疲弊シタ過去人
---LOADING - システム起動中..
---システムチェック開始
---メモリーユニットチェック:グリーン
薄ぼんやりとした聴覚ユニットが同胞たちの音声データを取り込む。不毛なことだ、と吐き捨てることは、元居たバンカーが稼働しなくなってからは”しなくなった”行動である。
それは、歳月を繰り返し過ごす中で468号において共感も同意も否定も提案も疑義を唱える同胞たちが居なくなり、すっかり必要なくなったこと、とも同意儀であった。
最初は誰かを支えるための支援機体として。次に護衛を預かる戦闘に注視したバーサーカータイプとして。そんなプロトタイプを最新型に改造し、更にはアップデートを積み重ねる過程でコールドスリープ状態にあった468号が、次に目を覚ました時には共闘を誓い合った仲間と言える仲間はおらず、女性型アンドロイドがフル稼働するこちらのバンカーに異動したのは、72システム時間前の―――3日も前のことだ。
データ抹消の直前に、強制的にコールドスリープさせられた……が正しいのだろうけれど、あの時の司令官は痛みを携えるようであった。守るべき存在に刃を向けることは、アンドロイドたちにとっては相当な矛盾となっただろうと彼の最期を案じ、468号は意識をゆらゆら漂わせる。
だれが何のために、何が目的で設定したのか。謎多き事柄だが、468号のデータを参照すると彼が人間であると記録が浮かぶ。彼が人間であると、データが地獄の記録を
司令官だけは、「あなたを理由に終わることへどうかお許しくださいませ。」 疲労しきった顔でありながら、不思議なことを残した。同胞である468号にも声を掛ける。「すまなイ、おまえをひとりにする。」 最初から、そうだった。そのはずなのに。
---戦闘ログ:ロード開始
---地形データ:平行ロード開始
流れ込んでくるデータ量に不快だと感じた思想を、咄嗟に切り分ける。きっと、当機は何度も繰り返して来た作業なのだろう。大した操作を必要とせず、流れるように入れるべき箱が分かる。
常型のアンドロイドより多くに振り分けられたメモリーの奥底へと瞬時に眠らせ、何重にも囮をばらまき施錠した。かつてのバンカーでもしたような小細工だ。
普段から行うようにしているどうでもいい日常の会話データなんかは、アンドロイドが知ってらならない機密情報を握ったままセーブ&ロードを繰り返す中での、組織内部で行われる精査中でもカモフラージュの役に立つ。この恙なくローディングが進む感覚は、軍事会議の連中への隠蔽がうまく行ったという事実でしかなく、気持ちが上向きになった。
---バイタルチェック:グリーン
だろうな、と悠々と独り言ちる。MP残量だの、ブラックボックスの温度だの、ブラックボックス内圧力正常値だのの確認が進む中、静けさの合間に聞こえる水音に聴覚ユニットを傾ける。
---IFF起動
---FCS起動
---ポッド通信:接続OFF―――ON
回路を焼き切るほどの閃光を放つために一時期だけ遮断した通信機能をぱちんと自分の中でスイッチを切り替え、指示を出す。
ポットが稼働する感覚とともに「任務の準備を」。了承の意を返してくれるこのポットは、かつてはバンカーを同じくした同胞の遺産である。氷結保存状態にあった当機の目覚めを待ち続けた同胞は錆びつきながらも受け取ってくれと瓦礫の中から引き渡されたポットのことを、自分は自分なりに大切な相棒として接してきた―――つもりだ。
おかげで、意思疎通はほどほどに出来ており、関係性は良好。サポートを担当するアンドロイドの指示がなくとも、考えたことを先んじて行うだけの度量も技量もあるから、比較的優秀だと言えるだろう。自慢げな気持ちになりながらシステムを待つ。
---DBUセットアップ
---慣性制御システム起動
---環境センサー起動
---装備認証:完了
---装備状態チェック:クリア
---システム:オールグリーン
身じろぎすると制服の擦れる音がした。
同じアンドロイドでありながら、当機の―――468号のメンテナンスに集中する9Sは、再起動したことには気づいていないようだった。バンカーの内部である以上、多少の安全性は確保されてはいるが、現地調査はこうして油断してしまうのだろうと思えるほど無防備な格好であった。
目元を覆うゴーグルの視界度を確認し、ゆっくりと身体を起こした。手元にモニターを起こしながらバイタルなどの確認を続ける9Sの声が、何処か楽し気に上ずっている。以前のバンカーでも468号の秘密を知りながらメンテナンスを担当する者はそんな感じだった。回復と情報収集を中心とした最新機体であった、217HS号も……。
基本的にデータを相手にすることばかりだから、こうしたメンテナンスなんかの時間は対話できる状況というものは生を実感できる唯一の刺激だのなんだのとか言っていたっけ。
「あ、あー、コホン。おはようございまー、」
「ああ、おはよう。」
ぼんやりと意識を飛ばしていると、不意に音声チェックの終えた9Sが振り返る。すかさず挨拶を返してやると面白いくらいに肩を跳ねさせて、かつては存在した弟分のように愛らしいくらいに素直な笑みを向けてきた。
彼らにとっては、”目を覚ました瞬間”に発する言葉は”挨拶”であるというマクロをなぞらえるに過ぎなかったはずが、今ではこうして人間と同じように習慣としてついている。
「すっ!? お、起きてたんですか…! おはようございます!」
「ああ、おはよう。正確には、意識は覚醒したばっかりだぜ。先んじて伝えておくと、状態はもちろん良好だ。メンテナンスは自分でも出来るんだが、やっぱ人の手を借りると調整がとりやすくて助かるわ。」
「わあ、本当ですか? 良かったです!」
「んで。」
一区切りして、きょときょととゴーグル越しに瞬く9Sの目を見て468号は迷わず言った。監視だのなんだのと言われようが、付き合い方については任意である。
なら、好きにさせてもらう。というわけだ。もとより好奇心旺盛の子どもは好きだった。未知への開拓を推し進める際には、誰もが生きやすくなる未来を思い描き、共に歩んでくれようとする子たちばかりだったからかもしれないが。彼らの笑顔を守りたくて、サイボーグ化を引き受けたのは468号の最初だった。
「9Sさえ良ければ、今後も頼めないか。」
「も、もちろんです! ぜひ! わーいやったあ、オペレーターさんや司令官以外と会話をするのは久しぶりです。うれしいなあ!」
司令官やオペレーターの機能以外を搭載した最新型の戦闘機。468B号(戦闘専門)と現在のバンカーで表向きには紹介されており、一概に偽証とは言えない内容での記録となった。
現在の司令官ホワイト以外で、468号が468■号であることを知るのは当機を除けば随行支援型のポットのみ、だろう。全てを知ったうえで、468号は共に戦うことを望んだ。変わらぬ現実を目前として絶望に喘ぐ時間は終わった。悲嘆に暮れる刻はない。
消えゆくばかりである同胞たちの希望のために、祈りのために。出来ることを探した末の、自分なりに考えて出した答えだった。
468号の改造を繰り返す中、その過程で失敗となれば何度も468号を破壊しなくてはならなかった217HS号の嘆き悲しむ怒号は、今でも記憶に残ってる。
大量のデータを瞬時に切り分けられる演算能力を買われてのことだったが、最新型モデルの再開発用に選抜されたプロトタイプは大昔には468号以外にも居た。誰もかれもがアンドロイドで、半分人間だったのは468号だけであったが―――それでも、プロトタイプ仲間は実在したのである。とりわけ中でも優秀だったものには二つ目のナンバリングが与えられ、217HS号はその名の通り1番目、468号は6番目に優秀な個体であったのだろう。
次に、新しく取り換えたパーツやチップに適合する確率の高さで振り分けられ、件の217HS号と468号はともに、7番目8番目と10機中の中では底辺競争の渦中に居た。
にもかかわらず、468号は成功体としてイマに存在する。むしろ468号だけが当時のプロトタイプの記憶を残したまま、生き残った。機械人形であったプロトタイプの同胞たちは、内部機能が危険を判じた瞬間に強制シャットダウンをして人格データの一部破損が生じたから。
改良を完全に成功したのは、人間としての意識があって、意思力のみで回路が焼き切れるほどの電圧に耐えた468号だけであった。
適合する確率は低くとも、もとより戦闘を主体として作りだされたモデルである。耐久力には瑕疵なんてものはなく、むしろ長く稼働できるようにと217HS号に気遣われて軍事会議以上の改良を重ね、その後のことを案じて丈夫にしてくれたようだ。要らぬ節介だと文句の一つを言ってやりたくとも、すでにその相手は宇宙を漂う鉄くずの一つと成り果ててしまった。
217HS号は度重なる機体の乗り換えに、チップの方が先に耐え切れず焼ききれて―――最期に完全に消える前には、468号の秘密を一緒に抱えたかったと言ってポットを遺して逝って。
「あの、今回は僕と地上の任務だということはご存知ですか?」
意識が現実へと戻る。
「ああ。すでに指令を受けた身だ、好きなように動け。フォローしてやる。」
「わあ。」
ゴーグル越しにでも分かる、少年型機体9Sの上がった口角には見覚えがあった。217HS号もよくそんな顔をしたっけ。人間が嬉しいときにする表情で、記憶を掘り起こして単語を当てはめる。
9Sを真似るように、薄っすらと口角をあげてみて。笑うことへの―――。無意味なことだと、それをゆっくり削ぎ落とした。人をモデルとして作られたアンドロイドではあれど、アンドロイドにも感情は存在する。だからこそ、データ転送で事足りるだろうにああして口さがなく感情を持つことは禁則事項だのなんだとの言って来るし、命令違反者は出るしと問題は尽きない。
禁則事項……と言えば。目の前で喜びに飛び跳ねる小さな銀髪を見下ろした。勝手に禁忌の本棚を開けちまうんだって? なかなかのワイルドじゃねェの。
普段なら叱りつけて組織の輪を乱すなと言うところであったが、468号は事情をすべからず知る身としては思うところがある。表立って褒めることは出来ないし、9Sの好奇心で死ぬのはコイツだけじゃない。何も言えない代わりに、聡明だけども小ちゃな頭をわしゃわしゃ撫ぜた。
「わ、わ、なんですか……なんですかこれっ」
「頭を撫でる、という行為だな。……S型モデルにゃァある程度の人間の風習についてはデータがダウンロードされてるはずだが、9Sは知らなかったのか?」
「実際にされたのはっ僕これがっ初めてでっわ、わっわっ」
「そうかそうか。」
両脇に両手をするりと差し込んで高く持ち上げぐるぐる回ってやると、9Sは気恥ずかしそうにしながらもきゃあきゃあ素直に喜んだ。
「ある程度の実演なら付き合える。必要あれば言えよ。」
「わ、わあっ」
円滑に任務を遂行するための顔合わせも兼ねてのメンテナンスだったが、元となった人間の人格モデルをAIにインストールし育成した末なのだけれども、真面目で天然気質な468B号との邂逅は予想以上に好感触だった。
好奇心旺盛なS型モデルのデータもアップデート済みだからだろうか。なんとなく感覚としては理解できるんだよな、と468B号は思った。
もう一つの仕事人としての顔も併せ持つ身としては、禁忌の図書館に立ち入らんとする9Sの行動を諫めるべきなのだろうけれども。―――言って効くような子じゃあ、まずない。断言できる。ウチのバンカーに居たS型もそうだった。彼女は、泣きながら本にかじりつくタイプであったために余計に厄介だったような気もするが。
彼の場合は、思春期独特の少年期をモデルとした型だ。むしろ抑制を圧迫感として受け取り、不信を抱かせる要因となるだろう。…そんなことになれば、あっという間だ。首が泣き別れする羽目になるだろう。
(その為に異動したばかりのオレが班につく、わけじゃなければいいのに。)
■型を二機も投入するということは嫌な推測に論を持たせるに十分な証であった。現状のほうがよっぽどモノを言う。せめてもの抵抗に、出来ることはやらせる。
好きにしろというスタンスを崩さず、人類文明の遺産を掘り起こすことをゆるす。何がトリガーになるか分からなかったので、と言ってしまえば終わりである。何もなくても情報世界では生きる以上は何かに繋がる可能性はゼロではないのだから、気にしすぎは逆によくない。経験者は語る、というやつだった。