光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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8.今はこの身に見えずとも

 

 暗すぎると途中で寝てしまうかもしれない。

 彼女にそう言われてグ・ラハはベッドサイドテーブルの上にあったランプマリモランタンに明かりを入れた。

 淡く揺らぐその青白い光は幻想的ですらある。単なる灯りなだけではないこれを作る手間は、彼女も良く知っている。

 この人は今本当に内装に凝っているんだな、と、彼女は少し心を温かくする。本人が『気分転換』と言っていたものが、ここに確かに存在しているように思えた。

 

 こんな道を歩ませてしまっている元凶が、その部分に安堵をおぼえるのは、おこがましい。

 しかし、せめて『今の彼』に少しでも安らぎがあるのなら……もう彼女のことなんか忘れて、そうした『自身の生きがい』のようなものを求められる人生を選んでほしい。

 

 彼女が選んだこの世界では、彼が選んだあの道はないのだから。

 第一世界で彼自身が築いていった多くの大きな絆のすべてが、今この現在では、存在しない。

 

 アルバートがアシエンを打ち破った際の強すぎる光で始まってしまった光の氾濫は、寸前で食い止められたはずの『光の巫女』の存在を欠いて、第一世界をすべて喰らい尽くしてしまったのだろう。

 

 彼女が、ミンフィリアを行かせなかったから。

 

 テレジ・アデレジをウルダハ自体から追放し、ロロリトを追い詰めて、東アルデナード商会を彼の兄と姪のものに分割する。毎回困難でたまらないが、ロロリトも廃さなければ、彼は他の者の陰謀に乗じて暁を脅かすのだ。

 欲を言えば献金で法を作るナルザル教団もどうにかしたいところだったが、それは相手が悪すぎた。献金する側を均してしまえばそうおかしな贔屓はしないようなのが幸いではある。

 こうやって砂蠍衆に特定の過ぎた有力者がいないようにすることで、件の戦勝祝賀会を真にただの祝賀会にした。

 ソレに成功するようになってから……ミンフィリアが星の海に行かないようにしてから、原初世界各地で百年前に、その影響とおぼしきエーテルの停滞現象が観測されることになった。

 そして、鏡像世界の現存など観測するすべがないなりに、かの世界の滅びを認識させられる要素が、もうひとつ。

 

 妖異の種類が増えているのだ。

 それらの姿はまさに、彼女が第一世界で目にした『罪喰い』だった。

 しかし別世界から来る脅威である点でそれらは妖異の一種だと認識されたようで、階級分けも入り混じってしまっている。召喚方法にもまったく変わりがないようだから、それぞれがどこの世界から来るものかなど、原初世界の人々に判じられる部分ではないのだろう。

 

「……そっか」

 

 長い長い話を聞いて、やがてグ・ラハの口から小さく出た言葉は、それだけだった。

 自身がもう経験することのない、自身が経験したかもしれないこと。

 そんな普通成り立たないモノが本当に存在していたかもしれないことが、分かってしまう現状。

 

 それでもやはり遠い遠い出来事に変わりなく、グ・ラハはふっと苦笑めいた息をつく。

 

「……百年、か。我ながらものすごい執念だ。まあ、『我ながら』って言っていいのかは、実際に経験していない身では分からないけど」

「……執念……それが悪い言葉とは決めつけられないけど……もっと……なんて言うんだろう……気高さ、みたいなのがあるものだよ。……あなたがしてくれたこと、は」

 

 そこは譲れないという様子でそう言う彼女の表情には切実さすらあった。グ・ラハは小さく息を呑む。

 

「オレがし」

「あなたが、してくれたこと、だよ」

 

 彼のセリフを遮ってさえ彼女は激しく首を振りながら訴えた。

 

「だって……だってさ……!」

 

 それは、また泣き出してしまうのではないかというくらいに苦しそうな声だった。

 

「あなたはまた、こんなわけのわからない道を歩いて、私を助けようとしてくれているんだ……!」

 

 彼女は両手でぎゅうと彼の服の胸元を掴んだ。そして小さく揺さぶる。

 

「いつも、いつも……いつもいつも……っ、そうやって……! どれだけつらくても……どれだけ……険しい道でも、そうやって……あなたは歩き続けてしまうんだ!!」

「レ、レイ!?」

 

 彼女がこんなふうに感情を露にしているのを、彼は見たことがなかった。

 

「どうしてそこまでするんだ……!」

 

 また彼女の目から雫がこぼれる。

 

「ライナさんもいない、クリスタリウムの皆もいない、みんなみんな私が無か罪喰いにしたんだ! それなのに……!」

「光の氾濫が起きたのは、あんたのせいじゃない」

「違うよ……!」

「違わない。ミンフィリアだけに背負わせるな。彼女を行かせなかったから第一世界が滅びるんじゃない。……現状救う手立てがないから、滅びるんだ」

 

 最初に『ミンフィリアは光の巫女にならない』とだけ聞いて、グ・ラハにはどういうことなのか全く分からなかったが、今は、たくさん、話してもらった。

 だからこそ言えることが、たくさん、できた。

 

「……ッ」

 

 しかし彼女は息を詰まらせる。

 

 救う手立てがない。

 本当にそうだろうか?

 

「そういう『もしも』を言い始めたら……アルバートたちがアシエンとの決着をつける前の第一世界にオレが行けていればまた違ったかもしれないとか、そういう話も出て来るんだぞ?」

 

 グ・ラハが口にするのはきっとひたすら正論だ。だから彼女は言い募ることができない。全部言いがかりになる気しかしない。それでも、簡単に引っ込められる慚愧ではない。

 

「『もしも』じゃない……ッ! 実際に、実際にあったことなんだ!」

「それでも……あんたが実際に目にしたことであっても、今の世界ではそうなっていないことだ」

「……そんなの……そんなの、酷いだろ……私が、こうしたんだ……ッ! こうなるかもしれないことが分かってたのに、ミンフィリアを行かせないようにしたんだ! 分かってたのに、やったんだよ!」

「それでも、あんたはミンフィリアに生きてほしかったんだろ」

「……!」

「第一世界の存続が、ミンフィリア独りの犠牲の上にしか成り立たないのなら、それは……ミンフィリアの犠牲を回避することのほうが悪いなんて、絶対に言えない。彼女に生きてほしいという願いのほうが第一世界より軽いなんて言うやつがいたら、紛うことなき冷酷だよ。こういうのは、数や大きさの問題じゃない。だからこそ……オレたちは、世界統合を是としないんだから」

 

 彼女は息を呑む。

 

「アシエンがすべての世界をひとつにしたかった理由をオレは知らなかった。けど知った今でも鏡像世界を滅ぼすことは許せない。多分、暁の皆も許さない。それはさ、他の存在を犠牲にした上にしか生まれない世界を許さないからだ。……世界のための犠牲なんて、本当はあっちゃいけないんだよ」

「……」

 

 彼女は沈痛な面持ちで俯いた。本当に、何も言い返せない。

 

 ……そもそも今の世界が、ゾディアークに命を捧げた人々の犠牲の上に成り立っているという。

 だから更なる犠牲はしょうがない? そんなわけは、なかった。

 犠牲を許せばその連鎖はいつまで続く?

 幾度も、幾度も彼女は失った。隣に居てくれた誰かを失った。そのうえで彼女は生きた。

 隣に居てくれた誰かが居ない。どれだけ懸命に生きようと報いられた気がしない。喪失を埋められるものなんてありはしなかった。

 

 どれだけ頑張ろうと、誰かが誰かの代わりにはなり得ない。

 

 だから、本当は犠牲の上に成り立つものがあってはいけない。連鎖させてはいけない。

 

「……犠牲の上に成り立つことがあったとしたら、その犠牲になった本人が極限の末に自ら選び取った成果ではないのなら……ただの、人身御供だ。だから、自らの意志以外が……見過ごしたからそうなるとか、強要されるとか、そういう他者の要素は少しもあっちゃいけないんだ」

 

 彼女は眉根を寄せて目を伏せる。

 

 今までに、自ら命を賭した姿を見た人たちのことを、思い浮かべる。

 

 バハムートを封じ込めたルイゾワ。

 身体を張ってミンフィリアを守ろうとしたノラクシア。

 魂そのものでエーテルの刃を補なったムーンブリダ。

 祝賀会から逃げるために道を作った暁のみんな。……特にミンフィリアは、ここで人の身体を失った。

 彼女を庇ったオルシュファン。

 帝国戦艦の砲撃からエクセルシオを守り切ったイゼル。

 世界を越えた、アルバート始め第一世界の光の戦士たち

 ニーズヘッグを抑えつけながら、このまま殺せと叫んだエスティニアン。

 ウヌクアルハイを庇ったレグラ。

 アレキサンダーを封印すると言ってコアに身を投じたミーデ。

 神龍を封じ込めたパパリモ。

 崩れ落ちるドマ城天守閣で、ひとり天井を支え続けたゴウセツ。

 自ら帝国に行くと申し出たアルフィノ。

 罪喰いの凶刃からハルリクを救おうとしたテスリーン。

 自身は『ほんもの』ではないと言って、ミンフィリアに身体を渡そうと思っていたリーン。

 

 そして……そして。

 

 過ぎていった悲しみを希望に変えるためにシルクスの塔で眠り。

 過去を変えると第一世界に転移し。

 彼女から世界の光を持ち去って、次元の狭間で砕け散ろうとした。

 その上で、暁の皆を原初世界に還すためなら、死を厭わない姿勢を見せた。

 生きていてくれてよかったと言ったのに、それじゃダメだと、クリスタルタワーに連れて行けと言った。

 

 全部、全部覚えている。

 この人は何度も何度も自らの身を省みず歩き出した。

 

 そしてそれは、幾度繰り返そうと微塵も変わらなかった。

 

 確かに他のことも変わることはなかった。しかしみんな言葉や物や小さなことが以前と違うことは多々あって、だからもしかしたら違うようになってくれないかとどうしてもいつも思ってしまっていた。そう思っても何も変わらなくて、彼は特にそういうことが多すぎた。

 

 そんなふうなのに、また。

 

 こんなに無理やり繰り返してまで、彼女を救おうとした。

 

 彼にも、他の皆にも。

 そうしてくれたから今があるという状況だったとしても。

 あとのためになるのだから、そこで犠牲になれなんて、死ね、なんて。

 

(言えるわけ、ないじゃないか────────────────────────────────────!!!)

 

 その人の犠牲はあとで実を結ぶ、それを知っていたからはじめのころは見届けた。

 でもそうするのが、諦めているのが、つらくなった。

 

 だから、何が何でも、守り通すと、変えるためにがむしゃらに足掻くことにした。

 

 ……けれど。

 

「……でも、だから……ッ、こんな、世界に、なった! そばにいてくれる人たちを失わないために走ったら、その彼らの決断をないがしろにして、彼らが守ったものを守れなかったことにしたことさえある!!! こんな今が是と言えるか!!! 言えな」

 

 彼は彼女をとめるために、引き寄せて彼女の頭を抱き込む。

 顔を胸元に埋めさせられてしまったために、そのあとの彼女の言葉は呻き声のようなものにしかならなかった。

 

「……是と言える世界って、なんだろうな」

「!」

 

 彼女の肩がピクリと震えた。

 

「どれだけ頑張ろうと、どれだけ良い結果を目指そうと……思いもよらぬところで、『悪いこと』が起きる。そして……」

 

 彼は彼女の頭をゆっくりと撫でながら、呼吸を妨害しないように少し身体を離した。

 

「それを避けようとした誰かが懸命に選んだ選択で、更に『悪いこと』……たとえばその本人が、死んでしまうことが、ある」

 

 ……たくさんのひとが実際、それで、彼女の目の前で、死んでいった。

 

 いや、だった。

 

「『悪いこと』をしようとしたんじゃないのに、『悪いこと』が起きる」

 

 そんなの、いや、だった。

 

「誰がどうやろうと、世界は……いつになっても、そういうものなんだよな」

「……ッ」

 

 そういうものだと思いたくないのに、世界はそういうものだ。

 

「もしかしたら……その、さ、古代の世界の人々だったら、悪いことをしなかったかもしれないけど……でも、そんな世界が、『終末の災厄』を呼んでしまった」

 

 悪いことが無かったがゆえに恐怖を知らず、いざ直面した時、世界を創造するすべが暴走してしまった。

 

「だからさ、どんなふうだろうと……頑張ってもうまくいかないことばかりなのが世界で、『是』なんて、どうあがいても、自信をもって断言できそうにない」

 

 そんなふうに優しく言われても、彼女は俯くしかできない。

 どう歩いたところでまるっきり『是』とできないのが世界。そういう部分は、あるのかもしれない。

 けれど、だからって同じくまるっきり、彼女がこう歩いても良かったとは、言い切れない。

 

「だけど、たとえ『是』とできなくても、『現在』っていうのはさ、そうやって誰かが頑張って来た結果なんだよな」

 

 彼はまた、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。

 彼女はずっと、身を強張らせている。ずっと、悲しそうで、苦しそうで、そして……悔しそう、だった。

 

「だからこの『現在』が『以前』と違うとしたら、それはあんたと、今この世界になるまでを歩いて来たたくさんの人々の『結果』だ。簡単に、良くないと切り捨てることはできない」

「…………で、も……」

 

 もう、彼女の声は蚊の鳴くような小さなものだった。

 

「そう、ここなんだよな。ずっとあんたは『自分がやったこと』だって言っているが……オレもさ、繰り返してたら、ここまでこんなに同じことをするのかって、ここにこの人の意思はあるのかって……まるで、舞台装置みたいに見えないことも、なかったよ」

 

 彼女ははっとした表情を浮かべ、グ・ラハと目線を合わせる。

 

「でもな、毎回なんかちょっと違うんだ。言葉が違ったり、仕草が違ったり。……きっと人は、そうと決まってるからその通りに動いているんじゃない。その人だから、そういうシュチュエーションになるとそういう行動をとるんだ。全部きちんと、その人がそうしたいからそうしたことだ。だから……」

 

 彼女は表情を歪める。

 

「『現在』はあんただけが作り出したものじゃない。……それに、繰り返しなんてヒトがやろうと思ってできることじゃないし、あんただけが世界をこうしただなんて、きっと言えないだろ」

 

(……そうだね。繰り返されていることを覚えているのは自分だけに見えたから、その中心に居る気がしていた。きっと、自意識過剰って言われてもおかしくはないことなんだろう)

 

 でも、だったとしても、彼女が変えようと動いてから、世界は、歴史は、激変した。

 そのことは、軽く見てはいけないことなのだ。

 

「それに、何回やったって何が正解で何が失敗かわかりゃしないんだ。それで人は更に頑張ろうとする。それは悪いことなんかじゃない。でも……あんたは、諦めが悪すぎる、な」

「……」

 

 諦めなかったせいで、世界がめちゃくちゃになった。

 

『そんな結末のために、俺たちは歩んできたんじゃない……!』

 

 アルバートの絶叫が思い出される。彼女と違って、第一世界が滅ぶことを知らずに歩き続けた彼ら。

 もう今は、彼らがこちらの世界に渡ってくることさえない。光の氾濫の一時停止が叶わないせいで、恐らくアシエンを倒してそのまま光に飲み込まれ、エリディブスと接触することがないのだ。

 アルバートたちの嘆きを聞いて、彼らのその嘆きを知ったのならなおさら、ただ『勝ち続ける』だけではいけないのだと……歩き続けたつもり、だった。

 そして。

 

『世界をあんなふうにしちまった俺たちは……俺たちだけは、何があっても諦めちゃならないんだ……!』

 

 世界をこんなふうにした彼女は、何があっても諦めてはいけない。

 第一世界の滅びを見過ごした先に在るこの原初世界では、そちらを取らなかった世界では、彼女が守ると決めた、彼女のそばにいてくれる人たちを、その大切な人を、ものを、思いを、すべて、すべて、せめて、守り抜かなければならない。

 

 こんなふうにした、から、こそ。

 

「……だって……だってさ、……あなたが言ったように、シルクスの塔を制御できたら第一世界や第十三世界に行ける日が……何かできるようになる日が、来るかもしれないとして……既に無になっているんだ。居るとして、あの、もう殺すしか正常のエーテルに戻す手がなかった罪喰いか、妖異しかいないんだ。もし通常の環境に戻すことができたとして……彼らが正常な生物に戻るには、一度死ななければいけない。そんなの……そんなの、統合と何が違うんだっ……私は……私は……」

「そうかもしれなくても、あんた一人が頑張ってきたことだとしたら……これは驚異的なんてもんじゃないくらいの、成果だよ」

 

 彼女は俯いて、ふるふると首を振った。

 

「……本当に、諦めが悪すぎる」

 

 しょうがないというように苦笑する彼に、けれど彼女は真剣に言い募る。

 

「あなたに言われたくないよ! あなたは……」

オレ(・・)は、百年も生き続けてないよ」

「それは……ッ……あなたはもし第一世界に行けていたら……言ったじゃないか、自分で言ったじゃないか、絶対にああいうふうに百年以上諦めない人だよ! あなただから、そういうシュチュエーションになるとそういう行動をとる、んだよ……!」

「!」

「あちらに行けていない今でだって……あなたは、もう……どれだけ繰り返したんだ! しかも今度は正真正銘私だけをどうにかしようとしている……たった一人だけのために自分を投げうって……!」

「……投げうっているわけじゃない。これがオレの、『自分』だ」

「ッ」

「オレがやりたいからこうしている」

「そんなの……ッ!」

 

 ……分かっている。このまま強情にしていても、堂々巡りになる。

 けれど、グ・ラハと話したかった。きちんと、何もかもを伝えたかった。

 ここまで彼女のために動いてくれる彼には、全部知ってほしかった。

 だから言いがかりにしかならなくても、言葉をぶつける。

 

「そのやりたいことを、『自分』に向けてくれよ! こういう、部屋を凝るのでもいい、アラグの研究を続けるのでもいい、自分のために自分がやりたい何かをやってくれ! 私のためにあなたが犠牲にならないでくれ!」

 

 何かの犠牲の上に成り立つ何かは、酷い。

 あなたも言ったじゃないか。言ってくれたじゃないか。

 

 ぽすんとグ・ラハは手のひらで彼女の頭に触れる。

 

「オレは生きている。犠牲になっていない」

「……それは、命があるだけで……きっとあなたは、死んでしまうよりもつらいことをしている……っ」

「それこそあんたに言われたくない、なあ」

「!」

 

 グ・ラハはきゅっと彼女を抱きしめた。

 

「つらいことを何度、目にした? つらいことをいくつ乗り越えて来た? ……本当、諦めも悪いし、強情だし、頑固だし……そんなんだから、繰り返したりしたらそりゃこうなるよなあ……あんたは、そういう人だ」

 

 改めてしみじみと言われて、彼女はやはりただただ息を詰まらせる。

 ……しかし本当に、堂々巡りだ。

 

「なあ……あんたこそもう、世界のために戦うことはやめてくれよ。そして……そんなふうに『オレのため』になることをしろっていうんならさ、オレの夢を叶えてくれないか」

 

 彼女の頭をまたゆっくり撫でながらそう言う彼のその『夢』は、彼女にとって優しすぎるものなのだ。

 

「私は、そんなことをしてもらえる人間じゃない!」

「オレにとってはそうしてほしい人なんだ」

「!」

 

 彼は彼女を上向きにして、その上に上体だけ覆いかぶさるようになった。

 悲壮な表情で何事か訴えようとした彼女の頬に、彼はそっと手のひらを添える。

 

「話してくれた感じ、あんたは繰り返し続けたせいで、何もかもをきっちり全部覚えている。だからその、あんたが覚えている第一世界を、オレにも分けてほしい。どんな世界だったのか、どんな人たちがいたのか、どんなことが起きたのか……今のオレにはもう実際に見ることができないとしたら、全部覚えているあんたがオレに聞かせてくれ。それにはいくら時間があったってきっと足りない。だから、ずっとオレのそばに居てくれ。そして……もう、世界を救おうとしないでくれ」

 

 彼女は目を見開いた。

 それはきっと彼女にしかできないことで、彼女がすべきことなのだろう。けれど。

 

「話ならいくらだってするよ、でも、私は……!」

 

 すっと、突然グ・ラハの表情が硬いものになった。

 これを本人に直接聞くのは、本当は躊躇われる。

 

「……あんた、毎回自分がどういうふうに死んでいるか、覚えてるか?」

「……え……っと、…………変えようとし出した以降のは、覚えて、ないな……」

「ッ!? そ、そう、か……」

 

 彼女に死の記憶などという恐ろしいものが全くないわけではないらしい点が気がかりになる彼だったが、しかしそれだからこそ余計に可能性が高くなることがあった。

 

「……あんたが死ぬのは、毎回絶対に戦場じゃ、ないんだよ」

「戦場じゃ、ない……のか……」

 

 自分は戦って死んでいるわけではない、そこに情けなさのようなものを覚えかけて、しかしグ・ラハの様子が気になって彼女はじっと彼を見つめる。

 

「全部変死だ。絶対に他殺なことだけは分かるのに、絶対に犯人が分からない」

「……え……っ!?」

 

 誰かに殺される、そんな可能性が絶対にないなんて言えない。

 しかしそれが何十何百、もしかしたら千以上あるかもしれないことの毎回で、絶対毎回犯人が分からないなんて、異常でしかなかった。

 そんなわけのわからないことが起きていたなんて。

 

「一応、聞くが……変えなかった頃は、戦って、死んでしまっていたのか……?」

 

 言葉に詰まりながらつらそうに言う彼が不憫で彼女も表情を歪める。人にどう死んだのかなんて聞きたいことのわけがない。

 だから、ぽつりと小さく返す。

 

「……そうだよ」

「……いつも、同じ、ところ、か……?」

「……ああ」

「……そっ……か……」

 

 彼女の肩のあたりで彼は顔を伏せてしまった。

 彼女は聞かせてしまったいたたまれなさに、眉根を寄せて目を細めた。

 

(あんたはそれを、何度繰り返したんだ……!)

 

 その果てに過去を変えたいと願って、何が悪いと言うのか。

 

「……あんたは周りなんて目じゃないほど強い。だんだん規格外になっていった理由が今なら分かるよ。繰り返し続けてあんたは強くなっている。それは、あんた自身も分かっているだろう」

 

 そうなんだろうか。

 いつも必死なだけで、彼女にはよく分からない。

 

 グ・ラハがそろそろと顔を上げて、苦りきった表情で言葉を続ける。

 

「そんなあんたを静かに一撃で殺せるやつは……ヒトではない存在か、アシエンだけだ」

「!」

 

 静かに一撃で殺せる。

 彼がそんなことを言っているなら、衆目の元死んでしまったこともあるのだろう。

 それでも犯人が分からなかった? ……本当に、異常だ。

 

 ひっそりと、今話を聞いてくれただけでアシエンを『ヒトではない存在』とは別にした彼に隅で心を温かくしつつ、彼女は呟く。

 

「……英雄だなんて呼ばれているモノは、邪魔なのかな」

「いや……やつらは『英雄』を殺しにきたりせず、計画を阻まれれば迎え撃つという姿勢でいた。それが、黒薔薇投下点よりも随分前だっていうのにわざわざ暗殺しに来るようになったんだ。……以前にも絶対にやっていなかった時期なんだろう?」

「……そう、だな……」

「だから……」

 

 グ・ラハはぎりっと歯噛みしたようにさえ見えた。

 

「『人の英雄』を始末しようとしてるんじゃない。あんた個人を殺そうとしているんだ」

「!?」

「だったら恐らくそれは、あんたが繰り返していることを知ったからだ」

「……え!?」

「……あんたの話を聞いて、ますますそう思った。だってアシエンもヒトなんだ。その上……あんたのかつての同僚だったかもしれない、んだろ……」

「……!」

 

 それを知るまでは、ループしていることを厄介視してのことかと思っていた。

 けれど。

 

「……敵なりに、あんたが歩き続けているのをとめようとしているんだ」

「……ッ、そん、な……」

「ヒトの中で規格外に強い『英雄』にわざわざ接触するリスクを冒すのも、そして実際に暗殺を遂げられる実力があるのも、その、オリジナルのアシエンでありながら話せる奴だった『エメトセルク』なら……考えられないことじゃない」

「!」

「平和ボケの甘い考えだって一蹴できない。そうだろう?」

「……ッ」

「だからきっと……あんたが前線に立つことをやめれば……諦めないことをやめれば、あんな殺しかたはしに来ない」

 

 それを、確かじゃないだろうと言って聞き入れないのは、それこそ現実を見ていないだけなのだろう。

 

 もし、本当にこれがただ甘い考えなだけで、彼女が前線を退いてもエメトセルクが殺しに来たのなら……二人だけで抗おう。他の誰にも譲らない。もしもそれに敗れても……他の誰にも、痕を辿ることを課させない。

 

「今まであれにそばにいた誰かが巻き込まれたことはないが……あの恐ろしく無慈悲な暴力がヒトに向くことはひとまずなくなるんだ。……あんたさえ、立ち止まってくれれば」

 

 もしかしたらその暴力を、グ・ラハも実際に目にしたことがあるのかもしれない。

 そんな切実な表情だった。

 

「……犯人捜しの過程で誰かが死んでしまったと聞いたことはないが、それも、何も掴めていないせい、なだけなんだ。もし……有能な誰かが少しでも辿ろうとできてしまったらを考えたら、恐ろしいだろう?」

「あ……」

 

 相手はオリジナルのアシエンかもしれなくて、そして世界にはどんな有能や巡り合わせがあるかわからない。

 一切なにも手繰らせず彼女を一撃で殺すようなモノに、誰かを関わらせたくない。

 

「だから……もう、戦わないでくれ」

 

 彼女が寝てしまう前のように頬を優しく両手で包まれて、彼女はかっと顔に熱が走るのを感じた。

 麻痺していなければこんなに感情を振り切れさせるような接触だったんだ。

 その熱を振り切るように彼女は小さく首を振る。

 

「ほかの誰かに、前に立たせるなんて」

「侮るなよ、皆強いぞ。……特にアレンヴァルドとか」

「!」

 

 彼の脚が動かなくなってしまった未来を彼女は知っている。

 ただ、ア・アバ・ティアとオリが生きていて彼は二人にかなりしごかれまくっているから、以前よりも屈強そうにさえ見えた。それに、ダラガブの破片調査と同時並行で既にアリゼーとテンパード化を解くことの出来る方法を模索してはいるが、ポークシーに関する知識がどうしても欠けているためか、彼女のほうなど時間を繰り返しているというのに未だ確立出来てはおらず、アレンヴァルドは蛮神戦で無二の活躍をしている。

 今の彼の姿を見て、心配だなんて言うほうがおこがましい。

 

(……本当におこがましいばかりだな)

 

 彼女は眉尻を下げた。

 

「あんたは知識で前に出ろ。ほかでは、オレのそばに居てくれ」

「……!」

 

 蛮神戦で力になれないと嘆き他の部分でサポートしてくれる皆。そして、技術を惜しみなく託してくれるガーロンド・アイアンワークス社の皆。受付として暁を守り支えているタタル。今は未だ出会っていないが、尋ねれば惜しみなく知識を授けてくれたマトーヤ老。そしてギルドでさまざまな便宜を図ってくれる人たち。

 敵に直接ぶつかっていなくても、強力に前線を支えてくれている人々が目に浮かんだ。

 

 そしてまた、涙が溢れる。

 もう理由も何も分からない。

 

 そんな彼女の涙をまた彼は優しくすくって、そして。

 

「……もう、何も言わせない。何があろうと、オレは、決めている。だから……」

 

 唇が触れる程近づいたグ・ラハが、囁く。

 

「オレに、愛されてくれ」

「……!」

 

 ここまでたくさんの言葉をくれて、そして、前線に出るなと言う理由もきちんと言ってくれた。

 それでも彼女は自身に、絶対に戦いに跳び出していかないという自信がなかった。

 だからって今彼を受け入れるのはずるい。

 でも、それでも。

 彼が彼女と、添い遂げる幸せを望んでくれているというのなら。

 

 彼女がずっと一緒に居たいと願い続けた彼が、彼女と一緒にいたいと同じく願ってくれているというのなら。

 

「……ずっと……」

 

 彼女は切なげに目を細める。

 

「ずっと、そばに、居てくれる? さきに、いなくならない? ずっと、一緒に……」

 

 そんなうわ言のような彼女の呟きに、グ・ラハも切なそうにして、くしゃりと笑う。

 

「……もし、先にいなくなるとしたらそれは……爺になってから、だ」

 

 彼女は言葉を受け止めて小さく口を開けた。驚きというよりも、小さな感嘆に近いものだろう

 そして強張っていた彼女の全身から、ふっと力が抜けた。

 少しだけ視線を下に下げて、彼女は小さく呟く。

 

「あなたは……優し、すぎるよ……」

「だったら、優しくされてくれ。あんたは独りで頑張りすぎたんだ」

「……」

 

 少しの間見つめ合い、やがて二人は、唇を重ねた。

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