「それでは、第二回山頂探索攻略会議を始めます」
俺の言葉に各々休憩をとっていた三人が俺に視線を集めた。
「今朝の調査で分かったことだが、星霊の木は湖の中央にあると言うことが発覚した。しかし残念ながら、肝心要のナサの雫が実っていないと言うことも判明したわけだ」
「この流れ一度やらなかったかしら?」
「うん、デジャブってるね」
まあ一昨日も似たような事はやったので既視感があって当たり前だ。
「つまり、俺達はまだ何か必要な要素を欠いてるってことだ。その為には今まで考えるのを放棄していた部分を考えないといけないんだろうな」
「えーっとなんだっけ? ‘星々の雫’だったっけ?」
「それと、‘雫を三夜星稜に委ねる’って部分ですね」
腕を組んで記憶を辿るアクアにクリスが捕捉を入れる。
そう、結局はそこに戻ってきてしまったのだ。
依頼主はどうしても俺達にこの謎を解かせたいらしい。
星霊の木を発見できて依頼完了かと思っていたのに、やはりこの世界は俺にとことん優しくないな。
「ひとまず分かってる部分から解釈していこう。星霊の木があったのが星の光を沢山浴びられそうな場所だったと言う点からして、星々はそのまま空にある星のことで間違い無いと思う。雫というのは文脈とシチュエーション的に星の光ってところか。それと三夜って言うのもそのまま三日三晩という意味だろうな」
俺の言葉に全員がこくりと頷く。
今までの情報を総合して考えれば、誰でもこう解釈するだろう。
「分からないのは星稜に当たる物の場所だ。何か案がある奴は手をあげてくれ」
俺の言葉に全員がさっと目を逸らした。
まあこうなるだろうな。
一度は分からず後回しにするという結論を出したのだ、そう簡単に新しいアイデアなど出るはずがない。
誰もが口を閉ざしてしばらく時間が経った時、急にアクアが頭を抱えて髪を振り乱し始めた。
「あああああぁもう! 全然わっかんないんですけど。星霊の木まで見つけたのに、むしろここからが本番みたいになってるんですけど! 大体、カズマってば昨日あれだけ大見え切った推理を披露したくせに肝心な部分が疎かじゃないの。やっぱり所詮はヒキニートよね、昔から詰めが甘いんだから」
こいつ、答えのわからない鬱憤を俺に向けてきやがったぞ。
いつもなら流すこともできるのだが、今の俺にそれだけの余裕はなかった。
「うるさい駄女神、中身どころか詰めるための器すらガッタガタのお前にとやかく言われたくないわ!」
「器がガタガタって何よ、こんな清らかで器の広い身も心も完璧な女神様を捕まえておいてよくそんな舐めた口を叩けたわね! 謝って、ほら早く謝って‼︎」
「器がデカかろうがひび割れてたら意味ないだろうが。ああそうか、昔は寛大な心を持っていたかもしれないが老化して器が老朽化してきたんだな。それは気が回らなかったよ、ごめんな」
「わああああああぁ!」
泣き叫びながら俺の首を絞めようと襲いかかってくるババア女神。
負けじと俺もアクアの頭を押さえつけ反撃に移る。
だが本気で怒ったらしいアクアの抵抗が激しくなかなか決着がつかない。
俺達の攻防が続く間に、焚火をしてできた木炭は散らばり灰は舞い、腰掛けていた石が転がっていく。
「ちょっと、アクアさん一旦落ち着いて!」
「お兄ちゃんもアクアさんに乱暴しないで上げてくださいマジで!」
見かねたクリスとアイリスが慌てて俺達の間に割って入ってきた。
二人に無理やり引き剥がされ、俺は肩で息をしつつも乱れた服を整える。
「まったく、助手君ってば今のはいくらなんでも言い過ぎだよ。アクアさんが可哀想じゃないか」
胸に顔を埋めすすり泣くアクアの頭をよしよしと撫でながら、クリスが批判じみた視線を送ってきた。
いや、今のはどう考えてもアクアが仕掛けてきただろ。
それにこいつが年齢不詳なのは事実だし。
「そうですよお兄ちゃん。確かにアクアさんにも非はありましたが、あそこまで追い込むことはガチでなかったんじゃないですか」
ついでアイリスからもお小言をもらってしまう。
納得はいかないが仕方がない。
可愛い妹にここまで言わせたのだ、ここは俺が引き下がっておくか。
「ああもう、分かった悪かったよ今のは言いすぎた。お前の器にヒビなんか入ってない綺麗なままだからそろそろ泣き止めよ。屋敷に帰ったらシュワシュワ奢ってやるから」
いまだにグスグス鼻を啜るアクアが涙目でうかがってくる。
「本当? 本当に綺麗だって思ってる?」
「思ってる思ってる」
「シュワシュワたくさん飲んでいい?」
「それはダメ」
「なんでよおおおっ!」
再び泣き縋ってくるアクアを適当にいなしクリスに預ける。
まだグチグチと文句を言っているが今はそれどころではないのだ。
昨日の推理で星稜の意味には検討がついたが、問題の星型のなにかが見つからない以上アイリスを助けることができない。
これはいよいよ持って対策を考えなければ。
「その前に一度、この辺りを片付けましょう。先ほどの喧嘩でこの辺りがチョー汚れちゃったので」
おっと、それもそうだ。
アクアの攻撃を捌くのに必死で随分といろんなものを蹴り飛ばしてしまった。
こんなに汚れていては集中できるものもできないだろう。
アイリスに促されるまま、俺達は散らばったものを元の位置に戻していく。
しかし我ながら盛大にやったな。
まさか椅子代わりにしていた石まで転がるとは考えもしなかった。
持ち上げるよりも転がしたほうが楽なので、足で石を蹴りながら元の場所に戻す。
そのままクリス、アイリスが座っていた石も元の場所に運び、そのままの流れでアクアが腰掛けていた石も転がそうと足をかけ違和感を覚えた。
「あれ、動かねえ」
今度は先ほどよりも力を込めてみるが、それでも一ミリも動かない。
見た目は他の石と同じくらい、縦横二十センチ前後に高さが十センチ前後だ。
これぐらいの大きさなら動かせないはずないのだが。
「どうしたんですか、お兄ちゃん?」
石を前にあれこれしていた俺に後ろからアイリスが声をかけくる。
「ああ、ちょっとこの石が気になってな。これ誰が持ってきたんだっけ?」
「それは元々そこにあった石よ。安定感があって座りやすかったから、その石の近くに拠点を置いたの」
返答したのはすっかりいつも通りなアクア。
さっきまでクリスに慰められていたくせに、相変わらず切り替えの早いやつだ。
「助手君はその石を動かしたいの? 見た感じそこまで重そうじゃないし、簡単に運べそうなものだけど。ちょっと代わって。……あれ、本当だ動かない」
疑問に思ったクリスが石を転がそうと手を石に添えるが、やはり動く気配がしない。
よし、こうなったら。
「アクア、筋力増加の支援魔法をかけてくれ。一度本気で持ち上げてみる」
「別にいいけど、運んだ後にちゃんと元の場所に戻しておいてね。私、その子がいないと落ち着いて座れないんだから」
俺が石をどうにかすると思っているのか、若干心配そうにしながらも素直に支援魔法の詠唱を始めるアクア。
というか、この石じゃないと座れないってどんな体質だよ。
魔法がかかるのを確認したところで、今度は両手を石の底の方に当てがい渾身の力を込めた。
「ぬおああああっ!」
今持てる全力を持って石を持ち上げようとした。
しかし、それでも石は微動だにしない。
クッソ、これだけ力込めてんのになんで全く動かないんだ。
石の下に当てていた手を横に移し押したり弾いたりしてみるが、やはり動かない。
持ち上げるのを諦め荒い呼吸をする俺の傍で、残りの三人が不思議そうに首を傾げた。
「ここまでやって動かないだなんて流石に不自然ですね」
「そうだね、もしかしたら何か仕掛けがあるのかもしれない。ちょっと調べてみるよ」
「単純にこの子がどっしり構えてるだけじゃないかしら」
アクアの素っ頓狂な意見を黙殺しクリスが石をペタペタと触り始める。
その様子をじっと眺める俺達。
やはりこう言うのは本職の盗賊に任せておいたほうが確実だろう。
そうこうしている間に何か発見したらしく、クリスがあっと小さく声を漏らした。
「この石の下から微弱だけど魔力の籠った鉱石みたいな気配を感じる。もしかしたら、この石はそれを守るために置かれたのかもしれない」
怪しい、怪しすぎるぞ。
行き詰まったこのタイミングで現れた、いかにも封印されていそうな鉱石。
これ絶対お目当ての星形のやつだろ。
「よし、それじゃあ全力でこの石どかそうか」
「でもどうやって動かす? 多分、あたし達全員で押しても動かないよこれ」
問題はそこだ。
さっき押してみた感覚から言って、あれは一人二人増えたぐらいじゃどうにもならない気がする。
こう言う時、力自慢のダクネスがいてくれたら話は変わってきたかもしれないが、今はいないので考えても仕方がない。
普段目立った活躍のないアイツが輝く絶好のチャンスだったのに可哀想なやつだ。
さて、どうしたもんかな。
「あの、私が試してみてもいいでしょうか?」
悩む俺にアイリスが名乗りをあげた。
「いいけど、何か方法を思い付いたのか?」
「ええ、危ないので皆さんは下がっていてください」
言いながら腰に携えていた剣を抜き出し構えるアイリス。
それを見て俺はアイリスの考えが読めた。
「ね、ねえイリス、剣なんか出して何をするつもりなのかしら? 私、なんだかすごく嫌な予感がするんですけど。その石は私のお気に入りなのよ、雑に扱ったりしないわよね? しないって言ってちょうだい!」
俺同様、アイリスが何をするのか勘付いたアクアが頬を引き攣らせて懇願する。
すると背中越しに振り返ったアイリスは申し訳なさそうに眉を寄せ、
「ごめんなさい、アクアさん。『エクステリオン』!」
「いやああああっ!」
悲鳴をあげ今にも駆け出しそうなアクアをクリスと二人がかりで止めている間に、アイリスは剣を振り下ろした。
激しい砂埃が巻き上がる。
やがて砂埃が晴れると剣を鞘に収めたアイリスが両手に石を持ち、にっこりと微笑んでいた。
それはさっきまで持ち上げることも出来なかった石。
その断面図は鋭利な刃物で切られたようなツルツルな表面をしていた。
土の上に斬撃が通過した軌跡はない。
どうやらアイリスは正確に石だけを切り裂いたようだ。
「お疲れイリス、流石の剣の腕だね」
「いえ、それほどでも」
「わあああー! 私の石がっ!」
クリスに褒められはにかむアイリスから石を受け取り、さめざめと涙を溢すアクア。
とりあえずコイツは放置するとして、俺は状況の確認を急ぐ。
「それで、石の下にあるって言う鉱石は見つかったのか?」
「それなのですが、どうやら箱のようなものが埋められていたようです」
箱?
石があった場所へ俺とクリスが視線を落とすと確かに。
そこには十五センチ四方ほどの箱が蓋をされて置かれていた。
この中に怪しさが炸裂している鉱石が入っているのだろう。
その場にしゃがみ込んだアイリスが蓋に手をかける。
「それじゃあ開けますね」
ようやくだ、ようやく果実を実らせるための手がかりが手に入る!
そう思うと自然と拳に力がこもる。
慎重な手つきでアイリスはゆっくりと蓋を持ち上げる。
すると中には――
「……なんだこれ?」
そこにあったのは小さな青白い結晶だった。
大きさは掌に乗るぐらいだから約五センチと言ったところか。
厚みは一センチほど。
頂点の鋭い二等辺三角と鈍い二等辺三角形を底辺で組み合わせた、方位磁針の針のような形状。
頂点の鋭い二等辺三角形の淵には細い溝が掘られている。
「全然五角形じゃないね」
箱の中身を囲うように覗き込んでいたクリスが疑問符を浮かべた。
「なによ、あれだけ期待感持たせといてまたハズレだっていうの⁉︎ 私はこの子を犠牲にしているのよ! そんなの許されないわ!」
同じく俺の隣から覗き込んでいたアクアが涙目になりながら、不用意に謎の結晶へと腕を伸ばす。
「おい、そんな不用心に触ろうとするなよ。どうなっても知らないぞ」
「カズマは黙ってて! これは私とこのヘンテコな結晶との戦いなの。このまま引き下がれる訳あああああっ⁉︎」
と、結晶にアクアの指が触れた途端、アクアが絶叫を上げ始めた。
いきなりの事に思わず俺達も体をビクンッと震わせ臨戦体制をとる。
「どわああっ! どうしたんだ、何があった?」
まな板の魚のようにビクビクと痙攣するアクア。
俺は十分に警戒しながら慎重にアクアへと声をかける。
するとアクアは目の端に涙を滲ませたままビシッと結晶を指差した。
「あの結晶に魔力を吸い取られたのよ! なんてことかしら、私の清廉にして高潔な魔力を吸い取ろうだなんて鬼畜の所業、まるでカズマみたいじゃない」
「何が俺みたいだよ」
しかし魔力を吸われただと?
確かに先ほどのアクアは俺がドレインタッチをした時と同じ反応を示していた。
つまりこの結晶は魔力を吸い取るものだってのか?
「ちょ、助手君これ、これみて!」
と、思考を回していた俺の肩をグラグラとクリスが揺すってきた。
「ちょ、いきなりなんだよ、そんなすごいことでも起こってなんだこれは?」
先ほどまでは何の変哲もないように見えていた結晶。
それが今はぼんやりとではあるが淡い光を灯していた。
しかもよくよく見てみると、結晶の端の方に小さな文字が浮かび上がっている。
周囲が明るいので判読しづらいが、これは‘5’と読めるのではなかろうか。
「ねえ、やっぱりこれが星稜なんじゃないかな? 星稜に委ねるっていうのが、稜となる結晶を五つ見つけろって意味なんだとしたら」
「これと同じようなものがあと四つあるかもしれないってことか!」
きっとそうに違いない。
この仮説なら明らかに意味深げに隠されていた結晶の存在価値がわかる。
となればやることは一つだ。
「イリスとアクアも聴いてたな。早速、残りの四つの結晶を見つけにいくぞ!」
「でも、探すってどうやって見つけるのよ? こんなに広い場所からこんな小さなものを見つけるなんて滅茶苦茶大変じゃない」
アクアが未だ不満そうにぶつぶつと文句を言ってくる。
「とりあえずはこの湖の周りを探すぞ。少なくともこの結晶が湖の近くにあって、果実が実るはずの木が湖の中央にあるんだ。結晶が湖周辺にある可能性は低くないと思うぜ」
「流石はお兄ちゃん、推理力がマジで冴えてますね」
我ながら即興にしては中々筋の通った解釈だったので、それを褒めてくれるアイリスの称賛が嬉しい。
こうして俺達は湖周りで動かない石がないかを探し始めたのだが、この探索が予想以上にうまくいった。
「ふーっ、なんとか完全に日が落ちる前に間に合ったな」
「一仕事終わったみたいに言ってるけれど、あんたが一番何もしてないからね」
アクアの癖に痛いところをついてくる。
そう、俺は結晶探しの際にあまり役に立てなかったのだ。
再三となった調査の手始めとして湖の周辺で石が転がっている場所を探そうかと思っていたのだが、ここで活躍してくれたのがクリスと意外にもアクアである。
歩き始めてしばらく経った頃にアクアが、さっきの結晶と似た波長を感じると言い出したのだ。
初めは半信半疑だったのだが、いざやらせてみるとアクアはしばらく鼻をすんすんさせてからある一帯を指定した。
その情報を元にクリスが宝感知スキルを発動してみると、本当に動かない石の場所を特定できたのだ。
本当に妙な部分で役に立つ奴である。
石の場所さえ見つかれば後は簡単だ。
アイリスが石を切断してどかし、中にある結晶へアクアが魔力を吸わせて数字を確認するだけ。
もちろんアクアはめちゃくちゃ嫌がったのだが、なぜかアクア以外が結晶に触れても魔力を吸い取られなかったので強行させてもらった。
後はこの作業を繰り返すだけだったので、何とか完全に日が落ち切る前に終わらせることができたのだ。
という訳で、本当に俺の出番は全然なかった。
事実、俺いらなくねと思わなかったと言えば嘘になる。
その度に俺は、アイリスのため見届ける義務があるのだと何とか心を持ち直してきた。
何の意味もないのは重々承知だが、俺のなけなしの努力も認めてほしい。
「それで、最後のは何番だった?」
「三番だね。あたしの見立て通りこれで五つ揃った訳だ」
少し得意げに胸を張るクリス。
その言葉を聞き俺はほっと胸を撫で下ろした。
初めに結晶を見つけた場所から時計回りに湖を回ったのだが、見つけた結晶の番号が昇順でも降順でもなかったので少し心配だったのだ。
実際は二、四、一ときて、今見つけた三という順。
これに何の意味があるのかさっぱり分からないが、とりあえず星の形を作るのに必要な五つがちゃんと見つかったので、きっと大丈夫だろう。
「それで、この後はどうすればいいの? 私、結晶の場所を見つけたり魔力吸われたりで疲れちゃったからのんびりしたいんですけど」
言いながら早々にアクアがその場にへたり込んでしまう。
「資料通りなら星稜に委ねるってことですから、後はそのまま放置でいいはずです」
「イリスの言う通りだね。ただ油断はできないよ、果実が育つ環境が本当にこれで揃っているかは誰にも分からないんだからさ」
「でもこれ以上どうしろって言うのよ」
クリスの正論にアクアが思わず口をこぼした。
俺だってこれで終わりにして欲しいと言うのが本音だ。
今打てる手は全て打った訳だし、これ以上は何も思いつかない。
だが万一これで条件が整っていない場合、クエストの期日に間に合わない可能性が出てきてしまう。
そうなれば自然、アイリスの刑が執行されてしまう訳で。
だーっ、結果を待つしかない状態というのはこんなにももどかしいのか。
どっちでもいいから早く結果を教えてくれ。
「あっ、皆さん! あれを!」
俺が内心ドギマギしていると突然、アイリスが声を張った。
慌てて顔をあげアイリスが指差す方向に目をやる。
暗闇が包む中でほんのりと灯る四つの場所。
それは先ほど俺達が苦労して見つけた結晶が固定されていた場所だ。
しかもその光は俺達が発見した時よりも少し明るくなっている気がする。
唖然とそれらの光源に見入ってからハッとして、俺は一番手近にある結晶を見た。
さっきまでは光っているかどうか分からないぐらいの光量しかなかったそれが、しかし今は明らかに光っているのが分かるほどにまで光が強くなっている。
同時に資料に書かれていた文章が頭をよぎる。
『星々の雫が降り注ぐことで成長し、三夜星稜に委ねれば果実が実る』
成長を促すのが星の光なら、果実が実るための栄養だって当然星の光のはずだ。
そしてアクアの魔力を吸収する結晶。
それが夜、星が出た途端に光量を増した。
この事から導かれる結論はただ一つ。
「問題なさそうだな」
「そうだね、後は進捗を見守りつつ三日経つのを待つとしますか」
「それでは戻って夕ご飯にしましょう。今日は私も手伝いますよ」
口元に笑みを浮かべた俺達は軽く視線を交わし、拠点とした場所へと足を向けた。
「ちょっ、何でみんなだけで分かり合ってるみたいなやりとりしてるの? どうして問題ないって言い切れるの? 私だけ仲間外れにしないで!」
「偶には自分で考えてみろよ。賢い女神なアクアさんならすぐ分かるって」
「こんな時だけ女神扱いしないでよっ! って、置いてかないで!」
それからの三日間は穏やかながらもどこか落ち着かない日々が続いた。
昼は結晶を直接見に行ったり湖上に霧ができないようにしたりして過ごし、夜は交代で見張りを続け異常がないかを常に監視した。
現状は時間が経つごとに結晶の光が強くなっている。
今ではあまりの眩さに目を瞑っていても明るさが伝わってくるほどだ。
恐らくだが順調に進んでいるので、今日あたり何か変化が起こるはず。
だが、やはり何か見落としがあるかもしれないという不安が消えるはずもなく。
どこかそわそわした状態のまま、俺とアイリスは二人で夜番をしていた。
「ほい、イリスの分のコーヒー淹れたぞ」
湖をぼんやりと眺めていたアイリスにコップを差し出した。
受け取ったアイリスは嬉しそうに礼を言うと両手でコップを持ち、フーフーと熱気を飛ばしてから一口啜る。
「チョー美味しいです」
「そりゃよかった」
些細な事で喜ぶ我が妹に思わず笑みがこぼれてしまう。
やっぱりいい子だよな。
普段から王城でプロのシェフが作った高級料理ばかり食べて舌が肥えているはずなのに、料理スキル持ちとは言え素人同然の俺が淹れたコーヒーぐらいで喜ぶなんてさ。
そう言えばエルロードに行った時もチャーハンやツナマヨご飯、ロブスターと見せかけたザリガニ料理とかに、目を輝かせてたっけ。
庶民の食事が物珍しいだけかと思ってたけど、本当に美味しそうに食べるんだよな。
でも、これでもこの子はこの国の王女な訳で。
……なんでこの子、俺のことをこんなに気に入ってくれてるんだろ。
「今日で三日目ですね」
口に残った熱気を逃すために、アイリスが大きく息を吐き出す。
「そうだな。何事もなければ、今夜中に決着がつくはずだ。そうすればお前は漸く晴れて自由の身だな」
「そう、ですね」
俺の言葉になぜか歯切れ悪く相槌を打つアイリス。
そしてどこか悲しそうに、
「お兄ちゃんとの冒険も、これで終わり……ですね」
手元のコップをギュッと包み込み、少しだけ顔を俯かせた。
もしかして寂しがってるのだろうか。
「大丈夫だって、別にこれが最後って訳じゃないんだからさ。と言うか、無罪を勝ち取って何のしがらみもなくなったら、今度こそ自由に冒険に出ればいいんだよ。俺達で良ければいくらでも付き合ってやるからさ」
とは言ったものの、いくら強いとは言え王族であるアイリスがそう簡単に冒険の許可を貰えるとは思えない。
むしろここ一ヶ月、アイリスが誰の監視もなく自由にしていることの方が異常なのだ。
おまけに王族にあらぬ罪を着せられている始末。
どの王族が言い出したのか、またその意図が何なのか、それは全く分からない。
だがこのクエストが達成されれば、きっとアイリスはまた王族としての暮らしに戻っていくのだろう。
それでも、少しでもアイリスに楽しい記憶を作って欲しい。
今はただそれだけを願っていた。
「自由に冒険……それはとっても楽しそうです」
変わらず顔を伏せたまま、アイリスは少しだけ口角を上げた。
「そんな未来が待っていたら、本当に楽しいでしょうね」
だがすぐに眉を八の字にし顔を曇らせ、じっと手元のコップを見つめる。
そんなアイリスになんて声をかけてやればいいのか分からず、俺はただ見守ることしかできなかった。
周囲には風一つ吹き抜けず、焚き火がパチパチと不規則に爆ぜる音だけが残響する。
「あの……お兄ちゃん」
ポツリとアイリスが喉を震わせる。
その体は小刻みに震え、見た目以上に小さく縮こまっていた。
「お兄ちゃんは……嘘つきは嫌いですか?」
「……は?」
唐突な質問に思わず面食らってしまう。
嘘つきが嫌いか?
そんなもの答えは一つしかないような気がする。
「好きか嫌いかで聞かれたら、そりゃ嫌いだな」
「っ! …………です、よね……」
アイリスはビクッと体を振るわせ体をギュッと両腕で抱きしめた。
……え、なにこれ、もしかしてなんかミスった?
俺まずいこと言った?
だけどあれ以上に答えようがないと言うか、あそこで嘘つきが好きですなんて言うのはそれはそれで絶対に間違いだと思うし。
アイリスはどんな答えを求めていたんだよ。
「あ、あのなアイリス。もちろん嘘は極力つかない方がいいのは当たり前だが、相手を慮ってつく嘘とか自分の身を守るための嘘は別に悪いとは思わないからな⁉︎ 俺だって大なり小なり嘘はつくことあるし、逆に嘘をつかない人間の方が少ないと言うかそっちの方が自然と言うか」
ああもう、何が言いたいのか自分でも分からなくなってきた。
やはり童貞の俺に落ち込んでいる女の子の慰め方なんて分かんねえよ。
助けて下さい、エリス様!
「…………もし」
俺があたふたしていると再び、アイリスがぽつりと呟いた。
「もしも私が……自分の利益の為だけに皆さんを騙しているとしたら…………そんな私に、お兄ちゃんはまた、甘えさせてくれますか?」
一言一言を搾り出すように紡ぐアイリス。
その問いに対して俺はすぐには言葉が出てこなかった。
自分の利益とは何なのか。そもそも、なぜいきなりこのような質問をしてきたのか。
全くもって理解が追いつかない。
だけどアイリスにとって、これはきっと重要な質問なのだろう。
視線こそ向けてはこないが、アイリスが真剣に悩み、その奥底で非常に複雑な思いが飛び交っているのは何となくだが想像できた。
そんなアイリスに俺はなんて声をかけてやればいいのだろうか。
……………………。
「あのさアイリス。俺としては……」
俺がゆっくりと口を開いた時、その現象は起こった。
湖の周囲に設置され今まで煌々と輝いていた五つの結晶。
それらの光力が劇的に急増した。
次の瞬間、周囲を覆い尽くす闇を全て消し去るほどの光が山頂を照らす。
反射的に腕を顔の前で組み目を強く瞑る。
しばし時間が経ってから恐る恐る目を開き、思わず目を見張った。
湖の上に結晶を頂点とした巨大な魔法陣が生成されていたのだ。
その中心にある小島に生えた星霊の木。
今日の昼まで何ともなかったその紅い木が紅く明々と輝いている。
初めはゆらゆらと揺らめいていた光。
それが次第に枝の先へ先へと送られていく。
やがて木全体の光が一ヶ所に集中し、それはゆっくりと形を変える。
本能を燻る蠱惑的な美しさを放つ純粋な赤。
見る者全てを惹きつける魔性の魅力を放つ実へと、徐々に姿を変えたのだ――
七月二九日
重々しい扉を開き、白いスーツに身を包んだクレアが謁見の間へと入場してくる。
「ダスティネス卿、それにカ、カズマ殿とその御一行。たった今、ご提出頂いた果実の鑑定が終了しました」
俺のパーティーメンバーにアイリス、クリス、ゆんゆんを加えた七人に向けて、クレアが事務的な報告をしてくる。
そう、俺達は果実の採取に成功したのだ。
山頂に辿り着けなかった連中も参道入口に戻されるだけで済んだようで、五体満足で元気にしていた。
その時は流石に胸を撫で下ろした物だ。
ゆんゆんのテレポートで一度アクセルに荷物を置いた後に王城へ来た俺達は、そのまま王城の謁見の間に通され現在に至る。
ここへ来るのはエルロードから帰ってきて祝勝会をあげて以来のはずだが、妙に懐かしい気分だ。
それにクレアの、俺を見た瞬間に顔を引き攣らせていた様子も気になる。
これはあれか、もしかして俺に無理やり記憶消去のポーションを飲ませた逆襲をされると思われているのだろうか。
あの時の記憶はまだ戻っていない。
だからこいつらがなぜそんな暴挙に出たのかは不明なままなのだが、なんか腹が立つのでアイリスの件が無事に解決した後にでもしっかり仕返ししようと思う。
「その結果、あの果実は間違いなくナサの雫だと言うことが判明しました。なので事前にお伝えした通り、イリス嬢への嫌疑は不問となります」
筒がなく問題が解決しそうな事を聞き思わずほっと息を吐く。
そうか、これでやっと今回の問題も解決か。
石板事件の時みたくまたイチャモンでも付けられたらどうしようかと危惧していたが、杞憂に終わって何よりだ。
これで問題は全て解決……いや、ひとつ残ってたか。
それもとんでもなくでかい問題、アイリスがなぜかイリスとしてアクセルに住んでいたという大問題が。
まだ原因が何も分かってないだけに、クレアに詰められても何も答えられない。
これが、王族公認のドッキリでした! とかならすごく助かるのだが、きっとそういうこともないだろうし。
……あれ、これ下手すっとこのまま打首になるんじゃ。
そんなことを考えていた俺は一つ、重大なことを見逃していた。
鑑定結果が出るまではクエストの結果が心配でそれどころではなかった、と言う言い訳はある。
だがそれでも俺は気付くべきだった。
――今この瞬間に至るまで、誰一人としてアイリスに注視していない事に。
俺が次なる悩みの種に恐怖している最中、クレアはなんでもないように言った。
「この後、あなた方に依頼をしたアイリス様からお言葉を頂戴します。それを以て此度のクエストを完了としますのでそのつもりでいて下さい」
そうか、この依頼を出したのはアイリスだったのか。
でもわざわざなんでそんな事を……。
……………………。
…………え。
いや、ちょっと待て。
なんか今聞き流せない言葉が出なかったか?
「なあ、白スー」
俺の質問は、先ほどクレアが入ってきた扉が再び開かれたことでかき消される。
「む、来られたようだな」
ダクネスが呟くと同時に膝を降り傅いた。
俺や他のメンバーも慌てて膝を折る。
先にレインが扉を潜り、続いて入室してくるもう一人の人物。
その人物から俺は目が離せなくなった。
「カズマ殿のパーティーの方々は既に懇意にされていますが、ゆんゆん殿とクリス殿は以前に少しだけ面識を持たれただけでしょうから、改めて紹介します」
まるで夜空に咲く一輪の星華の様に輝かしい姿。
肌は月光を写したように白く透き通り、ほんのりと紅を刺した頬は、朝焼けの薄紅に似て優雅。
瞳は深い夜空を思わせる漆黒でありながらも、天の川の清流をそのまま閉じ込めたかのように澄み切っており、優しさと知恵を湛える。
その腰まで届くほど長い黒髪は複雑に編み込まれ、美しい簪で飾られ、揺れるたびに星々の光を纏い、絹のように柔らかく輝いている。
「この方こそ、ベルゼルグ王国第一王女にして先日ドラゴンスレイヤーの称号を得たお方」
何より特徴的なのは、彼女が羽織る天女の羽衣を思わせる長い袖を持つ流れるような着物だ。
銀糸でおられた星屑のように煌めき、虹の七色が混じり合うような繊細な模様が施されている。
衣の襟元や袖口には銀色の縁取りが施され、足元まで流れるような長い裾は、歩くたびに柔らかく波打ち、まるで天の川が流れるかのように見える。
そんな高貴さと神秘的な美しさを誇る女性を手で指したクレアは――
「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス様です」
なんの澱みもなくそう紹介した。
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