オリキャラが出てきます。
2014年。
福島の片田舎に娯楽など存在しない。都会っ子である彼は嫌そうにため息をついた。
夏休みの中腹。父親方の祖母の姉の夫が死んだらしい。……会ったことがないし、そもそもそれは父にとっても他人なのではないのか。
それでもわざわざ遠方に住む自分たちが葬式に出席する羽目になったのはその死んだ男というのがそれなりの権力者の家系だから、少しでも出席者を多くして豪勢に見せるためという小学生の彼でも感じられるぐらいの成金根性の賜物だった。
強いて良かったことといえば宿泊費やら交通費やらは全てその権力者持ちだということだ。
そんな話を自身の父親から聞きながらひどく憂鬱な、でも塾に行かされるよりかはマシな思いで飛行機の着陸のアナウンスを聞いていた。
*
着陸して思ったことは福島が意外と整備されているということだった。
彼にとって福島とは「原発事故が起きた場所」であり、教科書にも災害のビデオでも政治家であっても声高に主張する凄惨な事故が起きた場所であるというイメージだった。
それでも福島空港にはデパートであるような物産展があったし、そこからバスを使った郡山への道のりもやはり平和そのものだった。
原発事故が起きた場所と自分の今いる場所がかなりかけ離れていること、マスコミが局所的な報道しかしないことを実感しながら名の知らぬアウトレットモールで待ち人を待っていた。
「誰を待ってるの?」
姉が父に尋ねる。彼女は部活動を優先させたかったらしいが、中高一貫の学校に通学しているから中三でも部活ができるとか言われて渋々この無駄な旅行に付き合っていた。
「おばあちゃんの兄弟の娘夫婦とその子供……らしい」
「ほぼ他人?」
「他人だ。父さんも娘さんには親戚の集まりで会ったことしかないし、夫や子供には会ったことすらない」
「ふーん」
「でも……たしか子供は上と真ん中は中学生で下が小学生――だった気がする」
「五人家族なんだ」
「多分な」
人数を確認したのは恐らく片親とかの可能性を考えてだろう。姉のそういう気遣いを理解できるぐらいには彼は聡かった。
彼はいろんな人や家族が自分たちに特段興味を持たずに通り過ぎるのを眺めていた。
「――すみません、××さん……ですか?」
「あぁ、はい」
父が声を掛けられる。視線を動かすとそこには5人の家族がいた。先ほどの父の話から考えて――
「もしかして……ミツミネさん、ですよね?」
「はい」
予想通りの回答をその娘夫婦――三峰家の父がするのを彼は白けた表情で見ていた。
*
自分たちの4人家族と三峰家5人家族の計9人がどうやって移動するのか少し疑問だったがどうやら本家がマイクロバスを雇ったらしい。
車窓から見える景色が灰色からすぐに緑に変わる。車内は無言でだれも喋らない。当たり前である。狭い車内に何も知らない二世帯の家族がいる状況で誰かが何かを話そうとはしない。加えて彼と彼の家族間の仲は冷えており話すこともない。
彼は自分のウォークマンとイヤホンで耳を塞ぎ、外界からの情報をシャットアウトすることにした。
ラジオが流れる。一応、いつでも英語の教材を再生できるようにしながら彼は車窓を眺めていた。空は夕暮れを示していた。
*
到着した場所は豪邸と言っても差し支えない場所だった。狭いマンション暮らしの彼らの家の何十倍の面積なのだろうか。
「掃除が大変そうね」
母がそんな冗談を言った。
すでに辺りは夜の帳が下りている。通夜は明日で葬式は明後日らしい。
用意された部屋はホテルの一室と遜色ないものだった。ベッドは4つ。当然彼の家族が使うこととなる。
「そういえば勉強道具は持ってきた?」
母親が姉と彼に聞く。
「持って来たよ。英単語帳だけだけど」
「……持ってきていない」
彼の回答に母は露骨に嫌な顔をする。
「あんたねぇ、こんなところに行くために塾休んだんだから本の一冊ぐらい持ってきなさいよ!」
「すみません……」
夏期講習用の薄いとはいえA4のテキストをどうやって持ってこいというのだ、と少し思ったがこの母親に何を言っても仕方がないのだ。
まったく……と、舌打ちをしながら苛立ちを隠さない母をいつも通りのことと姉も父も流す。
「だいたい――」
と母がいろいろ言おうとしたときにコンコンとノックされる。
「――っ、はぁい」
「××様、食事の準備が終わりました」
「分かりました、今行きまぁす」
案内係の声に余所行きの声を出した母に対して今更なんの感情も抱かなかった。
*
夕食は弁当で、まずかった。どうして葬式の弁当というのはこんなに不味いのだろうかと少し思いながら大浴場で風呂に入った後部屋に戻らずに調度品を眺める。
眺める、というより見るという状態だ。暇だから壺の文様を眺めながら暇をつぶす。部屋に戻ってもやることはないし、ウォークマンを使っていたら母に「耳にカビが生える」とか「ラジオなんて無価値なものを聞くな」とか言われることは分かりきっているので暇つぶしである。
そんな無意味な時間を過ごしていると。
「あ、君は――」
視線を動かす。声をかけられたほうを見ると眼鏡をかけた女がいた。
誰だろう、と脳を動かす。
「××さんのところの子供だよね……?」
「あ、はい」
「私はミツミネユイカ、中学三年生です」
ようやく思い出した。あのアウトレットモールで合流した三峰家の真ん中の子供だ。彼と同身長ということからおそらく150㎝後半、髪は短く切りそろえてあり体躯は簡単に折れるのではないかと疑うほど細い。……陸上でもやっていたのだろうか。
「××**です。小学五年生」
彼が一応名を明かすと、彼女は周囲を確認して聞いてきた。
「君はどうしてここにいるの? どうして用意された部屋に戻らないの?」
「えっと……居場所が、無くて」
「居場所?」
「家族仲が、悪いんです」
彼はたどたどしく言う。
「中学受験に成功した姉に後追いさせるために、塾の夏期講習に行かせて、……でもあまり俺が乗り気じゃないことに、腹を立てている、らしくって……」
「――戻っても小言を言われながら勉強するだけ?」
「いえ、テキストが大きいので、持ってきてすらいません」
「それは……グレてるねぇ。親不孝者だ」
何なのだ、この女は。なぜ見ず知らずの自分のことに馴れ馴れしくするのだ?
「……失礼します」
結局彼は居心地の悪さを感じながらさらに居心地の悪い家族のいる部屋に戻るしかなかった。
*
翌朝。どうやらこの葬式に参加させられた者はかなり多いらしい。30人以上が犇めく大ホールで味気のない朝食を口に詰め込みながら思った。
30人以上のゲストを支えられるほどのスタッフを雇うことができるのかと少し思ったが、会場内の噂話からどうやら本家一族がこの豪邸を旅館にする計画があるらしい。
まぁそれはともかく――
「父さん」
「ん、なんだ?」
「やることないからそこら辺散策する」
「……分かった。昼飯には帰ってくるように」
「うん……」
会場内でまだ食べている父にそう声をかけて彼は会場に出て行った。
母には声を掛けなかった。
*
携帯は簡易版でネット接続できない。所持金は財布に入っている1000円程度。あとは腕時計とウォークマン。
そんな装備でド田舎の道を歩く。……と言っても迷子にならないように太い主要道に沿って歩く以外の方法は無いのだが。
下っていくと田んぼや小川があった。それだけだった。
アスファルトにしゃがみ込みその光景を眺める。
「……退屈」
暑い。汗が流れる。豪邸に戻ったほうが体にとっては良いだろうが精神にとっては良くない。
そういえば昨今の異常気象の報道やそれに対策で小学校のクーラー設置について母がお気持ち表明をしていた。なんでも自分たちの時代にはエアコンなんてなかったし、気温も今と同じぐらいだとかなんとか。
だから今の子供は昔の子供のように苦しめということか。
(……ダメだな。嫌なことしか考えられない。無心にならなければ)
何も考えないのは自己防衛術だった。思考を回すのは問題を解くときだけで、それ以外の時に思考を回すと厭世的なことしか考えない。
暑い。
暑い。
暑い。
――何も考えたくない。
(――っ)
路面を踏みしめる音。車のようなタイヤ由来のものではない、人間が足で踏みしめる音。
視線を向ける。条件反射のようなものだ、そこに意味はない。
「――あっ」
「君は……」
こちらにやってきたのは昨日会った女子中学生だった。彼女もこちらに気づいて少し驚いている。
彼女は日傘を差したままこちらにやって来た。パステルブルーのワンピースに映える石灰色の日傘だった。
「どうしたのかな?」
「……あの部屋に居続けても、暇だから」
「そうなんだ」
彼女は彼のそばに寄り、しかししゃがまず立ったままこちらに日傘の陰の一部を譲った。
「……」
「………」
きまずい。
出会って数日も経っていない年上の女に何を話せばいいのか、あくまで小5の彼には分らなかった。しかしさっさとこの場から退散するのはあからさまで気が引ける。
そんな様子の彼を見て結華は言った。
「――少年は、優しいね」
「………?」
彼女の言葉に彼は困惑の表情を見せた。いきなり二人称が「少年」になったのも驚いたが、どうして自分のことを「優しい」と評したのか?
「優しくは、ない、です。親に殴られることが嫌で、中途半端な親不孝を演じてるだけ、です」
どうして自分はよく知らない女にそんなことを言っているのだろうか。もしかして夏の熱気で理性の一部が茹っているのだろうか。
適当なことを言ってこの場を離れよう、と思ったとき結華が言った。
「……近くにさ、コンビニがあるから一緒に行かない?」
その言葉に彼は困惑の表情を見せた。
*
「少年は家族に憎しみを抱いてるの?」
初めての相合傘は息苦しく、気まずかった。同じ身長の3か4歳上のよく知らない女子中学生と仲良くしろと言われても不可能だ。
加えて内容は家族間の不和。どうあがいても日傘の中の雰囲気は良くなることは無かった。
「……さぁ」
いつものように彼は雑に流した。ぱたぱたと胸元に空気を送り込む。
小川のせせらぎ沿いに2人は歩く。対岸には竹林が生えていているが、相合傘をしている状況では何の感情も生まれない。
「――あの、さ」
彼女は申し訳なさそうに彼に切り出した。
「何ですか?」
「嫌……だったよね。ほとんど知らない年上にこんな話するのは、さ……」
「それは……」
彼は視線を竹林のほうにやるように視界から彼女を排除した。
申し訳なさから。
彼女の言は正しかったが、最初にこの話題を持ち込んだのは彼だ。自分の言葉足らずと人付き合い下手と無鉄砲さが恨みがましい。
「少年は、あの豪邸を見てどう思った?」
急激な話題転換。もしかして彼女もあまり口が上手い訳ではないのかもしれない。
「どうって……広いなぁ、大きいなぁとしか。今通っている塾と同じぐらいの大きさかもしれないなぁと」
「私はね、隠し扉とかありそうだなって思った」
「隠し扉?」
「壁紙に隠されている……みたいな」
映画の話だろうか、ゲームの話だろうか? ゲームは禁止されているが、ネットは制限されているものの禁止されてはいないため動画で見た1つのタイトルを思い出す。
ここで確定はできないので探る。
「……ピアノの鍵盤にペンキが塗られている?」
「――最上階にドアだけがある壁がある」
「困ったときには牢屋へ逃げ込む」
「でもあの洋館よりもかなり大きいよね。別館とか、あとは……拝礼堂? も入れてようやく……って感じ」
ここまで言って彼はもしかしたら目の前の女子中学生と自分の趣味は合致するのではないだろうかとよぎって、更に言葉を連ねる。
「…………大きさ的にはバラで帰れなくなる洋館のほうが近いんじゃないんですか?」
「あー………毒見をさせられるやつ?」
「大きなのっぽの古時計に潰されるやつ」
意外と話が合うぞ、と思って彼が視線を同行者の方へ向けると彼女もこちらを伺うような、それでいて少し興奮したような表情を見せた。
「もしかしてだけど……美術館で頭のないマネキンに追いかけられるのもわかる?」
「……ib?」
「ドラえもんのやつで……ゾンビを倒すのは……」
「のび太のバイオハザード」
「エヴァのやつは……」
「のび太の人類補完計画」
「…………っ!? 全部、わかるの?」
「まぁ……全部、動画サイトで見ました」
「全部話が通じる人がいるとは……!」
彼女は狼狽したように言った。
まぁそりゃそうだろう。2014年現在において商業ゲームならまだ分かるがフリーゲームなんてオタク中のオタクしか分からないだろうし、ドラえもんの二次創作群はアングラに片足を突っ込んでいる。彼も話を理解できる同級生は見たことがなかった。
「同志よ!」
「……はぁ」
いきなり同志と言われた彼は困惑の表情を見せた。
「動画サイトで見てるんだよね!? ねぇねぇ、好きな実況者は?」
「シバゲーム」
「え、知らない……」
「のびハザの実況ばかりしている人です」
「もしかして派生作品も分かる?」
「まぁ多少は……」
「だから補完計画も知ってたんだ……」
しばらく彼女は考え込むと疑問に思ったのか聞いてきた。
「少年の親は……なんか教育的に厳しそうなイメージがあるんだけど、ネットの使用は特に制限がかかっていないの?」
「いえ、一日30分しか使えません」
「30分! まさかそれを毎日……?」
「はい。他に碌な娯楽はないので……それに……」
「それに?」
「たまに深夜にこっそりと」
「――あははっ!」
人の悪い笑顔をしようとしてひきつった笑顔をする彼が面白かったのか、彼女は笑った。
*
彼の家では駄菓子は高級品である。なんでも母曰く「体に悪いものがたくさん入っている」らしい。
だから彼女と共に訪れることになった駄菓子屋で何を買えばいいのか分からず固まってしまった。
いったい何が良いのか分からず冷蔵庫の瓶入りラムネだけを購入することとなる。
田舎とはいえ設備をアップデートしているのかクーラーが効いている店内だったが、飲食のために惜しみながらも店外へ。日陰となっているベンチに座ろうとしたとき彼の携帯が鳴った。小さなモニターを見ると母の名前があった。
嫌そうに通話ボタンを押すと案の定、母の怒った声が耳朶を叩く。
《アンタ、どこにいるの!?》
「近くにある店」
《はやく戻ってきなさい!》
「……はい」
一方的に電話を切られたのを確認すると先に座っていた彼女が困惑したような笑みを見せていた。
「大変だねぇ」
「まぁ……はい」
そう言いながら彼は彼女の隣に座り苦労しながらもラムネの封を開けた。そういえばラムネなんて飲むのは何年ぶりだろうか。
中途半端に瓶を傾ける。相も変わらず飲みにくいと考えていると隣の彼女がほほ笑んだ。
「すごく飲みにくそう」
そう言う彼女の手にはアイスティーが握られていた。彼も紅茶は飲んだことはあるものの苦い以外の感想は無く、よく飲めるなと思った。
「さっきの電話はお母さんから?」
「はい……早く戻って来いと」
「別に中学生がいるから問題ないはずなのにねぇ?」
彼女が同意を求めるようにこちらに身を寄せ首を傾ける。ふわりと石鹸のにおいがした。
ドキリとした。なぜだろう。
「ところで少年。これ、食べる?」
差し出された3個入りのグミが入った包装を差し出される1つはすでに彼女の口の中だ。
「――いや、大丈夫です」
いつものように遠慮して見せると彼女は首を横に振った。
「駄目だよ。君は自分のことを卑下しようとしている」
「……はい?」
いきなり何を言うのだ、と戸惑っていると彼女は続けた。
「君の話を聞いていたらよく分かるよ。君は自信が一切足りないし、他人に対して畏れすぎている。自信を持っていいんだ。他人を信じてもいいんだ」
「そうですか……?」
「そうだよ。君はもっと正直になるべきだ」
何よりも、年長者が必死に自分のことを是正しようとしているのを感じ取れて驚いた。今までそんな人間は1人もいなかったというのに。
――彼女の言うとおりに自分のことを信じてもいいのかもしれない。
そう思った彼は手を伸ばした。
「――ありがとうございます」
グミを1つだけ取って口の中に入れた。
「ゔぇ」
とても……とても酸っぱかった。
*
「ごめんよ……ごめんって」
相合傘なのは相変わらずだがその中で彼女は何度も謝っていた。
あのグミが3個の中に1つだけランダムで酸っぱいのが入っており、それはそれは凄い顔をした彼を宥める様に結華は謝り倒していた。
「それは……まぁいいですけど」
まだ後味が残っている気がする。舌の上に残る刺激感と嫌悪感をどうにか捨てようと舌を口腔内で何度もねじった。
視界にはあの豪邸。そろそろ到着だ。
退屈な葬式が始まろうとしている。その後は嫌な日常だ。それでも、今日のこれまでで少しは楽になったのかもしれない。
「――今日はありがとうございました」
「え!? あのグミそんなにおいしかった!?」
「いえそっちではなく……いろいろ聞いてくれて」
「あ、そっち……」
彼女は安心したように胸をなでおろす。……もしかして案外小心者なのかもしれない。
「親のことでいろいろあるのかもしれないけど、困ったら私に相談してくれても良いからさ!」
「相談、ですか」
「そうそう。――あ、アドレス交換しよ!」
そう言って彼女の手に握られたのは一つのスマートフォン。2014年現在ではまだ高級品の物をなぜ彼女は所持しているのだろうか? というかネットの電波が入るのだろうか?
彼女がいろいろ操作して画面を見せるとそこにはQRコードがあった。
「あの、すいません……QRは、ちょっと……」
そう言って彼は携帯を見せる。簡易版のモノだからメールと電話、あとはその他雑多な機能しかなくカメラ機能は無い。
「あ、そうなんだ……。じゃあちょっと貸して!」
「あ……はい……」
携帯を渡すと彼女は色々操作をし始める。片手ではやりにくそうだと思って彼は彼女の左手に握られていた日傘の柄を掴んだ。
「持ちます」
「助かる! ありがとうね」
一瞬こちらを見て礼を言うと自身のスマホを見ながらと彼の携帯に何かを入力した。
暫く待っていると腑抜けた音が流れてすこし驚いた彼の肩が少し震える。何回か別の着信音が流れると「これでよし」と彼女は満足げに頷いた。
「返すよ」
「これは……」
「私の電話番号とメアド。あと勝手に着信音も設定させてもらったから」
ディスプレイに映る文字は「三峰結華」。なるほど、彼女の名前はこう書くのか。
「悲しくなった時、寂しくなった時――いつでも私が相談に乗るから、気楽に電話をかけてね、少年?」
そう言うと結華はわざとらしくウインクをした。
*
2019年。彼は高校1年生になった。
結局あの日から彼は結華に電話をかけることは無かった。逆は数回あったものの、すぐに交流が途絶えた。彼女も高校受験があったのだから当然だろう。
家族関係は良好とも言えず、中学受験は失敗し、高校受験の時は親と一悶着あったが現在通っている高校では悪目立ちしたこともあり何とか友人もいる。
二次元オタク街道をまっすぐに進んでいるから、芸能界にはあまり詳しくはない。それでもネットミームを分かる同志は出来た。
しかし彼女……三峰結華以上に彼の趣味と合致できる者はいなかったが。ネットがある程度社会的に広まったもののやはり自分の趣味をすべて理解できる者はいなかったし彼自身もあの時ほどに情報収集できていない。
あの携帯は既に廃棄されていた。簡易版でありデータ移行も不可能だったこともあり、メアドや電話番号は控えていない。ただそのとき使っていた携帯と同じ番号を今でも使っている。
彼女は元気しているだろうか。交流がないものだから想像するしかない。
ふと自販機でとある飲料が目に入ったから買ってみた。紅茶だ。あの夏に彼女が飲んでいたパッケージの色によく似た……。
一口飲む。苦みや渋みはあったが、甘いものだった。でも中途半端にそれらが交じり合っていたから自分の口には合わないな、とも思った。
*
SNSのつまらないネット漫画を惰性的に見ていると「少年呼びするお姉さん概念」というものが観測できた。
そこで、三峰結華は、自分の、かなり、かな~り昔の愚行を思い出した。
「~~~っ!」
あの時の自分は軽く中二病を患っていたのかもしれない。そう思ってベッドの上でもだえる。自宅だからどれだけ暴れてもぬいぐるみしか見ていない。
そういえばあの時の少年は無事だろうか。高校受験を機に連絡を絶っていたが……。
しばらく悩み、結華は再びスマホを手に取った。きちんとデータ移行はされているはずだ。だから……。
結華は電話帳アプリの奥底に眠る少年の名前を探すために画面を叩いた。