光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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9.それはまた別の終わりと呼べただろうか

 

 休むといっても彼が本当に睡眠をとっていることはそう多くはない。

 次元の狭間にある本拠地、その自身の空間で、ぼんやりと何やかやの思考に耽ることもある。

 それに時折夢を見ているような状態が混じるのは休憩中なのだからおかしなことでもないだろう。

 いわゆる寝落ちなのだろうが、誰に咎められることもない。……自身で多少の情けなさをおぼえないこともないが。そもそも睡眠が必須な身体でもないのだから。

 

「……」

 

 ふと、どこか眩むような感覚がする。

 不滅なる者であるのに、しかも今は闇のクリスタルで存在を支えているのだから実体はないというのに、こんな感覚はありえない。

 そのありえないものが起きて──ありえない記憶が混ざり込む。

 

 少しして、ふんと彼は鼻を鳴らした。

 

(……エリディブスに叩き起こされる前に記憶が戻って来た、か。何か変化でもあったか)

 

 エメトセルクはぼんやりと原初世界のエーテルを探る。

 次元の狭間は本来どことも繋がっているが繋がっていない妙な場所だが、彼らは不滅なる者となった時にその境界を超えた。以来ある程度自由に行き来することができる。エメトセルクの『眼』が働くのも言うまでもない。

 

(……まあ、『あいつ』は居るわな。あの異常な様子では有象無象に易々と命を奪われることもない)

 

 もう彼女は、魂からして通常の状態には視えていなかった。

 周りのなりそこないとは比べ物にならない『強さ』が覗える。

 種の寿命の範囲を逸脱した長きを生きている、いや、繰り返しているがゆえのそれは、ギラついているようであり、今にも燃え尽きそうでもあり……その燃え尽きそうというのも、ひと際激しく燃焼した果てに消える、超新星爆発のごとき散りかたをしてしまいそうなものだった。

 

 そんな末路をたどったものなど今までに知らないが、魂自体が爆散して消滅する可能性がないと言い切ることができないほどの、極限状態だ。

 

 はあ、とエメトセルクは溜め息をつく。

 

(本当に、面倒なことを押し付けてくれたものだ)

 

 彼にとって『あの人』はヒュトロダエウスに並ぶいちばん親しい人間、だった。それは認めざるを得ない。悪友と言えるモノではあっても、確かに『親愛なる者』、だった。

 

(敵だからな。そんなふうに消える前に、必ず殺す。……世界を取り戻せたなら、『悪くない』ことをお前にも見せつけてやる。だから、無になどさせてなるものか)

 

 ただその繰り返しからどうやれば外れさせられるものか。ただ殺すだけでは転生すらせずまた繰り返す。

 秘かに期待しながら期待できないと諦めていることはあった。なりそこないは結局統合がほとんど進むまで期待に応えられなかったのだから。

 

 もともと稀有な色をしていたのに異常をきたし、ますます目立つあの魂の周りも探る。

 

(……ほう?)

 

 魂の色を視ることができるといっても、彼には悪友ヒュトロダエウスのように覗いて楽しむ趣味は無かった。

 しかしあの頃周りに居た人間、については、ぼんやり個人の色を知っている……覚えているものが、居なくもない。

 そんなぼんやりが、驚くべきことに、なりそこないになったあとに『はっきり』に変わったヤツがいる。

 

 エメトセルクはにやりと皮肉げに笑った。

 

(……何かをやり遂げるならやっぱり、『お前』なんだろうよ)

 

 今のあいつには、寄り添う魂が在る。

 それならば。

 

(敵だからな。様子次第では二人とも即座に殺さねばならないが……果たして、どう過ごしているものか)

 

 そこまでで、原初世界への『眼』は閉じた。

 気になることはもうひとつ。

 

(……やはりな。この時点ではまだギリギリ、第一世界での決戦は終わっていない)

 

 そのこと自体が……『あいつ』が関与する隙のないことが、変えられているわけがないのだ。

 第一世界における光と闇の決着が原初世界に関わりを持つことになるタイミングに、『あいつ』が干渉することなどできはしない。だから、『彼女』が間接的にでもかかわりを持つ、あの『決着直後に光の巫女が光の氾濫を食い止めること』にならともかく、あの決着がつく前であれば、『あいつ』が性懲りもなく暁の血盟の危機を潰しきっている『光の巫女が生まれなくなった「今」から』でもこちらが手を加えることが可能だ。

 

 原初世界に現れる『停滞』からの影響がバラバラな時間に現れているのは、不自然ではあれど鏡像世界ゆえの現象でしかないのだろう。……どうも繰り返しで覚えているために混乱しているのか、『あいつ』は、『戦勝祝賀会』とやらが穏便に終わった場合そのあと急に、『百年前の停滞現象』が起きていたとなることに、気づいていないらしい。だからもしそこに『今』から改変がかかれば、現象はなかったことになるだろう。

 

 恐らく繰り返しを重ねた今であっても、『あいつ』が本来の歴史通りに進むことを黙って見ていれば、あの(・・)通りに進んでいく。

 

 物語を覗くものがいればいるだけ繰り返し、救いを求めればそのほど道が無数に枝分かれしていく。しかし幹が変わることはない。

 

 悪友の魂を継ぐ者が面倒な後始末を押し付けてくれたのだから、これは彼の意思で行うことではない、と、彼は、自分がそうするための理由を作る。

 あっちから押し付けてきたのだから、『あいつ』が好き勝手枝を増やしたところに彼が多少の接木をしたところで、非難されるべきは『あいつ』であってエメトセルクではない。

 

 この『今』、エメトセルクが気づくことができたのならば、光の氾濫自体を食い止められるだろう。

 

 彼がそんなふうに色々と思案していた時だった。

 

 静まり返っているはずの戒律の殻に、エスケプにより空間が震える音が生じた。

 

(来た、か)

 

「エメトセルク」

 

 聞き慣れたエリディブスの声が彼を呼ぶ。

 今までは『疲れているんだ勘弁してくれ』という気持ちで無視したそれを、もう一度呼ばれるまで静かに待つ。

 

「エメトセルク」

 

 彼の座を呼びながら傍らに立ったエリディブスが、粛々と告げる。

 

「ラハブレアが散った」

 

 それを言ってあとは沈黙して微動だにしないエリディブスを見ながら、ゆっくりとエメトセルクは身を起こした。

 

「わかっていたはずだ、私たちは。いずれこの日が来ることを」

 

 エリディブスが言うのを聞きながら、目を瞑って、詰めていた息を吐きだす。

 エメトセルクは別の意味でも『わかってたいた』が、そうか、あの爺さんはやはりまた、消えるまで燃え盛ってしまったんだな。

 

 ゆっくりと目蓋を上げて、エメトセルクはエリディブスを窺い見る。

 唯一仮面に覆われていない口元はただ引き結ばれ、感情を読み取ることはできない。

 この状態では、エリディブスはもう以前のように敬愛を露わにすることはない。

 

 だが。

 

(お前も、取り戻してみせるさ)

 

「……ああ。やはり働きすぎると消耗し、その果てに志半ばで散ることになる。我々は同じ轍を踏むわけにはいかない。……我々はもう、二人だけになった」

 

 思ってもみなかったことを彼が言い出して、エリディブスは小さく口を開けてエメトセルクを見ていた。

 

「休憩しながら、原初世界のエーテルをのんびり観察してたんだ。先のアーダーで闇に寄りすぎているだろう。我々はそこを光属性のアーダーで調整すべく色々やってきたわけだが……どうやら、甘すぎる考えだったらしい」

 

 何かの冗談や怠慢で言っているのではないと理解し、エリディブスは真剣な表情で聞く姿勢を取った。

 

「……あの状態では、星自体の自浄作用である程度回復するのを待たずに更なるアーダーを重ねれば、星そのものが疲弊する。それが闇の反対の光とくれば尚更、効きすぎるだろうな。下手をすれば原初世界自体が『無』になりかねない」

「……なるほど、な」

「だから、次を急いではならないと判断した。……どう思う」

 

 一応、エメトセルクは意見を伺ってみる。

 エリディブスは俯くようにして顎に拳を当て、真剣に考え込んでいた。

 その仕草はあの日々の小さき姿を思い起こさせた。色々その手からこぼしてしまっていても、『エリディブス』は『エリディブス』なのだ。だからあの時アゼムとの会話を丁寧に思い出していたようだったのと同じで、これまでの『計画』について丁寧に記憶をたどっているのだろう。

 

「……エーテルを視る『眼』に関してきみに並ぶ者はいない。ここできみの意見を無視するのは愚かでしかないだろう」

 

 やがてすっと顔を上げた彼は、そう重々しく言葉を紡いだ。

 

「『調停者』がそう思ってくれるのなら、さっそく対策といこうかね。第一世界についてはやはり光が優勢すぎるな……あのままミトロンとアログリフが負けでもすれば光の氾濫まっしぐらだ。……もうあいつらを回収する程度では済まない。あちらの光の戦士たちをお前に任せる。まあ相手が“英雄”なのであれば、お前の敵ではなかろうさ」

「ふむ」

「その間に、私はまず『黒薔薇』をどうにか隠す。お前がヴァリスになにやら指示を出させていたようだが……あれは『停滞』を呼ぶからな。今の原初世界には危険すぎる」

「……わかった」

「まあ今危険すぎるくらいだからな、第一世界を統合する計画を再度進める時になれば、大いに役立つだろう。だから消しはしない」

「なるほど、な」

 

 そこまででエリディブスがじいっとエメトセルクのことを見つめてきた。

 エメトセルクは内心で多少たじろぐ。本当のことではあるといえ、怪しまれていはしないだろうか。色々こぼれているとはいえこのエリディブスは『調停者』を務めるほどの切れ者なのだから。

 

「……きみにしては精力的に動こうとするのだな」

 

 多少ドキリとしないこともないが、当たり前だろう?

 

「私だって原初世界が無になるかもしれないとなったら、動かざるを得ない。面倒臭いが、当然だろう」

「……それもそうだな。期待している」

 

 そこでふとなにかに思い至ったように一瞬視線を逸らし、エリディブスは言葉を重ねた。

 

「……もうひとつ。どうもあの『暁の血盟』がますます厄介になった」

「……なんだと?」

 

 もし二人してアシエンを潰そうと積極的に動くようなら厄介だ。

 であれば、『あいつ』の()が充分育っていない現段階のうちに摘み取らなければいけない。

 彼らはあくまで敵同士なのだから、見逃してやる理由などどこにもない。

 

「帝国基地でラハブレアを打ち破った英雄がいただろう。あれがどうも、再起不能になったようでな。世代交代をしたらしいのはいいが……裏であれこれと知識を貸しているようで、それがどうも、とんでもない。……アレは本当になりそこないなのか?」

 

(……そう、きたか)

 

 エメトセルクは内心で苦笑した。

 ……本当に、なかなかどうして、欠片のくせにやるじゃないか。……しかも、どちらも。

 

「……あれはな」

 

 これは、多少正直に話してもこちらの利になる情報だろう。

 

「かつて、十四人委員会の一角にあった者の、欠片だ」

「……な、なんだと!?」

 

 エリエディブスが明らかに動揺していた。

 

「私には魂が視えるからな。原初世界のエーテルを観察しながらついでに探って、気づいた」

「……空白の座、か」

「……覚えていたか」

「まあ、な。我々は『十四人委員会』なのに、アシエンは絶対に『十三の座』までしか居たことがない。それにはさすがに、気づくからな」

「なるほどな」

 

 エメトセルクはふう、と芝居がかった一息をつく。

 

「ヤツは随分変わった奴でな……誰も彼もを救おうと、無理なのが分かっていようと諦めないんだ。だから、ゾディアークにもハイデリンにも人を捧げることを許さずに離反した。そんな奴だから記憶のクリスタルを渡したところでアシエンにはならない。だから、空白だった。……そしてそんなやつが再起不能だろうとなりそこないの中に居る。そりゃあ、脅威にもなるだろう」

「……それは……分からなくも、ない、な……」

 

 本当はあまり納得がいかないのかもしれない。

 何せ、かつて十四人委員会にあったのであろうと、転生組のことは取り換え可能なパーツくらいにしか思えないのだ。転生組より多少濃いとはいえそれと同じ欠片でしかない者を、どう評価しろというのか。

 

「実際にラハブレアの爺さんを散らせたのは、あいつなんだろう」

「いや……まあ……一番の立役者ではあるんだろう。……本当に、なんなんだあの知識と技術力は。……空白の座とはいったいどんな……」

「とにかく変わった奴だった。わけのわからない奴だったよ。だから、わけのわからないことをしでかしてもそうおかしくはない。お前みたいにまともな奴にはきっと信じられないめちゃくちゃな奴だ」

「……」

 

 エリディブスは狼狽えているように見えた。

 わけのわからないめちゃくちゃな人間。時に信じられない奇跡を起こす者。

 そんな厄介が敵にいるのはたまったものではない。だから。

 

「そんな厄介が生きているうちは、ついでに休むのにちょうどいいだろう。我々がこつこつ下積みをしている程度なら、あいつが感づいて邪魔しに来ることはできまい。そうやって同時に星の回復を待つ。効率的だろう?」

「……」

 

 エリディブスは狼狽えながら考え込んでいる。

 まったく、あの『アゼム』は、欠片になってまでこいつを困らせるのだから。

 

「我々はあいつらと違って『不滅なる者』だ。なりそこないがいくらか死ぬまで待つ程度なら、なんでもないだろう」

 

 めちゃくちゃな話に動揺していたエリディブスは、エメトセルクがそう静かに真面目に言ったことで落ち着きを取り戻したらしい。

 

「……確かにな」

「だから」

 

 エメトセルクはすっとエリディブスを真剣に見つめた。

 

「第一世界を頼む。もうこれ以上、鏡像世界を無にするわけにはいかないだろう」

「分かった」

 

 重々しく頷くと、エリディブスはエスケプで消えた。即第一世界に向かってくれたのだろう。

 

(さて私も、『ちょっと休みたい』からこそ動くとしよう)

 

 エメトセルクはのろりとしっかり立ち上がり、原初世界に転移した。

 

 

 

 ついでにこっそりと様子を覗うと、どうも『あいつ』は銀泪湖のほとり、しかもわざわざ人の生活圏の真逆側に建てた家で隠遁しているらしかった。

 

(……これは。随分用心深いことだ)

 

 エメトセルクは内心で大笑いした。そうだな、これくらいしないとあいつは前線に飛び出して行きかねない。それでは恐らくまた、寄り添うあの男を失う可能性が出て来る。今を逃せばまたこうなるとは限らないのだから、そんな可能性は少しもあってはならない。

 

 そして片隅で、よくやったとその欠片のことを褒める。

 それくらいやっていいじゃないか、誰にも分からない所でなんだから。

 

 そして誰にも見られていないついでに、ふっと表情を緩める。

 

(……エリディブスを言いくるめてまでやったんだ。そうして、『悪くなかった』と言える生をしっかり終わらせろ。再起不能程度なら、人同士のイザコザ相手でお前とそこの欠片が斃れることはないだろう。それが叶えば、私が何度も面倒臭い後始末をせずとも済むようになるかもしれないんだから、せいぜい務めろ)

 

 そう、これは面倒臭いことを回避するために面倒臭いことをしてやっただけだ。

 そしてもうひとつ。

 

(……薄々察してはいたが、回を重ねるごとに、『今』には過ぎた技術をこれでもかと……いいさ。お前らが命を終えた後、アシエン(われわれ)がそれを、いただいてやる)

 

 その中にはあの、世界を渡る術さえあるのかもしれなかった。

 後始末の手間賃にもらったっていいだろう?

 

(……『時間』のほうは……あの美しい日々に焦がれないこともないが、もう、『繰り返し』は懲り懲りだ)

 

 しかしもういいなどと言えるなら初めからアーダーなんて起こしていない。

 だからせめて、過去に戻ろうとしはしないが、明日に過去の繁栄を再来させるのだ。

 

(これから、忙しくなる)

 

 そう気を引き締めながら、ふと、彼は本人たちそのものを視界に入れた。

 段々とお腹が大きくなってきているらしい『あいつ』に沐浴のようなことをさせて労わりながら、家の庭で畑仕事をしている者がいる。

 そして『あいつ』はあれは、恐らく右足がもう、戦えるほどには動かない。……成程『再起不能』と言うわけだ。

 

(ここまでする、か……なんとまあ、仲睦まじいことで。おお厭だ。暑苦しい)

 

 あの種族のことだから、これから更に子供が増えていったりするのかもしれない。

 けれど。

 

(あの日々と同じく、か……)

 

 アログリフとミトロンの姿が思い起こされた。

 

(……ほかにもこうした者たちがいるのなら、なおさら……夢が見られるというものだ)

 

 郷愁のようなものをぼんやりと抱えながら、エメトセルクは己が務めを果たすべく、転移で帝都に帰還する。

 

 そして以後、彼が『光だった彼女』の前に現れることはなかった。

 

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 そよそよと爽やかな風がフードをくすぐる。

 空気の気持ちよさに伸びをしていると、傍らに居る人が甘えるように寄り添ってくれた。

 それを素直に受け止めて、のんびりと大木に背を持たれる。

 

(気持ちいいなあ……)

 

 青々と茂る豊かな葉を見上げ、ほろほろとこぼれる木漏れ日に、赤い仮面の下で目を細める。

 

 とても穏やかでしあわせな時間だった。

 

 ……だったのに。

 

 フオオン、とすぐそばでエスケプの音がして、二人はぎょっとした。

 こんなプライベートタイムを誰かに邪魔されるのは嫌すぎる。

 

 身を強張らせる二人の前に姿を現したのは、同じく赤い仮面に何の飾り気もない漆黒のローブを纏った、良く知っている人間だった。

 

「邪魔するなよ、エメトセルク」

「これは失敬。しかし今のうちに確かめなければいけないことがあってな。周りに誰もいないのはこういう時くらいしかない」

 

 こういう時。

 だから敢えて、二人っきりの時を狙って来たのだ。

 ならばと余計に憮然としてみせる。

 

「……いったいなんなんだ?」

 

 少しだけ心当たりがある。

 それでもそれは、あんまり触れたくないことでもあるのだから。

 

「……アゼム。いや、アポロン」

 

 エメトセルクが静かに名を呼んでくる。しかも彼はわざわざ真名で言い直した。嫌な予感しかしない。

 ……きっとそれは、『今』だけを見ていろということだから。

 

「だから、なんだ」

 

 嫌な予感を抱えながら、アポロンは憮然と聞き返す。

 

「そして、ヒュアキントス」

「……な、なんだよ」

 

 自身と同じく狼狽えた様子の大切な伴侶に、アポロンはエメトセルクへとますます恨みがましい視線を向けた。

 

「お前ら、『前世の記憶』を保持しているか」

「……」

 

 そう聞かれて、アポロンはすっと表情を失くした。

 しかし。

 

(やっぱり、それを聞きに来てしまうんだな)

 

 だんまりになってしまった二人に、エメトセルクは嘆息した。

 

「あのなあ。私はお前が言った『後始末』とやらを律義に、たいっっっっへん律義にやってやろうとしているんだぞ。そんなふうに邪険にされる覚えはないんだがなァ?」

 

 そう言われて、今度はアポロンは悲壮な顔をした。きっと、その通りだ。

 ヒュアキントスも似たような様子で俯いている。

 

 しかし空気を重たいものにはしたくなくて、アポロンは再び憮然とした表情を浮かべた。

 

「最初からそう言ってくれれば良いのに」

「もし覚えてないんだったらとんだ道化だろうが」

「道化みたいに話しかけて来たくせに……」

「さて帰るか」

「ま……っ」

 

 本当に転移しそうに見えた彼に。

 

「待ってくれ、ハーデス!」

 

 アポロンは思わず彼の真名を呼び、そしてハーデスははあ、と小さくため息をついて転移をやめた。

 

「素直じゃないのはお互い様だ。面倒臭い、本題に入るぞ」

「……」

 

 ハーデスがそう言って本当に真剣な様子を見せたので、アポロンも背筋を伸ばし、小さく頷いた。

 

「……ああ」

「覚えているならそれは、忘れるべきものだ。分かるか」

「……」

「ぼかさないほうが良いというのなら、色々ときちんとはっきり言ってやる。私も、面倒だなんだとはぐらかすのはやめてやる」

「……!」

 

 ハーデスのその言にアポロンは目を見張って声を詰まらせた。

 

「……。あなたは……本当に、律義すぎる、よ」

「そう思うならきちんと返事をしろ。忘れるべきもの、そうだな?」

「……」

 

 アポロンは少し俯いて目を伏せる。

 

「……素敵な記憶もあったんだ。それでも分かっている。分かっているけど、少しだけ未練に付き合ってくれないか」

「……まあ、いいだろう」

「……ありがとう」

 

 アポロンは、小さく息をついた。これからきちんと話すと、意を決するように。

 

「……そうだよ。私は……私たちは、『以前』のことを、覚えている」

 

『以前』

 

 それは、単純に『前世』というだけではないということ。

 

「ハーデス。あなたは……私が何度も何度も繰り返す袋小路から出られないで居たのを、幾度も幾度も、『殺す』ことで脱出させようとしてくれていた。そうだな?」

 

 いったんためるように息を吸ってから、はあ、と溜息をついたエメトセルクは、少しだけ間を置いた。

 

「……まあ、後始末だなんだとはぐらかしてもこじれるだけだ。そうだ、せめてお前を正常な転生の中に還そうとしていた。だがお前は往生際が悪すぎてまったくそこから出てこない。次の時代に転生することなくあの時代を繰り返していた。……なんの力が働いていたのだかな。ただその原因にならお前も当たりがつけられるだろう」

「……やはり私は、次に転生してすら、いなかったのか……」

 

 ならば、そうだ。

 今、彼らが言っているように。

 

「私が諦めれば……記憶を保持していなければ、諦めない以前の問題だから、『いやだ』と思って終わったところで、繰り返さない、んだろう、な……」

 

 あの頃のヒュアキントスがもたらしてくれた、『それまでがどうあれ、個人の終わりかたとしてはしあわせな最期』のおかげか、アポロンはこうして無事、正常に転生して次の生を謳歌している。

 だから『これではダメだ』と思うのがそもそも無理であれば繰り返さないかもしれない。それはきっと、見当違いではないのだろう。

 

「ハーデス」

 

 アポロンはじっと、真剣な顔でハーデスを見た。

 

「……何度も繰り返し助けようとしてくれて、本当にありがとう」

 

 はぁ、とハーデスは小さく息をつく。

 

「昔の『知人』のよしみ、だからな。覚えているならなおさら、だ。……お前ら、あの頃のことまで少し思い出しているだろう」

「……」

「だったら分かるはずだ。『知人』なんて程度じゃなくお前が私の懐に土足で上がり込んできたことも、そっちの市民がかつてもお前と添い遂げたことも」

「……ッ!」

「……そうか……エメトセルクにはその『眼』があるんだから……オレのことも、分かってしまうのか」

「正確には少し違う。私はどこぞの覗き魔と違って、いちいち罪もない市民の魂を必要以上に記憶に留めたりしないからな」

 

 どこぞの覗き魔。

 きっと、魂を覗き見て楽しんでいると自分で言っていた、もう一人の友人のことなのだろう。彼もこの今に転生していることに、アポロンは気付いている。それはつまり、アポロンにはあの時代の記憶があるということだった。

 彼があの時代の記憶を持っているかどうかは、アポロンも、恐らくエメトセルクも、詮索したことがない。彼がそういうそぶりを見せたこともない。

 ただ彼なら、きっと上手にはぐらかしてしまえることだろう。

 

「……お前の輝きに気づいたのはむしろ、第一世界でとんでもないことをやり遂げたお前を目の当たりにした時だ」

「……な」

 

 どこか光栄、なような気がして、ヒュアキントスは言葉に詰まる。……今のヒュアキントスにはその実際の記憶はないにしても。

 

「そういえばあの時代のお前の連れがこういう色をしていたなと、その時にぼんやり思い出した」

 

 はあ、と、ハーデスはまた小さく息をつく。

 

「……いいか、これは、そうやって何度も何度も繰り返されたらたまらないから率直に言ってやるだけだからな」

 

 その姿は、げんなりしているというか、彼らしくないことを言おうとして疲れているように見えた。

 

「その記憶を残したままで居たら、今こうしてきちんと転生しているのであっても、次またあの時代に囚われないとは限らない。そうなったら私やらそいつやらまでまた巻き込まれるかもしれない。それは救いようがない。お前たちもそう思うだろう?」

 

 まさかそれでも添い遂げるのだからなんて言い出すようなお花畑ではあるまい。

 その危惧は、すぐに二人が頷いたことで杞憂に終わった。

 

「そして、覚えているならお前ら自身がきっちり分かっていることだろうが、『以前』の記憶が消えたとしても、そうやってお前たちは何度も何度も寄り添うだろう。死して生まれ変わり、姿も何もかも変わろうと、そうやって共に在り続けて来た。だから……『以前』の記憶を消去する。それくらいでお前らは離れない。現生そうやって添い遂げているのは、記憶があるからだけでもあるまい」

 

 きっとこんなことを言ってくれるのは本当にハーデスらしくない。

 他人の絆をどうこう言うのは……時に無粋にさえなるものだから。

 

「『以前』の記憶が残ったままでは、再びあの永劫の苦しみに囚われて魂そのものが耐えられなくなり、いつか『無』に成り果てる。……成る、とすらいえないな。消えてしまうのだから」

 

 息を呑むアポロンとヒュアキントス。ふう、と、ハーデスはまた小さく息をついた。

 

「消えられるなど私も面白くないんだ。……見ろよこの世界を。『悪くない』だろう? アシエン(われわれ)()間違っていたとは、今のお前たちには言わせない」

「……!」

 

 アポロンとヒュアキントスは、目を見開く。

 

「この豊かな世界で、多くの命が穏やかな日々を生きている。だから、お前たちが勝った道があったなら、この今の世界を否定した先に続くものだ。……そして」

 

 ハーデスは、じっと二人を見つめる。

 

「逆に言えば、この平穏な世界は、お前たちが求めた同じ『平穏な世界』を否定した先に生まれたものだ」

「……ッ!」

 

 かつて彼ら(アシエン)の敵であった二人は、同じだと言ってくれる彼に息を呑むしかできない。

 

 この今の穏やかな世界を実際に生きている身なら分かる。

 たとえ犠牲の上にあろうとも、彼の言うように、決して悪いなんて言えない世界。

 

 鏡像世界は必要な犠牲だったなんて言えない。

 決して言えない。

 しかしこの今が『勝ち取った道』であるのなら、『悪』だと決めつけることはできない。

 

 鏡像世界を滅ぼさない道は、今この現在を否とする……ある意味犠牲にする道だ。

 どちらの存続にも犠牲が存在している。

 

 懸命に歩いてもいつも間違える世界だから。

 どちらが正解かなんて、どちらが悪いかなんて、きっと、言えない。

 

「『今』はアシエン(われわれ)が勝利した道だ。これはお前が繰り返した時間の先にある我々の勝利だ。だからもし、この世界自体がもともと誰にも記憶が残らずにずっと無限に繰り返している世界だとしたら……すべてが振り出しに戻ってまた始まるとしたら、誰も覚えていないとしたら、またお前たちが勝つ道が生まれないとも限らない。わざわざ記憶を消してやろうとしてるのは、その可能性を認めてやろうと言っているんだ。これ以上なくありがたいことだろう?」

「……」

 

 アポロンは悲壮な顔をしてハーデスを見つめる。

 ハーデスは『水晶公』のことを覚えているようだった。そしてこの、今の物言い。

 

「ハーデスは……私たちと第一世界で戦った記憶も、持っているんだな」

「ああ」

「……そっ、か」

 

 その上でなお、こう言ってくれている。

 

「繰り返しに巻き込まれるのがたまったものじゃないにしても……ここまで言ってくれるなんてさ、貴方はどれだけ優しいんだよ」

「断じてそんなものじゃない。ここまで言うのは本っ当に繰り返しがたまったものじゃないからだ」

 

 即座にそう言い直されて、ふっとアポロンは苦笑した。

 

(……どうなんだろうな。ハーデスは……ずっとずっと、素直じゃないばかりだ)

 

 それでも、敵に塩を送るのは場合によっては致命傷を招くのだから、本当に、繰り返しをとめようとしているだけなのかもしれない。

 

(……でも)

 

 彼は、今のこの世界が決して間違いじゃないことをまざまざと見せつけて来た。

 だからこそ、正々堂々としていたいのが分かる。

 

 たとえまた繰り返したとして、真っ直ぐにぶつかりたいのだと分かる。

 

 どちらも間違いではないと思ってくれたからこそ。

 勝者がどちらであれ、間違いではないと、言ってくれるからこそ。

 

(はあ。ほんと……ハーデスって、いいやつなんだよなあ……)

 

 そんなやつだからこそ、あの時代、孤高でいた彼を無理やりにでも人の輪に引きずり出してしまった。

 そんなことをしておいて、結果置いて行った。

 それが、苦しい。

 

 彼が言ったように、世界がもともと、最初から無限に繰り返すものだとしたら。

 

(……また、置いていくのかな。また……苦しませるのかな)

 

 そしてその上、世界を取り合う敵になる。

 

 いやだ、な……。

 

 そこまで思ってから、アポロンは、ああ、と、俯いた。

 

(いやだった。それでも……そのあとですら皆、頑張って歩くんだ)

 

 いやだった。

 それらは、是とすることはできない。

 でも、それは誰かが頑張った結果だ。そしてその頑張った結果が、また誰かが頑張る結果を生んでいく。

 

 きっとそれが、人の世界。

 

(ああ、どうしようもない。それでも……それだからこそ、美しくて愛おしい)

 

 犠牲があるからこそではない。

 人というのはそこからまた、歩き始めるのだ。居なくなった人たちのことを心に抱えながら。

 

(そうだな。『間違い』だとしたら……いつまでもいつまでも、過去にばかり固執して、変えたいと願い続けたこと、なんだろう)

 

 だから。

 

(覚えていてはいけない。何が起こるか事前に知っているのはおかしい。……その異常は、取り除かなければならない)

 

 隔たれているのに、一度終わったのに、未だにぐずぐずしているのは自然ではないのだ。

 

 一瞬瞑目してから、アポロンはヒュアキントスに目を遣る。ヒュアキントスもそれに気づいて、アポロンに視線を合わせた。

 するとアポロンが眩しそうに目を細めて微笑むので、ヒュアキントスがこそばゆそうに微笑む。

 きっとそれは、『以前』の記憶を失うことに問題なんかないよねという無言のやりとり。

 

(あぁあぁ。いつもいつも、いつになってもお熱いことで)

 

 この二人がこれ以上のいちゃいちゃを人前ですることは絶対にない。まだつつましいと言えるのかもしれなかった。しかしこれでもうお腹いっぱいだ。

 

 ハーデスがげんなりした様子で肩をすくめて首を振っている。

 それに気づいて二人ははにかむように苦笑した。

 

「……理解したな? お前たちの『以前』の記憶は、消去する」

 

 ハーデスの真剣で静かな言葉に、二人も同じ様子で頷いた。

 

 ハーデスはすっと二人に向けて手をかざす。

 

「……たとえ記憶がなくなったとして、過去はなかったことにはならない」

「!」

 

 小さくハーデスがそう言ったのを二人は聞いて目を見開き、そして、くしゃりと微笑む。

 やっぱり彼は、とても、とても、優しい人だ。

 

 そして。

 ……そうだね。

『今』は過去の先にあるものだから、過去から繋がってこそここにある。

 だから、覚えていなくたって、決して無くなってしまったりはしないのだ。

 

 アポロンとヒュアキントスは、真剣な顔になって静かに頷いた。

 組み上げる術式に集中してのことか、ハーデスがふっと目を閉じる。

 

 二人の周りで、ふわりと風が巻く。

 アポロンはそれで、何かが完了したような気がした。

 

「……本当にありがとう、手間をかけたな」

「お前に色々と手間をかけないといけないことばかりなのは、もう日常茶飯事だからな……」

 

 はあ、とハーデスは溜め息をつく。

 

「しかし、『手間をかけたな』ねえ……お前ら、私が何かしてやったのを覚えてるのか?」

「うん。具体的には覚えていない。だけど、私たちには忘れなければいけないことがあった。それだけはきちんと、覚えているよ」

「ああ。オレも、それは覚えている。エメトセルク、本当にありがとう」

 

 ヒュアキントスが真剣に真摯にお礼を言ったことに、ハーデスは顔をしかめながらも「……どういたしまして」と素直に言った。

 アポロンのほうは先程、礼を言ったら詰られたので、面白くなさそうに彼にじっとりとした視線を向ける。

 

「ああそうだ、ひとつだけ言っておきたいことがあった」

 

 ハーデスが唐突にそんなことを言ったので、二人はきょとんとした。

 

「『今』は私の……我々の『勝ち』だ。それは何者にも譲れない。だが、もし『お前たち』が勝つ道があったなら、そしてその果てにお前らがぐだぐだとまごついて『そう』なっていなかった場合」

 

 ハーデスが何を言いたいのかが二人は分からず、困惑するしかない。

 しかし彼が手間をかけてまで忘れなければならなかったことなのだから、きっとこうして分からないことが正解なのだろう。

 

「またこうやって色んなモノに『大迷惑』がかかるのはたまったものではないから、優しい優しい私が尻をひっぱたいてやる」

「!?」

「な、何を言っているかわからない、が」

 

 顔をひきつらせたアポロンに対して、ヒュアキントスは恐る恐ると言ったふうに言葉を続けた。

 

「……ありがとう、エメトセルク」

 

 ハーデスはほんの少し目を丸くする。

 この人間は、詰られつつ尻をひっぱたくなどと言われて素直に礼が言えるらしい。

 

(……これが度量というやつなのかねえ)

 

 ともかく。

 はあ、とハーデスは溜め息をついた。

 

「お前も。公の場所でもないのにいつまでもいつまでも私のことを座の名でしか呼ばないのは勘弁してくれ。そこの悪友の尻拭いにうんざりしている同士、気を許してくれたほうがありがたいんだがな。そう畏まられていてはそいつのせいで手を借りようとするのにも気が退けてしまう」

「!」

 

 ヒュアキントスが目を丸くする。

 

「そ、それは……その……恐れ多くて」

 

 そんなことをたじたじと言う姿に、アポロンが吹き出す。

 

「本当にそんなに畏まらなくていいと思うよ? ハーデスはすごくいいやつなんだから」

「……お前……そこはなんかからかうところだろう」

「面倒臭い!」

 

 からっと笑うアポロンに、ハーデスははぁ、と嘆息した。

 

「だいたいな、私はそろそろこの座を返上してゆっくり休むんだよ。だから真名で呼ぶように。……というわけで用は済んだしイチャイチャの邪魔をするのも御免被るので、私は失礼する」

 

 そう言ってハーデスはくるりと二人に背を向けて、ひらりひらりと手を振った。

 

「じゃあな」

 

 やることをきっちりやってすぐに帰っていく彼に、アポロンはふふっと笑った。

 

「……きっと、本当に、ものすごく、世話をかけたんだろう、な……」

 

 笑ってはいても、どことなく申し訳なさを感じる。

 

「……そうなんだろうな……」

 

 ヒュアキントスの眉根も少し寄っていた。

 

「彼は、もうすぐ座を返上すると言っていた。清濁併せてどれだけ長い道のりを歩いたのか分からない人だ。休んでくれるなら、せめて、労わってあげたい、な……」

「だったらさ」

 

 にかっとアポロンは笑う。

 

「まずはきちんと『ハーデス』って呼んであげような!」

「……っ」

 

 ヒュアキントスはたじたじとしながらも。

 

「……あ、ああ……」

 

 努めようと、決意した。

 

-----------------------------------

 

「ねえ、ハーデス」

「……なんだ」

 

 首都に着いたところで不意に名を呼ばれて、彼は少し嫌な予感がした。

 振り返るともう一人の悪友がいる。

 

「……キミは、忘れなくて良かったの?」

「……ふん」

 

 どこかで覗いていたらしい。お節介なやつだとハーデスは嘆息する。

 ハーデスは鼻を鳴らす。

 

「大変面倒臭いことに私にはまだ『後始末』が残っている。あいつらが繰り返しに囚われる原因になりかねないことが、あとひとつ、な」

「……」

 

 悪友は、神妙な顔で黙り込む。

 

 覚えているのだか推測したのだか。

 彼は、それを追求しようとは思わない。

 

 だから実はきちんと分からないのでも構わない。

 聞いて来たのはこの悪友からなのだからと、ハーデスはつらつらと言葉を重ねる。

 

「もしあいつの側が我々に勝った場合でも、あの二人がああして寄り添っていなければどちらかが先に志半ばに死して、その激しい苦しみから、過去に固執するようになる」

「……!」

「それが、すべての始まりだ」

 

 悪友は、ただ黙して聞いていた。

 

 ハーデスが記憶を刺激しないように敢えて遠回しな言いかたをしたこと。

 そもそもあの『宣言』めいたことを言わなければとなるが、あれを敢えて伝えたことは、言霊めいた『言い聞かせ』になるだろう。

 

「あれだけ繰り返しずっと寄り添っているのに寄り添うことにならないのがまあ、謎でもあるしな」

「まあ、そうだねえ……支え合えるのがヒトの強みでもあるもの」

「そんなもので繰り返しに巻き込まれるなんて、痴話喧嘩に巻き込まれるのよりたちが悪い。御免被る」

 

 ハーデスはげんなりした様子で肩を落とす。

 

「だから、もし次があるようなら……心底面倒臭いが、イチャついていた過去でも思い出させてやるさ。それも私がもし敗ければ、だ。もしも万が一の小さな手間でしかないから、お気楽なものだ。そもそもが、また繰り返すのかさえ分からない」

「……そうだね。ワタシは、もう誰も繰り返さないことを願うよ」

「私だってそうだ。やっと取り戻したこの世界(いま)が塗り替えられてたまるか」

「そうだね」

 

 しみじみと頷く悪友は、果たして色々と覚えているのか否か。

 しかしやはりハーデスには、それを深く追求する気は、ない。

 

「まあ、というわけだから私は、忘れるわけにはいかないというだけだ」

「……そっか」

 

 願わくばキミのそれも、いつか忘れられますように。

 

 それはこの生の終わりで解き放たれるものか。

 それとも、また再びまみえる時に果たされるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそれはまた別の、定まることなき未来の話。




/

完。
お付き合いありがとうございました。
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