短編1話完結。
隠し戸を閉めた。
作動させれば、戸は壁となり、双方から開かなくなる。厚い石の壁。力自慢の妖怪か、爆弾でも持ち出さない限り、破壊できない。
有事に使用する避難経路。洞窟を通れば、白蛇神社から抜け出せた。
斎藤道三と斎藤義龍の戦い。息子の義龍は、霊石で妖怪を集め、道三に差し向けた。
道三は神社に残る。
壁を壊されるまでの時間稼ぎ。すでに負傷しており、供回りもいない。白蛇神社を最期の地と決めた。
入口から外道兵と妖鬼が押し入ってきた。
刀を抜く。歩くのもおぼつかない体で、気力を振りしぼり、走る。先頭にいた外道兵が霊石の腕を構える。間合いに入る寸前。道三は立ち止まる。
急な反動を上半身から下半身に流す。低姿勢で足をすべらせる。外道兵の懐に入った。
切り離された腕が宙に跳ねる。道三は下段から肩を狙い、斬り上げた。外道兵はひざをつき、倒れる。
「かような腕では具足も着れまいよ」
次の外道兵に構え直す。静止。動作。弧を描いて踏み出し、再び腕を斬り落とした。
妖鬼が刀を振り上げて前進してきた。立ち止まって待ち受ける。力任せに刀を叩き落される寸前。背後に飛び退いた。下がった頭を狙い、横一閃。角を斬った。
「頭の外に角を生やすでない。内なる角を鍛えよ」
外道兵ならば腕。妖鬼ならば角。多くの妖怪にはアムリタの密集する部位があり、破壊されると力を失う。
いつかは日常だった。ソハヤ衆として、多くの妖怪を狩ってきた。
たどり着いた境地は、形も動きも定まらない水の流れ。
時に足を止め、瞬時に動く。緩急が大きく、見切られない。手負いの老人に妖怪が翻弄される。外道兵の腕が斬られ、妖鬼の角が砕かれる。
妖怪の群れを斬り伏せた。
外が騒がしい。またすぐ妖怪が現れる。刀を握る手に力が入らない。時間は稼げた。終わりは近い。
「精が出るねえ、親父殿」
神社に足を踏み入れてきた。敵将にして息子、斎藤義龍。
思わず、道三から笑みがこぼれる。
「おぬしの顔も見られるとはの」
周囲に妖怪が倒れている。
「いやはや、お見事」
「老骨に無茶をさせおってからに」
道三の手にする無常刀に気付いた。
「あの妙ちくりんな鎌は使わなかったのかい?」
黒蓮。ソハヤ衆の頭目に受け継がれる薙刀鎌。道三の手にあることは義龍も知っていた。
「薙刀鎌はあやかし狩りの武器。人には使わぬ」
「おいおい。親父殿はなにを言い出すんだ」
義龍がいぶかしむ。
「さっきまで斬ってたのはあやかしだろうに」
「あやかしではない、人間よ」
父親が息子を叱る。
「おぬしが霊石を使ったのであろう。元は斎藤家の者。あやかしとは呼ばせぬ」
父親であり、当主。
「おぬしも同じよ。人として生き、そして死ぬがよい。彼岸から見ておるぞ」
「そうかい」
不機嫌そうに言う。まさに父親を前にした息子そのものだった。
「なら、最後に稽古でもつけてもらおうかね」
波打つ刃の有動刀を抜く。
「よかろう」
道三も刀を持ち直した。
ともに上段の構え。一刀で終わらせる。
しばし続いた沈黙。
道三は刀をおろし、鞘に収めた。
「親父殿?」
「やめじゃ。息子を助けたあとに、息子を殺してどうする」
もはや心残りはない。
「おぬしは死を抱えよ。不死を抱えた者と、やがて出会う」
「不死……?」
「わしの命は、おぬしにくれてやる」
義龍は口の中で歯ぎしりした。今まで言えなかった言葉が、あふれそうになる。
「昔から……」
道三の胸を突き刺した。
昴龍牙。義龍は人間の生気を、妖力に変えて吸い取れる。
「よこせよ!」
妖力を、命を、奪いながら叫ぶ。
「なにもかも、俺によこせ。俺だけによこせ!」
泣き声が混ざったようにも聴こえた。
「俺だけを……見ろ……よ」
道三は地に伏した。
倒れた道三を、義龍が見下ろす。親子に残された時間は少ない。
「霊石は見つけてある。ずいぶん貯め込んでたもんだ」
道三は藤吉郎達を雇い、美濃周辺の霊石を集めていた。義龍の狙いは、道三の命だけでなく、集めた霊石にもある。
「すべて……が、欲しいか」
倒れたまま、道三は懐に手を入れた。
印籠を取り出す。
「わしが油売りだったころから、使っていた薬よ。持って行くがよい。もうこれで、渡せるものは渡した」
「親父殿……」
すでに道三は死亡していた。
印籠を拾い、中身を改める。仙薬に似た丸薬が入っていた。
「義龍様!」
神社に斎藤の兵が入ってくる。義龍の様子が不安になり、追いかけてきた。
「ご無事でしたか。して、道三さ……様、は?」
義龍が足元に目をやる。兵は息を呑んだ。
「よ、義龍様がみずから。これはお見事にございます」
「当然だ。それよりお前、怪我をしているな?」
義龍は兵を見た。深手ではないが、随所に刀傷を負っている。
「不覚を取りましたが、心配は無用に願います」
主君の言葉を受け取る。
「ご指示の通り、霊石を持ち出す準備ができました」
「まあ待て。これを飲むといい。傷に効く」
印籠を渡す義龍に、兵は動揺した。
「い、いえ、それほどの傷では……」
「早く飲め」
有無を言わせない言葉。
「承知しました。頂戴します」
見えない手に押し込まれるようにして、薬を飲んだ。
「ありがたき所存。では参りましょう」
外の兵士と合流しようと、振り返る。
「お?」
足がしびれて動かない。その場にくずれ落ちた。
全身に悪寒が走る。
「義龍様……こ、これは……?」
血を吐く。
止まらない。血だまりの中で、事切れた。
義龍は足元についた血を見る。
「蝮の毒……死に際にまで、死を渡してきやがった」
道三に渡された薬は毒薬だった。
霊石を使う限り、人の死は避けられない。道三に言われた通り、義龍は死を抱えていくことになる。
不死を抱えた者。
道三の言葉を思い出す。さらに思い出す。遠い日の記憶。
もうひとり、そばにいた。どこかで別れ、またどこかで出会う。
岐路はどこにあったのか。