ぼっちをプロデュース 作:愚地 観音坂
その日の秀華高校は何処か落ち着かない様子だった。教室、廊下、トイレ。一年生の使うスペースでは絶えず話題が飛び交う。
「なぁ、聞いたか?」
「あぁ、キングが喜多ちゃんを呼び出したってやつだろ?」
「一体何の用事なんだろ……?」
「そんなの決まってるじゃない! 告白よ! こ・く・は・く!」
そんな噂の渦中にある人物、弧月独歩はというと周りから好奇の目にさらされながらも読書に勤しんでいた。教室の入り口にぞろぞろと人が集まる度にちらりとその鋭い眼光を向け威圧する。蜘蛛の子を散らすように逃げていく様を鼻で笑い、再び本に目を落としていった。
一方、喜多ちゃんこと喜多郁代はというと。仲の良い女子に囲まれ、質問攻めにされながらも何とか無難な受け答えをし休み時間を凌ぎ続けていた。
内心彼女は気が気ではなかった。皆が噂する通り告白されるかどうかは定かではない。隣のクラスに彼女がいるという噂もある。しかし、クラス一、いや学校一のイケメンに告白されるという可能性がゼロでは無い以上、全力を尽くす所存だった。喜多郁代はかなりの面食いである。
(上手く……上手くやるのよ、私!)
(何故逃げたのか、まずはそれからだな)
同じ教室の中で互いの思惑が交錯する。そして、放課後を知らせるチャイムが響いた。
◇
「行くぞ。ついてこい」
「う、うん」
放課後、俺は喜多を連れて教室を出ていく。後ろでは俺達を囃し立てるように騒ぐクラスメイトがいたが、無視して歩を進めた。喜多は落ち着かない様子で周囲を気にしていたが、校門を出た頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。
ふと彼女の方を見やると、期待の籠った眼差しで俺に問いかけてくる。
「ねぇ、どこ行くの?」
「そうだな……最近美味い紅茶を出してくれるカフェを見つけてな。静かで気に入っているんだ」
「そうなの? じゃあそこにしましょ」
「ああ」
そのカフェは学校から少し離れた場所にある。野次馬共もいないだろう。
歩幅を合わせて下北沢の街を歩いていく。
「喜多は、ケーキは好きか?」
「好きだけど、最近は控えてるのよね。友達と甘い物いっぱい食べちゃってるから」
「カロリーを気にしなければならないほど、お前が太っている様には思えないが」
「そ、そうかしら?」
「むしろもっと太った方がいい。所謂ぽっちゃりぐらいが健康的だ」
「……弧月君?」
「何だ」
「デリカシー」
「おっと失敬」
彼女は頰を膨らませてこちらを睨み上げてくる。
「まぁ、美味いから食べてみろというだけだ。オススメはモンブランだぞ」
「そう……じゃあ今日はそうさせてもらおうかしら」
そんな話をしていると、気がつけば目当てのカフェの前へと辿り着いた。
ドアを開けると、カランコロンというベルの音が鳴り響き、店長が落ち着いた声で出迎える。
奥の方に先客が三人座っている。俺達はそこから一つ空けた席に向かい合わせに座った。
「俺はストレートティーと苺のタルトを。お前は?」
「私はカフェラテとモンブランにするわ」
注文を終えて店長が去れば、再び沈黙が場を支配する。喜多は落ち着かない様子で店内を見渡していた。
「ねぇ、孤月君」
「なんだ」
「そろそろ、ここに連れてきてくれた理由を教えて欲しいわ。私達、そこまで接点無かったわよね?」
「……そうだな。そろそろ本題に入ろう」
スマホをテーブルに置く。肘を立て口元を隠す様に手を組んだ。
「最近、バンドを辞めたと聞いた」
「バンド? ……あっ、そっか。孤月君って確か、バンドメンバー集めてたんだっけ」
「ああ。ギターボーカルなんだろう? もし良ければ腕前を見せてもらおうと思ってな」
「……ごめんなさい。それはちょっと出来ないわ」
「何か理由でも?」
「……」
彼女は言葉に詰まった様子だった。少し俯いた後、意を決した様に言葉を紡ぐ。
「……弾けないの」
「ん?」
「私ギターなんて弾けないのよ!!!」
店内に喜多の悲痛な叫びが木霊する。
「馬鹿、声が大きい」
「あっ……ごめんなさい」
彼女は顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
「……で、ギターが弾けないと言ったな。バンドに入るからには少しは心得が無いと困るというのは重々承知だったはずだが」
「取り敢えず練習してみればそれなりに弾けると思ってたのよ。でも全然違う音しか出なくて……」
「成程。それで途方に暮れた挙句辞めたというわけか。ボーカル一本で入る考えは無かったのか?」
「だって間奏中とか手持ち無沙汰になっちゃうじゃない? 何だか恥ずかしくて……」
「そこもボーカルの腕の見せ所だ。身体でリズムに乗ったり、或いは客に呼びかけて煽ったりするなど方法があるだろう」
「そんなにお客さんもいないのに?」
「多寡に関係なく、だ」
その時、店長が注文した品を持ってやって来た。
俺は紅茶に角砂糖を二つ入れ、ティースプーンで優しく混ぜる。喜多はラテアートとモンブランを様々な角度から撮影。大方、イソスタにでも投稿するのだろう。
「孤月君はイソスタやってる? 良ければアカウント教えて欲しいわ」
「仕事用しか持ってないんだ。悪いな」
「そう……残念ね」
彼女はスマホを仕舞い、モンブランを口に含む。瞬間、その目がカッと見開かれた。
「……美味しい!」
「そいつは良かった。今日は俺の奢りだ、好きなだけ食べるといい」
そう言って俺もフォークでタルトを一口大に切り分けて口に運ぶ。苺の甘酸っぱさがアクセントになったクリームとカスタードが混ざり合い、タルト生地と相まって絶妙なハーモニーを生み出している。後でテイクアウトするとしよう。
「……もう一度、やってみたいとは思わなかったのか?」
「……あれからね、少し練習してみたりもしたの。でも、全然上手くいかなくて。やっぱり私にギターなんて向いてなかったのね」
彼女は自嘲気味に笑う。俺は紅茶を一口啜り、カップを置いた後に口を開いた。
「向き不向きで物事を決めてしまうのは早計だと思うがな」
「え?」
「……昔、兄にサッカーを教わったことがある」
ムカつくことに今でもハッキリ覚えている。テレビで見たワールドカップの試合に憧れて、一生懸命練習していた。
「だが、ボールはプロの様に足に吸い付いては来ず、すぐに離れて言ってしまう。俺はすぐに悟った。自分には無理だとな」
「孤月君にもそんなことが……」
「無論、俺だって完璧超人というわけではない。そうあろうとはしているがな」
「孤月君も人並みに悩むことってあるのね」
「俺を何だと? まぁいい。話を戻そう」
ある日の夕方、俺が練習しているところに珍しく兄が訪ねてきた。何の用だと睨みつけると、奴は一瞬で俺からボールを奪い、練習用のカラーコーンを丁度俺が練習していた技で抜き去ったのだ。目の前でそんなのを見せつけられて、俺は自分の無力さに打ちひしがれた。向いていないことをするのは時間の無駄だと、そう理解した。
「だが、俺はサッカーを辞めなかった」
「えっ……どうして? だって向いてないって……」
喜多が不思議そうに聞いてくる。そんな彼女にフッと笑いかける。
「兄は俺にこう言ったんだ。『向いているかどうかではなく、お前がやりたいと思ったのならやるべきだ』とな」
「やりたいと……思ったのなら……」
「悔しいが、今の俺もそう思う。それに、何が向いてるのかも分からないうちに不貞腐れて逃げてしまうのはあまりにも勿体ないだろう? 自分が何を望むのか、まずはそれから考えてみるのも悪くない」
「自分が、何を望むのか……」
喜多は俯いたままその言葉を繰り返し呟いた。そして顔を上げ、俺を見て微笑みながら礼を言う。
「……ありがとう、孤月君」
「礼を言われるようなことは何も。寧ろ、俺の自分語りに付き合わせてすまなかったな」
「ううん、そんなことないわ。孤月君の意外な一面が見れたもの」
「……そうか。お前が恩に感じたと言うのなら、一つ頼みを聞いてくれるか?」
「ええ、何でも言って頂戴」
俺は席を立ち、奥に座っていた客の方を向いて言った。
「そこにいる彼女達がお前と話したいと言っていてな。少し相手をしてやってくれ」
「えっ?」
奥の方に座っていた客……もといひとり達が変装を解いて立ち上がる。喜多は混乱しながらひとり達を見やった。
「あなた……二組の後藤さん? それに先輩達も! な、何でここに!?」
「お膳立ては済んだ。後はお願いしますよ」
「うん、ありがとう孤月君」
「独歩、ケーキ奢りって言ってたよね?」
「なんて図々しい……後藤、財布は預ける。会計は任せたぞ」
「う、うん……あの、孤月君」
「ん?」
後藤に財布を渡し、店を出ようとしたところで今度は向こうから話しかけてきた。
「さっきのお兄さんの話って……」
「シッ」
人差し指を唇の前に当て、静かに、というジェスチャーをする。後藤はハッとして口を押さえた。
「そう、それでいい。今は余計なことは言わなくていいんだ」
そう言って今度こそ店を出る。ドアベルがカランコロンと鳴り響き、俺はその音に隠れるように呟く。
「全ては、今度こそお前を救うために」
孤月君には黒手袋とかしててほしい