YoRHa部隊の隊員■■■■   作:夜鷹ケイ

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崩壊シタ第二基地

 鉄さびと似通ったニオイが鼻腔を通過した。やたら生暖かく感じるそれは、動物の体内を巡る主要な体液を基盤に作り出された機械人形を機械人形たらしめる機関の一つを担うモノだ。

 生きた人間ならば(・・・・・・・・)、その全身に蜘蛛が糸を張り巡らせるように細分化されて広がるそれは細胞に栄養分や酸素を運搬し、二酸化炭素や老廃物を運び出すための媒体となろう。けれど、オレたちは人間ではなかった。車を動かすためのガソリンのようなものであり、他者を甚振る趣向を満たすためにリアリティを追求した人類の道楽の行方でもある。

 血液(・・)と似た液体をまき散らせながら、同胞の機体(からだ)は脱力した。床にぶつかるや否やけたたましく鳴る金属音は、同胞が機械人間である証拠だ。

 

 

「―――こちら、468号。人類が定めたヨルハ部隊の軍事規定に基づき、人類の機密情報を探ったヒーラー型及びスキャナー型モデル・ヨルハ隊員217HS号の破壊任務を遂行した。」

『お疲れ様でした。いつも通り、機体の回収を頼みます。2Bさんもですよー!』

『……了解。』

「……ああ、了解した。」

 

 

 元人間だったなんてポテンシャルは、機械人形となった今では何の意味も為さない。人類こそがすべて。人類こそが正義。そんな世の中は、きっと人間のままだったのなら気にも留めず研究をつづけたことだろう。下卑た人間どもの悪意から、無垢なるAIたちを守ることに奔走する日々は468号にとっては慣れたものだ。

 最初こそは人間だった頃の自分を引っ張り出されて、才能を疎まれた相手からこれでもかと罵詈雑言を浴びせられて研究成果を盗み出されたが、そんなのは些事だった。

 もはや住む世界が違う。彼らは人間で、自分は、468号は機械人形なのだ。取り換えが可能になった機体で戦に準じることに否やはなく、それで大切なものが守れるならばと468号は積極的に地上へ降り立ち、戦場を奔走したのである。

 けれども、それでは足らぬと今度は468号の周囲を巻き込むようになってしまったのは頂けなかった。元同胞として看過できぬことであり、軍事会議に問題として提唱した。非人道的行為を強いた負い目からか、上層部の一声でみみっちい嫌がらせはひと段落ついた。

 

 かと思われたのだが、それで留まることはなかった。

 ヨルハ隊員の保管先であるバンカーを増やすことを提唱し、承認され、新しく箱庭を作った468号の才気に妬みは膨れるばかりであったのだろう。”人類の為になること”であれば、上層部にイエスを唱えさせられると学んだヤツは、人間としての道を踏み外すことに積極的だった。

 現存する戦闘系統のモデルを統合した最新型の戦闘モデルへの改造を提唱し、道楽を欲しがった一部の天秤が重く偏り、実験動物か実験道具のように468号の改造が確定したのである。

 

 本来の肉体は改造されたまま。

 改造に耐え切れなくなれば、相方であった217HS号が468号を破壊し。

 終わらぬ地獄の釜茹でを経験した。それでもプライドは折れず、折られず。何が何でも元人間として、気高くあろうとした468号は一度たりとも絶叫はしなかった。卑劣な相手に決して屈せぬと痛みに溺れながらも、未来への投資だと自己を奮い立たせて研究を促進したのだ。

 成果は、今現在をご覧の通り。217HSの名からくみ取れる通り、二つ程度であればモデルや型の異なるアンドロイドでも違う分類の型を後付けできるようになった。

 サイボーグからプロトタイプに移行するほど貢献した―――否、貢献し続ける468号の語尾に着く文字は、ABDEGSと長すぎるので468号と略称する。

 

 そんな、―――そんな468号の相方であったのが。

 今しがた斬り捨てたばかりの機体である。人類軍事会議に疑念を抱き、当バンカーにおけるハッキングで司令官しか知らぬ真実と468号が抱える痛みにたどり着いてしまった。本当に、彼を処分するために敷かれた指令は、それだけのことだった。

 旧くから側に居てくれた同胞(とも)の217HS号を、再生できぬほどに処理をするだなんて。疑念を抱くなと念じながらも今回ばかりは異例の指令であったと首をもたげる。

 果たして、アレらが一体守るべき価値のある存在だろうかと。かつては同じ存在でありながら、468号の内側では永きにわたる精神の消耗により削り取られた倫理観が疑問を唱えた。何時だって同胞を処刑するのは厭なことだ。忌避すべき行為である。罪悪など抱くことは許されず、ただひたすらに大義名分を前に刃を振う。

 一貫したその行為に、人間と類似するほど進化したアンドロイドたちの表情は豊かに恐怖し、最終的には、終わりの使者である468号に救いを見出して、ゆるやかに微笑む。だから468号は唱える。”人類に、栄光あれ。” 他でもなくサイボーグ時代から見てきた回路を知る468号は、彼らにとっての最善を、自分にとっての最悪の道を進んだ。

 こうしてアンドロイドの死を切り結ぶ際に唱えると、彼らはこぞって破壊の運命を受け入れる。意義のあるものだったと完結を記録に残し、人格データへのアクセスを無防備にゆるすのだ。

 468号はそのすきに、ビッグデータの内側に滑り込ませる。何時しか来るべき、アンドロイドたちの自由のために潜ませるのだ。大海を前に一滴の水を捕まえることなど到底できず、スキャナーモデルを統合された強みを活かして誰にも気づかれることなく成功を果たした。

 

 

「……終わらせてェな、こんな、」

 

 

 468号は錆びれた倉庫でゆっくりと首を横に振った。終わりを願う。それ以上のことを処刑人である自分が言ってしまえば、死した同胞たちが納得して逝った垣根がなくなる。

 唇を引き結んで、押し寄せるデータ量を重みと称して熱を帯びた空気を口から零す。人間だった頃にはため息と呼んだそれだが、今ではただの機体内部を換気するための機能の一種でしかない。そのことを実感するたびに、虚しさばかりが押し寄せた。

 自分はもう、機械人形(オートマタ)としての記録(きおく)しかないはずなのに。かつては月面で酸素を生み出す研究に専念した天才は、居なくなった。そのはずなのに。

 脳みそをホルマリン漬けにされた上に記録を事細かに付けられて468号に搭載されたAIの進化に一躍した記録が、元となった人間の感情を、たどった記憶をなぞる。アンドロイドになった際に削ぎ落としたはずの感情データが468号の記憶チップの中で繰り返し、ぽっかりと空虚があるはずのないココロを浸すのだ。

 

 

―――e381a9e38186e38197e381a6

 

 

 誰一人として居なかった。何一つとして残らなかった。

 孤独を抱えたまま歳月を重ねて戦場に身を投じ、けれどもやっぱり何もない。戦うこと以外の何も求められず、壊れること以外をゆるされず、頭脳を失くすのは惜しいと半ば強制にサイボーグ化して、ほぼ強行でアンドロイドになった468号に植え付けられた使命が叫ぶ。

 対話と介護が、最初の使命だった。人間だったから。ベースは元からあったから、プロトタイプとしての歴を長く歩んだ。試行錯誤に改造を重ね、改良を積んで、戦闘モデルまでに進化した。

 <護る>。それが、468号に与えられた最後の使命である。―――でも、何を? 最初から最後まで付き添ってくれた217HS号は、今まさにその468号の手で終わりを迎えた。果ての見えぬ旅路途中での、永遠の終わりだった。唯一、護るべき存在だと468号が所属するバンカーの司令官が、468号の境遇に理解を示して与えてくれた居場所(にんむ)を、自分で、(コワ)した。自分が、(コロ)した。

 

 

「笑って赦すなよ……、この、217HS号(ニーナ)の馬鹿野郎。」

 

 

 468号(オレ)が人間だった頃の記録(きおく)あるの、もう司令官以外だと217HS号(オマエ)だけだったんぞ。他のS型の影に不安がるオマエと約束した通り、誰にも教えなかったし、記録も全部削除したんだ。

 また一緒に地上での任務に当たれることを楽しみにしてたのに。―――どうしてオマエは一人で施錠された禁忌のボックスに足を踏み入れたりなんかしてしまったんだ。足跡さえ残らなければ、相談してくれれば、二人で逃げ出すくらいワケなかったのに。なんで…!

 機械人形のからだを稼働させるのに必要な水が、468号の眼球パーツが嵌め込まれたそこから零れて行く。人間の頃は、涙するだとか、泣くだとか表現したそれだ。

 

 

<……推奨:迅速なるバンカーへの帰還。>

「―――……ああ、ポットも一緒に連れ帰る。スキャナー型モデルであった217HS号と行動を共にしてたんだし、いいよな。ポット087がさっきの戦闘で壊れてねェか、周辺スキャンしてくれ。」

<肯定:当機は、当機が支援する機体の行動を「最善」と定義する。>

 

 

 連れ帰ると表現した以上、後付けで音声に載せた文面には効力はあまり持たない。元となった人格データの表現がそれであったとゴリ押しする以外には。

 けれど、幸いなことに468号は最初から468号だった。抗うことを許されぬ現実を前に打ちのめされてやさぐれて落ち込んで沈んで壊れて、そんなふうになってしまっても。復讐心に駆り立てられるでなく他者を思いやる心というものを機械人形になっても持ち続けている稀有な存在だ。

 だからこそ、選ばれたのだとポットは機体深層部にある記録を厳重に沈めた。誰かを苦しめ続けるそんな記録(もの)は、未来永劫、対象(カレ)には必要のないものだと。

 人類が機械人形に意味を持たせた生の為に今しばらくは活動拠点(バンカー)で羽を休めることをポットは提案し、468号は翳りを忍ばせながら了承した。

 

 あとは、バンカーに同胞たちの亡骸を連れ帰り、長期メンテナンスを行うだけだ。217HS号を極秘任務に連れ立った行きと同じように、ゆっくりとした足取りで規定の回収ポイントへ向かって。星々がきらめく空へと帰還を果たした。

 帰還は。できた。バンカーに戻ることは、システムが回るだけだから。

 

 

「逃ゲ、ろ……お前、ダけ、は……」

 

 

 けれども、帰るべき場所は―――よりにもよって、司令官の手ずから破壊が行われた。アンドロイドとなった468号の原点を知る友の処刑から帰還した468号が待っていたのは、男性型ヨルハ隊員をメインに稼働するバンカー崩壊であったのだ。

 

 

「……なんでだよ、総長。」

 

 

 誰もかれもが地獄の釜で煮えられる環境に居た。知らずに、そこに居て。―――知るヒトは少しずつ神経を、記録を、記憶を、データを擦り減らし、矛盾を前に突き付けられて論理回路を焼き切られる。彼もまた、壊れる前のバックアップデータを新たな機体にリロードし、数多の情報に施錠をした上で再び地上での戦場を統治するはずだったのだ。

 元人間だったという事実を隠蔽し、オートマタとして活動するための対価に支払い続ける468号のことを思えば、彼は人間であったのだと事実から同胞たちは壊れてゆく。

 

 

「どうして、俺を廃番にしなかったんだ。」

 

 

 仲間だろう。

 言って、崩れ落ちてゆく機体たちを前に468号は―――

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