日本ウマ娘史専攻 作:一般通過転生者
どうも、トレセン学園高等部歴史教員の一般通過転生者です。
週末を控えた金曜日の夕方、現在私は理事長室に呼び出されております。
「突然呼び立ててすみません。ですが、悪い話ではないので緊張を解いて聞いてください」
豪華な両袖デスクの傍らに立つ理事長秘書のたづなさんが、おそらく強張っていただろう私の顔を見て柔らかく話しかけてきました。こうした突然の呼び出しに緊張するなということが無理な話で、正直なところその一言で息を吐けたのは事実です。
秋川理事長は若く見えながらも大変多忙な方ですので、平教員からの細々とした報告をその都度受け取るような立場ではありません。つまり、そんなお人に呼び出されたということは何かしらの重大な通達事項があると邪推してしまうのは仕方がないと言えます。
肩から力を抜き、無理やりにでも深呼吸をします。
「……失礼しました。落ち着きましたので用件をお伺いします」
「うむ。
要請ッ! この週末に君の助力を申し出たウマ娘がいるので是非力を貸してほしい」
要請ッ! と達筆に書かれた扇子を開き掲げる秋川理事長。
それを聞いて週末何か用事を入れてあったっけ? と考えるもすぐ思い出せるものは無く、ならば今後のためにもウマ娘至上主義である理事長の頼み事は快く引き受けて印象を良くするべきだという思考に行きつきます。
「わかりました。土日は特に用事もないと思いますので協力いたします」
「感謝ッ! 件のウマ娘には許可が取れたら案内すると伝えてある。今から会いに行ってほしい。
それと、もちろん君の懸念点も解決しておこう。
休出ッ! 手当は十分出すから安心してほしい」
「トレーナーさんとは違うので大事なことですね」
にこやかに両手を合わせて理事長に微笑むたづなさん。
要請を快諾することで評価が上がったように思えて実はやはり上がってない気がする中、せっかく休日出勤扱いを明言してくれたのでありがたく頭を下げます。
「では案内するので、こちらへついてきてください」
先を歩くたづなさんについていくと、トレーナ棟のとある小屋の前で止まりました。
小屋の大きさは遠目に見たことがあるトップチームたるリギルのような大型のものではなく、ここに来る途中でもよく見かける一般的な大きさのもののようです。
その間に扉越しに声をかけ中からの返事を確認して入室するたづなさんに続き、一言失礼しますと添えて私も小屋へ入ります。
小屋の中には室内でも帽子を被りサングラスと上半身裸にジャージを着用したトレーナーと思しき男性と制服姿のミホノブルボンさんが出迎えてくれました。ミホノブルボンさんは私が日本史の担当を持ってますので顔見知りと言えます。
「それではトレーナーさん、ミホノブルボンさん、私はこれで失礼しますね」
「待ってく――」
「はい。案内ありがとうございました。あとの説明はお任せください」
言葉を遮られた男性はそのままたづなさんの退室を見送った後、腕を組んで隣に立つミホノブルボンさんに顔を向けますが、本ウマ娘は表情を一切変えず耳も尻尾もほぼ微動だにせずにそのまま話し始めました。
「改めまして紹介します。高等部1年のミホノブルボンです。
こちらは黒沼トレーナー。マスターは私の専属トレーナーです」
「……トレーナーの黒沼だ。詳しい話はブルボンから聞いてくれ」
「高等部社会科の教員です。今回は秋川理事長より要請を受けて参りました」
各々の立場が明確になった後も黒沼トレーナーではなくミホノブルボンさんがイニシアチブを握っています。
「結論から言えば先生には坂路造りを手伝っていただきたいのです」
坂路造り?
そもそもトレーニングコースのことであれば整備や修繕を受け持つ専門の部署があるはずだし、一般教員には美化運動ぐらいでしか関わり合いがないところです。
そういえば全体連絡で坂路コースに関して何か見た気が。確か、工事のお知らせだったはず。
「はい。トレセン学園に1つしかない坂路コースですが来月から改修工事のため使用が不可能となります。ですので、今から代替コースを造っておけばいいと許可を得ました」
「……ブルボン。その許可は一体誰が出したんだ?」
「お答えします。本日の昼食時に秋川理事長と偶然会話する機会がありまして、そのまま秋川理事長からマスター宛に許可を頂きました」
このトレセン学園で許可を出せる人物と言えば数人しかいませんし、この一連の流れからまぁ解っていました。しかし昨日の今日を超える即断即決ぶりにある意味感心するところです。
「そうか。では何故俺たちが坂路を造ることとその手伝いに教員が必要なんだ?」
「はい。以前マスターが仰っていた『既存の坂路はやや計測時間が短い』ということを秋川理事長に伝えたところ、私有地へ思うように代替コースを作成してよいとの言葉を頂きました。
先生の必要性については、以前歴史の授業の余暇で争乱期の勝敗を決する城塞レースが障害競走の起源とする論説をなされたことがありまして、そのときに坂路や水濠などを交えて説明されていましたのでアドバイザーとして招聘して頂きました」
こちらをちらりと見る黒沼トレーナー。表情はサングラスでまったくわかりません。主従揃ってそっくりだという感想を抱きます。
「……悪く言うわけではないが、素人よりもプロのほうが役に立つだろう」
確かに、現行のコースに関わっている者ないし土木作業に従事している者のほうが新規造成の役に立つという考えには私も同意するところです。
「いいえマスター。今回のプロジェクトでは先生の参加は必須だと考えます。先ほども言いましたように、我々は代替コースを作成してよいという許可を得ました。ですので最高の坂路を造りたいのです。先生、マスターに簡単な解説をお願いいたします」
教え子からの熱い無茶ぶりというものでしょうか。話しぶり的におそらく授業の余興で戦国時代の城塞レースを喋ったはずです。ここはトレセン学園の坂路コースを引き合いに出しつつ、最も基礎である土塁について話しましょう。
「それでは来歴から簡単に言いますと日本の障害競争の起源はURA公認設定では江戸時代末期に設けられた外国人居留地で行われたものとされています。内容としては春と秋に数日間お祭りのような感じで開催していたようですね。
非公認説の城塞レースとの関連は戦国時代以前から続く健脚の修行内容に明らかに坂路や水濠や飛越を意識した動きがあること、甲陽軍鑑や葉隠などの軍学書の内容、江戸末期の籠城事変の動きが挙げられます。
話を戻しまして、現行の坂路コースは全長約700mの高低差32mで勾配は2%でしたっけ? 私が授業で喋った戦国時代の坂路というか土塁ですが、こちらは最も緩いもので角度30度勾配57%ですね。レースでは考えられない傾斜ですが昔の人は簡単に駆け上がったとされてます」
「お前の知識はわかった。だがその角度は危――」
「先生、共に最高の坂路を造りましょう。明日からよろしくお願いします」
「……ブルボン」
喋りながらも思いましたが、やはり現行の心肺機能強化のための訓練と、何が何でも自軍が知り尽くした有利なホームで相手を負かす思想のみで構成されているコースでは比較にならないのではと感じます。しかし黒沼トレーナーがまた言葉を遮られていますね。
その後は黒沼トレーナーから納得のいかない雰囲気を感じつつも秋川理事長から要請を受けたことを前面に出しつつ明日の集合時間と場所と目的地、移動手段を取り決めて打ち合わせ終了となりました。
朝6時半にトレセン学園トレーナー用駐車場に集合で、そこから車で1時間ほど行った場所に向かうようです。
「……初日に設計を論ずるとしても人手が足りない。お前もツテがあるなら呼べ」
最後に黒沼トレーナーから人手を確保するよう言われました。確かに目的を考えれば一般人1と逸般人1とウマ娘1では労力が圧倒的に足りないと思います。
ですがツテと言われてもこちらは委員会の顧問を持っているわけでもなく同僚を誘ったところで先の黒沼トレーナーの懸念である素人を増やしてもしょうがない。
つまり無いものは無い……ので最後の手段を取ろうと思います。というわけで社宅に戻った後、ウマホで唯一のツテに連絡を入れました。
「……あ、もしもし? お世話になっております。はい……お久しぶりです。ええ……それでお忙しいところ申し訳ありませんがよろしければ明日の都合をお聞きしたくて――」
教員が退室した後のトレーナー室では黒沼トレーナーが心配げにブルボンを問いただしていた。
以前との違いは明白で、今日は耳や尻尾の動きが時折不自然で意識的に動かないように制御しているように見えていた。
「ブルボン、何か隠しているな? 不満があるなら全て対処するから言うといい」
一朝一夕の付き合いではないこと、無表情でジョークなどを言うことはあるがここまで無機質的に振る舞う理由はブルボンが今日急に問題を抱えたと判断して話を聞き出そうとした。
「いいえ、不満は特にありませんマスター。……すみません心配をおかけしました。実は理事長から極秘ミッションを請け負っております。内容は坂路ともう1つ――を造って欲しいと」
◆
午前7時半。――場所は伏せますがトレセン学園から車で1時間ほど移動し、着いたところはなだらかな丘と林が広がりキャンプの名所と言われたら信じられる自然あふれる私有地でした。
黒沼トレーナーが運転する大型車に追従して横に並べて降車したところ、後に続く2台も倣って並べて停車しました。
「おう、お前ら点呼だーッ! 1番ッ! ゴールドシップ様!!」
はい。それでは今日共に汗を流すご機嫌なメンバーの紹介となります。
ゴールドシップ様が点呼で名乗り上げて親指で自らを指すハンドサインから人差し指で次の点呼者に向けました。ああ、私ですね。
「2番の教員です」
「3番ミホノブルボンです」
「……4、黒沼だ」
「すんませんウチのバカが……5番沖野」
「6番。桐生院葵です」
「えっと7番、ニシノフラワーです」
ノリがいいというよりかは空気が読めるというやつでしょうか。ゴルシ様に次々と指を向けられるたびに点呼につきあっていますね。
昨日それぞれがツテをあたった結果、黒沼トレーナーは沖野トレーナーを、ミホノブルボンさんはニシノフラワーさんを、私は桐生院トレーナーに助力を願い出ました。ゴルシちゃんは沖野トレーナーいわく勝手に強引についてきたそうです。
みんな銛は持ったか!? それじゃぁハヤシライスのルーを捕まえに行くぞ!! 昼飯は期待しとけよな! と雄叫びを上げながら林に飛び込んでいったゴルシを見なかったことにしてブリーフィングを始めます。
「小人数だが2班に分ける。理由は代替コースの作成と最高の坂路作成の分担だ」
ここでは発起人の担当である黒沼トレーナーが場を仕切ります。
「割り振りは俺と沖野とブルボンで代替コースを造る。お前と桐生院は別の坂路をやれ」
「あの、私は何をすればいいのでしょう?」
「……ニシノフラワーは車から荷物を出して簡単な休憩場所を設置してくれ」
「はい! がんばります」
どうやらトレセン学園のトレーニングコースを知り尽くしたベテラン2名と実際に走っているウマ娘で現行の問題点を改善した代替コースを作成するようです。
桐生院トレーナーは私が呼んだからセットで動かす考えでしょう。
ニシノフラワーさんは体格などを鑑みて荷物番や休憩場所の設営に割り振ったと思われます。
勝手についてきた葦毛は頭数外ですね解ります。
資材や重機は昼前ぐらいに順次届くとのことで分担作業に入ります。
私としては造成する代替コースに意見を盛り込んでいくものと思っていましたがどうやら完全に別のものにするところに引っ掛かりを感じました。
やはり昨日言ったように大昔のコースを現代ナイズするには問題が大きかったのでしょうか。
では、私が呼ばれた意味とは……?
ひとまず疑問は置いておいて、手伝っていただく桐生院トレーナーにお礼とお詫びの挨拶を改めて言います。
思い返せば数年前に研究資料を求めて蔵書が豊富そうな名家へアポイントメントを取ったところ桐生院家は応じていただけまして、その書庫に案内されて以来面識ができました。そのためか名家のご令嬢という感覚が抜けきらずに今でもたまに桐生院のお嬢さんと呼んでしまいます。
ひとまず今解っている情報を桐生院トレーナーにも伝えます。キーワードは最高の坂路を造ることで、引き合いに出されたのが戦国時代の城塞コースであることです。
「……これは中山大障害を超えるコースを造ればいいんでしょうか?」
やはり桐生院トレーナーも現代ナイズする発想ですね。ちなみに中山大障害は距離4000m越えで障害物は坂路の高低差3mのものが3か所と飛越がだいたい150cmのものが10カ所です。
「いやここに第2の中山レース場を作ってもしょうもないだろ。センセイが考える最高の城塞コース作っときゃいいんじゃねーの?」
なるほど。流石はゴルシちゃんですね。それなら私が駆り出された意味も解ります。
その声に同意をもって返すと、近くの茂みが不自然に揺れました。
その声は我が友ゴルシちゃんではないかとか絡んで欲しいのでしょうか。
まぁ姿は見えないのできっといないのでしょう。忙しいときはスルー安定です。
城塞レースの歴史は深く、原点を考えれば弥生時代の集落の環濠まで遡れます。集落の時代であっても高台に設けられたりしていましたが多くは平地に居住していました。
しかし平地レースでは速い方が勝つのは自明の理で、それを避けるために山にレース場を設けられることが多くなり城塞レース場が歴史に登場するようになります。
その後安定して領地が発展するにつれて管理する立場としては人の流れが多くなった街道筋などの平野にまた平城として遷っていきました。
ちなみに石垣も天守閣も戦国末期からの登場なので、それ以前は山城や平城の土レースが主だったんですね。
城塞レースは基本的に守勢側が最後の頼みの綱としているレースの場所です。籠城レースや城攻めレースと立場によって呼び名が変わりますが実際のところは同じものです。ちなみにその際のコース取りを選ぶのは挑まれた籠城側が基本でした。
自陣営の擁するウマ娘の能力を鑑みて、スピード勝負の犬走りコース、スタミナと根性任せの全曲輪コース、パワー自慢の土塁越え一番乗りコースがあり、パワー任せの一番乗りコースが主だったとされてます。また家中に特殊な訓練を積んだ通称でいうところの忍者がいれば犬走りコースで圧勝したとも言われています。
というのも城攻め側も取れる手段が力攻め、火攻め、水攻め、もぐら攻めと分類されるぐらいしかなく、そのうちの力攻めはパワー一番乗りコースと同等でしたが城攻めとしては最も下策とされてました。下策と称された理由は明確で、事前のコース確認ができなかったからですね。
一方、火攻めと水攻めはこの字面から受ける印象ほどでのものではなく、単に明かりを増やしてコースの全体図を入手する又は柵などを発火させて障害物を撤廃させること、水攻めも同じように堀や低位の虎口を水没させてコースを制限させることを目的としています。火攻め水攻めともに物見台や井楼や攻城櫓と呼ばれる偵察用の組立ないし移動高台が併用されました。
もぐら攻めはその名の通り穴を掘って城内に侵入する攻め方でこれも城側のコース把握に用いられました。攻め手側に高所を取る物見台が無いことから油断を誘い、下側から侵入してコースを把握する点と邪魔な水堀から水を抜いたり土塁を脆弱にできたという破壊工作も兼ねる強力な攻め方だったとされています。
ついでに城塞レース場の構成物について紹介しておきます。
堀と土塁については詳しくは後述しますのでここでは割愛します。
まずは構造物について塀や門や橋はコースを複雑にするために設けられています。これらによって迷路状になった真田家の上田城が酷かったと伝わっていますね。
天守はこれは先ほども言ったように戦国末期から登場した建造物ですがこの役割は明確で、駆け比べの決勝線が豪華になったものなんですね。
城の四隅や曲輪に配置されている櫓は籠城側の監視装置の役割を果たしました。各ポイントで誰が先着したかを確認していたとされています。この櫓は名前がたくさんありまして、形状を始めとして中に置いてあるものや飾ってあるもの、方角や位置や所縁のある地名や人名、由来に基づいて名付けられていたようです。
構築系である虎口や横矢掛かりやウマ出しは速度を出すと曲がり切れないような直角に折れ曲がっていたり食違いやジグザグになっていたりします。この構築された土塁上を走ることもできるようになっていますが、性質上迷路の壁と言えるほか、ところどころエリアの出入り口イコール切れ目があったりして熟知しているものでなければ選ぶことができないルートでした。
本題の最高の城塞レース場を造るとしてまずレーススタイルを選定しましょう。
スピード勝負の犬走りコースですがこれはまず初めに除外です。理由はこの犬走りって幅が一人分しかないところなんですね。先行したほうが勝つ。そして先行するのはルートを熟知している城側だという理念の塊のようなやつです。
次にスタミナ根性の全曲輪コースですが、これを造るとなるとまず城を造ろうという話になるので除外です。というわけでパワー任せの一番乗りコースが採用です。
一番乗りコースは簡単で、だいたいが最も遠い正門または大手門からスタートして障害物を乗り越えて(道順に進んでもよいし迂回してもよい)天守に先に着けばいいというスタイルでした。
基本形としては最も適切な山城スタイルとして、そこに堀(水濠)、土塁、飛越の組み合わせでしょう。ちょうど現代の障害レースと同じラインナップで良いですね。
では基礎の基礎となる土塁から考えましょうか。ここはミホノブルボンさんからも期待されているところですので遣り甲斐のある形にしたいですね。
土塁は土を山型や谷型にして坂を造るもので坂路と呼んでいいものです。城郭用語では土居とも言います。
土塁の自然な形とされるのが『扇の矩(おうぎのかね)』といい、斜面は両面30度のものと言われています。
この形だと勾配が緩いとされ、小石や礫を混ぜて叩いて圧縮して斜面を45度にしたものがたたき土居といい、さらに圧縮して60度にして崩壊を防ぐために芝を植えたものが芝土居と呼ばれます。
余談として戦国末期に石垣技術が発展してからはこの土居の斜面はさらにきつくなりました。
これらは外側だけ急な石垣や芝土居にし、城側である内側はたたき土居にしたりなど組み合わせても用いられています。
次は最も古からある障害物の堀から考えていきましょう。
堀は底の種類から4つに分類され、さらにさまざまな形態や堀に入れる水の有無や場所など含めて色々と呼び名が違いますが、今回は種類に絞って紹介となります。
種類の1つ目は箱堀です。これは凹のようにほぼ四角形にくりぬかれていまして、それゆえに箱堀と呼ばれています。堀の中を通るのに支障がない形ですね。
2つ目は毛抜堀といって水堀が多く、毛を抜く道具に似た形なのでこう呼ばれていて堀の底が丸くU字型になっています。後に紹介するものよりも傾斜が緩やかなのが特徴ですね。
3つ目は薬研堀といい、底がV字型でこちらも薬研という薬などを手動で砕く容器に似ています。
最後の4つ目は片薬研堀といい、1つ目の内側を箱堀としてそこからややゆるやかに薬研堀につながるものです。
地面に棒でもって土塁と堀の形状を簡単に描いていきました。これらをどう組み合わせるか、それを桐生院トレーナーと話し合います。
「そうですね……先生から以前聞いたように曲輪の数イコール土塁の数としてその前後どこかに堀を設置、空いたスペースに飛越用の柵を置いていくのはいかがですか?」
「天守曲輪を含めれば数は3ないし4つが妥当でしょうかね。では順当にたたき土居、毛抜堀、芝土居、薬研堀、箱堀、石垣と想定しましょう」
簡易的にコース図を描きながら考える。これらを200m置きに配置したとしても、やはり直線がところどころ長くそこで速いものが勝負を制する気がしますね。
「逆に考えろって。コース全部混ぜちゃってもいいやって」
なるほど。流石はゴルシ様ですね。
地面へ描いている図を均して消して再度描きます。
最初はこれ、食違い虎口です。直角に何度か曲がる障害物を設置し、次にたたき土居、ゆるやかに下ってすぐ踏切台と毛抜堀、直線に並べたジグザグ状の横矢掛かりを抜けて芝土居と下って薬研堀、箱堀に犬走り程度の道を架け、それを超えたら水濠に見える障子堀、そして最後に忍者返しことオーバーハング気味の石垣を配置。
これが私の考える最高の城塞レースですね。
引っかかったら場外になるペンデュラムやら風車やらないのは良心的ですよ。
「それがし、城攻めは初めてじゃ……ワクワクするのう」
今回はちゃんと隣に来ていたようで、有名な大河ドラマのセリフをパクっているゴルシちゃんとの会話ですがコツがあります。それはコントロールできそうな話にだけ相槌や返事をしましょう。
林の中に見送った姿と違ってクーラーボックスを肩にかけて虫網を持っていますがゴルシ様について細かいことを考えると頭がおかしくなるので気にしないことにしましょう。
「あの、ゴールドシップさん。そのクーラーボックスは一体?」
ゴールドシップ検定初心者以下の桐生院トレーナーが話しかけてしまいました。
「おう! 見てくれよ! この大漁の戦果をよ!」
そういってクーラーボックスを開けると中には大量の袋麺(焼きそば用)とソースと小麦粉とエビやイカ、タコなどの魚介類が敷き詰められていました。
これは昼食で鉄板が振る舞われそうですね。
おいしそうですねとかいいですねという桐生院トレーナーの誉め言葉に興味を失ったのか適当な返事をしながらゴールドシップ様はニシノフラワーさんの待つ方へと戻っていきました。
ひとまず設計が固まったのであとは資材と重機の追加がくるまで私たちも簡易拠点で待ちます。
ベテラントレーナーの方へ行きたそうにしている桐生院トレーナーを折角の交流のチャンスと送り、初対面のニシノフラワーさんとペコペコ会釈しながら会話しているうちに秋川グループの息がかかった業者によって土や石を積んだトラックと重機と支払い済みの出前物が揃いはじめました。
ありがたいことにここに運んできた人員もそのまま造成を手伝ってくれるとのことで待機時間に書いていた城塞コースの設計図を渡します。
そして増えた人数分含めて追加の昼食の用意として鉄板の設営を手伝います。
ニシノフラワーさんはコンロを使って豚汁を、ゴールドシップ様は明石焼きを、私はやきそばを焼いております。
そしてゴールドシップ様から手渡された小瓶のソースを鉄板に振りかけた瞬間目に染みる刺激的な香りが。はははこの葦毛め。
ややトラブルもありましたが何とかピリ辛程度で済むものになったので昼食を頂きそのまま鉄板の後片付けや皆の水分補給やおやつの買い出しなどでその日の作業は終わりました。ちなみに翌日も作業に変化はなく同じように過ぎました。
週末が過ぎて平日となりましたが、今回グループ傘下として応援に来てくれた方達が作業を進めておいてくれるようで来週には形にはなるとのことです。
時刻は日曜日の夜。今私たちは黒沼トレーナー行きつけのバーに招かれています。
この2日間で黒沼トレーナーとも普通に話せるようになりましたが、ブルボンが世話になったとかそっちのコースもブルボンが期待しているなど会話のほとんどがブルボンデッキで構成されています。あれ? ミホノブルボンさんのこと好きすぎでは? え、トレーナーなら当たり前?
その後は沖野トレーナーと面識があったようで桐生院トレーナーが積極的に黒沼トレーナーに絡んでいきました。おそらく坂路中心のトレーニング理論でも聞いてるのだろうとのことです。
というわけで残った沖野トレーナーと労い合います。
沖野トレーナーとは初対面でしたが結構ざっくばらんな中に真面目さと情熱もある感じですね。
「そういや先生はウチのゴールドシップと面識あったんだな」
「はい。教室でも何度か見たことありますし、なんなら衝撃的な出会いもありましたので」
「ええ……聞くのが怖いが、一体どういう経緯で知り合ったんだ?」
「後ろから頭陀袋被せられてどこかに運ばれそうになった途中、ベンチに降ろされて『なんだトレピッピじゃねーじゃん』と言われた仲ですね」
「マジですまん。あとできつく言っておく」
いえいえ、それからは仲良くさせていただいてますので、と諫めたけどよく考えたら新しい玩具みたいに見られてる可能性が高いですかね?
とりあえずゴールドシップ被害者の会として連絡先を交換しました。きっと声をかけられることもあるしこちらから連絡することもあるんだろうなと思います。
◆
さてまた週末になりまして城塞コースの形ができたという報告を頂きました。
ですので今日は試走して頂きましょう。
よろしくお願いします桐生院トレーナー。
なだらかな平地からスタートしてすぐに食違い虎口ですが、これは内部が直角に何度も曲がっているエリアでレーンごと内部構造が違います。こちらモジュール換装が容易なギミックで壁材には低反発マットのような素材を使って安全に配慮しつつ飽きのこない仕上げになっています。
その中をステップ移動で駆け抜ける桐生院トレーナーを上からドローンが追いかけております。
虎口を抜けた先は斜面45度のたたき土居ですがそのまま駆けあがり勢いを落とさず降った先に踏切台と毛抜堀がありますが跳んだ先で毛抜堀に手をかけて簡単に突破されてますね。
そしてまた入り口がいくつかある横矢掛かりゾーンです。これも内部がどれも違うモジュール構造になっていますが虎口とは違ってジグザグ状です。しかしこれも左右斜め前に間隔と歩幅を一致させて難なく通り抜けられてますね。
お次は斜面60度の芝土居ですが、これも障害になってませんね。簡単に駆け上がられてます。
次は水を張った長めの箱堀を縦に渡る犬走りですが、幅はレーンごと30cmありますので減速せずに駆け抜けていきました。
そして続く水濠と見間違える障子堀ですが、足をとられることもなく、落ちることもなく疾走されてますね。ここはまるで水の上を走っているように見えます。
最後は反り返った石垣レベルの土居ですが、ここでは謎のコーティング技術のおかげで石垣は必要なくなっています。桐生院トレーナーはというと減速せずに中腹で坂を蹴り上げてオーバーハングしている天辺に手をかけてあっさりとクリアされました。うーん忍者返しが敗れました。
「パルクールの心得がありましたので何とか走破できました」
息が上がっている感じがありますが平然と話ができてます。
パルクールがすごいのか桐生院トレーナーがすごいのかは各自の判断にお任せして改善点を洗い出します。実際に走った人の意見は大変貴重ですからね。
土塁のカサ増しやら速度が乗りそうな位置への飛越の配置など修正案を出して業者の人に改修をお願いし、私はこれらをまとめて秋川理事長に提出をするため戻って作業をします。
中間報告書を作成中、全体の進捗を確認しに秘書のたづなさんが私のところにもやってきました。造成は順調であることや試走も済んだことのほか、黒沼トレーナーたちが手掛けている坂路とは別コースになっていることを口頭で伝えると急に戻っていってしまいましたがきっと些細なことでしょう。なお中間報告書は受け取りに来たたづなさんに提出後、要請解除として坂路造成からはお役御免となったことをご報告いたします。
◆
トレセン学園に唯一ある坂路コースが改修工事に入った。
これにより学園内で坂路トレーニングができなくなったが1カ月前から代替コースを造成していたということで移動時間はかかるが学園から送迎を出すことで支障は出てはいない。
新しく出来た坂路はその発案者の名を取って『ミホノ坂路』と呼ばれている。全長1200m、高低差33mで計測区間が800mあるとのこと。従来のものよりも長く計測出来て当初の目標を十二分に果たすものとなった。
一方、どさくさに紛れて造成した障害物トレーニングコースは完走率が低く初走でクリアした者は桐生院トレーナーしか記録に残っていないものの変化をもたらしたことが1点あった。
それは障害レースを平地レースの下だと見下す考えをある程度粉砕したことである。
障害レース転向を考えた末にこのコースを試した者は3つに分かれる。諦めるか戻るか、脚だけでなく腕も上半身もバランスよく鍛え何度も挑んだ末に完走に至るか。そして完走したウマ娘は自信を深め、判断力や練度を高めて再び平地レースで輝くだろう。
難関のあまりこのコースは『テンノーザン』と称されている。これを完走することができれば障害レースはもちろんのこと平地でも十分勝負になるという意味のほかに、最初は土のコースであったが3日で芝生に覆われて緑色に屈服したからという説や秋川理事長の野望が唯一成功しかけた場所だからなどとトレーナー間で噂されているらしい。
無念ッ! 私はウマ娘のためにこのトレセン学園にも障害レース科を設立し――!
「理事長。その件につきましてはURA重役と検討をしてレースの拡充及びトレーニングコースを増設する必要があります。トレーニングコースが1つあるだけでは認可はされません。ですが次からは必ず報告連絡相談を絶対にしてください」
こうしてミホノブルボンとの会話に端を発した秋川理事長の野望である障害レース科誘致の計画は半ばで潰えた。しかし忘れてはならない。第2第3のポケットマネーによる侵略が手をこまねいていることを。
未来の話になるが、この『テンノーザン』はトレセン学園の名物として紹介されることになる。
そのプロモーションビデオでは急坂を駆け上がり速度そのままに駆け下るミスターシービー、まるで水の上を走っているように見える忍者衣装のスーパークリーク、忍者返しに手が届かず坂にぶつかるメジロパーマー、そしてコースを登り切ってスタート地点に戻るための逍遥バ道の代わりに設置されている滑り台を心なしか楽し気に滑り降りるミホノブルボンが紹介されている。
のちの金船障害が行われた場所でもある
理事長制度、自由な校風=私立校という判断をしております
公立校では残業や休出という概念は存在しません
ゴルシちゃんは公序良俗に反しない存在です