銀の園、聖の歌   作:何もかんもダルい

2 / 2
TheLongDarkはいいぞ(ダイマ)
シンデュアリティもいいぞ(ダイマ)
ブルアカはいいぞ(無敵の構え)


鋼が空切り海渡る、並べて余はことも無し

「なぁ、クリス。俺はな、天使さまに会ったことがあるんだ」

 

 外が何も見えないほど吹雪いていた日、祖父はそんなことを言い出した。

 唐突で、突拍子もない。珍しく酒でも飲んだんだろうと勝手に納得して、適当にあしらおうとした。

 

「酔っぱらって幻でも見たんでしょ」

「カッカッカ、父親に似て辛辣だなァ! ……だが酔っちゃいねぇよ。本当に会えたのさ、()使()()()()()()()()()()()()にな」

「いないでしょ、そんなの」

「いたのさ」

 

 懐かしむように外へ目を向けながら、どこまでも正気の眼差しで祖父は言う。「天使は居た」と。そのまま、祖父の昔話が始まった。

 祖父はあまり口を開く人ではなかった。自分から何かを言おうともせず、真一文字に閉ざして(だんま)りを貫く人だった。こんな風に明け透けに話すようになったのはあの災害が一段落した頃からで、当時はすわ偽物かとビックリしたものだ。

 

「ま、天使さまっつぅにはすこぶる気の強ぇ子でな。なんか気に障ることがあるとすぐカッとなって手が出るんだ。俺も何回ぶっ叩かれたことか」

「想像できないんだけど、爺さんが大人しくぶっ叩かれるの」

「おうさ。勿論やり返した。そうしたらもうお互い止まんなくてな、毎日毎日すったもんだの大喧嘩よ」

「納得した。それで軍人やっても平気だったんだ」

「まぁな。鬼教官の扱きより天使さまとの鬼ごっこの方がしんどかったし、木刀でしばかれるより天使さまの平手打ちの方が5倍は痛かった」

「何それ、人間か?」

「天使さまさ」

 

 そんなことを笑いながら話す祖父。

 彼曰く、天使とは光る輪っかを頭に付け、学生服を着て銃を持った少女なのだと。昔の人は銃が分からなかったからラッパだと思ってそう描いたのだという。

 

 荒唐無稽で、支離滅裂。だが、祖父の話す「昔話」は酷く現実味があって、それ故にどこか不気味ですらあった。

 だが、当時の俺は10歳にも満たない子供だ。その話の異様さよりも好奇心が勝ってしまった。

 

「俺も会えるかな、天使さま」

 

 

 

 

「────クリス。お前は天使さまには会っちゃならねぇ」

 

 “お前だけは駄目なんだ”……そう言う祖父の声は、思い出話に花を咲かせていたとは思えないほどに硬く、どんな悲惨な話をする時よりも怯えていた。

 

 

 

 

 

 毛皮のブーツが雪を踏み締める音が鳴り、響くより前に雪へ吸い込まれ消えていく。手に持った兎の亡骸はその場で首と腸を落として雪を詰めたからとうに冷えきっていて、手袋越しに硬くなった肉の感触が伝わってくる。

 

 今日の弾薬の使用量はゼロ。狙いが兎だったので投石で昏倒させ、そのまま復帰する前に首を圧し折って仕留めた。

 弾薬は貴重だ。製造設備が全壊し、建て直してもその大半をマンパワーに頼るしかないために1個1個が凄まじく高い。空薬莢を返却することで多少の割引は利かせてもらえるが、それも雀の涙。そのため狼などのような一撃で仕留める火力が必要なもの以外は投石や手投げ槍でどうにかする方が利益が出る。

 

 今日狩った兎3匹はドローンに持ち帰って貰い換金するためのもの。綺麗な状態の毛皮と部位ごとの肉に分けておけば、処理にかかる手間賃の分を換金額に上乗せしてもらえる。

 

「来たな」

 

 編隊を組んだ10機ほどのドローンが降り立つ。この世界において人類存続の偉人と評される人物が残したオーパーツは、今日も極寒の大空を駆け回っている。

 

『おはようございます、クリストファー様』

「おはよう。持ってきてくれたか、例のものは」

『はい。丁度1週間前に出品された方がいらっしゃいました』

「重畳」

 

 ────イギリス産高品質紅茶葉。

 感熱紙に羅列されたリストの中に目当てのものはあった。

 

 

 普段なら見向きもしない高級品。節制すれば3ヶ月は何もせず暮らせる値段を誇るものを買い求めた理由は、ミカが忘れていった銃を返した日まで遡る。何となく察していたが、銃を何処かに忘れてくるというのは相当な大事と捉えられたらしい。おまけに紛失した当人が何やら()湿()()()に遭っていたらしく、それで一騒動起きかけたのだとか。

 正直になるまでもなく、これは俺が引き起こした事件だと言っていい。あの日、正体不明の恐怖に惑わされず門を潜って銃を届けに行っていれば余計なことは起きなかったのだから。

 

『梱包などは如何いたしましょう?』

「不要だ、こちらでやる」

『承知いたしました』

 

 携帯端末を使って兎肉と毛皮との物々交換を了承、差額分の支払いを完了し、小さな段ボールの箱を受け取る。

 その場で封を開けて中を検めれば、いい香りが漂う縮れた黒い葉がビニール袋に包まれて箱いっぱいに入っていた。

 

「多くないか?」

『出品者の方が食料品をお買い求めでしたので。定期的な納入が見込めるのであれば値段を融通してもいいと仰せつかっております』

「弾薬を頼みたいところだな、料金代わりに」

『検討しておきましょう』

 

 箱を閉じ直して雑嚢へ放り込み、他に必要なものを買い込んでいく。

 弾薬12発、砥石1つ、筆記用紙面3m、膏薬300g、消毒用アルコール1瓶、着火剤100g、ランタン用灯油1リットル、保存食のビスケットとジャーキーを5食ずつ。ちょうど切らしたものが多く経費は普段よりも跳ね上がるが、この程度であれば貯蓄を僅かに切り崩す程度で事足りる。崩した分もよほどのことが無ければ次の出費までに補填できる。

 

「例のモノは?」

『申し訳ございません。やはり菓子類は貴重ですので』

「いや、無理を言ったのは此方だ。問題ない」

 

 少し無理を言って在庫を浚ってもらった貴重な品について確認したり、或いは次に来るときに入荷の見込めそうな品について取り置きの確認をしたり。

 普段通りのルーチンで2時間ほどが過ぎ去り、応対した一機を除くドローンたちは肉と毛皮の梱包を完了し、保冷コンテナへと放り込んでいた。

 

『3日ほどで物資をお届けできるものと思われますので、ご対応をお願いします』

「分かった。すまないな、いつも」

『いいえ、それこそが我々の仕事ですので』

 

 挨拶代わりの言葉を交わすと、ドローン達は遥か上空へと飛び去っていく。

 あとどれほどの人間が生き残っているかも分からない中を懸命に飛ぶ姿は、ほんの少しだけ生きる意志をくれるような気がした。

 

 いつも通りのやりとり。いつも通り去っていく時間とドローン達。

 変わることがあるとすれば――――

 

 

「……いつまで隠れているつもりだ、ミカ」

「……バレてた?」

「30分ほど前から。足音が大きすぎる」

「じゃあ来た時にはもうバレてたじゃん! サプライズ失敗しちゃった」

 

 この星雲のような少女がいつも通りに来ること。

 いつの間にか当たり前になったそれは、どうにも暖かさとむず痒さの同居した不思議な感覚を覚えさせた。

 

 

「それで、手に持ってるそれは?」

「詫びだ。此方の紅茶の茶葉」

「……私に?」

「そうだが」

 

 ミカ自身がどうとも思っていないとしても、俺がそれに納得できない。だから気持ちだけでも贖いたいのだと伝えれば、いつもの調子で真面目だなぁと笑われた。

 

「私の友達――――ナギちゃんと気が合いそうかも」

「一体どういう……いや、真面目なのだろうな。お前が居るから」

「それどういう意味!?」

「お前が心配だという意味だ」

「ぶー!」

 

 ミカがむくれて怒れば、それに呼応して腰の翼が舞い、頭上の天輪が揺れる。それが何だか面白くて噴き出してしまった。

 少しの間笑って、再びミカの顔を見れば、先ほどまでの演技も混じった怒り方とは違う、何やら苦い薬でも飲んだかのようなしかめっ面をしていた。

 

「……」

「どうした?」

「複雑」

「何がだ?」

「ふーんだ」

 

 人間に分らない言葉で喋らないで欲しい。天使と女の子の扱いなんて俺は知らないのだから。

 

 

 

 

 私の新しい友達――――クリスはズルいヤツなんだと思う。

 普段ずーっとしかめっ面だし、ずーっと難しいことを考えてるし、笑ったかと思えば呆れたみたいな風だし。だから今みたいに普通に笑うなんてほとんど見たことが無い。それとも、ナギちゃんやセイアちゃん、それこそ先生なんかよりまだ付き合いが短いから見る機会が無かっただけなのだろうか。

 

 ……何となくだが、クリスは普段滅多に笑わない人な気がしている。それこそ私が居なければずっと仏頂面をしていそうな、そんな雰囲気がある。

 錠前サオリやアリウスの生徒たちとは似ているようでまるで違う。誰かに強制されて生まれた冷酷さではない、世界の残酷さが生んだ、凍てつく真冬の雪雲が形を取ったような人。それが初対面での第一印象だった。

 

「どうだ、そちらは」

「キヴォトスのこと? 相変わらず騒がしくてあっついよ」

「暑さも緩まんか、たかが数日では」

「冷たいスイーツとか、涼しげなアクセとかが楽しめるのは良いんだけどね~」

「存分に涼んでいくといい。此処にはそのくらいしかない」

「そうさせてもらっちゃおうかな」

 

 こうして話してみると、その雰囲気は当たりであり外れでもあると思う。あまり自分から口を開くような性格ではないけれど、此方の話には相槌を返してくれるし、今みたいに冗談を交えることだってある。

 けれど……

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない。狼の遠吠えが聞こえた気がしただけだ」

「……そっか」

 

 クリスが一瞬振り向いて、視線が合う。本人としてはうまくごまかしたつもりなんだろうけど、ちょっと惜しかったな。

 そんな風に()()()()()()目を周囲に巡らせるなんてキヴォトスじゃそうそうないから、違和感としてはあまりにも大きすぎる。その手の修羅場の経験はあまりないけれど、それでも分かるくらいには氷柱みたいな殺意が全方位に向けられていた。極めつけに腰のホルスターへ手を這わせていれば、それでバレない訳がない。

 「気がした」ではなく、実際に遠吠えが聞こえたのだろう。だから私の安全を確認して、即座に発砲できるよう構えた。

 

 此方を襲う相手に対し、迷いなく命を奪うという決断が出来ること。それをキヴォトスで出来る人がどれだけいるだろうか。

 懲らしめるでも、痛めつけるでもなく、()()。その意思を銃弾みたいに放てる人はまずいないだろう。結果的に命を奪う行動へつながるのではなく、そもそも命を奪うことを前提として引き金を引くなんて、キヴォトスで見るものじゃない。だから迷わない。戸惑わない。「そうなるかもしれなかった」なんて躊躇ったりしない。

 

 ちゃんと笑えるし、心のある人だ。でも、()()()()()()んだ。これはアリウスとは徹底的に違う。

 もしもクリスがアリウスに居たのなら、あの大人へ何のためらいもなく発砲し命を奪っただろう。命を奪うことが論外でも最終手段でもなく、手札の1つでしかないのだ。

 

「……ねぇ、その紅茶さ、あとで私が淹れてあげよっか」

「いや、だからこれは……」

「お詫びなんでしょ? 分かってるって」

 

 貴方と同じで、私が納得しないから。そう言うと、クリスはいつもみたいに呆れたように笑う。

 人を殺せる人とだってこんな風に笑って話し合えるんだっていう事が、なんだかとても嬉しくて。セイアちゃんやナギちゃんが見たら卒倒するか詰め寄るかしそうだなぁ、なんて思いながら、雪の中をスキップしながら付いていった。




・聖園ミカ
しれっと積雪の中をスキップするとかいうフィジカルの強さを見せつけた。
雪で冷やしたフルーツとか美味しそうだよね~☆

・クリス
引き金が軽い。
スキップ?? 雪の中を?????

・ドローン
ビックリしすぎて荷物を落としかけた。
なんか後ろにおるけどまぁクリスさんのお友達やろ。
……お友達!?!?!?!


・クリスの祖父
 天使さまはな、女の子で、銃を持ってて、ついでに学生なんだ。兵士だったかもしれねぇな。
 ……なぁクリス、お前が天使さまに会った時が、俺はいちばん怖いんだ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。