URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
当初のプロットに無理があるのを発見してしまった為に1年以上空いてしまいましたが、応急処置に目途がついたので、短めになりますが生存報告を兼ねて。
依然として修正中ですが、ちょこちょこと更新できたらと思います。
加速。加速、加速、加速――。
足に力を篭め、飛び出すようにゲートから駆け出した。このレース、唯一の勝ち筋を作るために。
一歩を踏み締める度に、ギシギシと軋むような不快な音が骨を伝わって全身に広がっていく。
最後に走ったレース――4か月前と違うのは、体重が増えたこと。当時はホープフルステークスに合わせての追い込みと、シンボリルドルフたちと行っていた頻繁な併走トレーニングで体重が減っていた。脚部不安からトレーニングが控えめになり、今はその数キロ分が戻っているというだけなのだけど、そのたかが数キロは私の体重では割合にして結構なものになる。
地面をしっかりと踏みしめることが出来るし、自分でもわかるくらいに体に活力が満ちている。以前より力の伝達が上手くいっているということなのだろうけど、その分だけ踏み込んだ足から衝撃が返ってきて、ターフに接地する度に骨の芯の部分が軋んでいる。
いつも通り開幕逃げを打つぐらいのつもりで飛び出したけれど、それでも18人中の7番手。加速を重視した四回目の走り方のまま第一コーナーに入るまでの400mほどで二人を抜いて5番手に。コーナーまでの直線で走り方を戻す予定だったけれど……ダメだ。これじゃ間に合わない。
やはり、クラシック一冠目となる皐月賞に出てくるようなウマ娘たちだ。年明けからこの三か月の間に、他の子たちが成長していた速度に私だけがついていけていない。
周囲のペースが速過ぎる。まだ、まだ先頭が、遠い。とてもじゃないけど、もっともっと早く先頭に立てなければ、このレースでの勝ち目が完全にゼロになる。
予定していた距離を越え、走り方を戻さずに加速を続けて走り続ける。第二コーナーに入ったところで4番手。
目の前に、シンボリルドルフの背中が見えた。先行策、3番手か。ベニバナニシキの姿は先には見えない。後方なのか。
スタートから800mを進んだところで、たまらず走り方を戻した。距離に加えて、ここからの急な下り坂で前回の加速重視の走り方をしていては脚が絶対に保たない。私自身はこのまま行けるところまでと考えているのに、走っている最中に膝から力が抜けて、がくんと落ちそうになる。
……でも、走り方の切り替えによる違和感はなかった。前回は切り替えて走ることにも熟しておらず、それで身体の各所に不調が出た。走り方を変えないと2000mでは勝ち目すら作れないのだから、出来る限りの練習をしてきたつもりだ。
残り1000mとなる折り返し。もうすぐ第三コーナーに入ろうかというところで外からシンボリルドルフに並んだ。
しかし、並んでからが去年の併走の時のように追い抜けない。加速にラグを作らなかった分、以前の私よりも速度は出ている筈だ。それなのに。
私が先頭に立ってリードを作らないと、最後の直線では離されるだけだ。無理をしてでも前に出ないと、話にもならない。
「う、ああああ!!」
思わず声が出る。それが気合なのか、焦りなのかは私にもわからない。それでも、ここで最高速に持っていくつもりでスパートをかける。
しかし、コーナーの内側にいるシンボリルドルフも合わせて加速し始めている。彼女もここで先頭に出る気なのか。
私とシンボリルドルフは並んだまま、二番手の子、そしてレース開始からずっと先頭で逃げていた子を追い抜いた。
第三コーナーで外を走って加速し続けて、最終コーナーに入るところでようやく速度が乗り切ってシンボリルドルフよりも前に出た。
視界が開ける。風景が後ろへと流れて、私を邪魔するものはなにもない。――先頭だ。
私だけの景色。いつもなら気持ちいいと感じる視界なのに、今回ばかりは感慨にふける間もない。中山レース場は最終コーナーからゴール板まで何mあっただろうか。……すこしでもリードを広げないと。
速度を落とさずに、最終直線に差しかかる。
コーナーの終わりに客席が視界に入る。そこから大きな熱が、大きな歓声が届く。心臓の音と歓声と、自分の呼吸で周りの音が聞こえない。
それでも、後ろから迫られていることだけはわかる。気を緩めていられる余裕はない。
残るは300m、ここからが勝負所。前に。全速力を維持し続けるべく足を踏み込んだところ――――外にシンボリルドルフが並んでいたことに気づく。
先頭を走っているハズの私がシンボリルドルフを視認出来ているということは、つまり私よりも前にいるということで。
さらに彼女のその外には、追いすがるベニバナニシキの姿が。彼女の視線は先頭を奪って走るシンボリルドルフに向けられていて、私には目もくれない。
彼女たち二人を止める間もなく、置いていかれる。焦る間もない。もう届かない。あっけなさすぎる。呆然と、遠ざかる背中を必死に追う。
あっという間だった。最初から最後まで、全速力を出せるだけ出すしかなくて、まともに物を考えている余裕がなかった。歩きながら勝手に痙攣する膝を、ふくらはぎを手で押さえ、電光掲示板を見る。
「…………5着……」
1着、シンボリルドルフ。2着、ベニバナニシキ。私の番号は最下段に灯っている。
……最終直線、最後は先頭争いに加わることすらも出来なかった。着順が確定し、視線が惑う。
届かなかった。シンボリルドルフやベニバナニシキに先着することが出来なかった。
少なくとも1着になれたホープフルステークスの時よりもタイムは縮めたハズなのに、あの二人にはまったく通用していない。
5着。
……5着で、今回の育成目標は、クリアできたのだろうか……。もしクリアできていなかったのならば、もうすぐにでも、意識が絶たれてしまってもおかしくない。
走り終え、上気している筈なのに血の気が引いている。勝手に体が震える。指先が冷え切っている。
呼吸を戻したシンボリルドルフが、客席に向けて人差し指を立てて掲げていた。観客たちが一気に湧き上がる。
「まずは一冠目」。歴史に刻まれるパフォーマンス。遥か昔、一回目の私だったら、自分の目で目撃してみたいと思っていたハズのもの。
全身に汗を滴らせるベニバナニシキが、未だに肩で息をして、膝に手をついてそれを睨み付けている。
そんな視界に映るものたちから、情報が入ってこない。他の子たちが立ち止まったり、肩で息をしてゆっくりと歩いている中、私はいつものルーティンとしてクールダウンを兼ねたランニングのまま地下バ道へ下がり、そうしてようやく足を止める。
前回のリセットではゴール直後に力尽きて倒れこんだりしていたけれど、地下バ道に入る前までに意識の断絶がされていた。もう順位も確定している……これは、助かった、のだろうか。
『皐月賞で5着以内』だったのか、そもそも育成目標として皐月賞は組み込まれていなかったのか。
確かめる術はない。真相はわからない。けれども、生きながらえることだけは、出来たのかもしれない。
私の呼吸はもう普段通りに戻っている。4回目の走り方を想定より長く使ってしまったことで身体に無視できないダメージが表れていた。
そして、この私ではこれ以上速く2000mを走ることは出来ないだろうという確信が固まってしまった。
スタミナだけを見ればまだ走れる。余力を残している、なのに全力を出し切れていない。これ以上速く走れないのに、身体は故障寸前といっていいのに、明らかに不完全燃焼だった。
1着になれなかった負け惜しみになってしまうのかもしれないし、あるいは精鋭集まるGⅠレースの18人の中で5着に入っておいて何を言っているのかと思われてしまうかもしれない。けれど、どうしても2000mという距離は私には短すぎた。
・・・ ⏱ ・・・
レースを終え、控室に戻ると雀宮トレーナーが待ち構えていた。ウイニングライブの準備を始めるより先に、彼女に震える脚のアイシングをしてもらいながら叱られることとなってしまった。
それもそのはず。4回目走法は、そのメリットとデメリットが雀宮トレーナーの知るところになっている。彼女と相談し、実用化できるよう練習して形にしたものなので、私の身体で行う危険性から、事前に注意をされていたのだ。
今回の皐月賞、道中の展開が私の想定よりも早くて間に合わないと、雀宮トレーナーと「4回目走法を使っていいのは最初の300mほどまで。ループさんの判断で伸ばしても600m地点まで」と取り決めておいたのに、その約束を破ってしまったからだ。
…………私の言い分としては、そうでもしないとシンボリルドルフどころか他の子たちにもついていけずに置いて行かれるばかりとなってしまう。600mで走り方を戻すのはこの皐月賞の勝負を捨てることと同義であり、言ってしまえば負けるために走ることになる。
結果として一着争いに加わることすら出来なかったから偉そうなことなんて言えないのだけど、そもそもあそこで走り方を戻してしまっていたら絶対に掲示板にすら載れなかった。
「ループさん。これで故障して、二度と走れないとなったら、どうするの?」
「……ごめんなさい」
二人で決めたことを、一方的に破ってしまった私が、悪い。
でも、これで私が掲示板外になってしまって、もしも目標未達となってしまったら、同じこと。
雀宮トレーナーは私のことを心配して言ってくれているって私だってわかっているから、反論できないし、したくない。
でも、また今回と同じ状況になった時、きっと私は止まれない。
・・・ ⏱ ・・・
私がステージで初めて歌うことになるウインニングライブ楽曲、『winning the soul』。クラシック三冠レースに参加した者たちだけが歌唱することのできる、特別な曲。
振付の大半は共通なので、センターステージで歌い踊る三人――シンボリルドルフやベニバナニシキたちと、バックダンサーとなる私たちとダンス自体はそう変わらない。
それでも、遠い。彼女たちとは別のステージで踊るだけの私たちと、スポットライトが集中する中央でソロ歌唱パートの振り付けがある三人。勝者と敗者の違いを否応なしに突きつけられる。
この会場のステージに立つことすら叶わない、この曲で踊ることもできない子たちからすれば、皐月賞に出走した私たちのことだって羨ましく見えるかもしれない。だからこそ、制した者が世代の代表とされるクラシック三冠レースは特別なんだ。
観客席には色とりどりのペンライトが揺れている。この数だけ、応援しているファンがいる。
曲が終わり、若干のふらつきを覚えながらも何とか踊り終えた。余韻にまたペンライトが振られる中、ふとこちらに向けて振られている一つの黄色のペンライトが目についた。
知っているお姉さんだった。
シンボリルドルフやベニバナニシキたちがいる中で、芙蓉ステークスの時から変わらず、オンザループに1着を取って欲しいと応援してくれていたみたい。
……次は、負けない。私が1着になって、奇特にも私なんかのファンをしてくれている人たちに、最高のライブパフォーマンスを見せてやる。
私を応援してくれる人に、私が返せるものなんてそれぐらいだから。
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