光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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2.光になれなかった彼女と、彼の始まり。

 ────最初の記憶。

 

 

(……だめだ)

 

 ここで終わってはいけない。

 助けてもらったんだ。

 自分は、助けてもらったんだ。

 悠久の風を架けて、二百年と百年の時を駆けて、そんな途方もないものを懸けて救ってもらったんだ。

 斃れてはいけない、立ち止まってはいけない。……死んではいけない。

 それなのに。

 

 あれはどこだったのだろうか。見覚えがあるような、ないような。

 引きずり込まれて、そのあとは……分からない、忘れた? あれほどのものを? ……あれほどって、どれくらいだったっけ。

 

 それでもどうやら、今はもとの場所に戻ることができているらしいのは分かった。

 一面に無数の星が瞬く、美しい空。

 

 私はまた、頑張ることができなかった? 足りなかった?

 

 もう救えないのはいやだ。

 目の前にあるものがなくなるのはいやだ。

 

 いやだ。……いや、だよ……!

 

 ……いやだ……!

 

-----------------------------------

 

 ────最初の記憶。

 

 

 気を失っていたのかもしれない。

 物理的な衝撃か、それともエーテルの乱れか。

 どちらにしても、今は現状を把握しなければならない。

 回転が鈍っている思考を叱咤して働かせる。

 

 塔の制御中枢と呼べるこの区画にどこかが壊れた様子はない。物が散乱していたりもしない。

 そして彼は五体満足らしい。ほっとする。

 ゆっくりと立ち上がる。ふらつきはない。

 手を握ったり開いたりしてみる。何の支障もない。

 歩くことも不自由なく可能だった。

 

 ならば次は、塔の周辺を確認しなければ。彼はモニターを起動する。

 転移が成功していれば、この塔は突然姿を現したことになるだろう。

 それを目撃した者がいればきっと混乱する。何者かが武力で突入しようとする可能性がないとは言えない。

 この塔への侵入は恐らく不可能だが、グ・ラハが敵対存在とみなされるのは避けるべきことだ。

 

 だが彼の思考は一瞬真っ白になる。

 

(……まさか)

 

 第一世界は鏡像世界だ。転移先は、原初世界でシルクスの塔があった位置になる。

 だから景色がそっくりでもおかしなことではない。

 

 しかし銀泪湖に相当すると思われるそこには、アグリウスの残骸とそれに絡みつくミドガルズオルムの遺骸までもが確かに存在していた。

 そして『第七霊災の爪痕』である偏属性クリスタルが無数に生えた景色も変わらない。

 

(なんで)

 

 いくら鏡像世界でもそんな相似はあり得ないはずだ。第一世界にガレマール帝国はない。霊災も起きていない。そしてオメガレポートによれば、ミドガルズオルムがハイデリンにたどり着いたのは、世界が十四に分割されたその後だ。

 

 転移失敗の可能性。

 彼は眩暈のようなものをおぼえながらも更に周辺を探る。

 

 周囲に、送り出してくれた皆の姿がない。

 アグリウスの様子も探る。装甲はぼろぼろではあっても、盗掘者に食い荒らされた枯れ木のような様相をしてはいない。……魔導兵器が数体待機している。見間違いようもない帝国兵の姿も数名。

 

「……!」

 

 グ・ラハは驚愕に目を見開き、震える手で思わず口元を覆う。

 

 そんなまさか。

 ここは。

 

 今、は。

 

 落ち着け。落ち着かなければならない。

 現状を把握しろ。

 

(……あ)

 

 レヴナンツトールがあるはずの場所には人工物のようなものは何もない。残骸すらない。

 それならば。

 

(第七霊災直後、地表にシルクスの塔が出現した時期の原初世界である可能性が高い)

 

 そんなもの、考えたくなかった。

 

「……ありえない、はずだろ……?」

 

 思わず、そんな言葉が口をつく。

 

 どうしてそんなことが起こり得る。どれだけの人が、これまでに。

 

 あの英雄を救うためなら、時間的には成功といえるだろう。むしろまさにどんぴしゃだ。

 しかしこれでは、第一世界側から霊災をとめるために動くことができない。

 

(……今ここから、第一世界へ渡ろうとしてみる?)

 

 しかし世界間を渡る技術は、グ・ラハ一人を転送するしかなかったガーロンド社の皆が有していたもの。彼自身は持ち合わせていない。

 だからといって諦めるわけにはいかない。

 玉座のあるこの塔を制御できる身であればあるいは。

 

 しかし彼ははっとする。

 

(この塔を……今この時代の塔を第一世界に送り届けたとして、ノアの皆での調査がそもそもなかったことになる?)

 

 あの『二百年後』に希望を繋げられなくなってしまうかもしれない。並行世界という概念が当てはまるなら未来は消えはしないかもしれないが、世界の仕組みなどはっきりとは分からない。だから簡単に冒せる危険ではない。

 

 それを考えてから、更に彼は焦燥に駆られる。

 

 この区画の内装からおそらくこの塔は『第八霊災から二百年後』というあの時代のものだ。

 だからそれが今この時代のこの場所にあるということは、過去の塔と同化したか、あるいは上書きしてしまったかになるのだろう。

 とするとどんな影響が出るのだろうか。

 

 第四霊災時に塔とともに地中に沈み、眠りに就いた者たちが既に討伐済みであることは、そう調査の妨げにはならないかもしれない。むしろ内部調査に支障がなくなる。ザンデの恐ろしい企みについては記録を残すことで未来に知らせることができるだろう。……グ・ラハが『この時代のグ・ラハ・ティア』に直接面と向かって伝えるような事態は避けたい。

 

 一応、確認のために彼は塔内部も探ることにした。

 彼が塔の制御権を有していると言っても操作をくまなく知っているわけではない。取扱説明書などあろうはずもないし、試行錯誤をしている余裕は今までなかった。

 

 ただし頼りにできそうな端末は存在している。

 アラグ文明においては珍しくないデザインらしき球形のそれは、ガーロンド社の初代の面々をはじめ数人から『玉っころ』と呼ばれていたものだ。彼は区画内で一番目立っているように見えたモノにアクセスを試みる。

 

〘ピピッ。おはようございマス殿下。お加減はいかがデスカ?〙

「!?」

 

 グ・ラハは起動して開口一番にそんなことを言い出した『玉っころ』に目を剥いた。

 

「『殿下』って?」

〘どうやら当施設は過去に飛ばされたようデス。殿下がお目覚めになった時代の二百年程前になるようデス。この時代では、まだ眠っておられるようデスが、ザンデ皇帝陛下がご健在のようデス。あなたは陛下に連なる皇血を継いでおられるようデスので、『殿下』と呼ばせていただきマス〙

「! そ、そうか……」

 

 託された血はアラグ皇族の血縁で継いでいるわけではないため盛大な勘違いではあるが、どうやら色々と知っているらしい。その上知りたかった情報が部分的に得られた。

 ザンデがまだ健在ということは、未来の塔が同化したにしても、『今』の塔がどう在ったかも混じった状態あるのだろう。

 ……複雑な状態になっているようだ。結局どうなっているのか把握しづらい。

 

「……ドーガとウネのクローン体のうち、最近外に出たやつはいるか?」

〘ピピッ。……クローン研究区画に出入りの跡はありマセン。しかし、特別区画に収納されていた者のみ目覚めて外界に出て行ったようデスネ。ドーガ様とウネ様のクローン、各一体ずつデス〗

「! そいつらの行方は、分かるか?」

〘ピピッ。……追跡不能。死亡したか身を潜めているものと思われマス〙

「……そう、か……」

 

 死んでしまったことはないはずだ。

 きっとおいそれとその存在が明るみに出て良いわけではないため、身を潜めているのだろう。

 彼らがこの時代に存在していることにほっとする。消してしまってはない。

 

 しかし、これから、いったいどうすれば。

 

 ……どんどん、追い込まれて行く気がした。

 強く噛んだ奥歯が鈍い軋みを上げる。

 諦めるわけには、いかない。

 

「……なあ。お前は、鏡像世界って言って、理解できるか?」

〘ピピッ。検索いたしマス〙

「……!」

 

 つまり検索しなければ分からないらしい。

 ということは、この塔内に未来のデータが残されていなければ把握することはないのだろう。

 

 ……そして、それが残っていたとして五年後のノアにどんな影響が出るのだろうか。

 

 グ・ラハは息を詰まらせて首を振る。

 

 後ろ向きな気分ばかり抱えていてはきっといけない。今は、少しでも可能性を探さなければ。

 もしかしたら、重なってしまった過去と未来の塔を分離する方法もあるかもしれない。

 

 それができずとも、グ・ラハの身ひとつだけでも第一世界に行けたなら。

 光が氾濫する寸前にある第一世界で、シルクスの塔に頼らず霊災を防げる自信が彼にあるわけではない。霊災を食い止める方法をつきとめるどころか、生き残れるかすら怪しい。

 それでも、第一世界に行けなければ何も始まらない。

 

 今はただ望みをかけて手を動かすのみ、だった。

 

-----------------------------------

 

 データは無いか、『玉っころ』には読み取れないらしかった。

 それでも鏡像世界についてはグ・ラハが説明することでどうにか理解してくれた。AIというのは矛盾しないのであれば変に疑いはしないのかもしれない。

 

 しかし。

 

 そもそも、目的地を観測できなかった。グ・ラハが魔導技術や魔科学の知識をそう持ち合わせているわけではないにしても、非常に協力的な『玉っころ』がいてくれているのに?

 

「……クソッ」

 

 ……諦めてはいけない。

 

 世界の移動ができないのなら、次に考えるべきことは。

 

(……二百年後に帰って、皆にもう一度転移を試みてもらう?)

 

 二百年後の彼らに手間や負担がかかるのだとしても、それくらいしか浮かばない。そして彼らにとっても、彼女に命を届ける願いは易々と諦めて良いものではないだろう。

 

 しかし、どう必死に足掻いても、未来も『観測できなかった』。

 どうあっても力不足だというのか。……希望を託されたのに。

 

「……なんなんだよ……!」

 

 そして途方に暮れ長いこと絶望に蹲っていた彼の中に、ひとつだけ灯った光は。

 

(あんたを死なせない。その願いだけは、届けないと)

 

 彼ひとりに黒薔薇を根絶できるような実力はおそらくない。そんなもの夢見たところで野垂れ死ぬだけだ。そもそも第八霊災まであと五年ほどしかない。無謀をしている暇はない。

 

(彼女に、暁の血盟の皆に、第八霊災が起きることを伝える?)

 

 きっとグ・ラハが未来から来た人間だというのを頑なに受け入れないような人たちではない。

 そして彼らなら黒薔薇の根絶を実現できるかもしれない。

 

(……『今』なら、黒薔薇の存在を知る時期が五年も早まるわけだから……)

 

 暁の血盟──時期によってはまだ救世詩盟と十二跡調査会の二者である可能性もあるが、どちらにしろウルダハかベスパーベイに行けばそのうち接触できるだろう──を通して、三国盟主にも伝えられたなら。……危険度を鑑みれば、この時期には未だ門を閉ざしているイシュガルドも動くかもしれない。

 

 しかしグ・ラハはふと気づいて眉根を寄せた。

 この『現在』において、黒薔薇の所在は面倒なことになっている。

 

 彼女が最初に黒薔薇の存在を知ったのは恐らく、ギラバニアで過去その実験が行われた集落に行きあった時のこと。

 対して黒薔薇が開発されたと思われる時期はそれから二十年前の、帝国軍がアラミゴを占拠した頃らしい。だから『現在』だと思われる第七霊災直後には既に開発されている。

 ……開発されてはいるが。

 実践投入直前、アラミゴ準州の総督であったガイウス・ヴァン・バエサルが黒薔薇計画を中止させ、実験サンプルを研究資料を含め全て破棄したと聞く。ガイウス自身もそうできたと信じていたほどには、徹底して処理されたのだろう。

 存在が確認できないものは、奪取することも破棄することもできなければ、糾弾することも到底できない。

 ただ恐らく、軍医師長だった者が帝国から持ち逃げしたというサンプルであれば唯一の現物がある。ギラバニアで彼女が発見することになったものだ。しかしそんな逃亡者の所有物について追及しても、帝国はシラを切るだけだろう。

 

 そんな、帝国内で秘密裏に、厳重にしまい込まれているであろう黒薔薇に対して、現在いったい何ができる?

 内部の、しかも上層部に在ったガイウスすら完全に破棄できていなかった部分など、外部の者が探し出して抹消できるものだろうか?

 

 下手をすれば、ないものをでっちあげて侵攻してきたと主張されかねない。そうなれば何を要求されるか分からない上に、こちらが圧倒的不利だ。

 

 そのものが再び製造された段階はいつになるのだろうか。黒薔薇で帝国も自壊したために記録は残っていなかった。だから分からない。

 確実な投下記録は、アルフィノとガイウスが共に目にしたという、とあるレジスタンス野営地の静かな全滅だ。しかしその野営地に関する記録も残っていなかった。阻止にしろ真相究明にしろ着手自体が困難だ。そして時間的にも、そこから黒薔薇を追い始めてもきっと遅い。

 

 グ・ラハが眠りに就いた時から彼女が斃れるまでに過ぎた時間は数週間程度でしかなかったらしい。記録は曖昧になってしまってはいたが、長くても二月と空いていないと見られていた。だから野営地への投下からギムリトダーク防衛線への投下までの時間は、更に極僅かしかない。

 

 ……その曖昧さも転移の難易度を上げていたわけだが。しかしその細かい時間のほうはクリアできているのに。

 

(……クソッ)

 

 一体どうすれば。

 グ・ラハは身を縮めた。もしかしたら震えてさえいたのかもしれない。

 

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 黒薔薇そのものが『現在』に存在しないのが問題なのなら、存在する時間に行ければどうにかなるかもしれない。

 ガイウスが破棄を命じる前、つまり霊災の十五年前に遡行できれば。

 

 ……しかしその一縷の望みさえ叶わなかった。

 やはり観測することそのものができないのだ。

 

(……何故観測することができない……!)

 

 第七霊災、というよりも、シルクスの塔が地表に出現する以前を計測できない。歴史としては確かに存在するはずなのに、手を伸ばそうとすると何も掴めない。

 目標が定められなければ試行錯誤を詰められない。

 

「なんでだ……!」

 

 知識が足りない?

 

 彼は再び絶望の淵に沈む。

 

 へたりこんで。

 うずくまって。

 あたまをかかえて。

 そして。

 

 ……このうえは。

 ただ彼女のそばに在れたら。

 そうしているうちになにか光明を見いだせるかもしれない。

 それでも何もできなかったなら、せめて黒薔薇で共に散る。それはただの自己満足かもしれない。しかし果たせなかった約束と最期を共にするのなら、幾分かだけましな気がした。

 

 塔内をふらふらと移動して彼女の英雄譚をたどる。

 ここはそれらが集められた区画。独りで行かなければならないグ・ラハのためなのか、もとからガーロンド社の皆がここに集めていたためなのか。それは分からないし知らなくていい気がした。

 

 ……彼女の物語に浸りたいだけではない。

 二百年の時を超えた熱量に焦がれてほとんど記憶しているとはいえ、確認しなければ。

 

 彼女はあまり多くを語る人ではなかった。

 それゆえか世間に名が知れるようになる前のことはほとんど分からない。

 きちんと記録があるのは、第七霊災が起こる少し前にはウルダハに居たらしいということ。そしてカルテノーの戦いに身を投じた光の戦士たちの一人であったこと。

 ルイゾワ様がその戦場から彼女たち冒険者部隊を逃がしたすべによるものか、それから彼女の姿は五年の間エオルゼアから消えている。

 名を上げず埋もれていたのではなく、彼女自身が世界から消えているのだ。

 

(つまり今この現在、彼女は少なくともエオルゼアにはいない)

 

 真相は明らかではないが、五年の時を一瞬で超えたか、あるいは五年間次元の狭間に飛ばされていたからしい。

 だから、『今』はまだどう頑張っても彼女に会えない。

 

 この五年の空白をどうすべきか。

 二百年先への時間移動はできなかったが、もしかしたらたった五年なら可能かもしれない。しかし失敗し続けている時間移動を再度試行する踏ん切りはつかなかった。それに五年ほどなら、時間移動などという大掛かりなものを考えずに、普通に過ごせばいいのかもしれない。

 むしろその五年の間に、自身の戦闘技術を磨くべきかもしれない。彼女のそばに在りたいのならきっと強くならなければならない。

 

 しかしはっとする。悠長に五年の経過を待っていたら、その間にもきっと皇血は薄れていくだろう。どれくらいでなくなってしまうかは分からない。しかしだからこそ、できるだけグ・ラハ自身が時間を経るべきではないのかもしれなかった。……この状況では皇血の維持を考えるべきかすら、分からない、が。慎重になるに越したことはない

 

(……彼女が世界に帰ってくる時まで、再び眠る?)

 

 五年後にちょうど起きる目星はある。……少しだけ遅いにしても。

 ドーガとウネによって塔の扉が開かれる。恐らくそれをグ・ラハの目覚めの切っ掛けにすることは可能だ。

 

 ふと当時の思い出に思考が飛んだ。

 自身の体感ではそう昔ではないこと。送り出してくれた皆にとっては二百年も前のこと。そしてここでは、まだ起きていないこと。

 

 霊災で地表に露出した塔と共に目を覚まし、それからは塔へと導くに足る者を見定めるために世界を視ていた。そう言った彼らの足取りを実際に目にすることになるなんて、思ってもみなかった。

 

(……彼らがまだ塔内に残っていたなら、知恵を借りられたんだろうか)

 

 そんな詮無い思いを振り切るように、彼は幾度か首を振った。

 彼らが戻ってこないということは、外に出た後塔に何らかの異変が起きたことには、気づいていないのだろう。

 

(……本当に……『異変』だ)

 

 勘弁してほしい。

 グ・ラハは片手で顔を覆った。

 

 何もかもがうまくいかない。

 

 五年後まで眠るにしても、この今少しでも何かできはしないかと、気分転換を兼ねて彼はほんの少しだけのつもりで世界を散策することにした。このままでは何も動けなくなってしまいそうだった。

 そう早く皇血が薄れ切ってしまうことはないと願って。

 

 彼は『玉っころ』をここにひとり放置しておくことに躊躇し、一応電源を落とした。

 

-----------------------------------

 

 彼には自身の弓の腕はそうなまくらではないという自負がありはする。しかし万が一にも命を落としてはならない。彼はよくよく魔物の群れを警戒しながら足を進めた。

 キャンプ・レヴナンツトールは最早なく、レヴナンツトールの造成は着手されてもいない。そしてイシュガルドには入れるはずがないから、彼は比較的近いグリダニアを目指した。

 しかし北部森林側から都市に入ろうとして見張り役の鬼哭隊兵士に阻まれてしまった。

 

「すまないが、怪しい者を都市内に入れるわけにはいかないのだ」

「オレは……冒険者になりたいんだ。弓術士ギルドがグリダニアにあると聞いた」

 

 咄嗟にそう言って背中の弓を手に取ってみせると、兵士はふむと考え込む様子を見せた。

 グ・ラハはフードを外してみせる。ただし、賢人のマークは安易に晒して良いものか迷い、フードの布を首元で絞った。

 

「顔を隠したままなんて不審で当たり前だ。失念してた、ごめん」

「いや……森の中を歩いて来たなら身を護るためなのだろう? クルザスは氷に覆われたとも聞く。……第一、我々も仮面をつけている」

 

 グ・ラハが顔を見せたことで気を許してくれたのか、そう言った兵士の口元は微笑みの形になっていた。どころか仮面まで外そうとしたので、「任務中に頭部の守りを手薄にしちゃだめだろ!」と言ってやめさせる。どうにも人が良すぎて危ういタイプに見えた。

 兵士は苦笑する。

 

「……我々はさきの合戦で冒険者に命を救われたのだ。その卵を締め出す道理などなかろう。……お前の目を見ていたら、あの人たちの姿を思い出せた気がしたよ」

「……ッ! あんたも、顔や名前が、思い出せなくなっているんだな」

 

 それは知識として得ていたことで、しかし兵士は勘違いしてしまったらしい。

 

「……お前も、か。……やりきれないよな。彼らは全霊をかけてくれたのに、我々は思い出せない。まるで恩義を忘れているようで……」

 

 気落ちした様子の兵士に、グ・ラハは切実な顔をして首を振った。

 

「あんたは、全然忘れていないよ。それで忘れてなんているもんか。……きっと彼らは帰ってくるさ。その時にめいっぱい手厚く出迎えてやろうぜ。お帰りってな! あんたならそれができるだろうし、きっとそれでいいんだ」

 

 彼が『彼女』の人柄も『彼女』が帰ってくることも知っているから言えること、ではあれど。

 兵士は小さく口を開いた。ぽかんとしたというやつなのかもしれない。

 

「……まったく、冒険者というものはそうやって……いや、今はまだ目指しているのだったか。まずはカーラインカフェに行って登録をすると良い。私は持ち場を離れるわけにはいかないから、一筆書いておいてやろう。住民に警戒されることはなくなるはずだ。もし道に迷えば案内者も見つけられるかもしれない」

「……! ありがとう……!」

 

 そんなことまでされてしまったら、少しだけ都市の様子を覗うだけでは済まなくなってしまう。

 しかしグ・ラハはこの状況でこんな厚意を拒否したくなかった。

 それに、あまり時間をかけたくはなくはあれど力をつけるにこしたことはないことも事実。

 グ・ラハは微笑んで、兵士が一筆したためてくれるのを待った。

 

-----------------------------------

 

「驚いたわ。ギルドで教えられることなんてあるのかしら。……いえ、更に『射貫く目』を育もうとするのは熟練者にもおさらいになって良いのかもしれない、わね」

「じゅ、熟練者!?」

 

 たじろぐグ・ラハにギルドマスターは小さく吹き出す。

 

「謙遜だったら嫌味なくらいよ」

「え、えっと……」

 

 居心地悪そうに身を縮めるグ・ラハの、耳まで垂れている様子を見てギルドマスターはくすくすと笑った。

 

「ごめんなさい、意地が悪かったわ。けれど、本当にいい腕をしていると思うわよ」

「あ、ありがとう」

 

 故郷のこともあるが、シャーレアンでも研究の合間に弓術を学んできた。他で学んだことがあるのを隠しているのはずるいように思えてそわそわする。しかしグリダニアの弓術はそれと異なる部分も多くあり、新鮮な気持ちで鍛錬に打ち込めているのは本当だった。

 

「ミコッテ族は幼い頃から弓を手にしてきた人も多いし、あなたみたいな人がいてもおかしくはないのかもしれないわね」

「いや、け、けど、故郷の弓術は同じく狩りに特化していたからさ、都市を守るために発展していったエレゼン族の弓術と融合して体系化された猟師ギルドの弓術、だろ? 学ぶべきことが本当に多い……!」

 

 ギルドマスターは目を丸くした。

 

「あら、受付の話をちゃんと覚えてくれているのね。忘れる人間も多いし、それでもそう問題はないと言えばないようなことなんだけれど」

 

 弓術を学びたいと思った時に真剣に聞く姿勢を示せただけで合格な部分もあるからね、とギルドマスターは苦笑した。

 グ・ラハは照れたような困ったような顔で微笑む。

 

「オレは、人の作る歴史が好きなんだ」

 

 へえ、とギルドマスターは眩しそうに目を細めた。

 

「成り立ちを覚えていれば勘所を掴みやすい部分もきっとある。既に良い『本質を捉える目』を持っているんでしょうね」

「そ、そう、かな……」

 

 褒められてばかりで彼はひたすらこそばゆかった。

 グ・ラハは故郷で兄弟たちから冷遇されていたのもあるが、シャーレアンでは周りにひたすら圧倒されていた。だから彼はあまり褒められ慣れていない部分がある。

 

「けれど、実戦でそれを活かせるかどうかね。念のため最初は初歩の……いや、あそこに良い先達が居るわ。彼にあなたのサポートを頼んで、終盤の鍛錬で狩るようなモンスターを相手してきてもらおうと思うの」

 

 そう言ってギルドマスターは優しそうな目で奥を見遣った。

 そこの視線の先に居た男性は、周りにちらほらいるフォレスター族よりも肌の色が暗く濃かった。恐らくシェーダー族なのだろう。

 彼は、集中した様子で小さな的に狙いを定めている。

 

(このグリダニアで……こんな目で見つめられるシェーダー族がいるんだ)

 

 そのうちにパァンと小気味よい音を立てて彼の放った矢が正確に的の中心を射た。凛とした姿勢に美しささえ感じて、グ・ラハは多分、数秒見惚れていた。

 彼がひとつ撃ち終わるタイミングを待っていたのか、ギルドマスターがすかさずシェーダー族の彼に声をかける。

 

「フールク! ちょっと新人を監督してきてくれない?」

 

 新人って言えるんだかちょっと分からないけれど、とギルドマスターが小さく言うのでグ・ラハはしどろもどろになる。

 そのうちにフールクがゆっくりと近づいてくる。グ・ラハの様子が微笑ましかったのか彼はふっと笑った。

 

「どうやら随分マスターに気に入られているようですね。褒めちぎっているのが聞こえていましたよ。こんなに恐縮させて」

 

 仕方ないかたですね、と言って彼はくすくすと笑った。

 

「あら、聞こえていたの。さすが良い耳をしているわね」

「今度は私を褒めちぎる気ですか? 勘弁して下さい」

 

 そんなことを言ってフールクが肩をすくめるので、ギルドマスターもくすくすと笑う。

 

「こんなむずがゆい場からはとっとと退散するに限ります。行きましょうか」

「よ、よろしく……!」

 

 ひどい言い様だわ、と肩をすくめるギルドマスターを背に、グ・ラハはフールクの案内で黒衣森の南部森林に向かうことになった。

 

-----------------------------------

 

 チョコボポーターを利用して、バスカロン監視所跡の近くでで降ろしてもらった。霊災を期に監視網が強化されたため、不要になった建物らしい。

 チョコボたちは通常の行先であるクォーリーミルを目指してか、そのまま真っ直ぐに東へ走り去って行った。よく訓練されているなとグ・ラハは感心をおぼえる。

 

「さて、修了間際ほどの討伐目標で構わないとのことでしたので、この近くにたむろしているオチュー種でも相手取りますかね」

 

 人の良さそうな微笑みを浮かべるフールクに、やはり一瞬物珍しさからくる感心のようなものをおぼえて、グ・ラハはぽやっと彼の表情を見つめてしまった。そして、内心はっとしてすぐに返事をした。

 

「あ、ああ!」

 

 フールクはくすっと苦笑した。

 

「あなたは歴史に興味がおありのようですから、グリダニアの事情もご存知なのでしょう? だから……私がシェーダー族なのが気になっている」

「……! い、いや……!」

 

 言い当てられたグ・ラハは言葉に詰まってしまった。

 慌てた様子のグ・ラハに対して、フールクは引き続き笑っていた。

 

「気まずく思うことはありません。よくあることですし、無理もないことでもありますから」

「……」

 

 そうは言われても、デリカシーのない目を向けていた気がするとグ・ラハは申し訳なく思うわけで、その心を反映するようにしょんぼりと耳が垂れていた。

 わかりやすい人だとフールクはまた笑う。

 

「隠すことでもありませんし、少しお時間をいただいても良ければお話し致しましょう」

「! もちろんだ! 聞かせてもらえるのはきっと、すごくありがたいことだから……!」

 

 歴史に興味がありそう、という印象から、気を利かせてくれているのだろう。

 興味津々な様子のグ・ラハに、フールクはふふっと笑った。

 

「それでは失礼して。……私はとあるかたに勧められて、個人として精霊に森で生きる許しを得たのです」

 

 グ・ラハは目を見張った。それが可能だというなら、シェーダー族の待遇が変わる可能性すらあるのかもしれなかった。

 

「シェーダー族が疎まれるのは、祖先が精霊とともにあることを拒んだからです。それでも、その子孫というだけで拒まれるかどうかは不明でしょうと。その立場にあるままよりも踏み出してみても良いのでは、と言われたのです。

 ……精霊というのは厳しさと同時に気紛れさも持ち合わせていますが、ほとんど博打です。その結果幸いにも許しが得られた。もちろん周りの見る目は変りましたし、私も文句は言わせないと胸を張れるようになりました。

 ……しかしどなたが言ってくれたのか、覚えていなくて。もしかしたら光の戦士たちのお一人だったのかもしれませんね」

 

 そう言ってフールクは苦笑した。

 

「第七霊災の後遺症だろうな」

 

 こんな様子でいるフールクが、恩人だろう人をそうそう忘れるわけがない。だからきっとそういうことだ。

 そこでふと、フールクは何だか小さく驚いたような表情を見せた。

 グ・ラハはその急な変化に内心首を傾げる。

 

「……ミコッテ族。……ああ。彼女(・・)も、あなたと同じ、ミコッテ族でした。ああ……そうです、そうでした……!」

 

 フールクは片手で顔を覆って俯いた。声が震えているような気がした。

 

「……! 思い出せたのか!?」

「……あなたの、おかげでしょう。ありがとうございます……!」

「礼なんて言われることじゃないさ」

 

 グ・ラハは苦笑した。

 彼がミコッテ族であることは、努力の結果得たようなものではない。それで感謝してもらっても気後れしてしまう。

 

「……そう、たとえ大博打でも、彼女が言うならできてしまいそうな、そんな雰囲気を持つかたで……ふふ。私は、あのかたに会うまで、このグリダニアを……特に槍術士ギルドの連中を、毛嫌いして……いや、それどころか恨んでいたのです。憎悪していたと言ってもいいくらいでしょう」

 

 顔を覆ったまま、フールクは語り始めた。

 きっと、今思い出せたというなら、誰かに伝えたい衝動に駆られるのもおかしなことではないのだろう。

 

「……彼女は『あなたを陥れた連中の顔や名前を思い出せるか?』 なんて言い出して……やつらは誰一人槍術士ギルドに残っていなかったのです。だったらもう罪を償っている私と違って、やつらはきっとどこかで酷い目にあったのだろうと、彼女は仰ったのです。そして、そんなやつらもうどうでもいいだろうと笑ったんです。その笑顔もあって、彼女の言うことは本当に思えてしまいました。

 やつらが使っていたような槍も捨ててしまえと……もう、罪も槍も、何もかも、私が過去に囚われる必要などないのだと……過去に関係なく、精霊にだってあなたは許されたでしょう、と」

 

 グ・ラハは予感がした。

 きっと……そのミコッテ族の光の戦士は、『彼女』だ。

 

「……それなのに、彼女の顔と名前は、まだ、分かりません……忘れているなんて……っ」

「……!」

 

 あの鬼哭隊兵士と同じで、フールクも思い出せないことを悔いている。

 

 ……霊災など、本当に、本当に、起きてはならないものだ。

 

「あんたのせいじゃないんだから、そんなに落ち込むことじゃない。光の戦士たちは、強かった。だからきっとひょっこり帰ってくるさ。また会えたら思い出すかもしれないだろ?」

「……!」

 

 フールクは、少しの間そのまま俯いていた。

 そして何かを振り払うように小さく首を振って顔を上げる。

 

「すみません、情けない所を見せてしまいましたね。ここから少し進んで小川を越えたところに、少し大きめのオチュー種が棲みついています。……あなたならきっとこなせるでしょう」

 

 そう言ってゆっくりと歩き出したフールクの背中は、少し居心地悪そうにしている気がした。

 きっと普段は、そう色々語ったりしない人なのだろう。

 

 思わぬところで、書物に記録されていなかった彼女の足跡を見つけた。

 グ・ラハは本当に貴重な話をしてもらえたものだと、心を暖かくした。




/

霊災前を観測できないのはクリスタルタワーが当時まだ地中で封印されてるからです。
塔が現役なアラグ帝国期なら観測できたかもしれませんが、そこまで遡行する意味は多分ないです。
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