デュートネ戦争が終わって、少し経った頃の話。
 コボルトの宿舎で行われていた秘事とは?


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当作は、樽見京一郎先生著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作品です。ネタバレ要素を含みますので、WEB版読了後の閲覧を推奨します。
また、当品はフィクションでありますので、実在する人物、国家、組織などは無関係です。またそれらを貶める意図は一切ありません。閲覧時はご了承ください。



【オルクセン王国史二次創作】第二酒保

 これは、デュートネ戦争が終わって、少し経った頃の話。

 

 ハンスは困っていた。彼はランゲンフェルト州の駐屯地に詰める、料理担当のオーク族だ。

 非常に生真面目な性格で、勤務態度も実直。上役の信頼も厚い。そんな彼が頭を痛めていたのは、厨房の暑さだ。オルクセンの夏は道洋の島国と比べればずっと過ごしやすい。だが、炭火をガンガン焚いて大量の調理をするのだから、いくら換気を行っても熱気が籠もりがちになる。後年、刻印魔術を利用した冷却装置(クーラー)が普及して改善したものの、この頃は生鮮食品を保冷する装置(れいぞうこ)が、やっと駐屯地に設置されたという具合だった。

 この年は雨が少なく、大層暑かった。体調を崩す者もちょくちょく現れ、慣れない交代要員を指導するハンスは、目を回していた。『調理をする者は健康でなければならない』という我らが王(グスタフ)の布告で、下痢や発熱のあるものは厨房には入れないからだ。実際、牡蠣に当たった士官から広がった下痢で大惨事になったことがあるから、これは仕方ない。

 健康に自信のあったハンスは何とか切り盛りしていたが、ついに数日の激務の後、過労でぶっ倒れたのである。

 

 ハンスは見知らぬ部屋で目を覚ました。上官が気の毒に思って、基地司令に掛け合ったところ、近くの病院で療養する許可が出たというのは後から看護師から聞いた話だ。『何とかするから心配するな、特別休暇と思ってしっかり治せ』と書かれた手紙まで貰ってしまったので、ハンスは厨房へ戻りたい気持ちを抑えて英気を養うことに決めた。

 数日後、懐かしい人物が見舞いに来た。退役した主計課の将校でシェルピンスキーという。コボルトのダックス種。この辺りでは珍しい姓だが、祖父の代に北東部から越してきたらしい。気さくな人物で、自分に金を使うことに興味がないのか、食堂の常連だった。

 

『軍用食料が行方不明になるとね、巨狼の憲兵さんがやってくるんだ。横流しなんて絶対考えないほうがいいよ。銃殺よりずっと悪いことになるからね。』

 

 そんな、ちょっと怖い話もしてくれたのをハンスは覚えている。聞けば、今は商社で経理をしているらしい。

 

「うちの近くの食堂の料理がイマイチでなぁ。お前さんが軍を辞めたら出資するから来て貰おうって、酒保の担当に言ってたのさ。そうしたら、ぶっ倒れたって聞いたもんだから、こうして顔を見に来たんだ」

 

「そこまで腕を買って頂いてたなんて恐縮です、シェルピンスキーさん。新兵の頃から色々良くしてもらって」

 

「ああ、『ピンスキー』でかまわんよ、名前が平凡なもんだから、社でもそれで通ってるんだ。そういや新兵といえば、アレを覚えてるか? 飲ませてやろうと思って持ってきたんだ。夏バテで、他には悪いところは無いんだろ?」

 

 そう言うとピンスキーは、赤い液体の入ったビンを取り出した。ハンスは見た途端、新兵だった頃の記憶を取り戻した。

 厳しい訓練と若い肉体は、圧倒的な量の栄養を(ほっ)する。しばらくすれば酒保の出入りも許されるが、貧しい家の出の初年兵にとっては近寄りがたいものだった。ハンスもそんな中のひとりだった。ある時、低血糖の発作でも出たのか、目眩で廊下ですっ転んだことがある。その介護をしてくれたのが、通りがかったピンスキーだ。

 よくあることのようで、テキパキと襟を緩めたりした後、コボルトたちの宿舎のほうから、何やら赤い液体を持ってきてくれた。

 

『服に(こぼ)すなよ、染みになるから。ゆっくり飲むんだ』

 

 甘い匂いのする、ぷちぷちと泡の弾けるそれは、僅かな酸味もあって、とても美味しかった。後年酒保で探してみたが、売っているものではないというのが判っただけだった。

 

「この色、思い出しましたよ。どこにもないんで、てっきり夢でも見たんじゃないかって考えてたくらいで」

 

「お前さんは真面目だから知らなかっただろうけれど、コボルト兵の宿舎で作ってたのさ。第二酒保って聞いたことないか?

 あの頃は『最低でも黒パンをオークの半分は食べろ』ってことになってたんだが、ドワーフや小柄なコボルトにはキツかったわな。食べきれない分は宿舎の飯盒に持ち帰るんだが、それを腹を空かせたオークたちの()()と交換するっていう行為あったのは公然の秘密だったんだ。酒保よりずっと格安でな。おっと、()()ってのはトランプの相手をしろだの、そういう()()()のないことも多かったんだぞ」

 

 黒パンはサワー種を使っていることもあって保存性が高く、一週間は()つ。とは言え、一種の通貨のように流通していたのは、ハンスにとって全くの予想外だった。

 

「上手く回ってた時期もあったんだが、うちの駐屯地はドワーフも多いだろ? そっちからも黒パンが流れてくるものだから、駄目にする分も出てきてなぁ……」

 

 ランゲンフェルト州は、ヴィッセルやエアハルトといった大企業を抱える工業地帯である。当然ドワーフが沢山住んでいるわけであるから、徴兵されてくる兵もドワーフが比較的多かった。

 

「そこで相談された俺が考えたのが、余った黒パンで『クワス(kvass)』を作ることだったのさ。(うち)の婆ちゃんが作ってくれたのを覚えててな、瓶とビートルート、パン種を買い込んで、コボルト寮でこしらえたんだ。中々評判は良かったよ。

 特に夏場は、『ビールがぶ飲みするやつに比べてバテない』とか言ってくれる奴もいてな、聞きつけた将校が従卒に買いにやらせるって珍事もあったぐらいさ。その冬は屑リンゴを買い付けて、もうひと仕込みしたなぁ」

 

 商魂(たくま)しいコボルト族。宿舎を物々交換所どころか、醸造所にしてしまうとは。

 

「そんな大事(おおごと)にして、怒られたりしなかったのですか?」

 

「元々、黒パン半分っていうのが無茶なのは、司令もわかってたさ。それでも食料消費の算段はつけなきゃならん。おおらかな時代ってのもあったが、今でも何かを分けてくれる奴ってのは人気者だし、そういうところから友情や連帯感が生まれるのなら、悪い話じゃないっていう考えだったんだろうな。それはそうと、試してみるかい?」

 

 ハンスが肯くと、ピンスキーは水差しの隣にあったコップを濯いで注いでくれた。懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。爽やかな甘さ。どこかドワーフたちが好むエールビールのような雰囲気があった。

 

「これ、僕にも作れますかね?」

 

「コボルトの二等兵だって十分できたんだ。調理法(レツェプト)を書いてやるから、試してみるといいよ」

 

 そう言うと、ピンスキーは手帳にサラサラと書き留め、ページを破って渡してくれた。

 この後、ハンスは厨房へ復帰すると、上官の許可を得てクワスを仕込んだ。

 厨房担当の皆に振る舞うと、多少効果があったものか、それ以降は脱落者を出さずに夏を乗り切れたのであった。

 

 

 

 




あとがき

 Twitter()のTLで、『黒パン(?)で醸すやつ、絶対居るだろう』(意訳)って話があったので、考えてみました。クワス、そういうのもあるのか・・・。レシピを見ると、ちょっと甘酒っぽいかなと思ったので、薬効もそういう方向で想像しました。
 戦地だと清潔さとか容器、糖分をどうするのかがどうしても気になったので、平時の駐屯地を舞台にしました。樽でやれば出来そう?
 シェルピンスキーはポーランド人の数学者(とドイツのエースパイロット)から名を頂きました。クワスの本場はロシア・ウクライナあたりのようで、東欧あたりまで作る習慣があるみたいです。ハンスはどこにでも居るハンスということで。戦車に乗ってそうな名前ではありますが。



【補足】

 途中、『飯盒』という言葉が出てきますが、現在の形のものはブリキ製のものが1875年にスイスで生まれ、1882年にアルミニウム製となって実用化されました。ドイツでは1908年に導入されています。それ以前には「1850 Kochgeschirr」なるものがあったらしいのですが、具体的にどのようなものかはわかりません。なので、イギリスの1810年型、あるいは1854年型のブリキ製メスティンに近いものがあったというイメージでお願いします。
 本文とはあまり関係ない二文字に、長々と注釈を書く羽目に。トホホ。


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