☆そうして、五条が動く────!
帳が上がる。
その瞬間、この場にいた誰もが動きを止めた。
虎杖も、東堂も、吉野も、七海も。誰も彼もがそこにいる存在のことを見ていた。
青空の上。
帳を破った五条は、視線を感じながら空中で周囲を
「さてと。帳も消え去ったし…」
「まずはお前だな」
五条は虎杖の呪力量云々を後回しにして学長のいる呪詛師の場所へ降りる。それは、帳が降りるとは知らなかったとは思えないほど決断が早かった。
五条が呪詛師を処理しようとしていた頃。
吉野は、五条がいなくなった数分でこれまでのことを説明していた。時は遡り、モニタリングルームにいた時の話だ。
◀◁◀◁◀
モニタリングルーム。
そこに、吉野はいた。
あの後、保護された吉野順平は夜蛾から【なぜ呪術師となるのか】を質問されて無事高専へ転入することとなった。
しかし、東京校は既に1名増えているのでさらに増やすことはできない。と言うことで、モニタリングルームで交流会を観察することにしたのである。ちなみにこれを虎杖は知らない。サプライズということで、隠してあるのだ。
そんな吉野は今、虎杖悠仁の入学した経緯を聞いていた。
「────と、こんな感じだな。なにか質問はあるか?」
「い、いえ…特には。」
吉野の横では五条と七海、歌姫が座っている。
その後ろでは夜蛾と楽巌寺、そして会場の目担当の冥冥が座っていた。
「別に質問してくれてもいいんだぞ?吉野。ここにいる人間は誰もそれを咎めない…ですよね、夜蛾学長」
「あぁ。人数が流石に増えすぎるから今回ここで見学することになったんだ。遠慮なく聞け」
呪力や術式のことは虎杖が死んでいた時一緒に聞いている。あらかた呪術については知っているのだ。だから、質問することがない。
一部殺伐とした空気の中で、質問できることもない。横目で五条のことを見てみる。
普段通りに見えるが、その表情は固い。
それは周囲の人間もそうで、特に京都校の学長は殺意の瞳で虎杖悠仁を見つめている…気がした。気のせいかもしれないが。
一般家庭の、しかも呪術について少ししか学んでいない吉野にとってこの地獄みたいな空気は気まずいったらありゃしないのだ。
そんな激重な空気を変えたのは、隣にいた七海だった。
「五条さん、殺意が漏れ出てますよ。転入生がいるんですから、少しは隠してください。」
「…普通に抑えるの忘れてた。ありがとな、七海」
「夜蛾学長は顔が怖いですし、それのせいで吉野くんが縮こまっています。」
「…すまない。迫力があるとよく言われるんだ」
東京校の空気が、ふわっとしたものに変わる。
先程生徒へ激励の言葉を述べた歌姫も吉野のことを気にかけているようで、事前に五条に吉野のことを聞いていたのか話しかけてきた。
「ねえねえ、あんた吉野だったっけ?」
「あ…はい!そうです!」
「術式は?」
「えーと…なんでしたっけ、先生。」
自分の術式のことを聴くと、五条は簡単に説明してくれる。
「まだいろいろ判明してはいないが、海の生物の毒を使うといったものらしい。吉野に一番相性いいのは澱月というクラゲだな」
「…らしいです!」
「へぇ。なるほど、毒か。ちゃんと使い方を誤らなければ、勝手が良さそうだね」
元々歌姫に聞かれて答えたもの。しかし、冥冥がその話に食いつく。
吉野は妖やかな女性に体が硬直した。
「冥さんはただ利用するお金が欲しいだけでしょう」
「ふふ、五条くんにはバレてしまうか。」
「そうだよ、私は金で動くんだ。お金に変えられないものはないからね」
指をお金の形に変える冥冥の態度は変わらない。
冥冥はフリーの呪術師として、お金だけで動く。金の金額が増える方へ動くのだ。
だから将来有望な術師には目敏い。なぜならば自身の通帳に、金が入ってくるかもしれないのだから。
そんな会話をしていると、札の一つが赤色に燃える。開始してから30分のことだった。
現状、十一つある札のうちの三つが赤に燃えており、二つが青に燃えている。赤が東京、青が京都。つまり若干東京校の優勢だ。
「……にしても、この時点で随分と虎杖くんの所だけが途切れ途切れのようですが。どうなっているんです?冥冥さん」
七海が冥冥へ質問をする。
「それ、僕も思ってました。なんか、悠仁くんの周りだけ映像が途切れると言うか…違和感があるの僕だけじゃなかったんですね!」
吉野の言葉に、冥冥は三つ編みに触れながら答えた。
「なんのことかな?私は充分すぎるほどに虎杖悠仁の事を写していると思うけどね」
「……なるほど、買収されましたか。」
チラリと七海が上に座っている楽巌寺を見る。
楽巌寺は相変わらず表情が変わらないようだ。
「ば、買収って…そんなことするんですか?」
コソッと、まだこの世界の闇を知らない吉野が七海へ話しかける。すると、七海は答えた。
「ええ、あの学長はしますよ。金で動ける優秀な術師は貴重ですからね」
そんなことをコソコソ言っていると。
ボワッ、と
異様事態に、五条と冥冥を除く全員は驚愕の顔で札を見つめた。
「ゲーム終了…東京校の勝ち?」
歌姫の言葉に、五条が言う。
「……いや────と、言う訳でもなさそうだ。冥さん、烏は何も見てないんですよね?」
「そうだよ、烏たちは何も見てない」
「未登録の呪力でも、札は燃え上がる。」
「…外部の人間。侵入者、ってことですか」
画面には交流会を続ける生徒たちがいる。
状況をいち早く把握した五条は、夜蛾へ話しかけた。
「夜蛾学長。非常用のスピーカーは使えますか?」
「……駄目だ、使えん。なにかしらの妨害が働いているようだ」
「となると何かの術ですかね。冥冥さん、烏で周囲の様子を確認できますか?」
「…ふむ、賞与は期待できるんだね?」
「出来る限り用意しますよ」
「ならやってみよう」
冥冥は全ての烏を周囲の観察へ回す。
そうして、交流会内の視界を共有した。
「今のところ異常はないが────おっと」
冥冥がそう言おうとした所で、景色が変わる。
「ちょうど今、異常があったようだ。」
段々と、空が黒くなっていく。
先のスピーカーが使えなくなったのもこれが原因だろう。
生徒たちも異常に気が付いたようで、続行するのかしないのか戸惑っているようだ。
「帳ですか。どうします、五条さん」
「……とりあえず、至急帳のある場所まで案内してください。冥さん」
「わかった、案内するよ」
そうして、五条は静かに席を立つ。
「さて、行きましょうかね。」
それから五条と七海、そして京都校の面々が交流会内まで行って少しの会話をし、五条悟だけが入れない結界が貼られているということが分かった。
「ちょっと時間掛かるがこの帳は解かせる。だからそれまで耐えてろ」
ポンポン、と吉野の頭を撫でた五条は七海達を見送り、そして吉野も帳内に潜入することとなったのだ。
▶▷▶▷▶
「……っと、こんな感じ。」
「30分も経ってないけど…とりあえず、もう大丈夫だと思うよ。だって先生がいるんだもん」
吉野の言葉に、七海は深く頷く。
しかしそれは、実感の灯った声だった。
「同感です。あの人ほど怒らせたら怖い人はいませんから」
ここで、帳を破った五条の視点へと戻す。
「ラック、ラック、ラック〜〜〜!!!」
下品に唾を飛ばしながら五条の方へ向かってくる呪詛師に、彼は両足を立てないように切り刻んだ。そして、なにかしようと藻掻く両手を素早く縛る。斧は遠くへ飛ばした。
これで手に持っていた斧は使えず、足が完治するまではなにもできない。
「これでいいか。まだお前には聞かなきゃいけないことがあるんだ、そこで大人しくしててもらうぞ」
「楽巌寺学長、呪詛師を頼みました」
返事を聞かずに、五条は特級と対峙しているであろう虎杖の方へ向かう。
そして、何も言わずに裸眼で虎杖の方を見つめた。七海はさっきまで言っていたことを思い出して気まずそうにしている。
(…うん、ちゃんと数段階呪力の質が上がってるな。吉野も、新しいものを試したようだ)
(側には東堂か。確かに相性良さそうだもんな。高田というアイドルが好きなんだったか?あとで握手券でもあげるか)
「…? どしたん、先生」
「いや、特級相手に良くやったなと思ってな。よく〝黒閃〟の連発が出来たもんだ。」
「すっげー!!分かるんだな、先生!そうなんだよ、東堂から教えてもらったんだよ!!」
「ありがとな、東堂」
「ブラザーなら当然のことだ、お礼を言われることはない」
軽く会話をした五条は、呪霊の方へ向き直る。
「さて、次はお前か。会うのはこれで二度目だな?」
〔撤退します。〕
「させるわけねぇだろ、呪霊」
呪霊を見据えて睨みなからそう言った五条は近くにいる四人に向けて注意喚起する。
「あ。二歩か三歩くらい下がってろお前ら。範囲内で死ぬから」
五条のその言葉にぎょっとした七海たちは大股で十歩下がる。しっかり過剰に下がったのを確認したあと、五条は呪霊へと向き直った。
(あれを使ったらここら一帯が全部なくなる。そうすると祓えたのかが分からない。だから、死なずに情報を引き出す為には───そうだな、これが一番効率いいかもな)
結論までの間、たったの参秒。
五条悟の思考は一瞬だった。
「術式順転 〈蒼〉」
この無下限呪術の『蒼』は対象を引き寄せる。それは五条が指定した無機物、呪霊や人も然りだ。
だから────
〔これは…!!!〕
────逃げようとしてた呪霊も、五条の方へ引き寄せられるって訳だ。
「花御、だったか。お前、ちょっと僕と話そうか?」
五条は花御の角のようなものを持ちながら、ゆっくりとそう問いかけた。
* * * * *
〔話すとは、いったい何をですか?〕
先に話し始めたのは花御だった。
「お前ら呪霊、最近僕でなにかしようとしてるだろ。あと裏でスパイとしてそっちに情報を流してる奴がいるだろ」
「それについて聞きたいんだよ」
返答はない。
質問…否、それについての話を聞き出そうとしている間にも、五条は呪霊の角を謂わば人質に取っていた。
この呪霊は、角を抜いてしまえばなんてことはない。あとは祓うだけ。そう思っていたのだ。
現に一本は抜いてしまっている。断末魔は、さっき聞いたばかりだ。
〔…なんのことですか。私は知りませんよ〕
「……お前ら呪霊が知らないはずないだろ?」
五条は花御の弱点である頭の先の左角を持っている。あとあるのは、一本の角だけ。
[知りませんよ、私は。なにも]
「……そ。なんも情報落とす気はないってことだな? なら───」
「ここで死ね」
五条は、もう一つの角をあっさりと折る。
紫色の液体が五条の服へ着こうとするが、五条の衣服にはつかない。なぜなら彼は無下限でそれらを触れられないように自動設定しているからだ。
「さて、と。……三人共ー、大丈夫かー?」
五条が七海を除く全員に声を掛けると、すぐに返答は返ってきた。
「俺とブラザーは大丈夫だ」
「なんかブラザーって言われんの釈然としねぇんだけど…まぁ、無事です」
「怪我はないです!」
所々擦り傷や血の跡はあるが、後遺症は残らなそうだ。
「…わかった。あとで医務室寄っとけよ。」
生徒たちを心配するその様子に、影に隠れていた七海は五条に向けて言葉を発する。
「私の心配はないんですか、五条さん」
「…お前は大丈夫だろ、一級なんだし」
信頼されていると気が付いた七海は胸にじんわりとしたものを感じる。
「じゃあ、僕はこれからちょっと確認しなくちゃいけないことがあるから行くな。また明日」
「分かりました、ありがとうございます!」
吉野たちはペコリと頭を下げて、その姿を見送った。
暫くこの場に静寂が宿る。その中で、最初に口を開いたのは東堂だった。
「…ブラザー、あれを人たらしって言うんだろうな…」
しみじみとした感情の東堂に、虎杖は「へ? なにが??」と言う。
そんな東堂に、吉野は声を掛けた。
「…3年の東堂さんでしたっけ。虎杖くんは気付いてないと思いますよ、なんせ同じ人たらしなので」
「確かにそうだな。 ブラザーもアイツも、どっちもどっちだ」
「でしょう?」
吉野の言葉に肯定をした東堂に、ここを乗り切った二人はある種の仲間感を感じ取りながら歩を進め、主に吉野が愚痴を吐いていく。
虎杖は合間合間に「なんのこと???」と言っていくが、それも空気かのようにスルーされたのだった。
なんせ、虎杖は天然の人たらしなのだそうなので。
タイトルにしてるのに吉野視点が少しもないという矛盾。
花御は退場しました。本当はもっと書きたかったですが「なんか違う」となり続け、やむなく投稿。時間と文才がありませんでした。
この話と前回の話は気が赴いたらあとで加筆修正すると思われます。
次回投稿日は3月28日(土)です。
次回、五条はスパイの彼を呼び出し────?
追記
2026.3.23
「2年の東堂さん」→「3年の東堂さん」に変更しました。報告ありがとうございます、助かります!
2026.3.28
諸事情により次回投稿日を来週の4日(土)に致します。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。