合宿1日目。私はシエルと補習授業部の5人を連れて、トリニティ総合学園から少し離れた別館にある合宿所を訪れていた。
「ようやく着きましたね。ここが私たちの……」
「はい、合宿の場所です。ようやく着きましたね、ふぅ……」
合宿所はそれなりの広さがあり、自然に囲まれていることもあって勉強に集中できそうな環境に思える。しかし、そんな静かな余韻を、ハナコは一言でぶち壊してしまった。
「冷たい床で裸になって寝ないといけないのかと思ってましたが、広いですし、きちんとしてますし、可愛いベッドもあって何よりです。これならみんなで寝られそうですね、裸で♡」
「さっきから何でちょいちょい『裸』を強調するの!? それにベッドの数もきちんとあるんだから、みんなで寝る必要無いでしょ!?」
「その、これから1週間寝食と勉強を共にするので、みなさん仲良く……って、あれ? アズサちゃんとステラちゃんは?」
「あら? 先ほどまでは一緒にいたのですが……」
噂をすれば影が差す、という事だろうか? 話をしていると、アズサとステラが合宿所まで戻って来た。
「偵察完了だ」
「て、偵察……!?」
ヒフミが慌ててそう返すと、アズサは淡々と状況を説明し出し、ステラもそれに付け加えた。
「トリニティの本校舎からはかなり離れてるし、流石に狙撃の危険は無さそう。外への入口が2つだけというところも気に入った」
「……もし何かあれば、片方の入口を塞いで1階の体育館に誘導すれば……一度に全員まとめて処理できますね……」
「え、えっと……」
「それから、ここが兵舎……いや、居住区か。……綺麗だな」
「……こんな施設を使わず放置していたなんて、勿体ないと思いませんか……?」
「あの、アズサちゃん、ステラちゃん……私たちはここへ戦いに来たのではなく、勉強をしに来たんですよ……?」
「うん、分かってる。1週間の集中訓練だろう? 外出禁止、自由時間は皆無、24時間一挙手一投足まで油断することは許されないハードなトレーニング……」
「……
「そ、そこまででは無いと思いますが……」
「自由時間が無い場合は健全な教育に支障をきたす恐れがあるため、適正なスケジュール管理を行っています。ですが、油断を許さない状況であることには違いありません」
アズサとステラの少しズレた会話内容に、ヒフミとシエルからツッコミが入る。1人でも不合格なら全員退学になってしまう以上、油断できない状況なのは間違いないだろう。しかし、この調子で本当に勉強が進むのか、一抹の不安を感じずにはいられない。
「きちんと準備もしてきた。体操着や細かい着替え、衛生面の歯ブラシや歯磨き粉、石鹸、非常食、毛布、水筒……」
「流石はアズサ様、用意周到ですね」
「当然だ。徹底した準備こそ成功への糸口」
「うふふっ。みんなで一緒に食欲を満たし、睡眠欲を満たし、そしてみんなが欲する目標へと向かって脇目も振らず手を動かす……良いですね、合宿」
「そうですね……」
「……あ、でも任務は確実に遂行する。きちんと勉強をして、第二次学力試験はどうにか合格する。その目標のためにここに来たんだ。……迷惑は、かけたくない」
アズサが真剣な表情でそう呟くと、周囲の空気が少しだけ変わったような気がした。
「アズサちゃん……」
「アズサ様……」
だが、やはり雰囲気というものはそう簡単に変わらないようで……
「大丈夫、万が一の敵襲に備えて対人地雷とクレイモアも用意してきた。あとは
「あ、アズサちゃん! ですからそういうのは……!」
「……私の作った罠も、合宿所のあちこちに仕掛けておきました……」
「ステラちゃんも!」
「念の為、正義実現委員会や自警団の皆様にも警備をお願いしておきました」
「シエルさんまで……」
アズサとステラの物騒な会話が再熱し出したため、ヒフミは止めに入ろうとするが、先程までブレーキを担当していたはずのシエルまで会話に加わってしまった。シエルは真面目なのか、それとも……?
***
「……というわけで、あらためて。ナギサ様から言われた通りです。第一次学力試験には残念ながら落ちてしまったので、この別館で合宿をすることになりました。私たちは二次試験までの1週間、ここに滞在することになります。長い間放置されていたそうですが、少しお掃除すれば全然仕えそうですし、体育館やシャワー室なども充実しているので……」
「……外にプールがありました……多分、しばらく使われてませんけど……」
「あ、そうだったんですね。あと、ここはトリニティの本校舎からも頑張れば歩ける距離ですし、地下に食堂設備のようなものもありましたから、特にお腹を空かせる心配もなさそうです」
「先生もしばらくここに滞在する予定なので、もし何かあった時は気軽に相談してみてはいかがでしょうか?」
“うん、任せて”
「先生が不在の時でも対応するので、もし何か用事があればお任せ下さい」
“ありがとう、シエル”
合宿の準備は整った。早速勉強開始……と言いたい所だが、この別館はしばらく使われていないだけあって埃なども多い。そうなるとまず必要になるのは―――
「その前にまずは、この合宿所の掃除を始めましょう」
「……お掃除、ですか?」
「健全な学習の為には、まず清潔な環境を整えるべき。サナ様そうも仰っていました」
「なるほど、確かにそうですね。まずは身の回りの整理整頓から始めるのは定石ですし、そうでないと気になってしまいますし、やる気が空回りしても困りますし……」
「うん、衛生面は大切。実際、戦場でもすごく士気に関わりやすい部分だ」
「お、お掃除……? えっとまあ、普通のお掃除なら……」
「……その言い方だど、『普通じゃないお掃除』もあるように聞こえますね……」
「えええエッチなのはダメ、死刑!!」
アズサやコハルの反応もあって、何故かまた変な方向に話がズレ始める。それにヒフミも気付いたのか、話を本題に戻すことにしたようだ。
「私たちがするのは一夜漬けではなく、きちんと用意された期間の中での試験勉強。つまりは長距離走のように、順番やペース、作戦も考えないとです」
「計画性は如何なる時も重要ですからね。ではヒフミ様、よろしくお願い致します」
「はい! ―――それではまず、大掃除から始めるとしましょう!」
“よし、頑張ろう!”
「集合は10分後にこの別館前、それまでに汚れても問題のない服装に着替えておいて下さい」
ヒフミの掛け声に続き、シエルが指示を出す。私達もその勢いに釣られ気合が入り、元気な声が合宿所に響き渡った。
「分かった」
「はい♪」
「よ、汚れても良い服……た、体操着で良い……?」
「……別にそれで問題ないと思いますよ、コハルさん……」
別館の大掃除は、かなり大変になりそうだ。
***
コハルが部屋を去った後、私はシエルの付き添いの下、ステラに『トリニティの裏切り者』のことを打ち明けた。
「……なるほど……補習授業部には、そんな事情があったんですね……」
この反応を見るに、どうやらステラは納得してくれたようだ。私は内心ほっとしながらも、さらに踏み込んでお願いをすることにした。
“それを踏まえた上で、ステラに頼みたいことがある”
「……頼みたいこと、というのは……?」
“もしステラが大丈夫なら、補習授業部の他の4人の様子を見てほしいんだ”
「……つまり、先生の協力者になれと……」
「無理にとは言いません。難しいようであれば、断っても問題ありませんので」
“……どうかな?”
「……仕方ありませんね……この頼み、引き受けるとしましょう……」
“ありがとう、ステラ”
協力者を得たことで、ティーパーティーからの依頼である『裏切り者の調査』も上手く進みそうだ。勿論、生徒達の勉強を手伝うのも『先生』としての職務だが。
……おっと、もうすぐ集合時間ではないか。さて、私も大掃除を始めるとしよう! そう思って席を立とうとしたその時、ステラが再び口を開いた。
「……でも先生……忘れてはいけないことが、1つあります……」
その静かな言葉に、私は足を止めた。背中に冷たい空気が流れるのを感じ、振り返って彼女を見つめた。
「―――私がその『裏切り者』である可能性だって、ゼロとは言い切れないんですよ?」
ステラは静かにそう言いながら、私をまっすぐに見つめていた。彼女の表情は変わらず落ち着きの無い様子だが、その瞳には不気味な光が宿っていた。
Tips:
成績自体にこれといった問題は見られないが、試験に1時間半も遅刻して補習対象となった。
ティーパーティー行政官に対するストーカー行為の疑いあり。