんだ、あの仮面ライダーッ!」
彼らにとっても仮面ライダージェムと言うのは完全に想定外の存在であった。博物館に展示してある宝石を狙って予告状を出した怪盗ジェムと言う存在は知っていた。だがそれが仮面ライダーで、しかもレギナノスフェクトを翻弄出来るほどの力を秘めているとは思っても見なかったのだ。怪盗ジェムなど所詮はちょっと窃盗技術に優れただけの人間で、宝石窃盗の罪を全て押し付けて利益だけを回収しようとしたのに結果はこの様だ。
兎に角今は逃げなければ。そう遠くない内に近隣に警察やS.B.C.T.の調査が入る。ルビィが居れば守りを任せる事も出来たが、居ない今彼らは無防備に近い状態だった。
だが、悪党に逃げる道は残されていなかった。彼らが機材を纏めていると、突如彼らが拠点にしている部屋の扉が吹き飛び入って来た者が居た。
「そこまでよっ! 全員動かず、大人しくしなさいッ!」
「なぁっ!? くっ!」
入ってきたのは
「執筆忍法、金縛りの術ッ!」
〈忍法、金縛りの術ッ! 達筆ッ!〉
「うわぁぁっ!?」
「う、動けないッ!?」
「くっそぉぉ……!」
次々と捕縛され動けなくなるマクスウェル達。全員を捕縛した白い仮面ライダーは、ほっと息を吐いて肩から力を抜く。そして何気なく室内に設置されているモニターに目を向け、そのモニターの中に仮面ライダージェムの姿を見つけるとしがみ付く様にモニターに注目した。
「ジェムッ!? くっ!」
ジェムの姿を見た白い仮面ライダーは、捕縛したマクスウェル達をその場に残して急ぎその場を後にした。
その後この部屋には、あの仮面ライダーが通報したのだろう警察が雪崩れ込み、マクスウェル達はあえなく全員御用となるのであった。
***
その頃、ルビィの死を見届けたヴァーニィは、この状況で手を貸してくれたジェムに感謝すべく立ち上がり振り返った。
「今回は助かったよ、ありがと…………え?」
だが振り返った彼が見たのは、展示ケースを割って中の宝石を取り出すジェムの姿であった。その光景にヴァーニィが目を点にしている横で、アッシュはそう言えばと自分の仕事を思い出し驚愕の声を上げる。
「あぁぁぁぁぁぁっ!? そう言えば怪盗ジェムッ!」
自分を指差すアッシュなど眼中にないとでも言う様に、ジェムは手にした宝石を天窓から差す月の光に翳しその輝きに満足そうに頷いた。
「うん、これだ……間違いない。それじゃ、私はこれで♪」
「ちょ、待って!?」
何て事は無いように手に入れた宝石を仕舞いながら優雅に手を振り逃げようとするジェムにアッシュが手を伸ばす。そんな彼女を嘲笑う様にジェムは手にした拳銃からワイヤーで繋がったフックを天窓に向け発射し、自分の体を引っ張り上げて逃げ出そうとした。
そこに無数の手裏剣が飛んできて、ジェムは急ぎそれを回避すると先程まで彼女が居た場所に白い仮面ライダーが忍者刀を振り下ろしながらその場所に降り立つ。
「おっと!」
「見つけたわよ、怪盗ジェムッ! 今日と言う今日は逃がさないんだからッ!」
「も~、本当にしつこいわね。そんなにしつこいと男にも嫌われるわよ、仮面ライダーセツナさん?」
「余計なお世話よッ!」
突如現れた白いくノ一の仮面ライダー、仮面ライダーセツナ。それに変身している小鳥遊 唯は、ジェムの言葉に激昂しながら素早い動きで接近し忍者刀で斬りかかる。だがそれより早くにジェムが回転させたバックルの円盤に指輪を擦り付け、放たれた目くらましに束の間標的を見失ったセツナが足を止めている間に彼女はまんまとその場から逃げおおせてしまった。視界が復活したセツナは、悔しそうに地団太を踏みながら天窓から出て逃げたジェムの後を追ってその場を去っていった。
「待ちなさーいっ!」
ジェムとセツナが居なくなり、残されたのはヴァーニィとアッシュの2人のみ。彼らはまるで嵐が過ぎ去っていったかのような出来事にただただ圧倒され、互いに何も言えずに顔を見合わせるとどちらからともなく肩を竦めるだけであった。
騒動が終わってから一夜明け、博物館は言うまでもなく休館となっていた。目玉でもあったバイカラーの宝石が盗まれた事もそうだが、ヴァーニィ達とレギナノスフェクトの戦いで展示室とその周辺が破壊された事で展示どころではなくなってしまったのだ。
加えて近隣のホテルで捕縛されたマクスウェル達の事もあり、博物館周辺は警察により封鎖され調査と捜査が行われている。その光景を離れた所からカタリナ達が京也、門守一家と共に静かに眺めていた。
「今回は一件落着……とはいきませんでしたね」
「そうね~。肝心の宝石は盗まれちゃったし……」
ルビィを始めとしたノスフェクトによる攻撃は防ぐ事が出来た。だがその間隙を縫うような形で、ジェムに展示されていた宝石をまんまと盗まれてしまった。彼女達に与えられた任務はジェムの被害を防ぐ事だったので、今回は完全に失敗した形となる。恐らく協会からは色々と嫌味を言われる事になるだろう事を考え、ルクスは面倒くさそうに顔を顰めた。
「でもまぁ、被害が大きく拡がらなくて良かったよ」
「それもこれも、カタリナさん達が迅速に動いたからです。そこは、誇っても良いんじゃないでしょうか?」
落ち込むカタリナ達に、仁と亜矢がフォローを入れる。そのフォローにカタリナは小さく笑みを浮かべると、今回の戦いで大きな力となってくれた2人に改めて頭を下げた。
「今回は、ありがとうございます。お2人に紅月君……あなた達が来てくれなければ、私達だけでは対処が間に合わなかったと思います。本当に助かりました」
「だけど、傘木社の事を調べてた仁さんはともかく、奥さんの方はどうして異変に気付けたんですか?」
そもそも亜矢と子供達がここに居るのは、元々が仁の用事の序でに家族旅行と洒落込む為であった。研究者としてだけでなく、彼の個人的な理由で世界各地を飛び回ってあまり家族サービスできていない事に悩んだ仁は、今回調査の合間に家族で旅行を楽しもうと亜矢たちも連れてきたのである。だから本当はこんな事になるなんて思っても見なかった。
疑問に思った揚羽が訊ねれば、亜矢は傍らの息子を優しく撫でながら答えた。
「あなた達と街中で出会った時、この子が人間に擬態したノスフェクトの存在に気付いたんです。それで、何か起こるかもと思って警戒してたんですよ」
あの時、雄司達の傍をルビィが通り抜けた。その際に雄司はルビィから隠し切れない血の臭いを感じ取り、その事を亜矢に告げていたのである。同じ新人類である亜矢ですら気付く事は出来なかった臭い。恐らく昔からあった雄司の優れた危機感知能力が、ルビィの秘めた危険性を感じ取ったのだろう。お陰で亜矢は備える事が出来た。
「紅月君も、本当にありがとう。紅月君が来てくれなかったら、私、駄目だったかも……」
危うくルビィに殺されるところだった事を思い出し、当時の恐怖と悔しさに奥歯を噛みしめ左腕を右手で握り締める。己の未熟さと不甲斐無さに震える揚羽を、京也はフォローすべく腕を握る手を優しく開かせた。
「磯部さん、落ち着いて……僕らが来れたのも、元々はノスフェクトを悪用する人たちを追いかけてたからだし」
人間社会を離れてから、京也は人知れずノスフェクトやファッジなどを悪用して騒ぎを起こす輩を個人的に懲らしめて回っていた。そんな中でマクスウェル達の事を知った彼は、急ぎ足跡を辿りこの地に辿り着き、そして揚羽達が戦う姿を目撃したのである。暫くは様子を見ていた彼は、揚羽が窮地に陥ったのを見て手助けすべきと判断し乱入したのである。
乱入したと言えば、今回本来は揚羽達が目標としていたジェムである。展示室での戦いで突如乱入しルビィとの戦いで助太刀したかと思えば、展示されていた宝石を盗み出した。直後やってきた唯が変身したセツナから逃れそのまま何処かへと消えてしまったが、あの鮮やかな逃げっぷりはなるほど流石怪盗と思わず感嘆してしまう程である。
ジェムについては色々と気になる事ではあるが、昨夜の様子を思い出すにあちらには既に対応に当たっている者が居る様子。自分達が首を突っ込むべきではないし、そもそも追跡のしようがなかった。今ジェムが何処で何をしているのかも分からないし、何よりもカタリナ達は直ぐに次の任務に向かわなければならないのだから。
そう、折角再会出来たと言うのに、揚羽は京也とまた離れ離れになってしまうのだ。その事を彼女は惜しみ、無駄と理解しつつもせめてもの抵抗で共に来れないかと声を掛けた。
「ねぇ、紅月君……私達と、一緒に来れないかな? 私達紅月君の事情知ってるんだし、何とか隠す事も……」
縋る様な揚羽の言葉に、しかし京也は微笑みながら首を横に振った。
「ありがとう、磯部さん。でも、ゴメン…………僕が一緒に居ると、多分磯部さん達に迷惑が掛かると思うから」
「それは……!」
「ま、そうね~。騎士団は無くなったとは言え、教会としてはノスフェクトを認める訳にはいかないだろうし」
「ちょっとルクスさん……!」
「それに女所帯の中に男が1人紛れ込むと言うのも色々と問題があるだろうしね」
「ユーリエさんもストップ」
揚羽の提案を断る京也に、ルクスとユーリエがそれぞれ彼が行動を共にする事への問題点を挙げる。カタリナと仁がそんな2人を宥める中、やんわりと、だがハッキリと断られた揚羽は一瞬ショックを受けた様に目を見開き息を飲むが、心に広がる気持ちを押さえるように胸元で手をギュッと握りしめると精一杯の笑顔を絞り出して彼の気持ちを受け止めた。
「そ、か……それじゃあ、しょうがないよね。あはは……ゴメンね、変な事言っちゃって」
今にも泣きだしてしまいそうになるのをグッとこらえているのが丸分かりな揚羽の姿に、京也だけでなくカタリナや亜矢も思わず目を伏せた。揚羽に最も似合う表情は笑顔なのに、今の笑顔はあまりにも悲しすぎる。だがそれに口を突っ込む事が出来る人間はこの場には誰も居ない。
何時までもここに居ては気持ちが揺らぐし、揚羽にも悪いと京也はその場を離れようとした。自分は元々存在してはいけないのだから、さっさと元の日陰を行く日々に戻ろうとしたのだ。
「ゴメンね……それじゃ、僕はもう行くよ。磯部さんも、元気でね」
そう言って揚羽達に背を向ける京也。そこで揚羽は唐突に後ろから彼に声を掛けて引き留めると、彼の腕を引いて振り向かせた。
「紅月君ッ!」
「え、むぐっ!?」
「あっ!」
「おぉっ!」
《あぁぁぁぁぁぁっ!?》
《揚羽ッ!》
そして揚羽は、振り向いた京也の不意を突く形で彼の唇を奪った。突然の事に京也は驚愕に目を見開き、アルフと実里も思わず彼の中から飛び出した。その場の誰もが見ている前で、揚羽は束の間彼の唇の感触を脳裏に刻んだ後弾かれるように彼から離れた。いきなりキスをした時と同様唐突に離れると、数歩離れた所で笑みと共に振り返った。
「えへへ……しちゃった」
まるで悪戯が成功した子供の様な声色の揚羽。だが声は僅かに震え、目からは一筋の涙が流れている。これが本当の別れだと理解した為、せめて悔いが残らないようにと自分の気持ちを行動で示したのだ。それを察して京也は勿論、アルフもそれ以上揚羽に何かを言う事はしなかった。
「それじゃあね、紅月君。みのりんの事、お願いね」
「磯部さん……うん。それじゃあ……。皆さんも、お元気で」
揚羽との別れを終えると、最後に京也はカタリナ達にも別れを告げその場から静かに姿を消した。影の中に溶け込む様に京也が姿を消すと、それまで京也が居た場所に笑顔を向けていた揚羽は、先程まで彼が居た場所に聞こえていないと理解しつつもう一度別れの言葉を告げた。
「さようなら……私の初恋の人」
それを告げると耐えきれなくなり崩れ落ちて涙を流す。カタリナはそんな彼女を優しく抱きしめ、止め処なく流される涙を静かに受け止めるのだった。
仮面ライダーヴァーニィこと、紅月 京也はこれからも闇に紛れ、人知れず人々を守る為に戦う。それが彼が彼である事の証明であり、彼が人間としての心を失わないと言う誓いでもあるからだ。
だが、全ての仮面ライダーが人々を守る為に戦う訳ではない。中には己が目的の為、法を犯す事を厭わない者も居た。今回博物館から宝石を盗み出した、仮面ライダージェムが正にそれだ。彼女はそれが悪事と理解しつつも、譲れぬ目的、掴みたい未来の為に行動する。
「は~い! 皆、今日もキラリンの動画を見に来てくれてありがと~! またの配信を楽しみにしてね~!」
1人の女性が、パソコンに繋げたカメラに向け笑顔と共に手を振る。パソコンの画面にはコメントが流れる様子と、その傍に絵にかいたような部屋の中で女性と同じように手を振る怪盗の様な姿をしたキャラクターが居た。女性がキーボードを操作すると動画は終わり、配信と思しきものを終えた女性はそれまでカメラに向けていた笑顔など何処に行ったのかと気だるげに椅子の背凭れに体重を預け大きく息を吐く。
「はぁ~…………さて、そろそろ時間ね」
女性は時計に目を向けると、徐に立ち上がり髪をかき上げた。その際彼女の顔の右半分、主に右目の周りに酷い火傷の痕があるのが分かる。女性はその顔の火傷痕に指先で触れると、何かを堪える様に奥歯を食い縛り頬を歪める。それも僅かな時間で何かを振り払うように手を頬から離すと、今着ている衣服を脱ぎ捨て新たな装いに着替えた。
体のラインがハッキリと浮き出るレオタードの上に燕尾服風のジャケットを羽織り、ボサボサの髪に櫛を入れて髪型を整えるとシルクハットを被り最後に目元と顔の右半分を隠すマスクを身に着ける。
その姿を見て誰もが思う事は、怪盗の一言であった。
怪盗の姿に着替えた女性……
そしてある屋敷に辿り着くと、その屋敷の庭に降り立った。事前に予告していた為、庭や屋敷の周りには警護の警察官がS.B.C.T.と共に待機している。彼らは突如庭に現れたその怪盗の姿に、僅かに慄きながらも捕縛しようと身構えた。
「き、来たッ! 来ましたッ!」
「怪盗ジェムッ! 今日こそは貴様を捕えるッ!」
「フフフッ……!」
意気込み銃口を向けてくるS.B.C.T.を前に、怪盗ジェムと呼ばれた晶は不敵な笑みを浮かべると右手の中指に嵌めた指輪に軽くキスをした。そして腰に装着していたベルトのバックルの左側にあるレバーを引き、円盤を回転させるとそこに右手の指輪の宝石部分を擦り付けた。宝石が研磨されると、光と粒子が飛び散りS.B.C.T.の隊員や警察官の目を眩ませる。
動きを止めた彼らを尻目に、晶は高らかにその言葉を告げる。
「変身ッ!」
《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》
眩い光が収まると、そこに居たのは仮面を被った戦士の様な姿をした怪盗……仮面ライダージェムの姿であった。変身したジェムは、己の肉体を見せるような扇情的なポージングをしつつ、右手の人差し指と中指を銃身に見立てた拳銃の形にして自身の前に立ちはだかるS.B.C.T.の隊員や警官達に向け高らかに告げた。
「あなたの輝きも私の物。私の輝きで包んであげる!」
と言う訳で特別編第5話でした。
ジェムの変身アイテムは仮面ライダーウィザードと同じく指輪です。今回見せたのは基本フォームに使うクオーツと辰砂ですが、本編では他にも色々な宝石を使った戦いをお披露目できると思います。
そしてまさかの登場となった仮面ライダーセツナ。唯がセツナとなって正式に万閃衆として活動すると言うのは、コガラシ・レイトショーのリクエストからの逆輸入となります。実は今回の特別編はTTFCのガールズリミックス的な女性ライダー中心のストーリーにしようと思っていたのですが、京也と仁の活躍の事とかも考えるとちょっと難しかったので断念した経緯があります。唯が登場したのはその名残ですね。
勿論唯の活躍はこの特別編だけでは終わりません。次回作では仮面ライダーセツナとして活動する唯の出番も多くありますので、どうかお楽しみに!
今回で仮面ライダーヴァーニィの物語も終了です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回作もどうかお楽しみに!それでは。