短編1話完結。
隠し部屋につながる通路を探す。
藤吉郎に言われ、階下を見て回るも、それらしき入口は見当たらない。階段を上がる。竹中半兵衛と藤吉郎が話しこんでいた。部屋のすみにいた無明が秀を見る。
「どうだったのよ」
秀は首を振る。
斎藤義龍を討ち取り、稲葉山城が陥落。織田信長は美濃を手中に収めた。藤吉郎と秀は、以後二人で“秀吉”の名乗りを許される。計画した武勲。しかし誤算が生じた。
城内に貯蔵されているはずのアムリタ霊石がない。
義龍は信長との戦いに向けて霊石を集めていた。父親である斎藤道三からも奪い取っている。義龍の兵には妖怪が目撃された。
「記録を改めました。やはり、霊石が外部に持ち出された様子はありません」
「城のどこかに隠してあんのか」
「織田と戦うための霊石を、手元から遠ざけるとは考えにくいのでは……?」
戦いのあと、織田が稲葉山城を見分した。霊石を発見した報告はない。アムリタは歴史を裏から左右する。早くから霊石の可能性を見出していた藤吉郎は、行方の消失に困惑した。
今日は仲間とともに城に訪れた。まだ成果はない。
「この城に霊石はないと思う。においがしねえのよ」
苦い顔をする。半兵衛は目だけで少し笑う。
「霊石にはにおいがあるのですか」
「俺には、わかる。ただ、半兵衛殿の言う通りだな。調べ直すぞ」
藤吉郎はそれぞれを見た。
「秀の字と無明は、城の中を探してくれ。小六には、川並衆のあやかしと一緒に、付近を見て回るように言ってある。半兵衛殿は、城内の見取り図や、他には兵糧かなんかに、手がかりがないか、頼む」
「承知しました」
「少なくない霊石だ。それなりの置き場がないと隠せない。だからまずは、入口を探す」
無明が小さくため息をついた。
「いいけど、期待はしないで」
秀を見て、腰の小刀に目を落とす。部屋を出た。
天守閣に現れた錫杖の男。秀の小刀と無明の鍔が共鳴した。霊石と無関係とは思えない。おそらく藤吉郎の直感に間違いはなく、霊石はもう稲葉山城にない。
無縁人だった秀を、因果が渦巻く。藤吉郎には話せずにいた。
天井から視線を感じる。
藤吉郎は、半兵衛を連れて城の内外を捜索する。隣接した霊石鉱山。敷地内の武器庫。忍者が使用する通り道。
義龍が城主になってから、稲葉山城は大幅な増築を重ねられている。
構造は強固に、そして複雑になった。大軍での侵攻を拒否する。信長も攻めあぐねていた。霊石を用いて随所に配備された妖怪は、手勢がいなくては戦えない。
付近で霊石が採取できるようになってからは、砦にもなる採掘設備を作り出した。貪欲に霊石を集め、力を求めた結果、稲葉山城はさながら魔城となる。
「それっぽい場所が、あるにはあるな」
霊石の保管に使えたであろう空き地は、何個も見つかった。いずれもなにも残されていない。
「物資は織田が接収しました。秀千代殿との戦いでは、ほとんど使用されていません」
「これぞ藤吉郎流。使わせずに勝ち、俺達が使う。半兵衛殿にも助けられたぜ」
「消耗しない戦い。なにより、不要な命が失われませんでした。お見事にございます」
藤吉郎と半兵衛が考案した稲葉山城の攻略。兵は用いず、秀が単身で潜入する。霊石鉱山を通り抜け、城内まで進む経路を定めた。秀は天守閣までたどり着き、義龍を討ち取る。
「これも“秀吉”の手柄として頂けますでしょうか」
「信長様は見ているお方さ」
稲葉山城にある武器や兵糧は、城ごと信長の手に渡る。織田は勢いづき、早くも次の戦いは西方との噂が流れていた。
兵を失わずに勝ち、さらには物資を得た。藤吉郎達の働きは大きい。
「霊石もどなたかに持ち去られているのかもしれません」
「霊石を知らない奴は多いからな。ただ、あんな光る石ころ、見つけたら騒ぎになるだろ」
「その通り、ですね」
二人は城の廊下を歩き、しばしば足を止めて床と壁を調べた。義龍にとって霊石は戦力の要。手元に置いていた可能性が高い。
藤吉郎は積み上げられた霊石の山すら想像していた。
天守閣の最上階、義龍のいた広間には、不自然なほどなにも置かれていない。斎藤家も織田家も持ち出していないとしたら。行き詰まる。
「秀千代殿?」
半兵衛が秀を見つけた。藤吉郎が指示を出した部屋。武器など物資が少し見られる。人が生活していた形跡はない。
上方を見て、身振り手振り。秀は言葉が話せないが、部屋には他に誰もいない。
「どうした、秀の字。なんか気になるのか?」
やがて秀の動きが変わる。天井に向けて、まるで拝むように手を合わせた。
藤吉郎達を意に介さず、奇妙な身振りをしていたが、しばらく続けてから手を止める。表情が変わる。言葉がなくとも見て取れた。
失敗した。
「なんだよ。なにがあったん……」
顔をしかめる秀に、藤吉郎が声をかけようとした瞬間。天井が動き出した。現れたのではなく、そこにいた。秀を見ていた。
部屋の天井はぬりかべだった。
壁に擬態する妖怪。
通りかかる人間を見ており、驚かせて遊ぶ。平常時なら害はない。人間の身振りに反応する。友好的であれば姿を消し、ふさいでいた道を開けてくれる。
秀に敵意はなかったが、思うように伝わらず、ぬりかべには敵対行為と見なされた。
天井が石に変わる。擬態が解けた。剛腕と巨体が立ちはだかる、岩石の妖怪。意外に動きが速い。とはいえ、性質を理解していれば、さほどの強敵ではない。
秀も戦い方は心得ていた。しかし、天井に擬態したぬりかべは、今まで見たことがない。
「ぬ、ぬりかべ……いや、壁って言うのかこれ?」
藤吉郎もはじめて見た。
驚きながらも、半兵衛の腕をつかんだ。
「半兵衛殿!」
手を引き、部屋から飛び出す。ぬりかべは擬態していた位置を動かない。離れてさえいれば安全だった。
秀は腰に手をやる。一般的な打刀と、愛用の小刀しか用意がない。どちらも長さがなく、天井には届かない。
ぬりかべが拳を振るう。まさに落石だった。天井から床に落ちてくる。身を引き避けた。岩石の腕が叩き落され、天井まで引き戻される。次の一撃が来る。
連続で地を殴りつけてくる。秀は部屋を跳び回り、岩石をかわしながら、刀を抜いて斬りつけた。
床に落ちた腕なら、刀が届くには届く。回避したあと、構え直し、踏み込む。ぬりかべが腕を戻すまでのわずかな隙。どうしても斬りは浅くなる。
「ちと、苦しいか」
藤吉郎と半兵衛が、部屋の外から様子をうかがう。傍目に見ても、秀の不利はあきらかだった。
「増援を呼びましょう。火縄銃や発破があれば、倒せます」
「できたら“秀吉”で倒したいんだ」
ぬりかべは、抜け道や温泉など、要所を選んで擬態する特性がある。義龍が配置したとすれば、なおさら。天井裏には隠し財産が期待できた。
名乗りを許されたばかりの“秀吉”を、織田家に知らしめる。
「俺達は伝令じゃない」
報告して安全に倒してもらうより、天井裏を改めてから報告する。奇妙な戦いを手柄に変える。
「秀の字、それを使え!」
藤吉郎が壁を指差す。
壊れた槍が数本、立てかけられていた。まだ使えるものも見受けられる。秀は岩石の腕を避けながら、壁に近付いた。
刀を槍に持ち替える。
天井まで届く長さ。ただ、ぬりかべは腕だけでなく全身が岩石でできている。胴体を突いても、おそらくあまり効果はない。
腕の落石を避けながら、槍で天井を突くのも、体勢が苦しい。
秀は槍を持ち、長さを確かめる。
「おい、秀の字!」
藤吉郎が叫ぶ。秀が槍を見てなにか思案しているうちに、ぬりかべの拳が迫っていた。ころがるように避け、起き上がる。天井を見上げる。
「このままでは、秀千代殿が危険です」
「いや、見ろ。なんか思いついた顔だ」
藤吉郎にはわかる。
秀の青い目には意思が宿る。秀は勝利を見ている。
槍を構えた。天井ではなく、前方に。まるで正面に兵がいるかのように。
「ひ、秀千代殿?」
半兵衛が困惑する。
ほどなくして、秀の頭上にぬりかべの腕が落ちてきた。
秀は正面に踏み出し、虚空を突く。前進した結果、岩石は背後に落ちた。突き出した腕を一直線に引く。突きを巻き戻した槍は、石突でぬりかべを叩く。
槍を返す。床に突き刺して飛び上がった。飛猿の型。
天井近く。身をひねり、左右の脚で交互に回し蹴り。胴体に手が届く距離で、あえて腕を蹴った。連続する打撃に気力を奪われ、ぬりかべの動きが止まる。
槍につかかまり小刀を抜く。全力でぬりかべに叩き込んだ。
天井への組み討ち。
ぬりかべが砕ける。天井が壊れ、崩れ落ちてくる。秀も空中で脱力した。槍が倒れる。小刀を握りしめたまま床に落ちた。
無明が戻るまでに、ぬりかべの奥はほぼ捜索されていた。
天井裏は倉庫だった。武器など物資が手つかずのまま残されており、相当の価値がある。いくつもの箱には金銀が保管されていた。
「隠し財産ですね。戦局に応じて運用する予定だったのでしょう」
「霊石の保管庫じゃなかったの?」
「霊石は、見当たりませんでした」
思いがけない収穫。霊石だけが影も形もない。
「秀千代殿が負傷しています。今日はこれで引き上げては」
「あ……ああ、そうね。そうな。そうしよう。秀の字、大丈夫か?」
秀は部屋の隅に座り、箱から出てきた鉱石を手にしていた。おそらく、霊石鉱山で採掘され、価値があるので保管された。
鉱石を見て霊石を思う。霊石はどこから来て、どこに行くのか。
「さっきから、なんでそんな嬉しそうなのよ」
あきれ顔で無明が言う。
藤吉郎は金の入った箱を抱え、中身を見ながら顔をほころばせていた。
「や。いやそんな。な。うん、霊石はどこにあるんだろうなあ」
まだ身分の低い藤吉郎には、目もくらむような大金だった。霊石は手に入らなくとも、充分な成果。
本来の目的を忘れるほどの財宝に、藤吉郎は上機嫌だった。
「では改めて、報告に参りましょう」
「えっ?」
思わず真顔になる。正気に返る。
「いかがしました」
半兵衛も怪訝な顔をした。
「霊石ならまだしも、斎藤家の物資です。助けを呼ばず手に入れました。これを届ければ“秀吉”の働きとして頂けます」
沈黙。
「そう。だよ……な、うん」
「よかったじゃない。あんた達の手柄よ。偉くなりたいんでしょ」
「お、お、おうよ。これを信長様に献上すれば、俺達はな……」
無明はため息をついた。
「早く金持ちになりてえなあ」
藤吉郎が肩を落とす。