興奮冷めやらぬ気分で、実況が叫ぶ。
『ゴール前に残っていた11番、潔世一の
このフィールドで、誰もが予想しなかった事態。
『
いや、23名の選手と、選ばれなかった11名と、彼らを指揮する2人と。
『そしてこの瞬間……! 試合終了のホイッスルが鳴り……!』
彼らの活躍を願っていた者たちは、願い、あるいは信じていたこと。
『スコア5‐6で……
BL11傑が、ベンチメンバーが、一斉に潔に向かう。
遠い場所にいた我牙丸。最初から最後まで戦った烏。共に攻め抜いた雪宮。
肉離れが落ち着いて、ベンチから駆けてくる千切。
お祭り騒ぎだ。
落ち着いて喜ぶ氷織もいる。
最後のゴールを奪えず、イラついてベンチへ戻る馬狼もいる。
そして、90分間最後まで走りきった宵越がいた。
「……」
勝つために戦った。そしてバカみたいに笑う。
宵越はこの時のため、頑張ってきたのだ。
直近の試合を思い出した。といっても
ヒリついて、5対5以下のミニゲームでもなくて──優勝をかけた公式の試合。
つまり、関東大会、高校カバディ選手権決勝。対
死力の果てに勝利した宵越は、勝利を噛みしめて──大の字に背中から倒れ込んで、大笑いした。
今、宵越は、全く同じ動きをしてみせた。
天を見やる。星々を掴むように両腕を掲げる。
楽しかった。
気持ちよかった。
嬉しかった。
最高だった。
けれど。
(悔しい、か。俺も絵心の言う通り染まって来てやがる)
掲げた両の拳に力がこもる。どこか諦めきれない両手。
関東大会では、紆余曲折の末に宵越は最後の攻撃を成功させ──そして全員の守備で勝ってみせた。
今は違った。最後のプレーに、宵越の介入はほぼなかった。
潔のプレーだった。
(してやられたぜ。あの状況でも最後まで凛を──いや、自分のゴールを信じ切った)
それは宵越も同じだが、やはりその質は違ったのだろう。
「潔、あの野郎。俺の借りの清算、邪魔しやがって」
士道には勝てた。勝てたが──得点は士道2、宵越1。4対4で自分のプレーを凌駕した借りは返しきれなかった。
凛の得点は宵越と同じ1点。互角だ。
何より、最後のゴールを宵越から奪った、エゴイストがいる。
宵越は不敵に笑ってみせた。
「倒す相手、増えやがった」
「おいおい、《不倒》が馬鹿みたいに倒れてんじゃねぇよ」
近づいてきた声。天を仰ぐ宵越の足元から現れた。
「愛空」
U-20日本代表CB、オリヴァ・愛空が、宵越に手を差し出してきた。
「……助かる」
愛空の手を借りて立ち上がった。
「どいつもこいつも、お前のおかげで進化しやがった」
「はっ、負け惜しみか?」
「そうだな。呆れるほど悔しいぜ。サッカー行方不明の落ちこぼれにしてやられたんだからな」
「そっちにも悪魔と天才がいた。異分子が紛れたのはお互い様だろ」
「かもな。お前……サッカー、続けるのか?」
「あ? 当然だ」
「引退したのに?」
「やるべきことがある。最善を尽くすために、俺はここにいる」
それは、試合途中でも愛空に投げかけた言葉だった。
愛空はわらった。
宵越の引退前後に起こった騒動は知っていた。雑誌社の宵越を過剰に祭り上げる報道と、その試合を観ていた愛空の知り合いから聞いた顛末との乖離。
愛空自身の確執とは異なるが、宵越に感じていたのだ。夢に挫折した、自分と似た境遇を。
そしてDFを選んだ自分とはやはり異なるが、それでも宵越は還ってきた。
愛空は思った。こいつもやっぱり本物で、自分と同じスポーツ選手なのだ。
そして、そんな宵越にしゃべりかけた人間はもう一人いた。
「なにぬりいこと言ってんだ、《不倒》」
「……糸師冴」
新世代
「……勝ったぜ、天才」
「は。たかが1点で満足か。ストライカー失格だな」
「かもな。俺は一度サッカー辞めた。アンタの言う通りだ」
「なら──」
「でも、もう一回這い上がりゃいい」
宵越はどちらも否定しない。
仲間に頼ることも、エゴを貫くことも。
冴も実際のところ協調性そのものを否定はしていない。協調性を強く意識するあまりストライカーとしての負けん気が弱くなっていた日本サッカーに呆れていただけで。
その観点で言えば、冴は少なからず、宵越に一つの可能性を視ていた。
宵越は冴を指さした。
「今日はアンタに一歩だけ追いついた。アンタの積み重ねを俺の一歩に変えたから」
「……
「ゴール数は1対1。チームとしての勝敗は俺。でも、他は負けた」
「……」
「次は全部勝ってやる。借りは返すぜ」
これが、糸師冴への宣言だ。
「……勝手に言ってろ、クソ《不倒》」
冴は踵を返す。少しずつ遠くなる。
ただ1人、うずくまる凛の元へ向かうのがわかった。
愛空も動き出した。
「さて、それじゃヒーローの下に行くかね」
ニヤニヤと、宵越を試すように。敗北の悔しさはあっても、清々しいのだろう。今はもう、宵越から栄光をかっさらった潔のことでからかってくる。
「ちっ、煽ってんじゃねぇよ……」
遠くなる敵たち。
入れ替わりで仲間たちが入ってきた。
氷織、雪宮。
「お前ら」
「ナイスゴール、宵越」
「お前もな、雪宮。最後、よく動いてくれた」
「監督みたいなこと言うなぁ。こっちは悔しくてたまらないよ。久々のノーゴールだ」
雪宮にとっては、
「俺は、まだまだ強くなれる」
「そうだな。相手は俺だけじゃねぇ。全員だ」
「ああ」
身長はやたらと高い氷織が、後ろ手を組んで可愛らしく2人の合間に割って入る。
「それ、僕も混ぜてもらっていいんやね?」
「当たり前だろ」
「いつでも俺にパス出してくれていいんだぜ? 氷織」
「ユッキー、言ったやろ? がっかりしたら捨てるって。僕のパスに付いて来いってね」
『極Sパス野郎め』
異口同音で宵越と雪宮が吐き捨てた。氷織はただただ、笑顔でいた。
「迫真のゴールでしたね、宵越くん。ベンチで震えました」
「それでこそ、俺たちが最後まで守ってやった甲斐もあったな」
二子、玲王。
「……士道や閃堂、冴。あいつらの攻撃を5得点で防いだのは、お前らや蟻生……守備の手柄だ。最高のプレーだったぜ」
「慣れねぇ誉め言葉使ってんじゃねぇよ」
玲王が宵越の肩を小突いた。二子は、2人にドリンクを差し入れてくれた。
二子は続ける。
「3rdチーム……全員試合に出て、きっちり動きました」
宵越と玲王は頷いた。
二次選考を突破した7チーム。5人中5人がこのフィールドに立った。それは3rdチームのみ。
「でも、最後は潔くんがかっさらっちゃいましたね」
「……お前も、潔にやられたんだったか?」
「伍号棟第2試合でした。彼、僕のこと見降ろしましたから」
「思ったよりドSやねー……」
その場の4人が思った。お前、人のこと言えないだろ。
「俺もだぜ。伍号棟最終試合に二次選考の3on3、どっちもしてやられたんだ」
玲王も乗ってくる。
3rdチームには、少なからず潔と因縁があり……そしてたった今、因縁ができた者がいる。
潔世一は、まさに主役に躍り出て見せたのだ。
そんな潔は、五十嵐に背を押されてピッチ上に用意されたバックボードに連れられていた。そこにはカメラマンやインタビュアーはじめ多数のスタッフがいた。
敗者側、愛空や冴。勝者側、宵越。運営が興業の意味でインタビューを受けさせたい選手は他にもいる。
だが、この試合を決した者が、まず最初にそこに立てる。それは間違いなかった。
『あ! こちら来ていただきました! 劇的決勝ゴールの
『……え……っと』
マイクを通じて、インタビュアーと潔の声がスタジアム全体に響き渡る。
潔の慌てふためいた姿に、
「勝利者インタビュー、獲られちゃいましたね宵越くん」
「まあでも、こいつに喋らせたら
「おい玲王てめぇ」
やいのやいの。
『ゲームを終えて率直な感想をお聞かせください!』
『あ……まあ……めちゃめちゃ、嬉しいです』
人によっては、潔のゴールを偶然と嘲る者もいるかもしれない。後に専門家は、この試合の
それでも、
だから、このインタビューは潔が手に入れた権利だ。
『今日の活躍でU-20代表入りも見えてきましたが、今後に向けて意気込みはありますか?』
『え……』
潔の言葉が止まった。
観客席から、多くの声援が届く。
──
──
『──優勝します』
『え?』
『
宵越はほくそ笑んだ。
(いいぜ。言ってやれよ)
先輩がいたとしても、素人から全国優勝を掲げ、それを成した自分がいる。
なぜカバディをするのか?
頂点に居座る奴らを引きずり降ろして、1番になるために。
日本一が、世界一に変わった。ただそれだけのことだ。
願うことは一緒なのだから。
『俺が日本を、
────
チーム
お祭り騒ぎは続いている。士道を除く34人全員が集まり、試合に出た者もそうでない者も、等しく喜ぶ。
そんな中、アンリと絵心が入ってくる。アンリは泣きじゃくれていた。
絵心はいつも通りだった。潔がラストゴールを決めた瞬間、彼が強く拳を握りしめたことは誰も知らない。
「士道龍聖の交代。馬狼照英と宵越竜哉による同点劇。そこまでは俺の計算通りだった」
宵越が反応した。
「あ? 諦めようとしてたのはどこのどいつだ」
「
「どいつもこいつも語彙力なさすぎだろ……」
結構な人間が思った。人のこと言えないだろ。
「だが……最後の1点は計算外だ。糸師凛。お前の覚醒が全てを呑み込んだ」
凛の覚醒。それは、絵心にも読めていないことだった。
挑戦者は常に成長のチャンスがある。けれど頂点にいる者は、それ以外の者に比べてチャンスは少ない。
唯一、凛のそれだけが未知数だった。
「それに呼応した潔世一。あのラストプレーは確実に、
日本サッカーは、世界において強くない。最高記録、W杯ベスト16。それは奇跡だと、日本国民は思った。当たり前ではないのだと。
その日本の若き才能たちが、内乱を起こした。自分たちが世界一になるのだと、世界王者からすれば滑稽な夢を描いて。
そして、内乱は果たされた。今やU-20日本代表は
ここからは、今までとは違う日本サッカーが、世界に牙を向けてくる。
「おめでとう、才能の原石共。お前らは凄い
それは絵心の賛辞。紛れもない労いの言葉。
この
「ただ、この勝利は戦いの終わりじゃない。
まだ、ここには士道を含め35人がいる。
アンリの目的は、日本サッカーのW杯優勝。
そして絵心の目的は、世界一のストライカーを創り出すこと。
「今日は潔世一が主役に躍り出たが、チャンスはこの先も平等だ」
サッカー人生におけるサバイバル。たった1人の頂点以外を生ける屍とする、それが
「覚悟しろよ、才能の原石共。
絵心は去っていった。
再び、戦いが始まるのだ。この35人で。
武者震いする者たちがいる。
アンリは若者たちに労いの言葉をかけた。
食堂で豪華料理が食べ放題。
今日の勝利と同じように、少年たちは悦び跳ね上がる。選手たちが次々と戻っていく。
その中で、1人動かない者がいた。
動かない者を見て、2人、立ち止まった者がいた。
ロッカー下のベンチに座りこんでいる凛。タオルを顔にかけたまま。
潔に、話しかけられるがまま。
「凛。絵心の言うとおり、お前がいなきゃ俺のゴールは生まれなかった」
「……」
「天才共が全部喰った試合……それでも俺たちが勝てたのは──お前が冴に勝つって、俺だけが信じてた結果だ」
最後の一撃は、間違いなく、潔と凛のもの。
宵越の熱に呑まれなかった、2人自身の灼熱。
「ありがとう凛。あれは俺とお前のゴールだ。それに……」
潔は後ろを振り向いた。
「そんな灼熱を用意してくれた、
「ちっ。どいつもこいつも煽りやがって」
宵越は潔のさらに後ろにいた。
学びたくないと思わせた怪物の凛。
最後の最後で手柄を横取りされた潔。
どちらも、もう宵越にとっても只者じゃない。
潔は語る。
「宵越に……ストライカーとして勝てたとは思ってない」
「俺もだ。お前に負けたと思ってる」
2人の間に関係性ができる。
2人の軌跡が、交わる。
けれど。
「うっせぇよ……どいつもこいつも」
凛が口を開く。
「死ねよ、クソ共が。もう、お前らだけは許さねぇ」
殺意が漏れ出す。全てを破壊しようとする獣の。
悪寒を感じる。
「今この瞬間から、お前らは、俺の
「はっ……イキがってんのか、凛」
「
「いいじゃねぇか。嬉しいぜ。ライバル関係、俺も混ぜてもらえて。」
冷や汗をかきながら、宵越は口角をあげた。
潔世一。
糸師凛。
宵越竜哉。
3人の間で刻まれるモノ。
喰って、喰われて。乗り越えるモノ。
異質でおぞましく、けれど清々しい。
ライバルという関係。
潔と、宵越は、互いを見て、凛を見て。
異口同音に言った。
『やってみろよ』
────
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
宵越竜哉のブルーロック。
第1段階の完了と共に、こちらも一つの区切りがつきました。
ですが、これからもブルーロックの物語は続く。
はてさて、こちらの物語はどこまで駆け抜けていけるのか。
青い灼熱の世界へ──