キヴォトスの若鷲(エグロン) 作:シャーレフュージリア連隊員
責任回避をする事は卑劣漢の常習として、良きことは自分に取り込み、少し不利となる時は左様なることは知らぬ、聞かぬ、見ぬとくるものにして、男子もかくなる者になりては一文の価値もなし。」
──帝国海軍百訓 訓話15項63ページ、福地誠夫海軍少佐(昭和15年12月当時)──
ある日の事だった、イロハとイブキがお知らせを持ってきた。
「パンデモからクルーズのお知らせか」
バランスオブパワーという事だろう、トリニティの連中が何かしたから自分等もしたい、という事なのは見てとれる。
ただイロハは「絶対なんか有りますから」と言っていた、正直なところ否定出来ない。
「まあなんか起こるだろうな、絶対」
「引率が必要な気がします」
そう言うと、イロハが思い出した様に書類の束を渡した。
「あ、そうでした。イブキから好評でしたよ」
「好評!? 本当かそれ、ユウカが首傾げてたし、分からないなら聞いて良いと言うつもりでやったんだが」
横にいた警衛隊員が「何ですそれ?」と首を傾げていた。
「数学問題、弾道計算式とか色々入れてみたんだ」
「え、それを解いちゃったんですか?」
「なー、子供ってすげーわ。もっと色々考えて出すか」
渡された解答はイブキらしい丸っこい字をして、一部は拙いがしっかりした筆跡で書かれていた。
幾つかは消しゴムで消して考え直しているが、間違いなく正しい答えだ。
正直な感想だが今から砲兵の兵科学校に士官待遇でぶち込んでやりたい、磨いたら何処まで光るか見たい。
「……なあイロハ、将来的なイブキのウチへの留学とか」
「ダメです。人材の流出は見過ごしません、サボれません」
ムッとした顔をするイロハに言われ、しょうがないかと諦めた。
連邦捜査部兵科課程をいつかこさえてやろうと考えていたのだが……、ともあれ、新しいイブキ向けの問題でも考えてやるか。
しかしあそこまでの才覚があると言うことは、間違い無くミレニアムでもセミナーでもやっていけるだろう、リオ会長はちょっと心苦しく思うかもしれないが。
正直なところ実力で出世したのはよく分かる。
随行はどうしようか、荷物持ちを兼ねてヒヨリか、サオリ辺りでも連れて行くか。
結果として言えば、最初からトラブっている、マコトが確認ミスったなコレ。
イロハが何か言いたげにこっちを見るが「うちも船は満載20tちょっとの
取り敢えずサオリに無線機などを持たせて正解だったと思う。
「そもそも何でお前らクルーザー持ってないんだ?」
「はるか昔のゲヘナで船舶のやらかしがあった、というか先生も保有してないじゃないか」
「俺がヨットに乗る様な暇があるとでも? 公務なら借りれるしな」
そもそもとして何で漁船なんだよ、うっかり外洋出たら死ぬ奴だな、地中海の穏やかな時なら……燃料が不安だ。
魚釣って日帰りで浜辺でシーフードパーティーでもするのか?
いやな予感がしてきたから、身銭を切って多少マシなサイズの船にした、流石に見ていられん。
とか言ってたら何故か主機が逝った、ディーゼル機関の作動油と冷却系が切れている、ダクトテープで直せない。
イロハが匙を投げるのを横目に、無線機を確認してみるが何故か通じない。
「遠洋漁船じゃないから短波無線だから届かないみたいだな、フレアとかはあるが視界に船舶と陸は見えず……海図はどうだったかな」
船橋に居るイブキとサオリの方を見ると、サオリが首を傾げていた。
「先生、変だ、西に流されてる上に現在地が確認出来ない」
「何だって?」
「"明らかに潮流が違うんだ"、天測で現在地が掴めない」
「昨日今日で潮流が変わるか?」
それはそれとして遮光ゴーグルで天測をしてみるが、確かにサオリの言う通り計算が合わない。
これでは沖合30キロ地点から大きく流されてる、というかあり得ない速さで流された事になる。
つまり当船舶が突如として水中翼船と化すなり、そうした事をしないとあり得ない地点に居るのだ。
「なんで沖合数百キロも離れてるんだ?」
呆れたような様子で予備のシーツを用意し、物干し竿を探し出す。
「先生何してるのー?」
「帆さえ作れれば風向きと、天測航法と合わせて商船航路なりに入れば、回収しやすいだろう」
「無線はどうなの?」
「感無し」
サツキがサオリの返答に、少し考えて言った。
「先生のタブレット端末や衛星通信は? 確かデータリンクよね」
「何故か起動せん」
一体どういうことかと思いながら、これで起動できれば
しかしアロナとは関係ない衛星電話もまるで機能していない、明らかな怪奇現象だ、ロアと言う事だろうか。
波の流れと風からある程度の速力は得ているから、概ね商船や何かが通る確率を上げるために航路帯に出なくてはならない。
「海の上なら船が幾らも通ると思うが……」
「利率さえ考えなきゃそうだよ、確実な利益を上げる最高の効率を考えれば必然的に航路帯は形成される、海の上で遭遇戦になる確率は案外高いとは言えない」
マコトは話を聞いて「へぇ」と意外な感心をしていた、陸式の考え方をするのに海にもある程度知識があるのか。
それに気づいた先生は「……故郷が島だ、船乗りになるかすこしばかり考えた頃もあった」と返し、マコトは納得して「なるほど」と頷く。
取り敢えず観測要員として3直交代でやらせておく、チアキ、イブキ、俺で交代で見張り、俺が夜間当直をやる事にした。
サオリとイロハには一応無線機の操作を、マコトとサツキには無線機から反応が無いかの確認を任せておく。
「当直の間は?」
「
幸い、船主が釣り用途で釣り具や七輪などを倉庫に入れていた。
無論コレは有難く使用する、暇な時間は各自で釣りだ。
「船舶の上で火なんて焚いたら水兵が居たら沈められるからなぁ」
「幾つかの魚は干して長持ちさせるわね」
サツキが自信ありげに言った。
「出来る、というかやり方知ってるのか」
「えぇ、ハルナちゃんから前に聞いたわよ。楽しかったわ」
流石に情報部長なのだなぁ、いやこれ情報部の仕事なのか? そう思いながら、網で釣れた魚の頭〆た後に血抜きを始める。
「何してるんです?」
「遭難時での血は栄養食だぞ、リスクもあるから最終手段だから、今は長期保存用だが」
バケツに入れた海水に魚を入れてたらサツキが卒倒していた。
イロハに取り敢えずキャビンに戻せと言いつつ、もう一つ奇妙な雰囲気を感じていた。
潮の匂いが何か違う、大西洋の匂いとかではないからそうだが、それにしても何か潮の香りが違う。
遭難から三日が経過した、イロハとマコトが何か喧嘩したが、これは部外者が入るものではない。強烈なストレス環境だこうなる時もあるだろう。
昨日はマコトが「ヤドカリだ!」とか言い出したが甲殻類はしばらく関わりたくない
ただ、そんな状況が変わった。
いきなり前方に、何等かの不明船舶が出てきた事を船橋の上に居たイブキが報告をあげた。
「えーと、船舶は錨泊しあり! 錨綱が水面下に見えるよ!」
「錨泊!? このだだっ広い大洋の中でか?」
「うん! しっかりそう見えるよ!」
イブキの双眼鏡を借りて見てみる。
記憶にある艦型・艦籍簿の中から、見通し線を加味して考えると……。
恐らくスループ以上、四等戦列艦以下……多分六等戦列艦、コルベットあたり、フリゲートではないだろう。
だが変だ、何でマストは縮帆されたままで大洋の真ん中に錨泊している。
「士官室が見えるからコルベットあたり、恐らく……800から1000トン前後のサイズと見た」
「露天艦橋も見えるよ、これより下のクラスにはそう言うのが付かないんだよね」
「そもそも軍艦と言うか、沿岸警備とかだな」
双眼鏡から砲の数を確認する。
恐らく8ないし9ポンド砲が舷側二層の甲板に並んでいる、両舷合わせて24門辺りか、艦首に追撃砲一門が見える。
「砲門数から観るに不明船舶はコルベット級、六等戦列艦と推察す」
「先生詳しいね」
「本職じゃない、聞きかじりだ」
実際聞きかじりである、セントヘレナまでの道中で英海軍の艦長や士官や水兵と話してきたのもある。*2
嫌な予感がするから言っておこう。
「これの3倍ぐらいデカいのが浮いてたら教えてくれ」
「はーい、でも変だね。オデュッセイアの練習船以外で帆船なんて聞いた事ないよ」
「あれは違うって事か?」
「うん! あそこの練習船はテレビで見たけど色が違うもん」
イブキの言葉になおさら不可思議な気がした。
ただマコトはそれなりに気張っているのか、堂々とした勢いで不明船へ上がりこむ。
近付くと分かるが、この船は全く潮気に馴染んでもいない、まるで新品の木版でペンキに塗りたてと言う雰囲気だ。
戦列艦はある程度の補修を続ければ100年使える船舶であるから、20年30年くらいは小型船舶でも使われる、だがこの船舶はどう言う事だか潮に馴染んですらいない。
「変なのー、まるで作り立て」
「ですねー、普通はどんなものでも、もう少し汚れるものですが……」
チアキとイブキが見上げて呟き、取り敢えず我々も移乗する事にした。
サツキが恐がりなのもあってイブキと手を握り、サオリと共にケミカルライトを持って、我々も不明船へと乗り移る。
釣り用のケミカルライト用意してよかった。
上がってみた感想だが、やはり生活感がない。
索具は何か放置されてると言う感じで、箱を確認するが砲や点火栓、装薬の桶数が弄られた様子もない。
「砲は未使用だな」
「追撃砲の臼砲も使われてないねー」
イブキがサツキやチアキと共に艦首の追撃砲を確認して呟いた、艦首の臼砲は追撃戦で使う為のモノだ。
恐らく快速コルベットであるから備えられた追撃砲は、この船の艦級を考えればまぁそう言うもんだろう。
士官室のある艦尾楼が備わっている、と言う辺り通商路破壊戦やそうした船舶へのハンターキラーだったのかもしれない。
現代で言えば駆逐艦ないし海防艦と呼称するべき任務用途なのだろうか。
「艦尾楼の士官室と士官次室でも確認するか」
戦列艦時代特有の露天艦橋では、兵員用の手すりの柵が無く、命綱が付けれる余地がない。
「酷いな、荒天時に兵が波に攫われちまうぞ」
「船底部が鋼板じゃないから設計が古いのかもー」*3
「あー……」
イブキの呟きになるほど確かに古い奴ならそうかと言いかけたが、にしちゃそれはそれで変だ。
間違いなく設計図段階で何か問題を抱えているんじゃねえかソレ?
露天環境の箱を開けてみると、硬い紙で支えられた瓶や壺が幾つもあった。
「うわ、鎮波油じゃん」
「なんですかそれ」
「先頭の三角帆にこれ塗って効果をある程度制御しやすくするんだよ」
なつかしー、と呟いているとサツキが悲鳴を上げた。
「ん?」
方向を見ると、艦首部などから水夫のような生徒らが出てくる。
どうも明らかに、闖入者である我々に好感を持っていないようだ。まあそうだと俺も思う。
艦尾楼へ入るように指示して、数的優勢を活かせない様に射線を限定する。
「ドア閉めろ!」
即座に閉めたドアに、机を押し出して封鎖する。
そのまま奥へ進もうとすると、石窯の調理場があるのが見えた。
「え、石窯?」
「あれぇー?」
イブキも同じく首を傾げた。
こうした石窯は後期型の戦列艦に備わっている設備だ、洋上で温食や飲み物が出ると言う贅沢が許されているのは非戦闘時だけだが、凄まじい贅沢である。
「石なんですねこの船の調理場は」
「木造船舶だぞ、調理場は備わっているのが不可思議だな」
「寒いところで運用するとか?」
チアキとイロハが首を傾げていた、先んじて進んでいたサオリがライトを振ってきた。
個室の中に六分儀や海図が存在している、こうした艦船の個室は明らかに特権であるから、兵室や士官次室ではなく、艦長室だ。
海図と六分儀は有難いとガメる用意をしようとしたが、サツキが海図を見てマコトを呼んでいた。
「この海図変じゃない?」
「え?」
マコトは海図を見て「あ、陸の形が違うなこれ」と返した。
百年ほど前の大干拓で拡張されたゲヘナ地域や、アビドス運河計画が反映されていない。
それにイロハが開いてみた艦形識別本も古いものばかりで、特一等戦列艦なる記載まである、明らかに時代が違う。
「つまり、この船はリアルの幽霊船って……コト」
「自家中毒で倒れるなサツキ、死んで幽霊になるにゃまだ早いだろ」
そうして艦長室を出ようとすると、イロハの見つけた箱から出て来た旗を見て、マコトが思案していた。
「これゲヘナのマークじゃない?」
「でもなんかデザインが違うぜ、
チアキと二人して確認していると、下部から回ってきたらしい連中がやって来ていた。
するとマークを確認したマコトが、何か思いついたらしい。
掛かっていた艦長帽と外套を羽織ると、イロハに肩を掴んで言った。
「少し試して来る」
真面目な顔をしたマコトはそう告げた。
「3年と2年でノリが違うよな……テルールでもあったのか?」
サツキはその問いに「まぁその、色々と」と返した。
「俺の経歴みたいなもんかねぇ」
「え?」
「俺だって、シーツをぶっておばけごっこしてる子供かもしれんぞ」
発言の直後、マコトのバカみたいにデカい声で「控えェーい! 私を誰と心得るか!」と声が聞こえた。
サオリが呆れた顔で「あれどうするんですか」と目で尋ねて来たので、俺も覗いてみると、堂々とマコトが立っていた。
「私こそがやんごとなき限りなく古き血を持ち、また常に新しい血を持つゲヘナ学園は首領たる、万魔殿は議長たる羽沼マコトである!
その方らはゲヘナの生徒と観たが如何に!」
幽霊らがどうしようと話し合い始めてしまった。
「識別付いて軍艦旗があるから正規艦艇なんだもんな、てことは当然道理としては従うしかないか」
「ミメシスの一種であんな措置手段があったのか……」
「大分滅茶苦茶な解決だと思う」
そうだよな、続いてる政府はこれが言えるんだよな、俺の場合だと命令聞くかどうか賭けになるし、下手すりゃ「ワイはカペーの家来であってキョ―ワコクちゃうんや」と返ってきかねん。
ヴァロワやカペーやシャルルマーニュの時代じゃ流石に通じんよなぁ。
「というか艦長も提督も不在なのか? 驚きだな」
「そもそも士官が居ません」
「ハァ?!」
思わず聞き返す。
水夫の肩を掴んで「術科も兵科も船医もか?!」と聞いたら、「そもそも私ら船匠でして」「艤装作業と初歩しか知りません」と返された。
「掌帆長らも?」
「くじ引いて決めました」
「先任掌砲長らもか?!」
「そもそも先任が居ません」
駄目だこの船幽霊船以前に船として死んでる。
漂流してるのも当然だ、こんなの船のドンガラだけじゃねえか。
「つまりどういうことです」
「幹部も下士官もいねぇ、終わってる」
「えーっ……」
イロハが別の意味で失神しそうになっていた。
流石に横から聞いてたマコトが「いろいろとそれはマズいな……」と考え、こちらへ手招きした。
「ちょっと各術科に振り分けて欲しいんだが」
「分かった、流石にこれは見てられんよ」
「ヨシ!」
マコトはそう言うと、船員へ手っ取り早く清掃や手入れの指示と、この時点で俺を艦隊最先任特務海尉と呼んだ。
海尉とは概ね現代で言う副長職に近いが、最先任と特務が付いている辺り、ハッタリの貼り方が上手いと言うしかない、詐欺も極めれば一芸か。
「先生特務でしたっけ」
「この場合は一番下から成りあがったって意味だよ」*4
「はへー、イブキちゃんは頭が良い」
チアキが頷きメモをした。
それはそれとして、役職を割り振る、航海長をイロハに、掌帆長をチアキへ、主計長をサツキに、先任衛兵伍長及び海兵をサオリへ、掌砲長をイブキに任じた。
海の上における英国海軍は概ね優れたシステムと人材を有していたから、それに倣っておく。
本来ならば各士官や船匠長も必要だが、人材不足であるので、兼務する。
「艦砲も磨け、地金の色が出るまでやれ」
「点火栓導火策と装薬単位の確認開始ー!」
「いいぞ! 誰か
そう言いながら、水夫らを指示しながら即応弾やマストの確認を終え、各階層甲板を確かめる。
もやいを転用して曳航した小型船も確認し、一時間もしないうちに、船はしっかりと全力発揮が可能なレベルとなった。
「すっごい新鮮」
「ねー」
「キッキッキッ……当然だ、優れた指導者に導かれた艦船は輝いて見えるのだ!」
「「キャプテンすごーい!」」
……もしやして昔からゲヘナはこんな連中しか居ねーのか?
いやまぁ、仕方ないと言えば仕方ないか?
キャプテンとなって意気揚々のマコトは、堂々たる姿で「このまま当艦は商船航路帯へ進出する!
駄目だこのポンコツ。
「良いのかアレ」
サツキとイロハに聞くと、「自分を洗脳しちゃったみたい」と返された。
信念ってすげえーなぁー……。
そうこうしていたら、
飛び出す様に水夫らが
「サオリ!
「了解」
えっさほいさと水夫らが展開作業する真横をサオリが昇っていく。
「良く落ちないわね」
「落ちるよ、よく、何故か毎度毎度甲板に落ちるらしい」
「え?」
イロハが目を見開いていた。
何故か知らんが落ちる奴は毎度毎度甲板上だという、波浪が酷いのにそうだというのだ。
波間に沈むとしたら波浪で舷側から掻っ攫われる時くらいである。*5
照準眼鏡で艦形を識別したサオリが「接近しあり艦船は、重機関銃を装備した小型巡視船らしくある!」と報告を入れた。
すると、船舶から発光信号が出た。
「巡視船より発光信号! ”我、オデュッセイア学園トライデント所属最先頭艦船<ハルピュイア>! 艦隊が通る。航路を開けよ”です!」
艦形は分からないが発光信号は読めるチアキが続けて報告した。
「”貴船は何処の所属なりや”!」
ちらりとマコトを見る。
すると、マコトが見た事も無い様な不愉快そうな顔をしていた。
やがて拡声筒を握ってどでかい声でマコトは叫んだ。
「この万魔殿は旗艦に道を開けろだと! 戦闘だ! 格の違いを教えてやれ!」
「言うと思った……」
誰にとっても予想しえた答えが出た直後、オデュッセイア側が射撃を始めた。
チャンスだ。
「イロハ! そこのチアキのビデオを起動!」
「え、はい。起動しました」
「現在時刻午後13時32分! オデュッセイア艦ハルピュイア号より危害射撃を受ける! 当艦はこれより自衛戦闘に入る! 記録良いですねキャプテン!」
マコトは「そうだ! 許可する!」と言った。
「
水夫がどたどたと走って旗を掛け替える。
マコトは小声で「なんでまたそんな事を?」と聞いた。
「後尾に靡かせて軍艦旗、真ん中に靡かせて戦闘旗ですよ、旗艦には不意遭遇と言え品格があります」
「あー、そうか、任せる」
大きく船が旋回し、<ハルピュイア>が舷側へ見える。
「敵艦照尺目測は200m! 装薬数二つ! 点火栓導火策は二つカット!」
ポケットから出した一定間隔で丸い塊になっている紐を出した。
これは凄く簡易だが砲撃の目測をするにあたって便利な測距具の一種だ、いつでもアナログで備えるべきとミレニアムの方を見ていると大事に感じていたが、やはりその通りだな。
砲術指揮の目算はこちらで出したが、イブキが信じがたい事にしっかりと艦砲を指揮している。
「導火策切りました!」
「点火栓を篏合!」
「篏合確認!」
「装填!」
「装填! 発射準備整った!」
「
砲の紛れもない黒色火薬特有の轟音と匂いと煙が満ちる。
撃ち出された砲弾は膜のように広がって、小型船付近にはいくが、はっきり言って見当違いだ。
「うーん、やっぱ砲の個体差が大きい上にその調整も甘いな。引き続き射撃を継続!
海軍の砲術は点射ではなく面制圧だ、再装填急げ! 海上戦闘で物を言うのは砲の数だ!」*6
しかし数斉射すると相手も回避軌道を取り出したのもあって読みづらい。
こっちとあっちでは火力差は然程ないと言える、相手は片舷3基のM2重機関銃だが、喫水線を撃てなきゃ帆船は耐えてしまえるし、相手の艦長は何故か中距離戦闘している。
そうこうしていると、横でイブキがお絵描きノートで何かを書き始めた。
「出来た! 弾道表!」
「出来たぁ!?」
流石に予想を上回るものだが、恐ろしい事に多分正しい!
少なくともある程度の誤差はあるが概略や概要が掴んでいる。
俺の脳内の試算と弾道表を組み合わせて考えれば、確かに当たるはずだ。
その予想は正しく、7斉射目で敵艦へ夾叉弾となった、砲は完璧に目標を捕えたのだ。
「夾叉弾! 良いぞ!」
合図としてサオリへ手を振った、狙撃を開始させる。
<ハルピュイア>はある意味パニックになっていた、海洋学園のはしくれならば修正射で多少まごついたとはいえ、夾叉弾が飛んできた意味位は分かる。
しかもさっきから機関銃手へかなり精度の良い狙撃が飛んできている、防盾があるがその防盾がへこんでいるし、時々跳弾してブリッジの強化ガラスへ飛んでくる。
ブリッジではベレー帽から鉄帽と救命胴衣に装いを変えたオデュッセイアの
「ひえええ! て、撤退しましょう!」
そんな中で普段の装いと全く変わってないオデュッセイアの生徒があわあわとしながら、ブリッジに居た。
小森スミカ、巡視船<ハルピュイア>のキャプテンである。
ちなみに装いが変わってない理由は、「兵を不安にさせてどうする」と言った気迫で黙らせるドクトリンとかではなく、単に相手を舐め腐っていたからである。
「自分からトライデントの針路を遮る不明艦やっつけるって言ったんですよキャプテン!」
「で、でも不意遭遇ですし……先遣が無用ないさかいで沈むのは問題かなぁーって」
「いさかいを仕掛けたのはアンタだよキャプテン!」
副長が呆れたとばかりに咆えた。
続けて、砲声がして紛れもなく金属同士が衝突した轟音が響く。
大きく船が揺れ、頭を打ったスミカは頭から何か暖かい液体が垂れているのが分かった。
出血?! と顔を青くしたスミカだが、何の事は無く天板の作動油が配管損傷で垂れただけである。
慌てて立ち上がったスミカだが、艦首のサーチライトが基部ごと持っていかれていた。
至近である事から散弾による甲板機材及び乗員制圧へ切り替えたのである。
「もうだめだぁ……」
スミカは半分涙目になりながらそう呟いた。
操舵手は吹っ飛んだコンソールで伸びている。
概ね此処まで艦長としてやっちゃいけない事のフルハウスであるが、そんな時だった。
「立てミッドシップマン!」
「誰ぇ?」
スミカは半泣きの目で目の前の声を出す大人を見上げた。
隻腕で変な帽子を着けた白い服に濃紺の外套を羽織った大人が見えるが、目がイっている気がした。
「良いか、人生で悲しむべき事はそう多くない。分かるかミッドシップマン。
そう言うのは、同じ人を愛してしまい、しかももう片方の相手は憎むことも出来ない出来物の人のようなときにとっておけ」
「三人で仲良くすればいいんじゃないですか……?」
小指が何かにぶつかった音がした。
「あいたあああ!」
「あ、すまん。あまりに良い答えだったからつい」
「ていうか貴方誰ぇ?」
「俺が出来なかったことを出来てるくせに台無しにしようとしてる艦長を見て居られなくなった通りすがりの海軍提督だ」
「なんで……? 説明は……?」
「せぬ!」
無慈悲!
「幽霊船が居るんだ幽霊提督ぐらいいるだろ!」
「そうはならないと思います……」
「なってんだから良いんだ。若いの、ここは海だぞ、それくらい見えるに決まっている」
そう言うと、その大人は声を張りあげた。
「全艦よく聞け! 当艦はこれより巡視船から強襲揚陸艦へ転科する!」
その言葉にハッとしたような副長が「提督殿がそうお考えならば!」と言い、提督は操舵輪を握ると大きく旋回させた。
スミカは驚愕し「ま、まさか特攻を?!」と止めようとしたが、もはや<ハルピュイア>は彼女には制御不能である。
当然、「敵艦は急加速かけ本艦艦首より突進しあり!」と報告するサオリに、先生は「白兵用意!」と声を張り上げた。
何もかも滅茶苦茶である事に、何もかもを呪いながらスミカも慌てて自身のライフルを握った。
結果から言うと、船は沈んだ。
無理もなかった、<ハルピュイア>との白兵戦中、現れた原子力大型巡洋艦<アルゴス>に艦砲射撃を受けたのである。
原子力大型巡洋艦<アルゴス>は特徴的な野暮なまでの箱型の巨大艦橋にMk.45 5インチ単装両用砲、Mk.41 VLS(48セル)を前部に1基、後部2基やCIWSなどを装備した大型巡洋艦で、改装によりイージスシステムなどを大規模改装でVLSなどと共に搭載されている。*7
どう考えても勝ち目は無く、また、<アルゴス>はレーダーが利かないなら目測で射撃する程度に潮気へ揉まれたキャプテンが指揮していた。
当然、そうした船の各士官はしっかり回る、艦長が駄目ならどんな士官も駄目だが、威厳と仕事を理解した艦長は船の切り盛りをしっかりやれる。
「いやぁ沈んだな」
「まったく」
<アルゴス>艦尾の甲板で救出したHSS-1から下ろされたが、オデュッセイアの生徒らはなおざりと言うか、訝しむように見ていた。
何故か不明船に、AISトランスポンダなども無い船に我々が居たからだ。
そのため、戦闘の経緯に関してはこちらが撮影したビデオと、不明船舶は我々が遭難中、臨検調査のため移乗していたことを理解した。
「すると、あの船舶は管轄下とは違うと?」
「明らかにそうだ、あんなのを作れる造船所があると思うか今日日? 補修だけでどうなるやら」
それを聞くとある程度納得はしたらしいが、聞いて来たその士官は「にしちゃ、戦闘動作とかは古いですが慣れてますよね」と聞いて来た。
「専門の知人が居たんでね」
「顔が広い事で……」
そう言うと、聞き取りを終え、その士官は戻っていった。
間違いなく
まぁ日頃から「マストにそびえる我が旗行く場所に不法事犯あとを絶つ」と歌ってる連中だから、そりゃそうか。
「そういえば、船の他の連中はどうなった」
「はい。それが浮遊残骸物などの一切が確認されていません」
「確認されてない? 一切? コルベットとはいえ1000トンくらいだが……」
「全く木片の類も確認されておりません、忽然と消えたとしか」
船乗りらしくない歯切れの悪い、不確かな言い方だったが常識では想像できない事態であるから、この士官が悪いわけではない。
聞きたい事は理解したので、そうか、とそこを離れた。
別のオデュッセイアの特警隊員が小柄な生徒を連行して行っている。
「なんでぇ~」
「なんでってスミカ、お前そりゃ臨検や移乗準備も無しに発砲したからだって」
あれが小型船舶の艦長だったらしい、悪い事言わんからころころ翻意する奴は艦長や司令官にしちゃだめだよ。
俺はもうヴィルヌーヴとかいう特大のクソかまされたが。
それはそれとして執行手順に問題を抱えた疑惑の内部調査はしっかりしているらしい、ここら辺は海上活動専門だけはある、船は民主主義ではない。
ただあの船がなんでゲヘナのマークがある旗や将旗を有していたか、士官次室でサツキがコーヒーを飲みながら教えてくれた。
「凄く昔にゲヘナで”陽の当たる場所”と称した運動があったのよ、要するに海上進出を志したのよね。
でも分校は現代では残ってない、その理由は当然」
「ノウハウと熟練者もいないから企画斃れ」
「その通り、造船所も当然素人だから、出航直後に祝砲して、そのままドボン」
「まぁそうだろうな、木材の選定もマズかったんだろう?」
「よく分かるわねー」
「知人が詳しかったんだよ」
ただサツキの話を聞いて出た結論はよく分かった。
理屈や理論としてはあのコルベットはミメシスでも、そもそも思い出も作れず沈んだ無念の塊だったわけだ。
ただ話を聞くに、海洋進出していた時代の政権自体は禁句と言うより「古き良き時代」という雰囲気らしい。
「そう言う話を聞くと、お前らの前政権は相当荒れたんだな……噂にも上がらんとは」
「まぁね……いろいろとね」
サツキはコーヒーのミルクをゆっくり混ぜながら、それとなく制した。
そうすると、食堂の方からマコトの声が聞こえた。
ちらりと見たら、イロハがジャーマン・スープクレッスぶちかましていた、散々世話焼かせやがってと締められている。
「あれは良いのか?」
「……元気で良いんじゃないかしら、なにごとも抱え込むより、ああして対等に話し合えることが重要よ?
”民主主義は対等な友人を作るもの”、でしょ」
微笑まし気にサツキはそう言い、「それはそれとして五分経ったら介入するか……」と先生は呟いた。
少なくともああやって素直に感情をぶつけあえると言うだけで組織としては健全だろう、素直に物も言えないが取り繕う術だけ知ってると悲惨である。
素直にあんな気持ちを話し合えるなら問題は解決しやすい。
戻って分かった事だったが、どうも機関が停止しての三日間はやはり空間異常だったらしい、外ではまだ一日しか経過してなかったらしい。
その為、オデュッセイアの連絡を受ける直前辺りでスズらが通信不良で警戒度を上げ、確認を入れた直後だったらしい。
「で、まぁ……あの後で、議長は造船所を作ろうとし始めまして……」
イロハが本庁舎のカフェで呟きをもらした。
「予算何処から出すんだ」
「風紀委員会の予算削減するとか言い出して」
「削減するほどねえだろ」
「結果として完成するまで一世紀かかるという試算が出ました、ついでにダム開発部がやらかしてるのが判明して……」
「駄目っぽいな……」
万魔殿新聞に書いてたが流石にヤバかったか。
そもそも海洋進出するなら段階を踏んで選定しなきゃなァ……。
マコトが船主に1・5倍の金を払ってケリを付けたのは納得はしている、風紀委員会とは基本的にヒナとの個人関係が複雑骨折してるだけで、それ以外の統治プランはある意味一貫はしている。
要するに大権ある椅子にどっしり腰を据えると言う事だ、まぁゲヘナは現在は大分自由主義だ、万魔殿の建物の前で「やいケツでか議長!」と叫んだ生徒が居ても、飛んでくるのは懲罰ではなく「ヒナのがでかい!」と叫び返されるだけである。
「先生、御用の方が」
警衛隊員がカフェに顔を出してこちらを呼んだ。
「おう、どうかしたか」
「はい、オデュッセイアの方が来てます」
「なんかあったかな」
正門前に行くと、黒いベレー帽を付けた体格の小さな生徒が居た。
確か小森スミカとかいうオデュッセイアの生徒だ、トライデントなる治安部門の奴、とあの後オデュッセイアの生徒らから聞いた。
此方を見て珍し気にあちらこちらへ視線を向いている。
「揺れない地面は久方ぶりか?」
まぁ珍しいだろうなァという警衛詰所や立哨中の隊員らに挟まれながら、その生徒がびっくりした反応をした。
「え、えへへ、実はそうで……」
言動と態度が絶妙に駄目なタイプの将校の感じがする、決断力とかに不安があるなら責任ある立場になるもんじゃないと思う。
海上では下手すりゃ権威への不信から吊るされちまうぞ。
無論オデュッセイアの偉いさんもそう思っているから、艦隊針路の先鋒という重要な役割……に見せかけた修練として<ハルピュイア>をさらに前へ押し出したのだろう、要するに真の艦隊前衛はあのあとに進出して来た<アルゴス>任務群以下数隻なのだ。
……そして多分、コイツはそれに気付いていない、決断力さえあれば頭が多少ふわふわのバカでも、海軍ではそれなりに上手くやれるもんである。
上手くやると言うのは適当な根拠地隊司令とかとして、と言う事だが。
「いやぁーその、部長からもかの名高い連邦捜査部の先生にも迷惑をかけてしまったわけですから、詫びを」
「その実、お前の活動のせいで海賊が増えたと文句を言うのを兼ねての間違いじゃねえのか」
「”み”ゅ”っ”!」
人間ってこんな声が出せんだなぁ。
まぁ良いか、オデュッセイア自体にはそれなりに貸しはあるのだし、あっちの偉いさんにウチの新米を揶揄わんでくれと言われても、そのなんだ、アレだしな。
「まぁなんだ、少なくともこれからは法執行するにしても、火器使用までの手続きは思い出そうな」
「は、はい……」
「丁度いい、警衛司令! 法務幕僚は外出しとらんな!」
警衛司令は入退出管理表を見て「していません」と言った。
「よし! ちょっと資料用意させておけ、あと確か多目的室は空いてたよな」
「空いてますね、申請はありません」
確認を終えると、スミカが困惑して尋ねた。
「あ、あの、何の話を?」
「楽しい法学」
「まさか」
「オデュッセイアに帰るまでに基礎だけでも詰めて送り返すからな、トライデントの偉いさんによろしく」
後日、トライデントの部長さんから「あんまり新米を揶揄わんでくれ」と連絡が届いた。
感想評価お待ちしてます。
誤字脱字などの報告本当にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。
来週からゲヘナ編っす!