「あれ? 相澤せんせーじゃん」
「お前は……嵐か。一昨年の自主退学以来だな」
「えー、そんなだっけ? ちょー久しぶりじゃん。相変わらず不摂生な顔しててうける。ってかせんせーも外出とかするんだ」
「お前は俺を何だと思っているんだ。買い物ぐらいする」
「何って、除名大好きせんせー? この前、山田せんせーともばったり会ったんだけど、その時に聞いたよ。去年全員除名処分にしたんでしょ? そんな全員見込みなしだったん? ってか座れば? 愛しの元生徒が奢ったげるよ」
「お前も相変わらずだな。俺も噂は聞いているぞ……非合法ヒーロー"ストーム1"」
複数の色を見せるメッシュ入りの髪。へそ出しのトップスに長袖の黒いシースルーを羽織り、ホットパンツに機械仕掛けのベルトとハイブーツ。在学の時から変わらない装い。
更に入学の時から変わらず、光を飲み込んでいると錯覚する黒く淀んだ目に、口調に比べて抑揚が弱い声に無表情の元雄英高校生徒――嵐 一の対面に座った雄英高校教師 相澤消太は、遠慮をする様子も見せずにコーヒーと本日のオススメである猫ショートケーキを店員に頼む。
「そんな有名になっちゃった? 照れるねぇ」
「校長から再入学許可が出ているだろ。戻って来る気はないのか」
「ないよ。免許の為と思って入学したけど、自動発動のアタシの個性には別にいらないなって分かったし。アタシ、ヒーローに憧れとかないから」
「"アタシはもう英雄だから"だったか。随分と傲慢な退学理由だと教師陣でも話題に上がったぞ」
「こわいなぁ。まぁ、精々プロヒーローにお世話にならない様には気をつけなきゃ」
目の前でタルトケーキを食べるストーム1を見る相澤は、変わらぬ元生徒の様子に昔の事を思い出す。
独特な価値観を持ち、回答をした筆記試験。
個性をまともに利用する事無く驚異的な身体能力と飛行用、攻撃用のサポートアイテムと思われるモノを巧みに使い最高点を叩き出した実技試験。
他の受験者と教員達を見る目には一切の差が無く等しさのみで、面接の時には個の区別がついているのかすら怪しんだ程。
そして入学から半年、ふらっと職員室に現れ退学届を出して消えていった生徒。
資料によれば孤児院育ちで入学試験前に一人暮らしを開始。しかし先の調査では育った孤児院は既に廃墟となっていた事も記憶に新しい。
「お前は何故ヒーロー活動をする」
思わず呟いてしまった相澤を見つめるストーム1は、いたずらっ子の様な笑みを浮かべて答えた。
「いちごパフェを食べるため」
「は?」
意味が分からないと眉間にシワを寄せる相澤を他所にストーム1は言葉を続ける。
「ちょー大きなパフェグラスに、まずはコーンフレーク敷き詰めていちごヨーグルトをかけるの。その次に縁に沿うようにスライスイチゴを並べて、真ん中にたっぷりの生クリーム。そしてショコラクリームの層を作ってフローズンストロベリーと砕いたバニラクッキーを盛って、また生クリームで蓋をするじゃん? それで今度は出来た生クリームの山にハーフカットにしたイチゴをいっぱい花みたいに並べてスティック状のお菓子で縁取りして、最後に好きなアイスクリーム上に乗っけて完成。すっごい美味しそうでしょ?」
「……お前はヒーロー活動をすればいちごパフェが食えるのか?」
「あの子とそういう約束をしたからね。頑張って生きて、人を助けたご褒美に世界で一番美味しいいちごパフェを奢ってくれるって」
「その子は、デザート屋か何かか」
「いや? ぴっちぴちの女子高生なりたてだったよ」
「……? 今、その子はどこに」
「とっくの昔に死んでるけど?」
「……っ、すまない。無遠慮すぎたな」
一切の淀みも変化も見せず、しかし嘘ではないと確信できてしまう言葉に、一瞬唖然とした相澤は少し遅れて謝罪を口にする。しかし更に少しして、小さな矛盾にも気付く。
だが、今更蒸し返すほど無神経でもない相澤は一つの提案をする。
「あー……メニューにいちごパフェがあったな。食うか? そっちは俺が奢る」
「え、うける。急にどしたの」
「噂を聞くほどだからな。別にいちごパフェのご褒美ぐらいあってもいいだろう」
「やさしお。でもいいや、相澤せんせーのツンデレだけもらっとく」
「俺が……ツン…デレ…?」
「まぁ、話は戻すけど、だから気まぐれと惰性だよ。活動に崇高な理由も憧れもない。人類が危険そうだなって時でも、おばあちゃんが重たそうな荷物持って危ないなって時でも、その程度の理由」
「惰性でヒーローができるか」
「できるんだよ。言ったでしょ? アタシはもう英雄だから」
せんせーのレア顔っぽいのげっと~。とスマホで写真を取るストーム1に、相澤は今まで感じていた危うさが気の所為ではないと確信してしまった。
ヴィランになる可能性も大いに感じているが、何よりも淡々と語る姿はあまりにも虚無であり価値観がズレている……そう思っていると、写真を取った後、タルトケーキに向いた視線がもう一度自分と捉える。そして相澤の考えを察したのか、クスクスと笑った後に言葉を続けた。
「いつか奢ってよ。いちごパフェ」
「今じゃダメなのか」
「いちごパフェ食べちゃうとさ、多分アタシ満足して死んじゃうんだよね。食べられないから食べる為に生きてる的な? 自分でもそれ分かってるから今はお断り。アタシ今、懐いてくれてる女の子を二人ぐらい囲っててさ、その子達見てるの楽しいんだよね――って、何その目」
「逮捕するかを考えていた」
「ひどくない? ただ懐いた子とお泊り会してたりするだけだって。そんな事は置いといて、その二人もアタシにいちごパフェ奢ってくれるって約束してるんだけど、相澤せんせーを四人目にしたげる。いつか三人で最高のいちごパフェ用意してよ」
「三人で一つって事か?」
「そ。アタシが惰性を続ける理由にしたげる。それなら少しは安心でしょ? その約束がある限りは勝手に辞めたりしないから――あ、ちょい電話~。はーい、こちらストーム1、どしたのヒミちゃん。今日? いいよ。メイちゃんも来るとか言ってたけどそれでもよければ~」
タイミングを合わせたかの様に出てきたコーヒーと猫ショートケーキをなんとも言えない表情で見つめる相澤。
その向かいでは、電話越しに会話をしながら最後の一口を食べ終えたストーム1は、相手側に少し待つように告げてテーブルの上に置かれた伝票を手に取ると席を立った。
「買い物の用事できたからアタシは行くね」
「コーヒーとケーキ、ありがとうな。そういえば、波動と天喰が会いたがっていたぞ。雄英の噂の出処もあいつ等だ」
「あ、そうなんだ。ねじれちゃんと天喰くんかぁ。元気にしてる?」
「通形ミリオって生徒と合わせてビッグ3なんて呼ばれている。プロヒーローにも引けを取らないぐらいだ」
「通形ミリオ……通形……天喰くんからその名前聞いたかも。ま、元気にしてるならいいや。連絡は機会があればね~」
止めていた足を動かして改めてレジへ行こうとしたが、ストーム1はもう一度足を止めて振り返り、日頃はまだ熱があったと思わせるほどに冷めた目を相澤に向けて告げた。
「オールマイト、今は雄英高校に居るんでしょ?」
「特別講師として居るが……それがどうした」
「持ち上げるのは勝手だし、英雄なんてそんなもんだけど、少し気にかけたほうが良いよ。彼、相当弱ってるみたいだから。今のオールマイトに縋ってる現状だと少しでも長生きしてもらわなきゃ世間的にも困るでしょ」
「おい! 待て嵐! どういう意味だ!」
「そのまんまの意味。理由は知らないけど、報道の映像見る限り今の彼、結構限界だよ? ま、それだけ。じゃあね~」
最後には相澤の知る嵐 一の雰囲気に戻り、今度こそストーム1はその場を後にする。
残された相澤は、これ以上は無駄だとすぐに察して椅子に座り直し、ゆっくりコーヒーとケーキを堪能しながらも、先程の言葉の事を考えていた。
時は夕暮れ。場所はストーム1の家。
先程相澤と出会った喫茶店よりかなり離れた場所にある空き地。そこにはかなり手を施された海上コンテナが積み上げられており、一つの家の様になっている。
「ただいま」
「あ、ハジメちゃんおか~えり」
「んー。頼まれてたの買ってきたよ~」
「ありがとうございます! お礼にチウチウしてあげます!」
「それはお礼にはならないなぁ。まぁ、ちうちうは好きにしていいけど、メイちゃんは?」
玄関に改造された所からコンテナの中に入ると中も相応に改造が施されており、キッチンになっているコンテナの方から現れたのは、萌え袖セーターにミニスカセーラー服の上から更にふりふりエプロンを付けた少女――トガヒミコ。
えへえへと笑いながらスルスルと移動してストーム1の背後を取るトガヒミコは、少し腫れぼったい目元に縦長の瞳孔が特徴な黄色い瞳。お気に入りなのか、付け根からぴょこっと髪が飛び出すお団子ヘアをよくしている。
そしてもう一人の客人を探すストーム1の背中に飛び乗ると、迷うこと無く鋭く尖った犬歯を首筋に付きたて、恍惚の表情を浮かべながら血を吸い上げ始めた。
対するストーム1はストーム1で、慣れた様子で買い物袋をテーブルに置き、トガヒミコをおんぶしたままもう一人の客人が居るであろう場所へ向かう。
「メ――」
ラボとスプレーで雑に書かれた扉の前に移動したストーム1が中に居るであろう人物に声を掛けようとすると、次の瞬間には凄まじい爆発音が鳴り響き、どこかで予想していたとは言え驚いたトガヒミコの犬歯が更に深く刺さる。
「いやー、まだまだ耐久不足ですね!! おっ? おかえりですか! 嵐さん!」
「ただいま。チョコレート買ってきてあるけど、ヒミちゃんのご飯ももうすぐみたいだから先にお風呂入っておいで」
「おやおやもうそんな時間でしたか。しかしトガさんも相変わらずですね! ……ハッ! お「はい、お風呂いこうね~。実験は後でね~」――おわわわ」
今にも中で爆発が起きたコンテナの中に戻ろうとするオイルのニオイと煤だらけの少女――発目明。
大きめのゴーグルを付け、ふわっとした柔らかさを感じるドレッドヘアーに似た癖のあるピンクの髪を持ち、上下一体型の作業着の上には袖を通さず黒い緩めのタンクトップでそのプロポーションを惜しげもなく見せているが……基本的に無頓着。常にオイルのニオイを纏わせ煤だらけであり、自分の発明品を"ベイビー"と呼称する生粋にして天才肌のメカニック。
ストーム1が扱う道具を見る機会に恵まれた発目明が押しかける形での出会いではあったが、今では海上コンテナの改造権限からラボの作成や拡張許可。資金と知識の提供などなどを経て、トガヒミコ同様に合鍵を持つにまで至った。
このコンテナが積み上げられたストーム1の家として形を成せているのは、ストーム1とトガヒミコの意見の元で改造拡張をした発目明のおかげである……のだが、それはそれ。
「思いついたらベイビーを育てる! 育てなければ! 私のッ! 可愛いベイビー!」
「はいはい(ヤー ヤー)」
家主はストーム1。
片手でトガヒミコを背負い直し、バタバタと暴れる発目明を脇に抱えてお風呂場へと向かう。
「着替えは持ってきてあげるからしっかり温まっておいで、ほら、ヒミちゃんもご飯入らなくなるよ」
むぐむぐとごねるトガヒミコを宥めつつ、発目明の着替えを取りに行くついでに自分の着替えも済ませ、準備を終えた三人で料理を楽しむ。
これは
「あ、そういえば私、雄英高校サポート科に受かりました! 今日は外泊許可取っているので泊まります!」
「あ、トガもお泊りします! 一緒にステ様のニュース見ましょう!」
その結果、少しばかり歪な関わりができあがるのだが――
「んー。メイちゃんは入学おめー。ステインくんが載ってる新聞は買ってきたけど、一緒に見るなら先にお風呂入らせてね」
――ストーム1にとって大した意味はない。