ONE PIECE -Bounty Hunter-   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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一応最終回


Episode13 最後の仕事

それは電伝虫の一報から始まった。

 

『こちら東軍、―――王国方―軍―――ま攻――――被害甚――っ!応援を―――相手は…て、天竜―――』

 

何らかの方法で電伝虫が妨害されて、その内容は不明瞭だった。

 

「これは…ジニーの部下の声だ…!回線を転送しろ!転送先はくまの電伝虫に設定!」

 

だが、ドラゴンは直ぐ様それが東軍のジニー本隊からの通信だと看破し、そして直ちにバルディゴ本部からその通信内容はバーソロミュー・くまとジャンゴ・フェットの大型船舶へ伝えられた。

 

『くま!聞いての通りだ!恐らくはジニーの本隊が攻撃を受けている!ジニーとロビンがいながら、切羽詰まった声と不明瞭な通信は余程の事が起こったという事だ。直ちに増援を派遣すべきだが、あの付近には友軍はいない。駆けつけられるとしたら、くま!お前の力を持ってしてするしかない!』

 

ドラゴンからのそういう通信も直後に入ったが、その時くまは恐ろしい想像が現実になる予感に声を失い、愕然となり、顔色が青褪めて全身を震えさせた。

 

「バーソロミュー!気をしっかり持て!」

 

装甲服に身を包んだ友人が、くまへ激しい口調で叱咤し、くまの意識は瞬間的に現実へと引き戻る。

 

「ロビンの能力と覇気なら、そう簡単にやられんさ。たとえ相手が大軍であろうと、ロビンは多勢をものともしないからな」

 

そうだ、まだ間に合う。

くまが一瞬想像した悪夢はまだ現実のものとなっていない。

いや、そうなる寸前かもしれないが、それでもまだくまとジャンゴは足掻ける筈だ。だからドラゴンも、こうして迅速に対応してくれたのだ。

 

「…!」

 

くまは歯軋りし、口を力強く引き締めてから船に乗る仲間と部下達に大声で叫ぶように言った。

 

「みんな、頼みがある!おれに…先に現場に向かわせて欲しい!軍隊長という重責を担っておきながら、お前達を置いていく…!この船の脚では、予定通り到着は明日になってしまうだろう…!無責任な指揮官ですまない!!」

 

しかし、その船に乗る誰もがこう言った。

 

「くま軍隊長!いいからさっさと行ってください!」

 

「おれ達のアイドル、ジニーさんとロビンちゃんがピンチなんでしょう!」

 

「おれ達も行きたいけど、くま軍隊長とフェット軍隊長に譲りますよ!」

 

「くま軍隊長の体力を、おれ達を弾き飛ばすのに使わせちゃ助かるもんも助かりませんって。それにおれ達も明日には、そこに着きますから!」

 

こちらは任せて行けと、口々に言いだした。

くまは心の奥で皆に感謝しつつ即断する。

まずは〝海楼石の効果を持つ装甲服をポンチョで覆って〟くまに弾き飛ばされる態勢と戦闘態勢を整えていたジャンゴを肉球で弾き飛ばす。

直後に己を弾く。

一瞬にして二人の姿は甲板上から消えて、大空を超高速でかっ飛んでいた。ニキュニキュの力ならば、ジニー達のエリアまで一時間もかからない筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう!こいつら…どこからこんなに湧いて出たんだよ!!」

 

ジニーは連装式の改造マスケットを次から次に取っ替え引っ替えに、一人で雨霰の弾幕を形成しながら口汚く罵っていた。

彼女の背からは数本の腕が咲いて、弾切れの銃を受け取ると弾を込め、そしてジニー本人の腕に装填済みのマスケット銃を受け渡す。

弾丸の一発一発には、多少の覇気が込められているから敵兵共の鎧程度は難なく貫通したが、それでも殺せるのは三下ばかりだ。

 

「全員、鎧の隙間を狙いな!!今度の敵は、今までの奴らの比じゃない!」

 

「ジニー軍隊長!第7小隊が食われた!」

 

「こっちも保ちません!!」

 

「ロビン副隊長、弾込め頼みます!!」

 

圧倒的多数かつ、精鋭揃いの敵軍団が突如出現し、ジニー率いる東軍は壊乱状態に陥ろうとしていたが、それでも粘れたのはジニーの指揮と、何よりもロビンの能力のお陰だった。

ジニー本隊も、生命線たるロビンを中心に円陣を組んで、ロビンを徹底的に守る布陣だ。

傷ついた仲間に脚を生やして味方の陣の奥へ運び込む。

弾切れの銃に矢継ぎ早に装填する。

仲間が致命傷を追いそうになったら、武装硬化した腕の花で急所を守ってやる。

敵に対しては、鎧の上から腕を生やし、硬化した指で兜の隙間を突き視力を奪う。

首を締める。

股間を潰す。

脚を砕きスピードを殺す。

武器を握れぬよう、指を鉛筆のようにへし折ってやる。

武器そのものに腕を生やして武装解除を狙う。

ニコ・ロビンはそういう事が出来た。

戦場におけるサポート力は圧倒的だった。

敵に対する制圧力もだ。

まさに一人で戦場を支えていた。

 

「ぐ…っ!」

 

「ロビン!?大丈夫か!!?」

 

「だ、大丈夫…!」

 

しかし、それ故に当たり前のようにロビンは狙われた。

それにハナハナの実の力で生やした手足は、傷つけばロビン本体にダメージはフィードバックされる。

いくら武装色の覇気を鍛錬したとはいえ、まだまだロビンには未熟が目立ち、その硬化は万全ではない。

しかも敵は精兵のようで、末端の雑兵でさえ少量の覇気を纏い、ある程度立派な鎧を身に着けた上級兵士ともなると目に見えて武装硬化の黒を纏っていた。

ロビンの黒い手足の花びらを的確に攻撃し、少しずつ切り裂いていった。

既にロビン自身の身体のあちこちに切り傷が刻まれ、幾筋もの血が滴っていた。

 

「そのまま革命軍など削り殺してやれ!」

 

「だが、軍隊長のジニーと、副隊長のロビンは生け捕りだ!」

 

「傷の一つ二つは構わんとのお達しだ!どんどん攻撃して抵抗力を奪え!!」

 

ロビンの黒い腕にやられても、ジニーの銃で撃たれても、部下達の射撃の雨に晒されても、敵達は突っ込み続ける。

異常とも言える決死の突撃を繰り返してくる。

それも当然で、この敵兵達の背後には天竜人が控えているのだ。

怯んだ時点で、その兵団に属する兵達の家族は奴隷に堕ちる。そういう運命を背負った、死兵集団でもあったのだ。

 

「閣下!全軍総攻撃を御命じ下さい!東軍副隊長、悪魔の子ニコ・ロビンにも疲労が見えます。今全力で攻撃すればジニーもロビンも捕獲出来ます!」

 

敵軍団の陣営奥。

そこで一際立派な鎧姿の男が、最上級の礼儀を示しながら特徴的な髪型と髭を蓄えた男に報告していた。

報告されている、明らかな上位者である男…そいつの髪型と髭とが、まるで三日月のような弧を描く身体的特徴を持ち、豪奢ながら実用的な機能も兼ね備えた名刀を腰に佩いていた。

 

「獲物を追い詰めている時が、狩りの中で最も悦ばしい一時だ。まぁまだ待て……私にとっては、下々民の女二匹程度はもう然程重要ではない」

 

上位者…フィガーランド・ガーリング聖は品の良い顔立ちに酷薄な笑みを浮かべて悠然と言うと、言われた部下は少々戸惑ったようだった。

 

「しかし…ジニーを妻にと望んだあの方の要望は――」

 

ガーリングは微笑みながらジロリと部下を見ると、それだけで部下の背筋に冷たいものが走った。部下は慌てて頷いた。

 

(さぁ来い、マンダロリアン……この撒き餌はお前のために用意してやったのだ)

 

様々な偽物に翻弄されたが、ガーリングは少ないながら革命軍でのジャンゴ・フェット目撃情報こそ確度が高いと計算していた。

所在不明だったニコ・ロビンまでが補足できたのは計算外の喜びだったが、それがより一層ガーリングに確信を抱かせる。

彼自ら音頭を取って邁進したジャンゴの足取り調査でも、彼のマンダロリアンが鷹の目のミホークと激しい決闘を演じたのは確かで、そしてニコ・ロビンの当時の逃走経路を予測すると、彼と彼女の足取りはそこで一瞬交差する。

そして、その時からニコ・ロビンの行方を掴むのはより困難となり、ジャンゴ・フェットの目撃情報もより減少した。

知性溢れるガーリングが、それらの事実を組み合わせて的確な予測図を描くのは不可能ではなかった。

 

ジャンゴ・フェットを追い詰めるのが難しいなら、その周囲の者を捕らえ、餌として足掻いてもらうのだ。

そうすれば、神出鬼没のバウンティハンターは自ずから現れるに違いなかった。

そして、ガーリングのその予想は的中した。

 

「ほ、報告します!」

 

別の兵がガーリングのもとに慌ててやってきて、そして息を切らせながら跪く。

 

「バーソロミュー・くまと、ジャンゴ・フェットが現れました!ジニー・ロビン包囲網を、突然上空から襲撃してきて…兵は混乱状態です!」

 

万全と思われた包囲作戦が破れる兆しを見せた事に、他の部下達は顔色を一瞬にして青褪めさせた。

だが、ガーリングは不機嫌になるどころか笑ってみせた。

その笑顔は、まるで恋い焦がれる女が現れたかのような、そういう情熱的な笑みだった。

 

「来たか…、ジャンゴ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混沌とした戦場に、遥か空の彼方から二人の男が猛然と()()()()()

一人は銀の甲冑で全身を覆った戦士であり、もう一人は巨人族かと見紛う巨漢。

巨漢が、その巨体に見合う大音声で叫んだ。

 

「ジニィィィーー!!!!」

 

「あっ!!?く、くまちー!!!!!♡」

 

「ロビン、自分の仕事は果たしたようだな」

 

「っ、ジャンゴ!!」

 

追い詰められていた美女二人が、戦場には似合わぬ笑顔を花開かせる。

ついさっきまで焦燥しきった顔をしていたのに、二人の男を見た途端に女達の顔は安堵に染まりきっていた。

 

「なんだ、空から降ってきた!?」

 

「う、うろたえるな!たかが二人の増援程度!」

 

「お、おい…あの顔…見たことがあるぞ…!」

 

「まさか…〝暴君〟バーソロミュー・くま!!!?」

 

「そ、それにあっちは…あの銀鎧…!ジャンゴ・フェットだ…!!」

 

「ジャンゴ・フェット…!?本物か!?ジャンゴ・フェットは、偽物だらけって聞くぜ!?」

 

そしてジニーとロビンとは真逆に、政府の兵達は猛烈な攻め手も思わず止まってしまうくらいに動揺が広がる。

その一瞬の静寂を、抜け目ないジャンゴが見逃すはずもなかった。

甲高い声で小鳥が囀った。

バウンティハンターのヘルメットの照準アンテナが引き下ろされ、自分達を囲む敵兵集団をマルチロックし補足する。

腕のガントレットコンピューター(マンダロリアン・ヴァンブレイス)に仕込まれている小型拡散ミサイルが起動し、ホイッスリング・バードは豆粒のようなサイズの一発一発に人を充分に殺す炸裂力を内包し、翔ぶ。

直後、20数名ばかりの兵はけたたましい音を立てながら殺人小鳥に啄まれ肉塊へと変じた。

覇気で防御しようにも、ジャンゴが彼ら兵隊と同等以上の覇気を込めてしまえば防御など簡単に貫通した。

 

「わ、わああ!?なんだ今のは!」

 

「ほ、本物だ…!あんな強さ、本物の、ジャ、ジャンゴ・フェットだ!!」

 

「一瞬で20人以上殺された!!」

 

ジャンゴが兵達を攻撃したその僅かな間に、くまはジニーやロビン、生き残っていた僅かな仲間達から疲労や痛みを弾き出し、そしてそのダメージイメージの塊を敵の群れへとぶん投げる。

そして小鳥が鳴き終わったのを合図として、バーソロミュー・くまが憤怒の表情を浮かべて鬼神の如く突っ込んだ。

 

「貴様ら、よくもおれのジニーを!!!」

 

くまは叫びながら巨腕を振るい、鎧ごと兵をひしゃげさせ、そして降りかかる弾丸の雨を肉球で弾き、大気を弾き空気の大砲として雑兵共をひたすらに薙ぎ払う。

 

「きゃ♡くまちーったら、〝おれのジニー〟だって!!なんだよコノヤロー!とうとう本音吐き出しやがって!あたしが責任とって幸せにしてやるよー!このぉ~~!!♡」

 

くまによって疲労を弾き飛ばされたジニーは、くまの言葉もあってまさに元気百倍。

狙撃の精度も連射速度も戻り、弾丸に込められる覇気も充分な威力を取り戻していた。

ロビンもだ。

切り傷から滲む血はそのままでも、そこから感じる痛みも、そして能力酷使による疲労ももはや無い。

それらは全部、くまが敵兵に押し付けてくれた。

しかし、ジニー達を直ちに安全圏へ弾き飛ばす事は出来なかった。

少量ながら覇気を纏うこの敵兵団は、逃げ道を塞ぐようにして肉の壁を形成し、くまが仲間を逃すのを未然に防ぐ。

やはり敵ながら優秀な兵士達らしい。

突破し逃走するには、この敵兵どもを崩さなければならない。

 

「ジャンゴ…!」

 

「ロビン、受け取れ」

 

「…っ、サーマル・デトネーター!」

 

「使い方は前に教えた通りだ。いけるな?」

 

「ええ。ハナハナの腕リレーで、敵達のど真ん中に最大火力を叩き込む」

 

物騒かつ無機質な硬質の球体を投げ渡され、ロビンは流暢にそいつを起動すると咲かせた腕達でキャッチボールやバケツリレーを繰り返して、あっという間に敵達の奥深くへサーマル・デトネーターを運び、そして最大爆発に設定された小型核爆弾は破裂した。

直系100m以上の超高熱級が出現し、多量の兵達を瞬時に分子レベルから分解した。

同時に、ジャンゴ・フェットは空を舞っていた。

陽光を銀のアーマーが照り返し、ギラギラ輝きながら天空を自在に飛ぶジャンゴ・フェットに、兵士達は必死に照準を合わせて引き金を引くも、ジェットパックの高速と、海兵も使う月歩に似た歩法で空を蹴る動作も交えたジャンゴの動きは、非常に高度に洗練された殺人的な舞踏でもあった。

複雑な軌道を描くジャンゴのステップは、兵達の放つ鉛玉をことごとく置き去りにし、そしてジャンゴによる二丁のウェスター34ブラスター・ピストルから放たれる光弾は、一方的に兵達を撃ち殺す。

 

ジニー達を囲んでいた兵達は、見る見るうちに崩されていく。

だが兵達も必死だし、その立ち回り方は優秀だ。

やられてもやられても立ち向かい、そしてくまの弾き飛ばしの射線上を絶えず大柄なアーマー兵が塞ぎ逃走経路を妨害し、確実にジャンゴ達をも消耗させる。

実力で叶わぬなら、数の有利を活かす。そういう攻めに即座に切り替えて攻撃してくる。

肉壁で圧殺するかのような攻撃が、息つく暇もない展開され続けて、ゆうに四半刻も人海戦術の突撃は慣行された。

ジャンゴらも疲れたが、そのかいあって包囲網には綻びが生じ始めていた。

ジャンゴはフレバンス包囲網戦を経験しているから、こういった突破戦には一日の長がある。

敵の最後の猛攻が迫ったのをジャンゴは感じ取り、敵の意気を挫かんと、ジャンゴはくまに突撃を要請し、自身は空から弾幕を降らせた。

ロビンが視界に入る範囲全ての兵達に咲き誇る腕々で攻撃し、ジニーは東軍の一般兵達と共にロビンを守り、そしてくまとジャンゴの支援を的確にこなす。

包囲網の一角が完全に崩れたのを、ジャンゴは空からはっきりと見た。

 

「バーソロミュー!囲みが崩れた!今のうちに、ジニー達を弾き飛ばせ!」

 

様々な音で声など掻き消えてしまうものだが、くまはバッカニア故の高い身体能力で、聞き慣れた相棒の声をはっきりと聞いた。

そもそもが、この戦いはジニー達の救出戦だ。

彼女達、東軍の生き残りを脱出させれば、後はくまとジャンゴだけならどうとでもなる。

くまは、「ああ!」と力強く返事をし、そして一気にジニー達のもとへと駆けた。

腕を振り上げ、愛するジニーを弾き飛ばそうとする。

まさにその瞬間。

 

――ひゅん

 

と、風よりも疾い剣の光が煌めいた。

くまの振り上げた腕が、根本から切断され宙を舞う。

 

「くまちー!!!!?」

 

「くま軍隊長!」

 

「っ!バーソロミュー!」

 

ジニーが、ロビンが、ジャンゴがそれぞれに叫ぶ。

くまの巨腕が、血飛沫を撒き散らしながら大地へ落ちるのを見て、ジニーは咄嗟に駆け出していた。

 

「くまちー!!!あ、ああ!そんな!くまちーの、腕が…!!大丈夫!?大丈夫!?くまちー!くまちー!!」

 

「ジニー…!だ、大丈夫さ、この程度!おれの事はいい!は、はやく…まだ腕があるうちに君達を弾き飛ば―――」

 

「危ない、くまちー!!!」

 

ジニーがくまの巨体を押し倒すと、先程まで二人がいた空間を何かが切り裂く。

それは剣速の輝きが、刀剣を離れても尚、殺傷力を保持したもの…。つまりは飛ぶ斬撃。

ぬるりと、兵達を掻き分けて偉丈夫が現れた。

腰の鞘へと刀剣を収め直し、ニタリと笑ってそいつはそこに立っていた。

 

「〝暴君〟バーソロミュー・くま…その腕は封じさせてもらうぞ。逃走に余りにも適した能力だからな」

 

頭髪と髭とを合わせて三日月のような頭をした剣士は、光のような速さで駆け、そして抜刀すれば斬撃が高速で飛んでくる。

狙いはジニー…のように見せかけて明らかにくまである。

だが、くまは剣の軌道に割って入った。

そうしなければ、この剣士は明らかにジニーを両断していただろうから。

 

「…そうだ。お前はそう動くしかない。私には視えていたよ」

 

「っ…ぐ、ぅぅ…!!!」

 

剣が、くまの残った腕を手首から斬り落とし、斬撃の余波がジニーをすら襲った。

 

「くまちーーーーっ!!!!っ!きゃああ!!?」

 

「う、うう…!ジ、ジニー!!」

 

手首から先が無くとも、くまは肘で吹き飛びそうになるジニーを必死に掻き抱き、胸にすっぽり収めた。

 

「ジニーさん!くまさん!!」

 

ロビンが、くまの腕の切断面から腕を生やし、インスタントの義手とした。

そうすれば切断面も一時的に消えて止血代わりにもなる。

 

「ロビン、ありがとう!」

 

「ジニーさんは!?」

 

「大丈夫だ、頭を打っただけだ!―――っ!!」

 

剣士は数十歩の距離も、音もなく瞬時に詰めて、そして眼の前に立ち彼らを見下ろしていた。

 

「止血なぞ意味のない事だ。世界の意思に歯向かう下々民は、ゴミ以下……我が剣のサビになれる事すら、過分な名誉と知れ」

 

剣を振り上げ、くまとジニーへ兜割りを叩き込む。

手の無い腕でジニーを抱きすくめ、くまはジニーを再び庇った。

ジニーもまた霞む意識の中で、くまの胸の中へ自分を埋めた。

このまま殺されても、それはきっと一つの幸せの形であろうと、そう二人の男女は思う。

 

「うわあああああああ!!!!」

 

くまを剣が切り裂いた。だが、覇気の全力の防御と、父母から貰ったバッカニア特性の頑丈な身体がくまの命を繋ぎ止める。

 

「く、くま、ちー……」

 

「だ、大丈夫…だい、じょう、ぶ…おれが、おれが…君を、守るよ、ジニー…命に変えても…」

 

ジニーとくまは、どちらも意識を薄れさせながらも、それでも互いの名を呼びあって、そしてしっかりと体を密着させて温度を感じあった。

 

「なるほど。これがバッカニアか…無駄に堅い。我が一刀で死なぬというだけで、もはや不敬だな。…死ぬが良い、古代の劣等種」

 

ゴミを見るような目だ。そういう目で二人を見下ろす剣士は、もう興味もないと言わんばかりに剣を振り下ろした。

その寸前、ジャンゴのジェットパックが猛烈に火を吹き上げ、宙を全力で蹴っていた。

抱き合うくまとジニーへと迫る剣。

そこに、今度は銀の戦士が割って入る番だった。

ベスカー鋼と、そしてガントレットから形成された光のバックラー(パーソナル・エネルギーシールド)が、くまの肉体さえ容易く切り裂く剣を受け止めていた。

剣士は、またニヤリと笑った。

 

「ようやく会えたな、マンダロリアン」

 

「アポイントメント無しに俺に会えると思うな。俺は顧客を何人も抱えているからな…貴様程度のクズ天竜人じゃ、俺には面会出来んのさ」

 

「天竜人の私に礼儀を説き、あまつさえクズ呼ばわりか。くくく…無知蒙昧で、天の定めた道理を知らぬ……やはり、古代種は滅んで然るべきか」

 

ジャンゴは持ち前の情報網で、その剣士の顔を知っていた。

余りにも有名な、まさに世界でも十指に入る権力者であろうそいつは、愚物集団である天竜人の中でも異質な強さを誇る〝神の騎士団〟の首領である。

剣士…――フィガーランド・ガーリング聖が笑いながら剣を振るった。ジャンゴの無礼すらも楽しい…とでも言うように笑いながら。

瞬きの間に、何筋もの剣筋をジャンゴに叩き込み、そしてジャンゴもそれをシールドで受け止め続ける。

だが、一撃一撃が余りに鋭く、重い。

ガントレットの装甲もベスカー製ではあるが、内部の精密機器までがベスカーで出来ている訳では無い。

マシーンが悲鳴をあげるのがジャンゴには分かった。

 

(…っ、まるで鷹の目の斬撃だ!)

 

バカ正直に真正面から受けたのでは分が悪い。

鷹の目のミホークと対峙した時は、もっと長く武装を維持させたジャンゴだが、それは自慢の機動力を存分に活かして、世界一の剣豪の斬撃の直撃を常に逸らしたからだ。

しかし今のジャンゴの背後には、友人とその恋人がいる。

ジャンゴは動けなかった。

だが、

 

「ジャンゴ!動いて!二人は私が!」

 

ロビンがそう叫んだ。

ジャンゴは気配で背後の動きを掴む。

ロビンが生やした無数の手足が、くまとジニーを直ぐ様運び出し、ご丁寧に落ちていたくまの腕と手まで運び出す。さすがはロビンは抜け目がなかった。

 

「もうそいつらは私の獲物ではない。今、私が狩るべきは…貴様だよ、ジャンゴ・フェット!!」

 

ガーリングが言うと、ひゅんひゅんと剣の光が瞬いた。

ジャンゴのシールドが明滅し、発振装置がスパークして砕ける。

 

「私の全力の太刀筋を、こうも幾度も受け止めるか。フフフ…さすがだな、マンダロリアン。だがもうその武具は使えぬのだろう?」

 

「お前を殺す為のツールは、まだまだ腐る程ある。心配するな」

 

ガーリングは冷酷に、そして残酷に微笑み、ジャンゴもそれに些かも動じず、ヘルメットに包まれた鉄面皮は冷たい温度のままだ。

しかし、ジャンゴはその冷静さ故に、今現在の危機的状況を理解していた。

眼前に佇む天竜人の剣士は、ミホークと同等近い猛者だ。最強の神の騎士団の名に違わぬ実力者で、そしてミホーク以上に冷酷なハンターらしいのが分かる。兵達を散々にけしかけ、獲物が疲れた時に一気に攻めかかってくるのも、良い狩人の動きそのものだ。

その男が、少しの疲弊も無い万全の状態で剣を構えている。

一方でジャンゴ・フェットは、既に一軍を相手に無双し終えた後で、武器弾薬、体力は消耗し、頼みの綱のバーソロミュー・くまも力を封じられ重傷だ。

それらを思えば、ジャンゴの判断は迅速だった。

ジャンゴは、ガーリングから一切の意識も逸らさぬようにし、指をブラスター銃のトリガーに添えながら大声で言う。

 

「ロビン、お前ならくま達を能力で逃がせる!そのまま振り返らず、真っ直ぐに走れ!」

 

「何を言ってるの!?」

 

ロビンは、心底からジャンゴの発言に困惑した。

逃げるなら共に。

当たり前の事だった。

 

「くまとジニーを頼む。他の部下達もな。…そのまま後方に走れ。森を抜ければ海岸に出られる。敵の気配も無い」

 

「逃がすと思うか?フィガーランド家のハンターは、獲物を逃さぬ」

 

ガーリングが再度、剣を抜き放ち襲い来る。

ジャンゴの二丁拳銃が、その剣撃の全てを撃ち落とすように撃ち放たれた。

ガーリングの剣が光弾を切り裂き、ジャンゴの光弾が剣筋を叩き落とす。

 

「兵団、前へ!一匹たりとも逃がすな!!」

 

剣と銃とで競り合いながら、ガーリングは命を下すと、兵達は生き残った者達とで急いで陣を立て直し、そして雄叫びをあげながら前進を開始。

しかし、今度はジャンゴが冷徹に言った。

 

「行かせると思うか?」

 

手首を僅かずつ動かし、射軸をずらしてガーリングの剣舞を突破せしめ、「う、ぐ!?」と苦悶したガーリングが一歩下がった。

その隙に、ジャンゴのジェットパックは起動し、バウンティハンターは再度空へと舞い上がる。

ジェットパックのミサイルを雑に発射し、膝のニーパッド・ロケット・ダーツ・ランチャー、そしてユーティリティ・ポーチに詰まっているあらゆる爆発物を空からばら撒く。

まるで、古代戦争の爆撃機の再現だ。

それをジャンゴ・フェットは一人で演じてみせれば、さしものガーリングも堪らずに後方へ飛び退いて、そして騎士団の多数が木っ端微塵に消し飛んだ。

ジャンゴは、ロビンにまた叫んだ。

 

「ロビン!ゆけ!!バーソロミューとジニーを頼む!」

 

「ジャンゴ!!!嫌よ!!あなたも一緒に!!!」

 

「俺が共に行けば、誰がこいつらを足止めするんだ!走れ!時間がない!!」

 

ジャンゴの猛烈な攻撃に、ジャンゴとロビンの声も霞んでいく。

虎の子のジェットパック・ミサイルも、サーマル・デトネーターも今ので弾切れだ。

そして、その他の小型火器もこのばら撒きで底をつく。

全てのボムが無くなった時こそ、すなわちタイムアップという事だ。

自動追跡させているスレーヴIは、ハイパードライブを短距離使用すればこの戦場へと間に合うかもしれないが、オートモードで惑星の大気圏内でリアルスペースに再出現する行為は不可能だった。くまの〝弾き飛ばしによるワープ〟はそれ程の速度で、この地へとジャンゴを運んでいたのだ。

だからジャンゴは最後にもう一度叫んだ。

 

「次に包囲されれば全滅する。そうなれば、バーソロミューもジニーも、皆が無駄死にだ!ロビン、救える命を諦めるつもりか!」

 

「っ!!」

 

いつも、寡黙ながら豊かな父性でロビンを包んでくれたジャンゴが、突き放すような鋭い怒声をロビンに向けた。

その真意は理解出来ている。出来ていても、ロビンは感情が吹き荒れそうになり、歯を食いしばって口を真一文字に結んだ。

溢れそうになる涙を必死に止める。

 

「ジャンゴ!」

 

「走れ、ロビン!」

 

「ジャンゴ、私…私…………あなたを、愛している!!生きて!!!絶対、迎えにくるから!!!」

 

激しい爆発と銃撃音が、二人の声を包む。

その声がジャンゴに届いたかは定かではない。

だが、ロビンは走った。

無事な仲間達は己の足で必死に走り、そして動けぬ者は、ロビンがハナハナの力で運んでやる。

ジニーとくまも瀕死だ。

あれほどの腕前の剣士の一撃をまともに受けてしまったのだから、ジャンゴの言う通り確かに急がなくてはならなかった。

あそこで駄々をこねる暇などなかった。

ロビンの理性はとっくに理解していたが、感情は全くの別だった。

 

 

 

ずっとずっと走った。

海岸線の程近くの、鬱蒼とした森林に身を隠せた。

 

(これじゃあ、あの時と同じじゃない…!オハラの時と…!あの時も、お母さんとサウロに促されるがまま、助けられるがままに、ただ無力に逃げ惑って…!泣きながら逃げるしか出来なかった!お母さんとサウロ達を残して…!もう嫌だ、嫌、嫌っ、嫌だ!私にもう一度…愛する人を失えというの!!)

 

もう皆、息も絶え絶えで、能力を酷使して仲間達の運搬までしてのけたロビンはもっと疲れていた。

さっきまで彼女達が戦っていた方向からは、今も尚激しい戦闘音が轟いていた。

普通ならば、爆発音や銃撃音など恐ろしいものだが、今のロビンにはその音が希望だった。

まだ戦っているという事は、まだジャンゴが無事であるという証明だ。

 

(はやく、はやくはやく…!体力を回復して、治療して…!私だけでも、戦場に戻る!今の私には力がある!あの時のように非力なんかじゃない!私には、ジャンゴに貰った戦う力がある!)

 

傷の重い同志から先にどんどんと治療し、ジニーの容態を確保し、くまの腕を完全に止血させ、くっつくかもまた動くのかも分からないが手も縫合し、彼の首筋から背中にかけた大きな切り傷も縫い合わせて…。

その全ての作業が、今のロビンには惜しい。ひたすらに時間が惜しい。

だがやらねばならない。生き残った仲間達も、ジャンゴから託された大事な資産だ。ジャンゴに任された大事な仕事だ。

 

「――…っ、よし、これで…!みんな、後はお願い。ジニーさんと、くまさんは動かしてはダメよ。…気配を消して、意気を殺して、ここで待っていて」

 

ロビンは立ち上がり、無事な部下に言う。

部下は眉を曲げて、泣きそうな顔で返した。

 

「一人で向かう気ですか、ロビン副隊長!?ジャンゴ軍隊長が、一人で殿をしてくれたんですよ!?その意味がおわかりですか!?」

 

「ダメです、副隊長!ジャンゴさんの意志が無駄になる!もう戦える状況じゃない!あなただって、自分で思っている以上にダメージは大きいんです!!」

 

部下達は口々にそう言った。

だがロビンは、それらを全く無視して駆け出していた。

背後から、部下達の声が幾つも響いたが、もうロビンの耳には届かいていなかった。

 

「ジャンゴ…!ジャンゴ!無事で…!」

 

無事でいてくれ。

自分が行けば、まだ打開できる。

ジャンゴとロビンのコンビネーションは、くまとジャンゴのコンビよりも数段洗練されている。

ロビンはそう信じていたから、合流できればあれ程の強敵がいようとも、まだまだ数多くの敵兵がいようとも、きっと何とかなる。ロビンは信じていた。

 

大きな爆発がまた数度響く。

 

まだだ。まだ大丈夫。ジャンゴはまだ戦っている。

 

ロビンは全力で走り続ける。

片目を閉じて、視界の端から端へ、どんどんと視界の先へ眼を咲かせて、一足先に片側の視界だけでも森を抜けさせて、戦場を視界に収めてしまえば、ジャンゴを視界にいれてしまえば幾らでもハナハナの力でサポートできる。

 

(もっと急いで!!!)

 

駆ける足も、能力展開の速度も、今のロビンには不満だらけだ。

自分の至らなさに怒り狂いそうになる。

泣き叫びたくなる。

森林地帯を抜けるのには、後およそ5分。

だがそれより先に、ロビンの視界が目抜咲き(オッホスフルール)により森林地帯を抜けた。

ロビンの視界の先に戦場が広がる。

 

(ジャンゴ…!!)

 

愛する人の姿を探す。

木々に咲かせた目玉が、ギョロギョロと蠢いて見慣れた甲冑姿を必死に探した。

幾つも戦塵が舞い散り続けて、視界は不寮極まるが、それでもロビンの目はキラリと光る銀の輝きを見つけ出した。

 

(いた!ジャンゴ…!!無事だった!!)

 

壮年の剣士が鬼気迫る顔で一気呵成に突っ込み、そしてジャンゴは最後に残された武器、一丁のウェスター34で迎え撃つ。

銃撃音が響き、同時に剣の光も瞬いた。

それらは同時だったろう。その瞬間だった。

 

(――――え?)

 

ジャンゴのジェットパックが一瞬、火花を噴いて、そして同時に…ごろりとジャンゴのヘルメットが地に転がった。

ジャンゴの体が、がくりと力なく膝をつき、そしてゆっくりと倒れる。

あの剣士は傷だらけの体を引きずるようにし、左肩から下を力なくだらりと下げながら、勝ち誇ったように、首を無くしたジャンゴの亡骸を見つている。ジャンゴの、ガーリングの心臓を狙った一撃は、惜しくも彼の左肩を抉っていた。

ころころと転がるジャンゴのヘルメットは、やがてガーリングの足に当たって止まった。

 

その全部の光景が、ロビンの目にまるで時の流れが遅くなったかのように映った。

心に独白する声すら失って、ロビンはその場に崩れ落ちた。

膝に力が入らなかった。

膝だけでなく、もう全身のどこにも力が入らなかった。

思考する力も出ない。戦いの疲れの全てが吹き出して、ロビンの眼の前はどこまでも仄暗く染まっていく。

急に真夜中になってしまったかのようだった。もう目抜咲き(オッホスフルール)を維持する事も出来なかった。

ロビンは意識を失い、森の中に倒れ伏した。

 

戦場の喧騒は、もう聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――エピローグ――

 

 

 

ジャンゴ・フェットが死んだという噂は四海千里を駆けたが、おいそれとそれを信じる者は少なかった。

元々ジャンゴという男は素性が知れないミステリアスな部分が多く、また頻繁に表立って活動して偽物の存在を許さず即座に始末する時もあれば、偽物を放置して長期間活動を沈静化させる時もあった。

確かにここ最近、彼は姿を大々的には晒していないが、誰もが、ジャンゴ・フェットはまたひょっこりと姿を表してとんでもない大物を仕留めて話題を攫うだろうと言い合った。

 

だが、当たり前だが当事者組織である革命軍は違う。

偉大なるジャンゴ・フェットを失って、革命軍はまったく意気消沈してしまった。

ロビンは余りのショックと疲労から数日の間、昏睡状態に陥る程で、また、特に親しい友人であったバーソロミュー・くまも、その衝撃は甚大だった。

 

「ジャ、ジャンゴ…ジャンゴ…許してくれ…!勘弁してくれ…!お、おれが…おれが代わりに死ぬはずだったんだ…!う、うぅ…おおおおお…!許してくれ、ジャンゴ!!おれが情けなかったから!!おれが…肝心な時に、能力を、つ、使えなかったから…!おれは、おれは…!!なんて弱いんだ!!!」

 

自分が動けなくなったから。

自分が腕を失って、ジニー達を逃がせなかったから。

ニキュニキュの力を発揮できれば、ジャンゴを逃がす事は出来た筈だった。

そういう後悔が次から次に溢れて止まらない。

最愛のジニーを救うことは出来たとはいえ、くまは代償として最も良き友人を失った。

種族は違えども、同じ古代の血脈の生き残りであったジャンゴは、くまにとって得難い男だった。

 

友人を生贄に捧げて救った女…ジニーは、今も慟哭するくまを慰めている。

彼女自身も泣きじゃくりながら、自分の無力を嘆きながら、それでも大きな背中を赤ん坊のように丸めて慟哭するくまの背中をさすり続けた。

だが、ジニーの苦悩もそれでは終わらない。

ジャンゴ・フェットは愛する人の親友であると同時に、一番可愛がっていた妹分の最愛の男性でもあったのだ。

しかも、彼女は天竜人率いるあの待ち伏せ部隊は、〝自分を嫁に迎える為に用意された軍隊〟だと、戦いが終わり、全てが済んでしまった後に知ったのだ。

自分が切っ掛けで起きた戦いであり、しかもジャンゴは友誼の為にくまに助成して戦ったのだと、ジニーからの認識はそれだった。

愛するくまに助けられたのは心底嬉しかったが、その愛の救出劇の裏で、妹分は愛を失っていたのだ。

 

(あたしは……どんな顔で、ロビンに会えばいいんだ…)

 

ジニーらしくもなく、その表情も心も明るさを失って、ひたすらに悲嘆に暮れる。

 

くまとジニーは、何度も何度も、昏睡状態のロビンの見舞いにいった。

こんこんと眠るロビンに、二人は涙ながらに何度も謝っていた。

しかしそんな行為はロビンにとって少しの謝罪にもならないし、何の意味も事は分かっていたが、それでも絶えず湧いてくる罪悪感から頭を下げずにはいられなかった。

 

ロビンが目覚めた時、ロビンはブラックアウトする間際に見た光景など悪い夢だと信じようとしたが、神妙で沈痛な面持ちの姉貴分とくまが、何も言葉を発せずにいるのを見て察した。

ロビンは、その時ばかりは頭の回転の早い、察しの良い自分を嫌ったが、数日間の微睡みの中でロビン自身…少しずつ覚悟は出来上がりつつあった。

 

「ジャンゴは…本当に、死んだのね…」

 

彼女が目覚めたと聞いてやってきたドラゴンが、何も言えぬくまとジニーに代わって「あぁ」と頷いた。

ドラゴンの隣には、やはり他方の遠征に赴いていたイワンコフまでがいたが、(彼女)らしくもなく静かに項垂れていて、当初はロビンも気付けなかった程だ。

 

「彼の死を…確認した。遺体と装甲服は、全て奴らに回収されてしまったが…いつかは、ジャンゴを取り戻す」

 

ドラゴンは静かに宣言した。

ドラゴンにしても、ジャンゴ・フェットは大切な友人だった。

その友が愛用した装備品と遺体を、いつまでも天竜人のトロフィーとして、死を冒涜させるわけにはいかなかった。

 

「ええ…絶対に、私達で取り戻しましょう…!あんな奴らに死まで弄ばれちゃ…ジャンゴちゃんも浮かばれないっちゃブル」

 

イワンコフも、その大きな顔を怒りに震わせてそう言った。

生気を失っていたロビンの瞳に、その時から活力が戻りだしたのをドラゴンは見た。

その理由は決して善行に属する理由ではないし、前向きなものではなかったが、ロビンの瞳に燃えだした黒い復讐の炎が彼女の生きる理由となるのなら、ドラゴンはそれでも良いと思う。

ロビンは少しずつ体調を回復させ、パッと見では前までのロビンを取り戻しつつあったが、以前とは決定的に違っていたのは、ドラゴンにもくまにも、そしてジニーにも分かった。

彼女の微笑みは、初めて会った時のように冷たく、奥が視えぬものになっていたし、目つきも危険で陰のある妖光を放つようになった。

だが、心底の優しさと仲間への思いやりまで失って変質したわけではない。

ジャンゴを失ったロビンに後ろめたい気持ちがあったのだろう、ジニーとくまは、せっかく助かり、そして心を向き合わせたというのにいつまでも結ばれなかったのだが、最後の一押しをしたのはロビンだった。

早いもので、ジャンゴとガーリングの決戦から一年が経とうかという頃に、ロビンはジニー達に言った。

 

「もう一年経つし、いつまでも遠慮なんてする必要はないわ。ジニーさん、くまさん、…二人が結ばれなきゃ…ジャンゴだって死んだ甲斐がない。…それに、ジャンゴは私に言っていた。くまとジニーは焦れったいって。二人の子供が生まれたら、どんなお人好しだろうなって…私に冗談を言っていた」

 

ジャンゴも望んだ事だと、自分もそうなってくれたら嬉しいと、寧ろ二人が結ばれないなら…その時こそ私は二人を許せないのだと、そうまで言われてようやくジニーとくまは心を決めた。

 

 

 

くまとジニーの結婚式が、親しい仲間内だけでひっそりと行われた。

ソルベ王国の小さな寂れた教会で、ドラゴンとイワンコフと、その他に付き合いの深い幹部勢、直属の部下数名。お呼ばれした地元の親しい老人、漁師達…そしてニコ・ロビンが、くまとジニーの結婚の証人だ。

繋がった腕はまだぎこちなく、たどたどしい動きで、くまはジニーの白くてすらりとした薬指に指輪を嵌め込み、そして感極まって落涙するジニーの口付けを受けて、くまは首まで真っ赤になってはにかんだ。

その慶事は悲しみを紛らわす為だ。

そんな事はこの場にいる、ソルベ王国民以外の誰もが分かっているが、それでも間違いなく目出度い事で、その場の誰もが心底から二人を祝福した。

祝宴は数日続いた。

 

そして、その数日後にロビンは旅立った。

表向きの理由としては、暗黒街の様々な組織への潜入調査という事だ。主なターゲットは、ヒューマンショップに人を卸す人攫い屋となる。

ロビンたっての希望だった。

ドラゴンは了承し、定期連絡と、年に一回はバルディゴに帰還する事を条件に彼女の出立を許した。

その後もロビンは、自らの身を危険に晒すのを喜ぶかのように危険な任務に従事し続け、そしてやがて古代兵器を求めるサー・クロコダイルへの接触と至るが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

ドラゴンとの約束通り、年に一度、ロビンはバルディゴへと帰り続けた。

その中で、時折ジニーやくまと話す機会にも恵まれたが、二人もようやくジャンゴを失った哀しみから立ち直り始めて、本当に互いの想いに向き合える時が来たらしかった。

ジニーが妊娠したのだ。

それをロビンは心底喜んだ。

定期連絡でも、ジニーの容態を常に気にかけて聞く程には喜んだ。

残念ながら出産には立ち会えず、ロビンが生まれた子に会ったのは、赤ん坊が半年成長した頃だったが、生え始めた髪はジニーに似て綺麗な桃色の可愛い女の子だ。

 

「ボニー…!生まれてきてくれて…ありがとう!!」

 

生まれたばかりの赤子は、くまの掌に乗る程に小さく、そして可憐だった。一見して、既にジニー似の可愛らしさがあったその娘は名をボニーと名付けられ、ソルベ王国で出産を終えた後、バルディゴへと一家揃って引っ越していた。なんと、ソルベ王国の老人や漁師達もセットでだ。

 

「ボニー…フフフ、ほら、ロビンお姉ちゃんよ」

 

「だー♡きゃっきゃっ♪」

 

ロビンが生やした、いくつもの腕にこちょこちょとくすぐられ、ボニーはくすぐったがりながら喜んだ。

大笑いしながら、何本もの腕にじゃれついて指に吸い付いてくるのを、ロビンは優しい微笑みで眺める。

ロビンにとって年に一度の〝帰省〟は、もっと楽しいものになった。

 

「いやー参ったよ♡ボニーったら、めちゃくちゃ食いしん坊でさ♡あたしがミルクいっぱい出るから良いようなものの、これ、普通のお母さんならおっぱい足りなくなるぜ~♡」

 

「ははは!間違いなく君の子だよ、ボニーは。……本当に、本当に…可愛いなぁ……!ぐすっ!うっ、うう…!」

 

「…おいおい、泣くやつがあるかよ。……まったく、くまちーったらさ…いつまでたっても泣き虫で困りまちゅね~?ねぇ~ボニー?パパったら泣き虫よねぇ~?それに、この子はあたしだけの子じゃなくて、()()()()()()()()()娘なんだよ!ほらほら、訂正して!」

 

「う、うん…そうだな。そうだ…おれと、ジニーの娘だ」

 

泣きじゃくって喜ぶくま。だが、喜びながらも独り心の中でこうも思っていた。

 

(ジャンゴ、お前に…見せたかったよ。おれとジニーの子を。お前のお陰で、生まれた子なんだ…お前に貰った命なんだ…。お前がいなきゃ…きっとジニーは天竜人に攫われていた…。…でも、お前がここに、い、いないんだ…ジャンゴ…)

 

しかしくまはその苦悩と後悔を、少なくともロビンに悟られぬように内へと仕舞い込んだ。そして幸せを目一杯に味わう。何故なら、それこそが亡き友への手向けになるのだと、自分よりずっと若いロビンに教えられたからだ。

それにロビンは、幸せそうにしている自分達を見るのが好きだと言ってくれたし、ボニーをあやしている自分達を見る時の顔は、以前…ジャンゴと共に在った時のロビンのように柔らかだった。

これはくまの予想だが、きっとジニーも同じようにある程度は幸せを演じているのだろう。ジャンゴとロビンへの申し訳なさに蓋をして、だからこそボニーに全力で愛情を注いで後ろめたさから逃れている。

 

事実、幸せそうにしている二人と、そしてボニーを見るのが最近のロビンの一番の楽しみだった。

しかし、その一方で、ジャンゴと共に在った時のコネクションを用いて構築した、彼女の情報網が不穏な噂も嗅ぎ取っていたから、ロビンも小さなその幸せにすら浸ってばかりはいられなかった。

不穏な噂……それは――

 

 

 

 

―――ジャンゴ・フェットが活動を再開させた

 

 

 

 

そういう噂だった。

ロビンの裏情報網に引っ掛かるトップシークレットを幾つか組み合わせると、ロビンの鋭敏な頭脳に何とも嫌な想像が浮かぶ。

近年、政府お抱えの超天才科学者のDr.ベガパンクが、生命をコピーするクローン技術の量産体制を完成させたという。

闇金の帝王、ル・フェルドから経由した情報で、信頼性は高い。

なにせ、ル・フェルドは、かつてベガパンク達と共に民間の研究施設を経営していた。

そして、ベガパンクはクローン制作にあたっては、通常の人間よりも強靭な古代種を求めていたという情報も、彼女は持っていた。

 

「ジャンゴ…あなたをトロフィーとしただけでは飽き足らず…政府は…天竜人は、あなたの遺体をクローンのホストにしたというの?…ジャンゴ……もしそうだったら、私は……」

 

黒い意志を燃え上がらせたロビンを待ち受ける運命は、間違いなく残酷なものだ。

その調査の中で最初に出会った〝ジャンゴ〟は、クロネコ海賊団に在籍する全くの別人で、そいつはロビンにボコボコにされてしまい全く不運だったが、やがてロビンは、バロックワークスの国崩しの件で知り合った麦わらの一味に参画し、彼らと冒険を繰り広げるようになり、その果てに彼女はフェットの姓を名乗る男に出会う事になる。そいつこそが、ジャンゴ・フェット活動再開の噂の根源であった。

そいつは、ジャンゴ・フェットとは色こそ違うものの、酷似した装甲服に身を包んだ、危険なバウンティハンターだった。

世界政府に雇われ、海兵のドールと共に活動する、その賞金稼ぎ。

 

「ボバ!そっちを頼んだよ!私は…ニコ・ロビンをやる!あの女とは一度戦ってみたかったんだ…個人的な都合でね」

 

「好きにしろ。…だが、ドール…気を付けたほうがいい。相手は〝黒花〟だ」

 

「そっちこそだ。あんたの相手は〝海賊狩り〟のゾロだからね。精々ぶった斬られないようにしな」

 

「問題ない。…剣士の相手は()()()()()

 

両手持ちのブラスターライフルを、ルフィ達とは別行動中だったロビンとゾロに向けて急襲してきた賞金稼ぎと女海兵。

その武装は何から何まで、ジャンゴと瓜二つ。纏う気配すらも、ロビンにジャンゴを色濃く想起させる。

もしかしたら、ボバ・フェットはジャンゴのクローンなのではなく、ベガパンクがその超技術で蘇生させたのではないか。そう思わせる程に、ジャンゴそのものだった。

その時のロビンの感情は、誰にも正確に予想出来ぬ程にぐちゃぐちゃとした、混沌のようなものだったろう。

ボバ・フェットの正体は本当にどこぞの女が生んだ実子なのか。クローンなのか。記憶を操作された、蘇生処理を受けたジャンゴ本人なのか。

 

「…っ!あなたがドール?ジャンゴから、少しだけ聞いていたわ。昔、()()()()()()()()()()()()()()()ってね」

 

「抜かしなよ、ニコ・ロビン。あんたこそ、ポッと出の女だろ?私は、あんたの知らないジャンゴも知っているのさ」

 

「そう?多分、私の方がもっと深くまで彼の事を知っているけど」

 

「ふん…ま、こんな口論は不要だね」

 

「同感だわ」

 

「とにかく…あんたは目障り……ニコ・ロビン。死んでもらう」

 

「海兵がいきなり怖い事言うのね。…逮捕しなくていいの?あなた海兵でしょう?」

 

「あんたが生きてちゃ…こっちに不都合ってこと。彼は…人生をやり直す事で、私の側にこうしていられる………私達(政府)側でいられるの。彼が()()()に戻ってしまう…その可能性はあっちゃならない。だからあんたはにはここで…退場してもらう」

 

「…かつてに戻る…?どういうこと?……まさか、ボバは――」

 

「今のは、あんたへの冥土の土産ってやつ。死にゆくあんたへの、せめてもの…手切れ金だと思いな」

 

ボバとゾロが銃と剣の激闘を演じている横で、ロビンとドールもまた激しい戦いを始める。

ロビンとのボバ、そしてドールとボバとの関係は何なのか。どうなるのか。

それらは全て、その時はまだ未知の領域の事だった。

 

 

 

――

 

―――

 

 

いつの日か、麦わらの一味がシャボンディ諸島に辿り着いた時…ボバ・フェットの〝兄弟〟達が、政府の手先として一味を襲うだろう。

白い装甲服に身を包んだ〝クローン・トルーパー〟達が、新たな海の守護者として本格的に活動を開始する時が来る。

シャボンディで出会った、海賊の超新星の一人…トラファルガー・ローは、政府の犬に成り下がった白いアーマーの培養兵士達を一目見るなり、ひどくそいつらを嫌悪して言い放つ。

 

「おれの人生には、恩人が三人ばかりいるが…ジャンゴ・フェットはそのうちの一人でね。…貴様らがジャンゴ・フェットのクローンだと?肉体はコピー出来ても、魂まではコピーできない…あの偉大なジャンゴ・フェットとは似ても似つかない!あの人を侮辱するな!」

 

ローの恩人とは、くれは、ロシナンテ、そしてジャンゴ・フェットの三人であるが、彼の人生の最大の転換点を作り出した戦士の死の冒涜は、ローの逆鱗に触れるものだ。

フレバンス・アーミーをも想起させるクローン・トルーパーに、二重の意味で思い出を汚されたのだから、トラファルガー・ローにとってそれは尤もな怒りだった。

 

 

 

――

 

―――

 

 

「こいつら…全員ジャンゴ殿と同じ顔じゃと?フッ…フフフ…だからなんじゃ。わらわがあの方に惹かれたのは、その精神じゃ。天竜人をも恐れず立ち向かう、あの気高き心に惹かれたのじゃ。偽物共め…貴様ら全員、石にして砕いてくれるわ」

 

海賊女帝ボア・ハンコックも、そのようにして海軍と一線交える未来もあるかもしれない。

 

 

 

――

 

―――

 

 

「…そうか。ジャンゴ…君も先にいってしまったか。しかし、政府も無粋な真似をするものだ」

 

レイリーにも、親しい者達が次々に自分を置いて逝ってしまう事に思い耽る日々がくるのだろう。

 

 

 

――

 

―――

 

 

「ジャンゴちゃんを想って、その道をゆくの?辛いわよ…ニコ・ロビン」

 

それは、ジャンゴを息子のように可愛がっていたシャクヤクにとっても。

 

 

 

――

 

―――

 

 

「ジャンゴが死んだァ!?ハッ!嘘を付くな!!ずる賢いあの賞金稼ぎは、このバレット様を倒した男だぜ?………本当に、あのジャンゴ・フェットを殺した奴は、神の騎士団にいやがるのか?ブエナ・フェスタ…!」

 

インペルダウンから脱獄したダグラス・バレットも、

 

「ようこそ、グラン・テゾーロ・フェットBARへ。ここは、小さな酒場だが…うちの歌姫は一級だ。楽しんでいってくれ。…ん?ジャンゴ・フェット?あぁ、そうだよ。ジャンゴ・フェットの大ファンなんだ。そこらじゅうに新聞の切り抜きだらけで驚いたかい?ふふ、お客さんもジャンゴ・フェットのファンでここに辿り着いた口かい?ここは知る人ぞ知る、ジャンゴファンの集いの場だからね。世間ではジャンゴは死んだって噂もあるが、ありゃウソさ。ジャンゴが死ぬわけがない」

 

素朴な夢を叶えたテゾーロ夫妻も、

 

「ジャンゴさんが遺したものを天竜人が踏みにじるというなら、おれ達魚人が彼の尊厳を守り抜く。それが…人の義侠を教えてくれたジャンゴさんへの恩返しだ」

 

「にゅっ!おれもそう思うぜ、タイのお頭!」

 

今や大海賊団となり、麦わらの一味との〝海賊同盟〟という危険な事実を持つ事から、麦わらの一味と合わせて〝第五の海の皇帝〟勢力に数えられるフィッシャー・タイガーの〝タイヨウの海賊団〟達も、かつての恩義から革命軍と合流し、世界政府へ挑む。

 

 

彼の足跡は、世界の名だたる人々に大きな影響を与えて、誰も彼もがジャンゴの面影を求めて彷徨う者になっていく。

後世への影響力は、大海賊時代の幕を開いたゴールド・ロジャーに次ぐという者も世にはいる。

 

 

 

フェットの名が刻まれた遺産は、そこにもかしこにも転がり、ジャンゴの足跡は四つの大海とグランドラインに、永遠に残留し続けるだろう。

 

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