光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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隣にいた誰かが助かるんだったら、あなたはいなくなってもいいよね?


いつかの冥き澱

「みーつけた」

 

 背後から聞こえた楽し気な声に、フォレスター族の男性はそちらを振り向いた。使い込まれたものか単に手入れを怠っているのか、錆びた色のチェーンメイルがチャリっと音を立てる。

 そこに居たのは見知らぬミコッテ族の女性だった。声音にたがわず良い笑顔だ。彼は首を傾げる。

 人探しでも頼まれた者かと、彼は彼女の表情をうかがう。

 

「……誰だ?」

 

 しかし彼女はその誰何に答えてくれなかった。

 

「槍術士ギルドのジスランさん。すこーし前に私の大切なおともだちのトコロでわるーいことをして……そして償わなかったでしょう?」

「……何を言っている? 遊びのつもりなら他所でやってくれ」

 

 彼は肩をすくめて歩き去ろうとする。これはまともに相手をしてはいけない類の人間だ。

 

「ニンジンだったかなあ? カボチャだったかなあ?」

 

 その声は彼の後をついてきた。しつこそうだ。相変わらず楽しそうにしているのが薄気味悪い。

 

「そして、ぜーんぶぜーんぶ、ひとりだけに押し付けた」

 

 突然底冷えのする恐ろしい声音に変わったことに驚き、彼は思わず振り向いて、そして視線をやったことすら後悔した。

 先ほど良い笑顔をしていたのと同一人物とはとても思えない悪役然とした笑みを浮かべるその姿にぞっとする。

 

 そしてふと彼女が言っていることがなんなのかにも思い当って更に彼はぎょっとした。

 これは、認めてしまえばきっと命が無い。

 

「な、何を言っているんだかさっぱりだ。失礼する」

 

 そして彼は更に足を早めた。フォールゴウドに入ってしまえばきっと殺生沙汰は起こせまい。

 しかしそれをさせまいとしたのか、彼女はそれまで後ろをただ着いて来ていたのに、彼の進路を塞ぐ形で真正面に立つ。彼女はまた良い笑顔を浮かべていた。……しかし彼には悪魔のように見えた。

 そして彼が何か言い始めるよりさきに、彼女はぴっと懐から何か小さなものを取り出した。

 

「イシュガルドのハルオーネやアラミゴのラールガーならまだ分かるけど、あなたみたいな人にも信仰はあるんだねー」

「……!」

 

 彼は息を呑む。

 彼女の手にあったのは豊穣神ノフィカの護符だった。……彼が数年前に失くしたものと、瓜二つ。

 

「そんなもの誰だって願掛けに持っている。私みたいな人にもと言われてもな」

「そう思うよねー? でも、信じてくれるかわからないけれど、これにはあなたのエーテルがたーっぷり沁みついてるんだ。大事にだーいじに、持ち歩いていたんだねー?」

 

 そう言いながら彼女はゴテゴテした奇妙なゴーグルを装着した。それからキュイーンと駆動音らしきものがし始める。

 

(……はったりだ。よくわからないものをさもありげに動かしてみせているだけだろう)

 

「わけのわからないことを言って……! 貴様さては強盗の類だな? 言いがかりで金をせしめようと」

「ああ、そういうのに見せかけるのもいいかもしれないね。でもこのへんって丁度いい魔物がうようよしているからさ」

「……? 操れるとでも……? そんな脅し」

「んーん。そんなわけないでしょ? 調教技術なんて私はどこで習得できるのかも知らないや」

 

 そう言って彼女はくすくすと笑った。得体の知れなさに彼はますます恐ろしくなる。

 

「ねえ、これどこに落ちてたと思う? なんと、私の大切なおともだちのお店です! しかもお野菜が盗まれた日に!」

「……」

 

 彼は彼女を睨みつけた。

 そうしていなければ無様に逃げ出してしまいそうだった。そうなればきっと背から撃たれる予感がある。

 

「あのババア、俺を売りやがったな……」

 

 もう隠し立てなど意味がない気がした。むしろはぐらかし続ければ聞く耳なしとの判断で即命を刈られる。

 ……あのいけすかないシェーダー野郎ひとりが犯人だと証言しろと丸め込んだ。店主だってあの野郎がシェーダー族だったから頷いたのだろうに。

 

「大切なおともだちだもの。五倍は払ってあげたかな?」

「ご……」

 

 こいつはこのご時世にどれだけ金を持っている。それとも。

 

「ハッ。さてはお前……あいつの女か何かか」

「そうだったらよかったのかな? わかんないや」

「……?」

 

 良い笑顔のままそんなことを言う。言っていることは本当に訳が分からない。一本当にいったいなんなんだこいつは?

 ……もしかしたら。大金を渡しておいてあの店主は殺害し、回収したのかもしれない。もう何をやっていてもおかしくはない気がした。

 

「そうそう、もちろんおともだちは、ほかの皆のことも喋ってくれたんだよ? それで、みーんな、あなたがやろうって言ったって言うんだよね」

「な……!」

 

 彼は、もう誰が言い出したかなんて覚えていないほどのことだった。

 奴らなすりつけやがった? あのシェーダー野郎にだってなすりつけたんだから、どうせそんな所だろう。

 

 全員が口裏を合わせるような時間など誰にもなかったことなんて、彼は知らない。

 

「だから、言い出しっぺのあなたには、たーっくさんイイコトをしてあげようと思うんだ」

「……」

 

 絶対に良いことなんかじゃない。

 逃げようとすれば後ろから撃たれるというなら、こんな小さく細っこいやつなんて始末してしまえば良い。正当防衛だ。思えば、何故こんなか弱そうなやつに怯えたりしているのだろう。

 彼は不敵な表情で己の使い慣れた槍を構えた。

 

「人を脅すような暴漢は、返り討ちに遭ってもおかしくはないぞ」

 

 すると彼女は良い笑顔を浮かべたまま、同じく槍を構えた。

 しかしその槍は、初心者が最初に手にするような弱々しいモノだった。

 

「そんなモノで何ができると思っていた!」

 

 こいつはただの大馬鹿野郎だ。槍術士ギルドに籍を置くような手練れを脅そうなんて百年早い。

 彼は腹立たしささえ覚えながら彼女に向けて突きを放った。

 

 しかしそれは寸前で思いっきり払いのけられる。

 

「!?」

 

 びりびりと手のひらが痺れさえ覚えている気がした。何が起こった。理解不能な事態に思考が止まる。しかしここで収まりがつくわけがないということだけは頭にあった。

 

 幾度も幾度も撃ち込む。

 しかしいくら撃ち込んでも彼女には当たらない。どうやってもすべて打ち払われる。あんな細すぎて重さもないようななまくらを持った、か弱そうな女相手に?

 これはいったい何だ? 何が起きている?

 

「わー。あなた弱いね? 他のみんなのほうがまだましだったかも?」

「なんだと!」

 

 一瞬で頭に血が上り、そして次の瞬間血の気がひいた。

 

 つまり(・・・)あいつらみんな(・・・・・・・)こいつに殺られている(・・・・・・・・・・)

 

「う、うわぁあぁあ!」

 

 恐怖が大きすぎて、後ろから撃たれるという危惧も忘れて彼は彼女に背を向けて走り出した。

 つまりフォールゴウドと逆方向に。もう何も考えていられないのだろう。

 彼女はクスっと笑う。ありがたいなあ。

 そして彼女は、少し彼を走らせたあとに、彼の足めがけてボムの爪を投げつけた。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 爆発音とともに彼の悲鳴が聞こえた。

 

「ねえ……ここ、ボム種がいっぱいいるよね?」

「……!」

「あなたは、不注意にいっぱいひきつけちゃって、自爆をよけられなくて、燃えちゃうんだ」

「……!!!!!」

「だってね? 罪を被るわけにはいかないんだ。あなたにも分かるでしょう? 償っていないんだから」

 

 まだまだ、やらなければならないことがたくさんあるのだから。

 

「……!」

 

 彼は懸命に這って逃げようとしていた。

 彼女は更にボムの爪を投げつける。

 それは彼の手のひらに当たった。そしてまた悲鳴が上がる。

 

「たくさん、たーくさん、イイコトをしてあげるよ」

「ひ、ひいいいいい……!」

「怖がらなくていいんだよ? きっとみんなが、向こうで待っててくれるから」

「やめろおおおおおお!」

 

 防音と幻影の術に隠れて、その蛮行は静かに続けられ、静かに幕を下ろした。

 

「……ねえ。もっともっと繰り返したら、そもそもあなたが馬鹿げたことをしない世界になれるのかな」

 

 ……そんなのきっと、赦されたいがための欺瞞の言葉。

 だって何年前だかきちんと分かってもいない。現場を取り押さえられる自信が無い。

 本当は、誰がやったかとか、店がどこだったかとか、全部全部、超える力で偶然みることができたものだった。だからいつだったのかが、分からない。

 

 ……本当に、酷い話だ。

 

 彼女は自嘲の笑みを浮かべて、後悔を振り切るように首を振った。

 ……分かっていたのに。今更そんな気持ちに襲われるなんて。意気地がないにも程がある。

 もう、やると決めたことなのだから。ここまで酷い目に遭わせなければ気が済まないと、決めたのだから。

 

「……さて。あとはどうしたらいいかな? ……あ、そうだ!」

 

 彼女はまた、良い笑顔を浮かべた。

 

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「冒険者でも、森での生活について、精霊の許しを乞うことはできる?」

 

 彼女は幻術士ギルドを訪れ、目に入った道士に声を掛けた。

 

「一体何故そのようなことを?」

 

 問われた道士ウォルデューは穏やかな顔で聞いてきたが、きっと不審がっている。敢えてやる意味などないことなのだから。

 

「だって、定住していないって言っても、私は魔物や自然から、住んでる人よりよほどたくさん恵みをもらっているんだ。それなのに許しを乞わなくて良いなんて、おかしいでしょ?」

「……なるほど」

 

 ウォルデューは優しい笑みを浮かべた。

 

「感心しますね。普通冒険者は誰もお気になさいません」

「別に。ずっと疑問だっただけ。あと、都市に入れてもらえないような人だっているのにさ、罪悪感が酷くって。良かったら許しを得られる方法を教えてくれないかな? ずっとそわそわするんだ。私は胸を張って狩りや採集をしたい」

 

 それは本当のことではあった。真剣に、やってみたかったこと。

 ウォルデューはくすくすと笑う。

 

「……そうですね。良い心がけでもあります。しかし流浪の身であればもともと精霊に関心を持たれません。もし精霊に拒まれたらどうなさるのです? 胸を張るどころじゃありませんよ?」

「そこなんだよね。……もしよかったら、精霊の嬉しがることとか教えてもらえないかな? 気に入ってもらえたら許してもらえそうな気がする」

「ふふっ。それでも保証はできませんよ?」

「精霊って結構気紛れな部分もあるって聞くからなあ……でも、本当に気になって気になって。恵みを貰うのが気まずいのも、精霊に嫌われるのも同じ気がするし、拒まれたらもういっそきっぱり黒衣森で狩りや採集をしないって諦められるかもしれない」

「……不思議なかたですね。ああしかし、冒険者というのは、どんなに危険であろうとなにごとにも挑戦を続ける人たちだとも聞きます。決意が揺るがないのなら、精霊たちの声をお伝えしてあげましょう」

「本当!? ありがとう!」

 

 ぱあっと目を輝かせる彼女に、本当に珍しい人だとウォルデューは笑った。

 

(……ウォルデューは今からわざわざ精霊の声を、聞いてくれるのかな? ねえ、そしたら、黒衣森の精霊さん。私だけじゃなくて、私が死なせたくない人も許してもらうには、どうしたらいいかな……?)

 

 彼女は真剣に、それを聞けることを精霊に祈った。

 ねえ、精霊さん。()があなたたちの好むことを色々できたら、森で生きることを許してくれる?

 

(彼の刑期がいつ終わるのかすら、まだ私は、知らないんだけど、さ……)

 

 彼女はふっと小さく苦笑した。




助けずに見送り続けることに疲れ荒み切った彼女は、こんなことをしでかしたこともあったのかもしれない。
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