鬼を斬る蝶と蝶を救う太陽   作:yuki_06090570

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竈門と胡蝶

胡蝶宅で寝泊まりした翌朝、炭治郎はまだ寝息を立てて眠っており、しのぶは先に起きて炭治郎の寝顔を見ていた。

 

「…ふふっ…かわいい寝顔…」

 

しのぶは炭治郎の寝顔を見て笑みが零れる。そして、指の背で頬を軽く触れる。

 

「…んぅ…?」

 

頬を軽く触れられて、炭治郎はゆっくりと瞼を開き始めた。

 

「あら、起こしてしまいましたね。」

 

「ん…ふわぁ……おはようございます。」

 

炭治郎は欠伸をしながら身体を伸ばし、少しずつ目を覚ましながら挨拶を返す。

 

「おはようございます。…昨夜は随分と欲望に正直でしたねぇ。」

 

「…すみません…!」

 

しのぶは昨夜の行為での炭治郎を茶化し、薄ら笑いを浮かべる。炭治郎は昨夜の自分を思い返して一気に目が覚め、顔を真っ赤にしながら頭を下げた。

 

「怒ってませんよ。ただ、炭治郎くんも狼になるんだなぁ…と思っただけです。」

 

怒ってないと聞いて、炭治郎は顔を上げる。そしてしのぶは顔を上げた炭治郎の頬を両手で触れる。

 

「あ…あはは…」

 

不意に頬を触れられて驚くと同時に、昨夜の自分のおこないに何も言えず、炭治郎は乾いた笑いをするしかなかった。

 

「でも、狼ながらも優しくしようと頑張ってくれていて嬉しかったですよ。」

 

しのぶは炭治郎の耳元で囁く。

少し色気のある声で囁かれて、炭治郎は心が躍る。そしてしのぶからはとても幸せそうな匂いがしており、先刻の言葉が嘘ではなく本心だということが分かった。

 

「そ…そうですか…

しのぶさんが不快じゃなかったのなら…良かったです。」

 

お互い顔を合わせ、照れ笑いしながら軽く抱き合った。

 

一分か二分ほど経って、

 

「さて、お互い起きたことですし、朝ご飯にしましょうか。」

 

着物を着て台所へと向かい、昨日買った食材で簡単な朝食を二人で作って居間へと運ぶ。

 

 

「炭治郎くん。」

 

食事中、しのぶは聞きたいことがあったので炭治郎に声を掛ける。

 

「以前、何処で暮らすかを話したことを覚えていますか?」

 

「はい。蝶屋敷で暮らそうってことになりましたよね。それがどうかしたんですか?」

 

炭治郎はしのぶの言おうとしていることが概ね想定できているのだが、念の為に理由を聞く。

 

「此処で暮らすのも良いかなと思ったのですが、どうでしょうか?」

 

しのぶの提案は『この胡蝶宅で暮らさないか』ということだ。以前提案しなかったのは、現存しているとは思っていなかったからなのだが、こうして残っているのなら使わない方が勿体ないという考えだ。

 

そして昨日食事と買い物に出掛けたときに分かったことだが、この町で暮らす人々はしのぶと炭治郎のことを快く受け入れてくれている。この町が村だった頃、しのぶの両親が村人たちのために尽力したことで、今の町人たちがその恩をどのような形でも良いから返そうとしているのだ。

 

「勿論それは構いませんが…俺たちお互いいつ倒れるか分からない状態で屋敷の皆は納得してくれますかね?」

 

屋敷の皆というのはカナヲたちのことなのだが、しのぶが毒を摂取していたことと、二人が痣を出したことは当然知らせてあるので、二人、特にしのぶはいつ倒れるか分からない要注意人物なのだ。

 

「定期的、一週間に一回程度の頻度で連絡を送れば問題ないかと。倒れたとき用の手紙も事前に書いておいて、実際に倒れたときは鴉に手紙を運んでもらいましょう。」

 

現在炭治郎としのぶの所には、しのぶの鴉『(えん)』、炭治郎の鴉『天王寺松右衛門(てんのうじまつえもん)』、無一郎の鴉『銀子(ぎんこ)』の三羽が居る。とは言っても、松右衛門と銀子は(つがい)ということもあり、度々何処かへ飛んで行っているので、実質艶だけという状態となっている。

 

「まあ、鴉たちの負担にならないのなら…」

 

そう言って炭治郎としのぶは、一緒に此処へ来ていた三羽、もとい一羽の方を見る。艶は『それくらい負担にはならない、むしろ定期的に良い運動ができる』といった風だった。

 

「大丈夫そうですね。まあ、考えておいてください。私は炭治郎くんに合わせますから。」

 

「分かりました。考えておきます。」

 

そうこう話をしている内に食事が終わり、食器も洗って片付ける。そして食後の歯磨き等々を終わらせて居間へと戻ってきた。

 

「少し休憩してから帰りましょうか。」

 

しのぶは座布団を二つ並べて置いて片側に座り、もう片側の座布団を軽く叩いて炭治郎に座るよう促す。

炭治郎は促されるままその座布団に座る。そしてしのぶは横に座った炭治郎の方へ身体を寄せ、軽くもたれかかる。

 

特に話したりはせずに寛いで五分ほど経った頃、思い出したように炭治郎が口を開く。

 

「…もし此処で暮らすとなった場合、姓はどうなるんでしょうか?」

 

「私が竈門になるか、炭治郎くんが胡蝶になるか…ということですか?」

 

「はい。俺がしのぶさんの家に婿入りする形になるので、どっちになるのかな…と。」

 

本来、妻が夫の家系へ嫁入りし、夫の姓を名乗るようになる。しかし今回の場合、夫が妻の家系へ婿入りするので、形式的に考えれば妻の姓を名乗るということになる。

つまりこの通りにする場合、炭治郎は竈門ではなく胡蝶になるということだ。

 

「私としてはどちらでも構いませんよ。そもそも竈門になるつもりでしたし。というより、神楽を継承するのであれば竈門の方が良いのではないですか?」

 

ヒノカミ神楽、日の呼吸は竈門家で代々受け継がれてきたものであって、当然ながら胡蝶家には接点がない。

しのぶは胡蝶という姓を捨てることに抵抗がない訳では無いが、数百年と受け継がれてきた神楽を継承することの方が重要だと思ったのだ。

 

「それとも、炭治郎くんはどうしても胡蝶になりたいとか?」

 

「いえ、俺も拘りは特にないですね。」

 

「であれば、竈門にしましょう。此処にいる胡蝶は私だけですし、竈門に変わっても表札が変わるくらいで大した変化はないはずです。」

 

案外すぐに決まり、姓は竈門に決定した。しかし、炭治郎は少し気掛かりなことがあった。

 

「此処で暮らすとなれば、しのぶさんはこの町で医者をするんですよね?」

 

「そうなりますね。」

 

昨日買い物のときに見た限りでは、簡易的な診療所はあっても、調薬などの本格的なことはしていなかった。

なので、しのぶが医者として活動すれば町の環境は今より更に良くなるだろう。

 

「医者として活動するのであれば、竈門よりも胡蝶の方が融通が利くのでは?」

 

「…確かにそうですね…」

 

胡蝶という姓は、しのぶの両親が薬の調合師として活動していたときの姓であるため、十年近く経った今でも名が通りやすい。生薬も手軽に買うことができるだろう。

 

「では、普段の暮らしは竈門で、仕事のときは胡蝶を使います。

正直、両親の姓を捨てるのは思うところがありましたから、仕事だけでも使えるのはありがたいですね。

あっ、でも竈門になりたくない訳ではありませんよ。」

 

「分かってますよ、大丈夫です。

しかし、そうなると…表札は竈門も胡蝶も入れておいた方が良さそうですね。」

 

しのぶを知らない者が居た場合、胡蝶の名を勝手に使っている不届き者だと思われてしまう可能性がある。

表札に両方入れておけば、気休め程度にはなるだろう。

 

「竈門・胡蝶ですか…

今後住む人の姓を付け足ししていくのも面白そうですね。」

 

金銭に余裕のある人特有の不思議な遊び心に、炭治郎は少し笑ってしまった。

 

「…さて、食後の休憩もできましたし、そろそろ帰りましょうか。」

 

しのぶは立ち上がって炭治郎に手を差し出し、炭治郎はその手を取って立ち上がる。

そして座布団を片付け、仏壇に手を合わせてから胡蝶宅を出発した。

 

竈門宅への帰宅途中、

 

「私は明日の朝方に蝶屋敷へ帰りますね。

炭治郎くんは後日帰ってきてください。禰豆子さん、善逸くん、伊之助くんと色々話したいこともあるでしょうから。」

 

鬼殺隊が解散したとはいえ、皆にとってしのぶは上官という存在なのだ。多少なりとも気を使わせてしまうだろうと思い、先に帰るという選択をした。

 

「分かりました。正直一日も離れたくないですが…

皆とも話はしたいので、三日後くらいに帰りますね。」

 

その後は他愛のない話をしながら列車に揺られ、景色を見ながら帰宅した。

 

 

「お兄ちゃん、しのぶさん、おかえりなさい!」

 

家に着くと、洗濯物を干していた禰豆子が二人を出迎えた。

 

「ただいま!」

「ただいま戻りました。」

 

炭治郎としのぶが挨拶を返すと、禰豆子は首を何度か左右に傾け、唸りながら二人を観察する。

 

「二人とも…雰囲気が変わったような…?」

 

禰豆子は独り言のように呟きながら家へと入っていき、善逸を連れて駆け足で戻ってきた。

善逸は昼食を作っている途中だったようで、前掛けをした状態で禰豆子に手を握られている。

 

「善逸さん。二人の音、変わってないかな?」

 

「音?」

 

禰豆子は期待の眼差しで、二人と善逸を繰り返し見る。善逸は言われた通り、炭治郎としのぶの発する音を聴く。

音を聴くと、確かに変化しており、その音の正体に気がついた途端、善逸は目を見開いて炭治郎の腕を掴む。

 

「禰豆子ちゃんはしのぶさんを家の中に連れてって。俺は炭治郎に話をしないと。

洗濯物は後で俺が干しておくから、昼ご飯を配膳しといてもらっていいかな。」

 

「あ…うん。」

 

善逸はとても嬉しそうに、炭治郎の腕を掴んだまま足早に庭の方へと向かっていった。

 

「あー…とりあえず、家に入りましょうか…」

 

「…そうですね。」

 

禰豆子はどうすれば良いのか分からず、持っていた洗濯物だけ干して、しのぶに家へ入るように促す。

しのぶは苦笑いしながら禰豆子の後をついて行った。

 


 

「さて、話をさせてくれ。炭治郎。」

 

善逸は縁側に腰掛け、先刻の雰囲気から一転して真面目な顔で、隣に座った炭治郎を見る。

炭治郎は善逸の表情を見て、概ね察しているのだと分かった。

 

「やっぱり分かるものなのか…」

 

「そりゃ勿論分かるよ。

で、色々聞きたいんだけど…昨日帰ってこなかったのはそういうことだと思って良いんだよな?」

 

「ああ…うん。」

 

敢えて説明する必要もなく、善逸の質問に端的に答える。善逸も想定していた返事だったので、特段驚いたりはしなかった。

 

「まあ、具体的に何をしたかを聞くのは無粋だから聞かないよ。

本題なんだけど…禰豆子ちゃんは兎も角、俺と伊之助はこの家に居て良いのか?」

 

善逸は二人の結婚生活の邪魔にならないかと心配しており、もし邪魔であれば引っ越すのもやむなしだと考えている。

邪魔だなんて、炭治郎が言うはずがないとは分かりきっているのだが、それでも聞いておかなければならないと思い、善逸は真剣に聞いた。

 

「勿論…というか、この家は善逸たちに継いでもらいたいんだ。」

 

話の状況が読めていない善逸に、炭治郎は理由を話す。

しのぶの実家が現存しており、そこで暮らそうかと考えていること。禰豆子にこの家を継いでもらうつもりでいること。そして、恐らく禰豆子と婚儀を結ぶであろう善逸にも継いでもらいたいと。

 

「伊之助はいつか此処を出るだろうからさ。だから善逸にしか頼めないことなんだよ。」

 

「そうか…分かった。それなら、任せてくれ。

ところで、禰豆子ちゃんとの結婚は認めてもらえたってことで良いのかな。まあ、まだ恋仲って訳でもないけど…」

 

善逸は家を継ぐと約束し、その後の禰豆子の件は少し苦笑いで話していた。

 

「そもそも俺は禰豆子の兄ってだけで、親ではないからさ。禰豆子の恋路をどうこう言うつもりはないよ。それに、善逸なら信頼できると思っただけだ。」

 

「そ…そう?」

 

炭治郎が素直に信頼できると言われて、善逸は明白(あからさま)に嬉しいという表情を見せる。

 

「禰豆子も善逸のことを意識し始めてるみたいだし。善逸も何となく音で気付いてるだろ?」

 

善逸と話をしているときや、先刻の善逸の手を引いて連れてきたときの禰豆子の雰囲気が匂いで分かった。そして善逸は音で気が付いていた。

 

「まあ、何となくは気付いてたけど…

炭治郎もそういうの気付くんだな…自分の恋心には自覚なかったのに…」

 

善逸は呆れ気味に言われ、炭治郎は苦笑いする。

遊郭潜入時の炭治郎だったなら、今の禰豆子の変化には気が付かなかっただろう。しのぶと恋仲になって半年近く経ったからこそ、気付けるようになったのだ。

 

「…何にしても、禰豆子のことは頼んだよ。あと数日は此処に居る予定だから、聞きたいことがあったら聞いてくれ。俺が分かる範囲なら答えるよ。」

 

炭治郎は立ち上がり、残っていた洗濯物を不慣れながらも片手だけで干し始める。少し遅れて善逸も洗濯物を取り、手早く干し終わらせた。

 


 

炭治郎と善逸が話をしている同時刻、禰豆子は二人分のお茶を淹れてしのぶと話をしていた。

 

「漸く進展したんですね!」

 

「はい。おかげさまで…」

 

話を大まかに聞いた禰豆子は嬉しそうに笑って、しのぶを見る。その表情は兄が幸せになったことによる嬉しさだけではないような雰囲気だった。

しのぶはそれが不思議だったが、禰豆子はそんなしのぶに気付いて理由を話し始めた。

 

「私お兄ちゃんは居たけどお姉ちゃんは居なかったので、義理とはいえお姉ちゃんができて嬉しいんです。」

 

「なるほど、それで…」

 

「なので、しのぶさん。これからは『お義姉(ねえ)ちゃん』って呼んでも良いですか?」

 

禰豆子は半分駄目元で懇願する。しかし少しでも可能性を上げるために頭を下げている。

しのぶは頼まれたことに少し戸惑ったが、すぐに頬を緩ませる。

 

「頭を上げてください。姉妹ならもっと気さくに接するものですよ。」

 

しのぶの言葉を聞いて、禰豆子はその意味を理解して素早く頭を上げる。上げたときの禰豆子の目は、しのぶが見てきた中で一番輝いていた。

 

「これからもよろしくね。禰豆子さん。」

 

しのぶが笑顔でそう言うと、禰豆子は周囲が輝いている様に見えるほどの満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます!こちらこそよろしくお願いします!」

 

こうして、禰豆子に新しい家族…新しい姉ができ、しのぶにとっては妹が増えることとなった。




【あとがき】

婿入り嫁入りの話は大正時代での価値観で書いています。大正時代の価値観なんて大して知りませんが。
(これを書いとかないと、男女差別だなんだと暴れる人がいるかもしれないので…)


本当は『お義姉さん』呼びではなく『お義姉ちゃん』呼びにしたかったのですが、そうすると敬語は不自然な気がするんですよね。かといって敬語を消すのも違うというか。
ちなみに言っておくと、炭治郎としのぶはこれからも敬語で話します。呼び方もこれまで通り『炭治郎くん』『しのぶさん』のままです。


次回のまえがきにも書いていますが、禰豆子が『お義姉さん』呼びは違和感があるので、『お義姉ちゃん』呼びに変更しました。

炭しので組むと、カナヲを誰とくっつけるかに悩むんですよね。独り身だと寂しいので何とかしたいんですが、原作で関わりのあるキャラが少なすぎてどうにも…



しのぶのモチーフとされている蝶々は『アサギマダラ』という名前らしいです。アサギは『浅葱』と書き、青緑色に近い色です。しのぶの髪飾りの色はこれに該当するかと。

アサギマダラには毒性があるのですが、
『幼虫の頃に食べる植物に毒が含まれており、その毒を取り込むことで自身にも毒性を持たせる』
という生態があるようです。

毒性がありますが、触れる分には問題ないそうです。食べたり(普通は食べないと思いますが…)すると危険ということですね。

…はい。
調べれば調べるほど細かいネタに気づいて、今後の映画を見るのが更につらくなります…
しのぶが推しの方々は一緒に頑張りましょう…



今更ながら本編10話の誤字報告を思い出したので、訂正させていただきました。
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