炭治郎が皆に内緒でしのぶと一緒に抱きしめ合って寝た翌朝、
「…ん、朝か…」
炭治郎は日光の明かりが瞼越しに入り、目を覚ました。
視線を落とすと、しのぶが炭治郎の胸に顔を
「本当に重荷だったんだなぁ…」
炭治郎は初めて二人で話したときのことを思い出していた。
少し…疲れまして…
しのぶはあのときそう言っていた。鬼を狩ることに疲れたということだったのだろうが、柱という地位も重荷だったに違いない。
「にしても…こういう一面もあるんだなぁ」
炭治郎はしのぶが起きないように少し身体を動かして、暫く寝顔を見ていた。
「…ふわぁ…」
十数分経って、しのぶが欠伸とともに目を覚まし始めた。
「ん…たんじろーくん…」
「し…しのぶさん…?」
しのぶは半覚醒状態で炭治郎に抱きつき直し、名前を呼ぶ。
しのぶの不意な甘えた声に、炭治郎は少し動揺した。
「…んぅ?……ぁ。」
しのぶは炭治郎に名前を呼ばれて少しずつ完全に目を覚ますが、先刻の夢うつつの状態でしたことを思い出して、顔に赤みが出始める。
「…おはようございます…」
「お、おはようございます…!すみません…!ぼんやりしてたみたいです…」
赤みを帯び始めたしのぶの顔は、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まった。そして、あまりに居た堪れなくなったしのぶは抱きついていた手を放し、その手で自分の顔を隠した。
「…かわいい…」
そんなしのぶを見て炭治郎は思わず口を滑らせてしまい、それを聞いたしのぶは声にならない声を出しながら小刻みに震えていた。
結局しのぶが落ち着くまで十分近くかかった。
「はあ…半分意識がなかったとはいえ、まさかあんなことをするなんて…自分自身に驚きました…」
着物に着替え、落ち着いたしのぶは正座で溜め息をついていた。
「俺としては、甘えてもらえて嬉しいですよ。」
「今そういう事を言わないでください…!」
折角落ち着いたしのぶだったが、また頬が赤みを帯び始めた。
「とりあえず、朝ご飯の用意をしに行きますよ!」
恥ずかしさを誤魔化すように大きめの声を出して立ち上がり、足早に台所へ向かった。炭治郎は足早に向かったしのぶを見て、微笑しながら遅れて台所に向かった。
「おはようございます、しのぶ様。」
「おはようございます。毎日ありがとう、アオイ。」
台所に来る頃には落ち着きを取り戻していた。
台所には既にアオイが居て、朝食を作る準備を始めるところだったので隣で一緒に朝食の準備をし始めた。
「昨日は勉強教えてあげられなくてごめんなさいね。」
しのぶは昨日のことを謝罪した。
昨日、カナヲとアオイは医療関係の勉強を教えてもらおうと、しのぶを探していたのだ。
最後の戦いで負傷した隊士を治療したのは主にアオイだったのだが、調薬や治療に手間取ったことで危うく命を落とすところだった隊士が何人か居た。そのことからアオイは本格的に学ぼうと思っていたのだ。
カナヲはしのぶが痣の代償払わなければならなくなったとき、自分かアオイが家主になるであろうことを予想し、しのぶの後を継ぐべく勉強に励んでいる。
二人とも理由は違えど、進む道は同じなのだ。
「いえ、大丈夫です。昨日はカナヲと勉強して、それなりに捗りましたから。
むしろ毎度頼ってしまって申し訳ないです。」
「構いませんよ。二人が頑張ってくれているのが、私は嬉しいんです。」
米を炊いて、食材を切って、火を通して、手早く料理をしながら話をする。
「ところで、昨日は炭治郎さんとどちらへ?」
「…え?」
不意に聞かれたしのぶは料理中の手が止まった。まさかアオイに聞かれるとは思っていなかったのだ。
「皆さん気になっていて、昨夜炭治郎さんに詰め寄っていたんですよ。勿論私もですが。」
一人を除いて鬼が絶滅したことで皆肩の荷が下りたため、今蝶屋敷に居る者たちは色恋沙汰に興味津々なのだ。
「そこまで気になります…?」
「当然です!だって誰にも何も言わずにお二人とも同時に居なくなっていたんですから!」
アオイは手を止め、目を見開いてしのぶに詰め寄った。しのぶはアオイの圧に驚いて後退りするが、アオイは逃がすまいと詰め寄り続け、壁まで追いやられた。
「結局炭治郎さんは何も話してくれませんでしたが、何か進展は!?」
「いや…あの…本当に何も…」
慌てながら言うしのぶを見て、嘘ではないと分かり、アオイは少し落胆した。
「はあ…炭治郎さんって奥手なんですね。昨夜お二人一緒に寝ていましたよね。今のしのぶ様を見たところ、そのときも何もなかった様子ですし…」
「えっ!?どうしてそれを…」
壁に追いやられたまま、落胆するアオイを見る。炭治郎は内緒でしのぶの私室に来ていた。しのぶはそれを聞いてはいないが、わざわざ炭治郎が皆に報告するとは思えず、何故アオイが知っているのかが謎だった。
「どうしてって…皆で陰から観察していたら、しのぶ様の私室に炭治郎さんが入っていきましたから。」
「そう……あまり踏み込み過ぎないで欲しいのですが…」
心配から来るものであれば、しのぶは納得しただろう。しかしこれは好奇心から来るものなので流石に許容できなかった。あまり二人の空間に入られたくないというのが、しのぶの思いなのだ。
「確かに…少し過干渉でした。すみません。」
漸く二人きりの時間を自由に取れるようになったのだから、邪魔をするべきではないと理解したアオイは、詰め寄っていた距離を離して謝罪した。
「分かってくれれば良いんです。」
「でも、これだけはもう一度聞きます!本当に何も無かったんですか?」
アオイがそう言ったとき、しのぶは背後から複数の人の気配を感じ取った。
「えっ!?皆さんどうして此処に!?というか、何ですかその目は!」
振り返ると、善逸、伊之助、カナヲ、禰豆子が台所の入口から顔だけ出し、しのぶのことを好奇な目で見つめていた。伊之助はご飯が目当てだったのかもしれないが…
「本当に何もありませんでしたよ!…何も…」
しのぶは慌てて言うが、今朝無意識に甘えていたことを思い出し、目が泳いだ。
「姉さん、今どうして繰り返したの…?」
しのぶの言葉と表情を見て、カナヲは笑って聞く。
カナヲがしのぶのことを「姉さん」と呼ぶのは、鬼殺隊が解散し、師弟関係ではなくなったからである。それに伴い、一部の人相手には敬語も外すこととなった。
「いえ、何でもないの!」
「その慌て様は怪しい…」
しのぶは入口を塞がれて逃げ場を失っているので、その場であたふたするしかなかった。
「…どういう状況なんだ…」
炭治郎は一旦自分が使わせてもらっている部屋に戻って寝巻きから着替え、台所にやって来たのだが、皆が台所前で立ち止まって中を覗いているという状況だ。何故そんなことになっているのか意味が分からず、視界に入ったところで立ち止まった。
「皆、ちょっと待ってて。炭治郎が来た。」
炭治郎は関わるまいと忍び足で歩いていたが、耳の良い善逸がそれを聞き流すわけはなく、速攻で見つかってしまった。そして善逸は痛むであろう足を全力で使い、炭治郎のところまで一瞬で近づいた。
「うわあ!どうした善逸!?」
「ちょぉっと、ご同行願いますよぉ…」
善逸は任意同行と言っているが、雰囲気からして任意ではなく強制だ。炭治郎は諦めて善逸についていくことにした。
「た…炭治郎くん…何とかしてください…」
炭治郎が善逸に連れられて台所へ行くと、逃げ場を失って何もできなくなっているしのぶが居た。
「あの、そもそもこれはどういう状況なんですか?」
炭治郎が聞くと、カナヲとアオイが状況を説明した。
「それで、昨夜は何があったの?」
説明が終わり、カナヲは目を輝かせながら炭治郎に顔を近づける。
しのぶと同様に、カナヲも以前の寡黙さは欠片も残っていない。
「いや、何もなかったけど…」
炭治郎が嘘をつくことができないのは皆知っており、今の炭治郎が変な顔をしていないので、昨夜は本当に何もなかったのだろう。と皆残念がった。
「じゃあ、今朝は?」
聡い禰豆子は、炭治郎が
すると途端に、しのぶが狼狽え始めた。同時に「絶対言うな」と言わんばかりに炭治郎を凝視する。
「(皆が思ってるようなことは)何もなかったよ。」
炭治郎は義勇に習い、言葉足らずで乗り切ろうとする。
そして、なんとか脳内で言葉を繋ぎ、平然とした顔で嘘をつくことができた。
「そっか。何もなかったんだね。」
禰豆子は納得するが、しのぶが狼狽えたところは見逃さなかった。つまり、兄の炭治郎が初めて平然と嘘をついたのだと気づいた。追及しなかったのは、しのぶの沽券に関わる事柄だから嘘をついたのだと分かっていたからだ。
しかし気になるのは事実なので、禰豆子は炭治郎の耳元に口を寄せ、
-しのぶさんから許可もらえたら、後で私にだけ教えてよ-
炭治郎以外には聞こえない声で呟いた。
「…分かったよ…もらえたらな。」
炭治郎はしのぶの方を向いて、禰豆子には言うしかないと相槌を打った。禰豆子の性格上、しのぶも諦めるしかなかった。
「それよりハラが減ったぞ!」
伊之助の声で皆気がつき、まだ朝食の支度途中だったことを思い出した。
「ごめんなさいね、伊之助くん。すぐ作りますから、もう少し待っててください。」
思い掛けない助け舟が来たことで、しのぶは上機嫌で調理を再開した。
「とりあえず、これ食べて待っててね。」
アオイは用意していたおにぎりと漬け物を盆に乗せて伊之助に渡して、調理を再開した。
伊之助は微笑み、その場でおにぎりを黙々と食べ始めた。
善逸と禰豆子は出発の用意をするために各々の部屋へと戻っていった。禰豆子は先刻のことを聞くために炭治郎を部屋に連れて行った。
「それで、何があったの!?しのぶさんと相槌打ってたし、許可は貰えたんでしょ!」
部屋に入った瞬間、禰豆子は目を輝かせ、急かすように聞く。
「皆には内緒で頼むよ…しのぶさんが嫌がるだろうから…」
炭治郎は今朝起きたことを渋々禰豆子に話した。
「しのぶさんが…そっかぁ…」
禰豆子は笑顔で頷き続けている。いずれ出逢うであろう殿方に、自分もしようなどと画策していたのだ。
その後炭治郎の方へ更に満面の笑顔を向けた。
「相思相愛だね。」
「ありがたいことになぁ。」
炭治郎は、改めてしのぶが生き延びてくれて良かったと安堵する。ほんの少し未来が違えば、しのぶはもうこの世に居なかったかもしれないし、逆に炭治郎が居なくなっていたかもしれないのだから。
「無いと思うけど、しのぶさんに愛想尽かされないように頑張ってね!」
「勿論だ。先は長くないけど、精一杯しのぶさんを幸せにするよ。」
「アオイ、カナヲ。数日ほど屋敷を空けることになりますから、その間はよろしくね。」
朝食を作り終わったあと、しのぶはアオイとカナヲを研究室に呼び、数日間の別れの挨拶をしていた。
「はい。」「うん。」
屋敷のことを任された二人は、真剣な表情で頷く。
とはいえ、鬼に傷を負わされる隊士はもう居ないので、しなければならないことは特にない。
「それから…」
しのぶは、事前にまとめていた医療に関する資料をカナヲとアオイに渡した。居ない間に勉強する場合の参考になればと用意していたのだ。
「分からないことがあれば、私か愈史郎さんに鴉を飛ばしてください。可能な限り早く返事を返しますから。愈史郎さんも色々教えてくれると思います。勉強頑張ってね。」
しのぶは笑顔で、熱心に勉強する二人を応援する。
「ありがとうございます。」
「頑張るね。」
アオイとカナヲもそれに応えるために、一層努力しようと決めた。
禰豆子、善逸、伊之助は実質的に最後の蝶屋敷での食事となるので、屋敷の皆で朝食を摂る。
そしていよいよ出発の時間となり、玄関前に皆集まった。
「皆さんありがとうございました!」
禰豆子がアオイ、カナヲ、きよ、すみ、なほに深く頭を下げる。
「こちらこそありがとうございました。」
「「「ありがとうございました!」」」
アオイに続いてきよ、すみ、なほがお礼を言う。今の鬼の居ない世界があるのは、炭治郎と禰豆子のおかげといっても過言ではないのだ。
「皆、いつでも此処に来て良いからね。」
カナヲの言葉に禰豆子たちは笑顔で頷く。禰豆子たちにとって蝶屋敷は第二の家と同義であるし、カナヲたちにとっても禰豆子たちは家族のようなものだ。
「ありがとう!それじゃあ、いってきます、かな?」
「うん!いってらっしゃい!」
カナヲは禰豆子たちに手を振り、それに続いてアオイたちも手を振る。禰豆子たちもカナヲたちに手を振り返し、見えなくなるまで何度も振り返って手を振っていた。
【あとがき】
善逸と伊之助のセリフがほとんどありませんが、炭しのメインなのでお許しを。
炭治郎
長男気質で、年上相手(しのぶ)に少し弱い。
善逸のことを、禰豆子の将来の夫として認めてはいるが、禰豆子が善逸を選ぶかどうか心配。
しのぶ
炭治郎より年上だが次女なので、長男の炭治郎に対しては無意識に甘えん坊になるときがある。
鬼殺隊の頃に徹夜し過ぎたことで常に寝不足気味、柱としての立場がなくなってからは少し朝が弱くなった。
何処かで書きましたが、ここのカナヲは炭治郎への恋愛感情はありません。心を開いたのは、原作同様に炭治郎のおかげです。
カナヲの夫を誰にするか、そもそも結婚するかは特に決めていません。そもそも原作で炭治郎以外との関わりが殆ど無いのが…
伊之助はアオイのことは気になっている程度ですが、当人は初めての感覚でよく分かっていない、原作で言うところのホワホワ状態という設定です。
アオイの伊之助に対する認識は、伊之助と同様に多少気になる程度で恋愛感情はほんの少ししかありません。ツヤツヤのどんぐりは貰っています。
善逸は原作通り禰豆子LOVE(情けない残念な善逸は原作に置いてきてください)
禰豆子の善逸に対する認識は、珍妙な蒲公英から炭治郎の友人に変化しています。多少意識してる程度なので、結婚まではまだいきません。