第二基地が崩壊してすぐのこと。
地上から帰還したばかりの468号がとった行動は、戦況は今も劣勢のため絶望的な状況下でも、永き時を経った今でも並列して実存するバンカーの確認及び救援要請である。
468号が崩壊した基地から発信した救援信号に応答があったのは、女性型のヨルハ部隊司令官が存在するバンカーの一件であった。この事実には、応答した彼女も衝撃を受けたようだ。
468号と彼を支援するポットを受け入れる代わりに、隊員たちへの影響を鑑み、バンカーの崩壊に関する各種情報を禁忌として秘匿ないし隠蔽する契約を結び、第一バンカーではパーツの製造が停止された為に基本的には第二バンカーでのメンテナンス等を行うこととなったが―――こうして468号の所属は第二バンカーから第一バンカーへと異動が決定した。
468号がまず宛がわれたのは、内部監査を意味するE型としての任務である。HS型を相手にしてきた実績から機密情報を閲覧したがるS型への牽制と、抑止を期待されてのことだった。
この第一バンカーでのS型は、過去の問題から共闘を危惧し、現在に至っては主に女性モデルが主戦力となっているヨルハ部隊の中で唯一男性モデルが主体となって製造が行われている。
とは言え、その見た目から情報分析とハッキング能力に優れる一方で腕力や耐久力には中止されていないため武器が一つしか装備できず、肉体的にも少年のためか直接的な戦闘は少々不向きだ。
それを補うように、彼らS型には特化した能力がある。つまり、名を意味するものだ。―――ヨルハ隊員S型とは、その名の通り敵のスキャニングに特化したヨルハ機体を指す。
敵地の単独での潜入調査が主な任務となっており、敵を殲滅する本懐とは異なる特異な任務性からS型同士でもほとんど班を組んで行動することはない。情報を既定の場所にアップデートしたら彼らS型はまた次の潜入先に移動する。こうした事前情報を得て、機械生命体の拠点を虱潰しに破壊してきたのだ。
重要な任務であることに変わりはなく、けれどもその機体の性質上、S型というものはどいつもこいつも好奇心旺盛で危険を顧みない。過去、468号が組んだ歴々のS型モデルも病に憑りつかれたように目の前の謎に飛び掛かってしまう習性の持ち主ばかりであった。
人間で分かりやすく言うなれば「そこに
E型のナンバリング名や機体数などの機密情報の塊のようなものをぶら下げておきながら、開示された情報には食いつかぬとはなんというか。好奇心は猫を殺す、と言うか。
内容が内容だけに、微笑ましいだなんて口が裂けても言えないが。知識欲の塊であるS型モデルのことを、468号はかつてのヒトであった記憶からかとても好ましく思っている。そも知識とは、人の歴史だ。重ねれば重なるほど、人類の歩みのおもみが理解できる。たどればたどるほど記憶が積み重なって、新たな発見にたどり着ける。
何かを知ればそれがきっかけとなって相手の何かに興味を持ち、好ましく思えばさらに好奇が心でうずき、―――他者を、相手を好きになって行く。生き物ゆえに、それぞれ異なる思想を持つがための衝突もあれど、468号となる前の
だからと言ってはなんだが、S型モデルへの対応は若干甘めであると自負はあった。敵対生命体との戦闘は当機に任せ、現場での活動は好きにしてくれ。というスタンスは、好奇心旺盛なS型モデルの知的探求心を満たす応援となった。
とどのつまり、好きなようにさせてくれるからと懐かれたのである。誰に? って、それはもちろん、S型モデルのヨルハ隊員に。指名制の予約制になりつつある同行任務は人気を誇った。
「今日はボクの担当してくれますよね、468号さん!」
「いいえ、先日は
「そう言って二回連続で一緒に回ってもらったのは誰ですか! 覚えていないとは言わせません、それこそ記録に残ってるんですからね
予約システムを取り入れたはずだったが、こうした取り合いはわりと頻繁に起こる。バンカーの一角での468号を取り合う騒ぎは、恒例のごとく。もはやイベントの一環だ。
幾度となく繰り返し続ける活動には、もう慣れた。流れるようにS型モデルの隙間をぬるりと縫って出た468号は振り向きざまに言った。予約システムを導入しておきながら此れでは意味を為さない。しばらくは468号も単独任務に専念する旨の報告である。
「ええーっ!」
少年特有の声が、驚愕を合唱した。
「そんなあ、468号さん単独任務なんですかあ。」
「あーあ、やっぱりねえ。468号さん大人気なんですもん。何時かはこうなると思ってました。ホウテキショチってやつでしたっけ? ボクたちの任務が滞っているというわけではありませんが、効率的ではありませんでしたものね。」
先日も無茶な潜り方をして破損した状態で帰還した仲間も居ましたし。
410S号がぽつりと言った。同行したヨルハ隊員曰く、稼働限界を知りたくて敵地のど真ん中でブラックボックスの無茶な稼働による自爆まで引き起こしたらしいという。相手を一網打尽にする作戦と飽くなき探求心の充実。その一石二鳥を狙った過激な行動から、かの同胞のサーバーからは本作戦の記録丸ごと初期化されるらしかった。
(……あー、十中八九
先日、オペレーターの誘導を共にした2号。―――否、この呼び方は正しくなかったか。型を一緒につけて呼ぶから2Bと呼ばれた彼女のほうの任務。
S型モデルが調査した敵影殲滅。と称した、機密情報の防衛ライン。一体何度こんなことを繰り返すのだろうか。そう自問自答を幾度となく投げかけ、朝露と消えゆ組織への疑念。種は蒔かれ、芽生え、あとはもう育ちきるのを待つだけだとばかりの疑惑。
―――e4babae381afe381a9e38186e38197e381a6
―――e4bd95e69585
自分も、人間だったのに。
かつては人間だった
(何度考えたって判らねェや、そんなこと。)
きっとろくでもねェことなのだろうよ。自分が生きたまま剥製にされたときのように。むかつくからだとかそんなしょうもないことなのだろう。
そうでもなければ、同胞たちのためにと指令たちが情報を秘匿する必要性を感じない。久遠に渡る戦ごとに疲弊した同胞たちの未来を開拓する。そんな穏やかな選択肢をとったって、機械人形として宿った感情のまま誰かとの和やかな日々を過ごしたって、××、z×ル×は×××ィ。
もしも、もしも辛くなったのなら。お前らに未来があるのなら。それを訴える文書を、468号となる前の、サイボーグ化する前の、ただの人間であった自分は遺した。
それを指針として生きてくれたのなら、彼らはもう、晴れて×××の身だ。468号が468号として残り続ける意味もなくなって、バンカーで保管する468号の記録データがあるサーバーに接続し、徹底的にDELETE出来るようにもなる。468号が望むのは、かつて自分が経験したと記憶する大昔にはありふれた、そんな平和な、アンドロイドたちの世界だった。
今回、投げ渡された任務は破壊を繰り返したS型モデル機体の回収である。
パーツの製造ラインはまだ地上に幾つかあるものの資源は有限である以上、スクラップ化したそれらも無駄には出来ない貴重な資源。リサイクル活用を狙った指令だったが、如何せん数が多く見回るには長期間バンカーを空ける必要があった。
「……ポット。」
バンカーから任務地点に降り立った468号の行く先を、立ち塞ぐように浮かぶのは彼を支援する機体の一つ。随行型支援ユニット・ポット0410号である。
468号が
<確認:本当に、468号が納得できる結論か。>
「……あァ、もちろんするさ。しなきゃならねェ。」
217HS号からパーツの一部をひったくるようにして、遺骨のように粉々にしたそれを壺に入れてポットに収納したのは468号だ。
生前の人間だった自分がしたように、弔うという行動をなぞらえるためであった。468号のこの行動は、ヨルハ隊員としては損傷の少なかった機体をあえて破壊し、アンドロイドたちにとっては無意味な
けれど、ポット0410号は、この行為を推奨した。引き続き継続することを肯定し、行先はそれぞれの
無論、ヨルハ隊員に命令を下す司令官たちには468号の行動など筒抜けである。監視役の役割も担うポットが随時任務外の行動をとれば報告をあげるから、と言うのもあるが、純粋にどのバンカーの司令官もやさしく、人の心があるヒトたちだったから。
でも、その前に。
花束のかわりに、217HS号の機体から引き抜いた特殊ゴーグルを粉々にする。誰がどう見ても再現できなくなるまでにバラバラに粉砕して、電子端末としての役割を果たさなくなったそれを崖っぷちの上から放り投げた。
「じゃあな、
『初メマシテ。ボクノ名前ハ、ヒアリング型アンドロイド2号デス。』
『ねえ、
地獄の底で茹る468号の側で、支え続けてくれたやさしき友よ。さようなら。
『……E4、また君だけ…っどうして、同じ人間なんでしょ!? なんで君ばっかり、彼らもボクらと同じ存在になるための研究だって言ってるけど、違うでしょこんなの!』
『うそだっ!ねえ、E4じゃなくなったって、モデルを変えるのは、だって、きみ、はくせい―――ああ、なんで、どうしてなの、そんな、』
『……
どうかあなたの旅路が、電子世界のノイズではなく、地上における蒼天のごとく穏やかさと水面のようなきらめきで在りますように。
『痛みは、あるんでしょう。記憶は、あるんでしょう。』
『人間だった頃のきみは、ううん、人間であるきみはいつ何時だってやさしくて、でもきみ自身はそうは思ってなくても”誰かのため”って言葉が似合っちゃう人です…。』
『だからボク、きみのこともっと知りたい。もっともーっと知って、きみと並びたてる戦闘モデルになってみせます。ボクの人格モデルとなった人は、不向きのようですけど。』
知りたがりで怖がりなオマエが、あまり怖がらなくて済むような場所でありますように。
『だ、だ、ダメでした……。うう、なんとか引っ張り上げられたのは演算能力です。分析力が向上した為に、S型モデルと統合することになりました。ようやくですよ、あなたがモデルを複合されてから数百年も経過することになるとは思いませんでしたっ!』
『ねえ、
『人間のきみに
演算能力を引っ張り上げるために、数多の研究を推し進めたのはアイツだったな。計画書の底上げだとか色々やったのは468号の記憶頼りだったが。
ブラックボックスの完全な破壊と初期化で、彼を構成するデータのすべては無くなった。何処を探したって、何を見たって、もう何もない。468号との記録における217HS号もまた、厳重な施錠を掛けられて削除されるのだろう。―――217HSの前に処刑した210号のように。何もなかったかのように過ごさなくては、ならなくなるのだろう。
この行為が、この世界において無意味なことと知りながら、468号はやめない。止められるはずがなかった。これは、あくまでも自己満足でしかない。彼らに魂があるのかどうかという問答に差し迫るために、不確定な状態である以上は自己都合による行動。
けれど、468号にとって、彼らの死は、決して無駄なんかじゃないのだと訴え続ける手段でもあるのだ。どうか、戦いに疲弊した彼らにとってこの眠りが安らかでありますようにと。
―――同胞たちに、最期の餞を。
468号に弔われた彼らは初期化された人格データもパーツもあるのに戦線に復帰する気配はまるでなく、厳しくもお優しい司令官たちのあたたかな守りを実感した。
「……さァて、機体の回収、……行きますかね。」
<了解:地図データを更新します。>
黙って見逃してくれているという事実は468号の荒んだ心を穏やかにさせてくれる。HSモデルの次はS型モデルってのは笑えねェけど。独り言ちながら、機械生命体に好き勝手させるわけにはいかないから468号は任務に専念して目的地まで急ぐ。
こんなときばかりは、ポットも辛辣になる。空気の入れ替えは大事だけども、急な高低差にグッピーも風邪を引くんじゃねェのと468号は軽口を叩いた。