銀の園、聖の歌   作:何もかんもダルい

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何のために生き残ったかなんて考えたことがない。
だって、生きることに理由なんていらないから。

でも、なんでこうなったんだろう、とは思う。
知りたくなかったことが、たくさんあったから。


命奪ひて奪はれて、並べて余は事も無し。

「……もう3時、だったか」

 

 空を遮る分厚い鉛色の雲。視界を遮るのはひどく細かな雪。

 手に掴んだ獣の温度が指を焼くような感覚に襲われる。毛皮の衣も手袋も貫通して刺さる寒さは、あらゆる余裕を奪う。

 スマートフォンは対磁気嵐、対低温、対衝撃をデフォルトで備えてひどく厳つくなり、昔のようにゲームで遊ぶことはおろか、本を読むことも、そもそもインターネットすら使えない。今自分がどこにいるのか、今は何月何日の何時なのかを確認する以外には、どうにか稼働まで漕ぎ付けた()()()()()()()()()()を呼ぶ程度にしか使えない。

 

 12年前。俺が6歳のころ、途轍もない磁気嵐が襲来した。

 パソコンやスマートフォンだけじゃない。テレビ、ラジオ、冷蔵庫、電子レンジ、果てには照明まで、電気を使ったありとあらゆるものは全て一瞬で配線を焼き切られて破壊し尽くされた。直そうにも機械を直す機械が壊され、部品を作る機械が壊され。人の積み上げた発展が、一瞬で殺された。

 

 その後起きたパニックの事は、正直よく覚えていない。ただ怒号と悲鳴だけが耳に焼き付いている。

 

 人々が混乱し続ける中、1か月を掛けて世界はどんどん冷えていった。

 たった1週間で、世間を悩ませていた気温は氷点下を割った。体の弱い人、機械があってようやく生きられる人からどんどん死んで、日中の気温が-10度になる頃にはお年寄りなんてほとんど残っていなかった。

 

 あれから12年。今年で俺は18歳だ。

 長い、長い12年だった。どれだけの人を見送っただろうか。

 

 近所の老人ホームの人たちが、一番早く死んだ。

 次いで、少し離れたところの病院の人たち。

 そこから少し間を置いて、当時の友達やその家族。そして、自分の家族。

 

 最後に生き残れたのは、狩りと暴力に向いていた俺と、俺に狩りを教えた祖父だった。

 皮肉なものだ。取り残されたのが元軍人で人殺ししか知らないと嘯く老人と、暴れん坊で手の付けられなかったクソガキだったんだから。パニックが起きたら常識人から死んでいく、とはどうやら真実だったらしい。

 

 

 雪の降る中、首と腹から血を流す()()()()を掴み直して連れていく。

 人が混乱している間に、こいつらは悠々と大陸を渡って生息範囲を広げる余裕があったようだ。

 

 兎、オオカミ、鹿、たまに熊とトナカイ、そしてごく稀にヘラジカ。それ以外はほとんど見ないが、居ることには居るらしい。食い物になるかと言われれば数が少なすぎて要らないと返すが。

 

 

 そうやって辿り着いたコテージ付きの一軒家(ログハウス)。高い金を払って建ててもらった自慢の家は、思い出こそどこにも無いが安全地帯としては一級品だ。

 

 

 ――――そして、ここ最近普通になりつつあるその姿も。

 

「あー! やっと帰ってきたぁ!」

「忙しいんだ、お前と違って」

「ぶー、私だって忙しいもん。ぎっちぎちの課外活動の合間縫ってやっと来てるんだからね!」

「はぁ……」

 

 頭上に浮かぶ星雲の天輪(ヘイロゥ)

 猛禽のような大きく優美な翼。

 星明りを思わせる桃色の髪と、金の瞳。

 雪のような白い肌と白い服。

 場違いなハイヒール。

 そして、極めつけに手に持つのは時代遅れの短機関銃。

 

 最近は毛皮の手袋とマフラーを着けるようになったが、手足も顔も露出するその姿は見ている此方が凍えそうだ。

 

 

「何が飲みたい」

「ローズヒップティーがいいな! 今日はお菓子ももってきたよ」

「日持ちは?」

「1か月は大丈夫。まぁこの寒さだし、凍らせれば半年はいけるんじゃないかな?」

「そうか、悪い」

「いいの! お客様に合わせたお菓子選びも作法だからね!」

 

 名を、聖園ミカ。

 この極寒の地獄へキヴォトスというところから態々やって来る変人の一人だった。

 

 

 

 

 キヴォトスという場所を、俺は知らない。

 12年の混乱の中で出来た新しいコミュニティかもしれないし、あるいはもっと別の――――あり得ないと言いたいが、確信がある――――鏡の向こう側とか、そんな場所から来たのかもしれない。

 少なくとも、何を話されても疑わないだけの常識の齟齬というものがミカとの間には存在していたから。

 

 

「ほんっと寒いよね~……キヴォトスは暑くて冷たい飲み物とか日傘が手放せないのに」

「夏か……見てないな、あの日以来」

 

 キヴォトスには夏が来る。この時点で可笑しいのだ。

 この世界には、冬と春しかない。それも1年の4分の3以上が冬。1~3か月というごくわずかな間だけ、こんな地獄にも暖かい日が来る。

 だが、気温が10度を超えることは決して無い。冷たい飲み物なんて拷問でしかないし、日傘が役に立つ日なんて絶対に来ない。

 

 蝉の鳴き声、生い茂る草木、吐く息と全く同じ熱を孕んだ空気。そんなものは幻想の彼方になってしまった。

 

「そんな様でもそっちでは元気にやり合うんだろ? たくましいと言う他ない」

「あはは、むしろ元気過ぎるくらいになって街を壊すくらいドンパチすることもあるかな。お祭りが近くなるからみんな浮足立っちゃうみたい」

「……恐ろしくて仕方ない」

「私としてはコッチの方が怖いよ。人が死ぬのが当たり前、なんて思いたくない」

 

 さらりと返すも、その瞳は雪雲のように曇る。

 キヴォトスでは銃火器を人に向けるのは普通の事らしい。そもそも大前提として怪我をすることがあまりないから、喧嘩の道具としては最適なようだ。

 半面、キヴォトスにおいて死とは此方以上に徹底して忌避されることだという。執拗に、そして確実に殺すという意思ありきで加害し続けるか、あるいは数か月単位で過酷な状況でジワジワと苦しめられるか。いずれにせよ想像することも恐ろしいほどの絶望の果てに訪れるものであり、屠畜などで死に触れる機会があるとショックで倒れて数日悪夢と共に寝込むこともあるのだという。

 

「此処では人は死ぬ。俺だって、思いたくは無かったが」

「……うん、そうだね」

 

 彼女は、ほんの悪戯のつもりが策謀に嵌められて友人を殺し掛けたらしい。「本当に人を殺す人がいるとは思わなかった」と聞いたが……かつての俺だったら、同意していただろう。

 

 人は、人を殺す。生きるため、あるいは気に入らないから。そんな理由で命を奪う。それを知ったのはかつての災害から半年も経たない頃だった。

 知りたくなんてなかった。思いたくなかった。人は人を殺せないと、必要に迫られても躊躇うものだと信じていた――――けれど、殺せてしまうんだ。

 

「人殺しなんて、知らない方がいい。知ってしまったのなら、変わるしかなくなる」

「……私は未遂で済んだけどさ。今でも思っちゃうんだよね。“きっと私は人を殺せる”って」

「だろうな。俺もそうだ」

 

 俯いたまま、ミカはローズヒップティーを口に含む。さほど旨い訳ではないはずだが、それでも大切に飲む。

 彼女が持ってくる紅茶なんかと比べたら、木の実の煮汁と表現するのが適当だろうもの。持参してくれた茶葉はまだ残してあるのだから淹れてくれと言ってもいいだろうに、彼女は決まってローズヒップティー(これ)を飲みたがる。

 そして、決まって日持ちのする菓子を持ってくる。多少味が悪くとも、最低でも1月は持つものを必ず選ぶ。時折生菓子を持ってくるときもあるが、そういう時は彼女が自分で紅茶を淹れて俺にも渡す。

 

 それが彼女なりに意味のある行動なのだろうことは、人心に疎い俺でも分かる。だが、会って数か月の人間への距離の寄せ方にしては随分と速い気もした。俺が知らないだけで、女子というものは皆こうなのだろうか。

 

「こういうことは多かれ少なかれ好意のある人間にするものじゃないのか、時折思うんだが」

「そうだよ?」

「……?」

「……??」

 

 妙な間が流れる。先ほどの陰鬱な空気はすっかり抜けたが、今度は何やら頬を膨らませてむくれ始めてしまった。

 

「何か言ったか、変なことを?」

「べっつにぃー? そういうとこ()()()なぁーって思っただけ」

 

 べー、と舌を出す。こういう仕草は子供っぽい。同年代とは思えないが、同時にそう在ることが許される世界で生きているのだと思うと微笑ましい反面羨ましくもある。

 

 ふと気になってスマートフォンを見れば、17.5という数字が出ていた。正確な時間を測定するのが難しいから、いつからか時間は30分刻みで知らされるようになった。

 

「ミカ、時間だ」

「え、あっ、やば……ごめん、帰るね!」

「構わない。茶は飲んでいけ、もったいないから」

「……ッ、よし飲んだ! バタバタしてごめんね、じゃあまた今度!」

「ああ、またな」

 

 どたばたとしながらミカは家を出ていく。普段はお貴族様そのものな彼女だが、慌てていると途端に行動の端々が雑になる。此方が素なのだろうか?

 

「――――あ、おい! 銃!!」

 

 余計なことを考えていたせいか、行動が遅れた。慌てていたせいか愛用の短機関銃を忘れていったようだ。肌身離さず持ち歩くのが常識だと語っていたはずだが……財布やスマートフォンと同じようなものだろうか。俺もたまに家に忘れたまま狩りに行くし。

 

「……どうすべきか」

 

 正直置いたままにしてもいい。どうせまた近いうちに来るだろうし、そもそも彼女の言うキヴォトスが何処で、そして彼女がキヴォトスのどこに住んでいるのかまるで知らない。届けに行ったのに迷子になったでは本末転倒だが、銃が当たり前で撃ち合いも当たり前の世界で、手に馴染んだ武器がないというのも困るはずだ。

 

 ミカの走っていった方を見れば、まるで鳥居のように枝を絡ませ合ったまま結合した2本の樹の間に不自然な空気の揺らぎがあった。そこがキヴォトスとの出入り口になっていることは元々ミカから説明されていたし、ミカが何不自由なく行き来していたところを見るに俺も行き来は出来るだろう。

 

「…………やめておこう」

 

 何となく怖くて、躊躇ってしまう。

 一歩先に自分の知らない世界があると言われても、俺にとっては恐怖でしかない。

 

 何度試しても恐怖で足が動いてくれず、最終的に諦めてミカが再び来る日を待つことにした。

 




Tips

・クリストファー
 磁気嵐と氷河期襲来の終末世界の日本で生きる少年。ハーフ。見た目は西洋系だが、生まれも育ちも日本なので言葉も日本語。独特な訛りがある。
 リボルバー拳銃を相棒にオオカミやクマ相手にハンティングをするツワモノ。噛み付きに突っ込んできたところを至近距離で一撃でブチ抜くとかいうとんでもない狩り方をする。


・一般通過オオカミ
 他の動物共々12年かけて極東の島国に上陸したしぶとい奴らの子孫。
 腹が減ってたので人間襲ったら顔面にストレートパンチ喰らった挙句眼に銃口ねじ込まれて撃たれて即死した。何アイツ……

 この世界の動物は磁気嵐か何かが悪さをして知能が4段階くらい上がってるので銃という道具がどういうものかを知っている。慣れてれば平気でライフルを避ける。だいぶヤバい。

・樹木の門
 キヴォトスと終末世界を繋いでいる門。かれこれ数か月、未だに消える気配もなくそこに佇んでいる。

 ――――球と球の唯一の接触面みたいなものじゃの。今揺らいでおらぬのなら、今後も消えることは無かろうて……とはどこかの誰かの言。

・聖園ミカ
 お姫様。好き(直球)
 最初こそ渋い顔をしてローズヒップティーを飲んでいたが、クリストファーの手摘みで作った貴重な嗜好品と知ってからは一切顔に出さず飲むようになった。いくら超低温世界とはいえ冷蔵庫もない環境の人に生もの渡すのもアレなので日持ちするものを手土産にしている。
 愛銃を無くしたまま涼しい顔で学校に行ったが、内心割と焦っている。
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