☆ソイツはいったい何者なのか────?
「正解です!!!」
そう言った灰原の顔と声をしたモノが、ぐにゃりぐにゃりと変わっていく。それは、体格もそうだった。
男から女へ。男の一つの象徴である喉仏はなくなり、髪の色は変わる。成人男性ほどあった背は小さくなり違う姿から違う姿へ変身していく姿は、さながら魔法のようだった。
────そして。
姿が、完全に変わり終わる。これ以上は変わらないと判断した五条と七海が彼女の姿を見た。
そこには、茶髪の髪をした──体型的に、女だろうか。が、短い髪を纏めて立っていた。
「まぁ、バレるとは分かっていたけど。こんな短期間ですぐにとは思っていなかったよ」
「さすがは三百年振りの六眼と無下限呪術の併せ持ちだね。」
どうやら、灰原の真似は辞めたらしい。
しかし、その声や顔は分からない。なぜならば、彼女自身はフードと仮面をしていたからだ。
特徴は合う。やはり、この人物が呪詛師の言っていた者に間違いなさそうだ。
「呪詛師を殺してしまって、内心焦ってるんじゃありませんか?アナタ」
「そんなことはないよ、呪詛師は殺すつもりだった。それになんせ、ここまでが想定内だからね」
七海がカマかけをしたが、焦っている様子もない。彼女は気にもしていないようだ。この会話の最中でも、術式と呪力のぶつかり合いがされていた。
攻撃、反撃と一進後退を繰り返し、その中で五条が彼女へ話しかける。
「ふぅん、想定内か。僕がここにいるのも?」
「勿論想定内だよ。君は家入硝子のことになると途端に冷静を失うだろう?」
彼女の言ったことは当たっていた。
実際、五条悟は死んだ家入が生きているかもしれないと少し動揺したのだから。
「それで、だ。」
戦闘態勢を取りながらも、最初に話し始めたのは五条だった。
「お前がここにいる呪詛師を殺したんだろ?僕達の前に現れてきて、どういうつもりだ?」
「……うーん、そうだなぁ。」
一瞬の静寂。
どうやら彼女はなにかを考えているようだ。
五条と七海は、それを待つ。その間だけは、二人ともが攻撃をしなかった。
考えを纏めた彼女は、口を開き五条の質問に答える。
「七海健人と五条悟との力量差を知りたかった、ってところかな」
「…なるほどな」
なにかをすることもなく答える女に、五条は拍子抜けした。
あれだけの時間を使って、どうせ答えることなく誤魔化されると思っていたのだ。しかし、実際は本当かどうかはともかくとして質問に答えた。そりゃあそうもなる。
「さてと…そろそろ私は逃げようかな。」
そんなとき、女の輪郭が段々砂となっていった。
逃走しようとしていることを理解した五条は、素早く『蒼』で彼女のことを引き寄せようとした。
だが────
「駄目か!」
────それはどうやら、遅かったようだ。
しかし、五条は諦めない。
「七海も援護してくれ!!!」
遠くにいる七海では間に合わないと理解していながらも、五条は悪足掻きを始める。
「はい!」
二人は距離を詰める。もちろん、目の前の人物へ少しでも傷を入れようとする為に。
が、しかし。その攻撃は、空を切った。
「じゃあね、五条悟と七海健人。
女を形容していたものがハラハラと砂となって消えていく。そうして、女が先までいた地面には七海が攻撃しようとした術式の跡だけがあるのだった。
* * * * *
「…逃げられましたね。呪詛師はどうです?」
逃げられたことを事実として受け止めた七海は、これから言われる言葉を判っていながら呪詛師の安否を確認する。
「即死だな。残念だがもう助けられない。 ……他者に反転術式ができる奴がいれば違ったかもしれないがな」
そんな言葉を零しながら、仮面の女が消えていった場所で砂の触り心地を確かめる。
だが、その感触も数秒でなくなっていった。砂は塵となり、やがてなにもない空間へ同化していく。
五条は握っていた砂だったものを開いたり握ったりするが、もうそこにはなにもない。あるのは自身の手だけである。
「持ち帰りもできない、ですか。随分と対策されていますね。」
五条の横で声を掛けたのは七海だった。七海の言葉に、五条は「確かに用心深い呪詛師のようだな」と同意を示す。
「まぁそれくらいしないと逃げられませんからね。五条さんは呪詛師をどこまででも追うので」
「それは褒められてるのか?それとも貶してるのか?」
「ご想像にお任せします」
軽口を言い合う二人は、死んだ呪詛師の方へ歩を進める。
まだ死んでから数十分だからか、腐敗はしていないようだ。
「じゃ、こっち調べるか」
ぴちゃりぴちゃりと呪詛師の血の音を立てながら歩くは五条。
この死体の惨状に眉を寄せる七海に五条は静かに呪詛師だったナニカへ近付く。五条の靴には、血が付着している。
七海は顔を歪ませながら、何が来ても良いよう様子を伺っていた。
呪詛師の血を確認する。ただの血液のようだ。
爆発もしないようで、近付いたからと言ってなにかが発動するような仕掛けもない。あったらあったで怖いが。
まぁここまで発動しなかっただけの可能性もなくはないが、呪力の流れを見るに暴発することもなさそうだ。しかし、警戒するに越したことはない。
「六眼で見たところ仕掛けはなにもないみたいだ。だが死体は見ておけ。触ってどうなるかは正直分からないからな」
五条のその言葉に七海はこちらを見ながら先程よりも近くまで寄ってきた。どうやら七海もこの死体について観察することにしたようだ。
この後はこの死体を窓が回収して終わるだろう。その前に、どう死んだのか観察しなければ。
といっても、観察する箇所なんて一つもない。あるのは血溜まりと何者かが発動したであろう術式の残穢だけ。
喋りすらしないソレは、数秒前まで人間だったモノ。
喋りも、話もしない。それは、ただの無機物だ。
「んー…?なんだこれ」
死体を見つめながら五条は独り言を呟く。
「どうしたんですか?五条さん」
「殺された呪詛師を
五条の瞳には、さっき女が使った呪力と呪詛師を殺した呪力の色が微妙に違って見えていた。もし呪力の質や色を似せていたとしても、微細な呪力の変動さえこの瞳は見抜こうとする。だから五条の眼は誤魔化せないのだ。
「となると…複数人の仕業ですかね」
「にしても、前に虎杖と出会って逃げられた花の呪霊と同じくらい逃げ足が早いな。」
「呪霊とも通じている、と」
「物的証拠はないからただの可能性だけどな」
「まぁ、次は逃さない。安心してくれ」
自身の激情を秘めながら事実だけを口に出した五条は、整えられた前髪をわざと少しだけ崩す。これで少し視界が見えやすくなった。
呪詛師がなぜ死んだのかは分かっている。おおよそ、今後の計画を話そうとして口止めしたって所だろう。やる計画が敵にバレてしまってはやることもやれないからな。
────次会ったら、絶対祓ってやるよ。
「五条さん。…大丈夫ですか」
だんだんと怖い顔になって来ていたのか、不意に七海がこちらを見つめてきた。どうやら心配をしてくれているらしい。…さっき帰ったが、虎杖も僕の姿を見れば心配してくれるんだろうな、となんとなく思う。
七海や灰原、虎杖たちもそうだけど…僕は良い後輩や生徒を持ったよ…本当に、ね。
「そんなに心配すんな。僕はあいつとちゃんと心の整理を付けたなって思ってただけだ。」
それよりも気になっているのは、さっきの呪詛師を殺した誰かについてと殺された呪詛師が家入(仮)から依頼された奴が言っていた僕をなにかする、というもの。
あれが少し気になる。
呪詛師はここに来る直前になにか契約書でも結ばれて破ったのだろう。その反動を受け、死んだ。
契約書を結んで呪詛師を殺した誰かについては何となくだが検討はついている。絶対さっき逃がしたアイツが関係しているだろう。
……まぁ、取り敢えずは一旦片隅にでも置いておくか。考えるのは後でにしておこう。
今考えなきゃいけないのは死んだコイツと吉野の治療費代のことだ。一歩譲って治療費代はいいとして、吉野はこれから高専に入学するのかどうするのかも聞かなきゃならんし…非術師と術師関連の諸々の後処理も待っている。
「五条さん。貴方もこれから報告書を書くんですよね?」
「…まぁな」
補足をしておこう。今回の報告書は、二人がそれぞれ同じ事柄を書くこととなっている。
なぜ五条と七海の二人がそれぞれ報告書を書かなければ行けないのかには、きっちりとした理由があった。
五条は今回、虎杖が死んでいる間に同行者として七海と灰原を付けた。上層部には言っていなくとも、厄介なことに後々突っ込まれるのが確定しているのだ。
だからこそ普段なら一人で書く報告書を二人別々、常に監視状態で見ていましたよ、と。最強も付き添ったから大丈夫でしたよ、と表明を出すのである。そうすることで後々の面倒臭さが少しだけ減る。まあ、その軽減はほんのちょっぴりでしかないのだが。
「後処理で今日も徹夜確定だ……はぁ。」
「お疲れ様です。」
「そっちもだよ」
呪術師の後処理ほど面倒なものはない。
荒んでいるグラウンドの処理や呪詛師の処理は窓と補助監督がほぼほぼやってくれるが、術師は上層部への異常報告書や非術師の被害報告、吉野順平の保護、そして呪霊が何体居てそのうち何体祓ったのかさえ記録として残さなければならないのだ。
まぁ、五条にとってはいつものことなので慣れたものだ。それに七海も辞めていたとはいえ、半月もここにいたのだから手慣れているだろう。
「…というか、これ上層部から文句言われませんか」
ふっと補足の事項に気付いた七海の言葉に五条はあぁ、と諦めた様子で天を見上げる。そこには、雲一つない青空が広がっていた。憂鬱な時ほど空は青い。
「……アイツらのことだから絶対に言われるな。まぁ、仕方ないだろ。」
仕方ないで済ませるしかないのだ。
現に、もう起こってしまったのだから。
「大変だな、お前も」
報告書に記載しなければならない文章が増えるその様子を見て五条は七海に向けてポンポン、と労るように頭を撫でる。
「流石に五条さん程ではありませんよ」
そう言いながら、七海は五条の行動になにも言うことなくただ受け止めていた。
ちなみに結局事後報告書に書いた文章は二十行か三十行くらい多くなったし、まだ虎杖悠仁が生きているとは知らない上層部には「なぜその人物が出てきたのか」と案の定文句を言われた。
だがそれも些細な問題だ。呪詛師を殺した奴の調査はこれからしていく。伊地知や補助監督を使って調べれば類似の案件は出てくるだろう。だから、もうこれは仕方のないことだと思っておくことにする。
「さてと。交流会もそろそろだ、準備するか」
そうして、五条は例年の姉妹校交流会の準備をし始めたのだった。
次回投稿日は3月21日(土)予定です。
次回、姉妹校交流会➀ 開始────!