この時代でできそうなことは、きっとない。
都市内のあちこちに霊災の爪痕がみられたが、グリダニアには木工師ギルドや革細工師ギルド、そして園芸師ギルドがあるだけあってか、修復や再建に奔走する人々の姿はたいそう頼もしかった。きっと、まだ折れていない人たちが、今は立ち止まるしかない人たちをいつか引っ張り上げてくれるだろう。そんなことを感じさせる人々の様子が、彼の心を随分落ち着けてくれた。
また、弓術について新しい知識を得られたことに加え、今まで知らなかった彼女の足跡を見つけられたのが僥倖だった。彼はこれ以上ない気分転換ができた気がした。あれだけずっしり重かった心が少し軽くなっている。
もう、今から五年後までは眠っていよう。
彼女が帰ってくることは知っているのだから。
これからを期待していると言って送り出してくれた弓術士ギルドの皆には悪いが、少しの間待っていてもらわなければならない。あなたたちが教えてくれた技は、彼女の傍できっと活かしてみせるから。
彼はホームポイントとなっていたシルクスの塔にデジョンで跳んだ。
その扉は託してもらった皇血に反応し、ゆっくりと開かれていく。
この扉を開けることが、今はまだ眠っているというザンデたちを刺激していないことを彼は祈った。
ザンデらが五年後に目覚めたのは、各地で活発に蛮神が召喚され始め、エオルゼアが、人々が、白き衣のアシエンの思惑で、何らかの覚醒を促され始めたと思われたタイミングと一致するらしい。具体的にかのアシエンが何をやったのかは明らかではない上に、その目論見が達成されたのかも不明だ。残されていたウリエンジェの手記からして、恐らく闇の戦士たちもこの頃には接触を受けていたのだろう。
(人の、覚醒。……一体何をしたかったんだろうな。別世界の魂さえ言葉巧みに利用したようなやつだ。語ったことが脚色だった可能性もあるんだろう)
アシエンのことを考えると気が滅入る。彼らこそが霊災を起こす者なのだから。
そんなことをぐるぐると考えながら、ふと彼は少しだけ後ろを振り返った。
……あの時あそこには、ノアの皆が居た。見送ってくれた。
今は誰もいないそこで、静かに扉は閉じられていく。
彼は少し淋しさをおぼえた。
(……オレはきっと『グ・ラハ・ティア』として皆に会うべきじゃないんだろう)
この時代にはこの時代を生きている『グ・ラハ・ティア』が居る。だからここで五年後見送られるのはそいつでなければならない。そのことに何の影響もあってはいけない。
彼は、冒険者登録を勧められた際に念のためと偽名を考え、『ル・ヴェト・ティア』を名乗っていた。自身の種族であるサンシーカーに有り得そうな名前くらいならいくらでも浮かぶ。氏族名は二十四しかないから、その中から選べばいい。ただしグ族は一応避けた。個人名については知人にはいないものを適当に。
これからは名乗るべき時があればその偽名を使おう。
(髪型なんかも変えるべきなんだろうか……そのうちどうにかしないと)
そんな事を考えつつ、『玉っころ』を起動する。その隣で彼は制御パネルに設定を打ち込み始めた。
〘おはようございマス、殿下〙
「あ、ああ。おはよう」
やはりこんな呼ばれかたには慣れそうもない。しかし拒否すれば正体は何かとなって、下手をするとなにも聞いてくれなくなるかもしれない。
「少し、時間を止めて眠ろうと思う。起きるのは次に誰かが塔の扉を開けるまで、だ。……お前も一緒に寝ていよう」
〘かしこまりマシタ〙
本当は話しかける必要はない。呼び掛ける必要もない。
けれど例えAIだとしても、今この世界で彼のことを『グ・ラハ・ティア』と認識して接してくれる唯一の存在なのだ。
「……よかったら、その時にまた、おはようと言ってくれ」
〘かしこまりマシタ。良い夢を〙
そう言ってくるんと回転する『玉っころ』は、なんだか可愛らしいように思えた。小さく笑いながらそっとそれの電源を落として、彼は自身が眠るためのカプセルを起動する。
(……あれに二度も入るなんてな)
それは本来クローンを保管しておくためのものなのだろう。
しかしシルクスの塔には寝室や仮眠室のようなものが存在しない。だから家具製作の心得のないグ・ラハにとって、『眠る』という行為に適したモノはそれくらいしか分からなかった。
もしかしたらそのへんの適当なところで突っ立っていても眠れるのかもしれない。睡眠というより時間の停止だからだ。
しかし気分的な問題というのがある。
彼は小さくため息をついてカプセルのある区画に向かった。
(……前に眠った時は、あんたの名前に会いに行くつもりだった。だが今回は、あんた本人に、会いに行く)
過去の彼女に直接会っていいのかは分からない。
しかしどうにかして黒薔薇のことを伝えなければ。
暁の血盟に属すシャーレアンの賢人たちの中には、エーテル学に優れた者が幾人かいる。
(もしかしたら、黒薔薇の根絶が難しいにしても、彼らなら対抗策を生み出せるかもしれない)
エーテルの強制的な停止を防ぐすべ。それを考えてもらえれば、第八霊災は防げるかもしれない。
黒薔薇はギラバニアに自生していた植物をもとに開発されたらしい。せめてそれに関する調査くらいは務めたい。
……大きな懸念は第一世界がどうなるか分からないこと、だが。
(鏡像世界には、行けなければ何もできない)
第一世界の人々自身で光の氾濫を食い止める。それを信じるくらいしかできない。
無力感を抱えながら、グ・ラハは再び眠りに就いた。
-----------------------------------
……扉が、開かれた。
ノアの皆はいったん引き返して準備を整えようとするはずだ。塔からこっそりと抜け出す機会は今しかないのだろう。
「……なあお前、そういえばなんでそんな名前なんだ?」
この端末の大きさは一抱え程あり、そう動き回るものではないように見える。
〘ピピッ。メンテナンス失敗によるものデス。しかしそれがなければスクラップデシタ。そのため意義あるものとして名は維持されていマス〙
「うん……?」
〘申し訳ありまセン。AIとシステムユニットが不整合であった時期の記録には論理性が無く、言語化不能デス。ただし、前後でデータ処理速度の飛躍的な向上がみられることから、AIの学習にたいへん良い環境であったものと推定されマス〙
「……そっか」
グ・ラハはふっと笑った。
機械ゆえなのか心あらざる者然とした言葉選びをしてはいるが、この『玉っころ』は、きっと人と人とのかかわりの中にいたのだろう。そして、ヒトだったら『人間的成長』などと表されるような『体験』をしてきたのだろう。……『言語化不能』なほどに。グ・ラハがつい話しかけてしまうのは、この『玉っころ』が人間味を持っているように感じられるからなのかもしれなかった。
(きっと、ガーロンド社の皆と歩いて来たんだろうな)
察するに今は、その『メンテナンス失敗』が改善され、『AIとシステムユニットとの整合性』が取れた状態にあるのだろう。アラグ帝国製の端末にそんなことができるとしたら、彼らしかいない。
(……ここを出たら、もうこいつには会えなくなる)
この時代の『グ・ラハ・ティア』が眠った後に彼が塔に接触すると、何が起きるか分からない。だから彼は戻らないことを決めていた。
そして名残惜しかろうと、塔で何の役割を果たすのか分からない端末を持ち出そうとは思えない。
「今までありがとう。次にお前が目覚めた時、『オレ』が道に迷っていたら、そうやって話しかけてやってくれ」
〘ピピッ。かしこまりマシタ。必ずやご指定の目的地にご案内いたしマス〙
「……ははっ」
そういう意味じゃないんだけどなあ。
苦笑しながら、グ・ラハはひとかかえはある『玉っころ』の電源に触れる。
「おやすみ、『追従システム』。行ってくるよ」
〘行ってらっしゃいマセ殿下。どうか、お気をつケテ〙
くるくると回る独特な挙動を見届けた後、彼は『玉っころ』の電源を落とした。
-----------------------------------
(……クライブ……!?)
セヴンスヘヴン奥の扉を通るためには、許可が必要だ。それをどうしたら得られるものかと思案していたところ、見知った姿を見かけて彼は思わずロウェナ記念会館方向へゆっくりと歩き去る。
暁の血盟に派遣されていたバルデシオン委員会のメンバーの一人だが、彼はこの時期既に命を落としていたはずだ。それがこの少し前に設立されたと思われるクリスタルブレイブの制服を着て力強く歩いていた。断じて幽霊の類などではない。
(……歴史を書き変えることになろうとも。そう思って、過去に跳んだじゃないか。……既に何かが変わっていたとしても、おかしくはないだろう?)
彼やガーロンド・アイアンワークス社の皆の手によらない変化が既にあるというのなら、それは、過去を変えることが可能だという証明にもなるのではないだろうか。
そして何よりも。
(……生きてる。あいつが……生きてる)
死んでしまった仲間が、生きている。
(何しれっと別の組織に入ってるんだよ)
そこまで親交のあった人間ではないが、言動こそ粗野でも、周囲を引っ張って行ける熱さのある人物だったと知っている。こうして嬉しくなって、それを隠すための憎まれ口をたたいてしまいそうになるくらいの相手だ。
(けど……そっか。この時期にはバル島消滅の知らせが届いているはずだ。そのまま何もしないでいるよりも、ってことなんだろうな)
彼は本国の調査を黙ってじっと待つような人間ではない。ましてや派遣元が消息不明だからといって本国に帰ることもしないだろう。委員会に連絡がついたらついたで、その時になんやかんや理由をつければどうにかなるだろう、くらいに思っていそうだった。
色々と想像がついて彼はふっと笑ってしまう。
しかしすぐに表情を曇らせた。
(……お互いが顔を知っている人間があの人以外にもいるなら、ますます迂闊に近づいちゃだめだ。もっと色々考えてからでないと)
フードを被っておいてよかったと彼が胸をなでおろしていたら、声を掛けられた。
「……なんだいお客さん、うちの軒先で百面相して。手持ちでも足りないのかい?」
「えっ!? あ、あぁ……いや」
ぼんやりしすぎていた。
露店の前で立ち止まって考え込んでいたら、そんなことを言われもするだろう。
「金はともかく……装備はこことして、いいかげんみすぼらしいから髪とかも整えたいんだけど、勝手が分からなくてさ……これからどうしたものかと」
「ふむ……」
そのうち、と考えていたことを咄嗟に口にする。『装備はここ』と言って弓を見つめたグ・ラハの様子に気を許したのか、店主らしきフォレスター女性は真剣に考える様子を見せ始める。そこに彼女のすぐ隣に立っていたミッドランダー男性も話しかけてきた。
「待ちな兄さん、修理してやるからちょっと装備を見せてみなよ」
「あ、あぁ、頼む」
職人の心得がある者は脱いで渡したりしなくとも修理することができる。だから彼はただミッドランダー男性の前に立った。しゅわんと一瞬風が巻いたような感覚がして、着ている物がみんなパリっとした気がした。
「ありがとう」
言って代金を渡すと、男性は小さく首を振る。
「いやな、修理して分かったけど、やっぱりあんたが今着けてる以上の装備はこの店にはない」
「へ? そ、そうなのか……」
少ししょげた声音になるグ・ラハに、フォレスター女性のほうがくすくすと笑う。
「たまに居るんだよね。よく見ないで買って後悔する人」
「うっ……教えてくれてありがとう」
言われなければ、百面相の気まずさをごまかすために適当な物を買って、そそくさと去っていただろう。
「そうやってローブですっぽりなお客さん相手じゃ気づいてやれないからね。役に立たない物を売ったとなれば店も名折れだし、冒険者だって命に係わる。そこで、装備を見せろって言っても怪しまれない修理専門の人間と二人一組になってるのさ」
「へえ……!」
素直に感心の声を上げるグ・ラハに、フォレスター女性は微笑んだ。
「あっちの建物の中に『ダイヤモンドフォージ』って工房があるんだ。あそこならここより性能が高くて、お客さんにも扱えそうなものを揃えていると思うよ。見た目にも気を配っているところだから、髪もどうにかしてくれるかもね」
「本当か! ありがとう……!」
目を輝かせるグ・ラハに、「いいさいいさ」と言ってフォレスター女性は小さく首を振った。
グ・ラハはふと思い出す。位置的に賢人マークが完全に隠れることはないにしても、襟の高い服が欲しいのだった。
「あ。けど、着替えが欲しいのはあるんだ。よかったらこのブリオーを買わせてくれ」
「ああ、性能分かったうえで買ってってくれるのかい。ありがとうよ」
隣のミッドランダー男性が笑う。
「冒険者向けに戦闘服として売っているのを着替え用に買うのは少し申し訳ない気もするけど」
「何言ってんだい、服なんて持ち主が着たいように着ればいいのさ」
店の二人がくすくすと笑うので、グ・ラハもへへっと笑った。
グ・ラハに渡そうとブリオーを手にしていたミッドランダー男性が、その笑った顔をじっと見つめてくるので、彼はたじろいた。
「しかし……うーん。なんかあんたにはヤバい色な気がするから、ついでに抜いといてあげるよ。仕入れ先がこの色でばっか出してくるもんだからさ、客が皆珍妙な顔になっちまうんだよなあ……」
男性は「使いようでは良いアクセントになる色なんだがな……」と神妙な顔をしながら彩度の高いグリーンの生地を眺め、備品の中からテレビン油を取り出した。
フードの隙間からグ・ラハの髪や目が赤いのが分かったのだろう。敢えてそういう色合わせをする者もいるかもしれないが、確かに対照的すぎて目に痛いのかもしれなかった。
「手間をかけるな」
「お客さんいかにもこういうのできなそうだからねえ」
「うっ……」
横でそう言って笑うフォレスター女性にグ・ラハはしょげる。しかし図星なので何も言えない。
職人の手作業による繊細な染め物とは違った魔法的染色技術で生地の染め色を抜きながら、ミッドランダー男性は苦笑した。
「オメーもできねーだろうがよ」
「あたしの仕事はモノを仕入れて売ることだからね! 対して冒険者にはなんでも手を出す好奇心旺盛な奴がいる。でもお客さんは洒落っ気がまるでないから、やらないかできないかってことだ。だからあんたが余計な口出しをする。単なるお節介さ。だからお客さんが気にすることじゃないんだよ」
「へえへえ。まったく。意地が悪いんだか、優しいんだか」
「優しいのさ!」
そう言って胸を張る女性に男性は更に苦笑した。
そして男性はグ・ラハに白くなったブリオーを示して、「包むかい?」と聞いてくる。「いや、いいよ、ありがとう」と言いながらグ・ラハは受け取り、代金を手渡した。
生成りが白系ということはコットン製かウール製なのだろうが、グ・ラハにはどちらか判別がつかない。そのふんわりとした触り心地にグ・ラハは小さく微笑む。
「まいど! 何かあったらまた寄りな!」
「修理もご贔屓に」
「ああ」
頷くグ・ラハにフォレスター女性が「そうそう」と付け加える。
「ダイヤモンドフォージはあそこを入って右さ。健闘を祈るよ」
そして送り出すように小さく手を上げた。
「あ、ああ……」
何故健闘なんて祈られるのだろうと思いつつ、グ・ラハも小さく手を上げて返し、二人の露店を後にした。
-----------------------------------
そしてロウェナ記念館一階右手側の工房を訪れ、彼は祈られた理由を知った。
ここの品はギルでは買えない。危険な場所から持ち帰るものとの交換しか成り立たないらしい。
(ダンジョン内で発見される古びた装備品、か……要するに……いや、廃棄の線もなくはないが……)
好事家というのは本当に何を考えているのか分からない。
「どうしたの? あなたなら問題なく回収できると思うんだけど」
ここの住人はフードを被った人物の戦闘力などどうやって見定めているのだろう。
レヴナンツトールに来るような冒険者たちは皆猛者ばかりだから単純にそれが基準なのか、あるいはそれくらいもできないのかという挑発なのか、もしくは何かの目測か。
「それは分からないが……オレはジョブ専用装備は持てないんだ」
「あら。なるほどね。どうやったらそのあたりを習得できるのか我々職人には分からないけれど……ここは冒険者の街だもの。誰かに聞けば、答えてくれるかもしれないわ」
「そうだよな。気になるやつを見かけたら話しかけてみる。あとは……髪型をどうにかできる人を知らないか? 美容師とか理髪師とか……」
「ああ……どうしたいかによるわね。多少整えるくらいなら我々でもどうにかなるけど……美容師も理髪師もそうそう捕まらないのよ。専門技術が必要だからあちこちひっぱりだこらしいわ。腕が良い人なんて予約が一年以上先まで埋まっているそうよ」
「い、一年以上!?」
ぽかんとしたグ・ラハを見てゼーヴォルフ女性が笑う。
「その敏腕美容師じゃなくても、予約を取るような技師なら腕は確かだから、きちんと予約することをお勧めするわ。面倒くさいからって器用なだけな我々みたいなのにやらせたら、そのよく動く耳がなくなるわよ」
「っええ……!?」
彼女の言った色んなところに恐々として、グ・ラハは耳や尻尾がぶわっと逆立っているのを自覚した。これでは言われても仕方がないのだろうとますますしょげる。
しかしミコッテ族は皆こうなのだから、仕方のないことなのだ。……多分。
いよいよ声を上げて笑い始めた女性を拗ねた表情で軽く睨んでいると、「悪いね」と半笑いのまま謝られる。止まらないらしい。遺憾だ。
「ちょいとおにーさん。必要のない話だったら悪いんだが」
そんな締まらない雰囲気の中、ゼーヴォルフ女性の隣に立っていたデューンフォーク族男性が真剣な顔でそう声をかけてきた。同時に何かの幻術が展開されたのが感じられる。
「!」
「冒険者ってのは秘密の一つや二つ抱えてるもんだ。あんたは顔を隠してるわけじゃないから一応言うだけだが……オイラたちに協力できることがあるなら、言ってくれ」
言われてグ・ラハもすっと真剣な顔になって考え込んだ。
(……装備品……しかも高級なものに関わる職人たちが、協力してくれること、か……)
更に、一応の確認をするためだけに幻術まで使って機密を保とうとしてくれている。
(……けど、どこまで巻き込んでいいのかが分からない)
だが、賢人の印を隠すことができたなら、きっと動きやすくなる。
「……」
瞑目して、眉間に皺さえ寄せて考え込むグ・ラハを、工房の一同は固唾をのんで見守った。
やがて彼はふっと瞼を持ち上げ、言いづらそうに話し始めた。
「……傷跡、痣、刺青……そういったものを、覆い隠すすべはあるか? ぱっと見分からないくらいでいいんだけど、できるだけ魔法的じゃないほうが良いと思う。服飾品からはどうしても部分的に出てしまうんだ。……この程度の情報で協力してもらえるものなのか? それに、手持ちはそう多くないと思う」
暁には『視る眼』が良い者が多い。その目を欺くとしたらエーテル学的なものではきっといけない。たどることができる者にとっては、別のものを探していてたまたま視えた、なんてこともある。
だから、ちらっと視界に入っても気づかない、程度で構わない。
「……隠したいものが何なのかを明かさないのは……オイラたちが信用できないから、ってわけじゃなさそうだな」
「ああ。……実は、まだ隠しているべきかどうかの判断すらついてすらいないことでさ……でも、隠すべきとなった場合すべてに対して隠し通していないと、そもそもが破綻するかもしれないんだ」
「なんでもないことかもしれないけれど、重大事かもしれない、でも今はまだ分からない、ね。まあ、そんなこともあるでしょう。この街で冒険者を助けることは、我々の商機を守ることでもある。秘密の詮索なんて無粋なこともしないわ。ただし……誰かを泣かそうってわけじゃないなら、ね。……誰かってのにはもちろん、あなた自身も含むわよ」
「……っ! あんたたちは……いや……ああ……オレは、泣かせたくな人がいるから、ここに来たんだ」
それを聞いて、工房の者たちはそれぞれに笑顔を浮かべた。
「冒険者らしくて良いじゃない。ただ、『できるだけ魔法的じゃないもの』となると、直接肌に貼るか塗るかするものになるわ。場所くらいは聞けないと、安全に仕出してやることはできないわよ。あとだいたいの大きさと、アレルギーや既往歴なんかもね」
幻術だけで良ければそこまで聞かなくて済んだんだけどね、と彼女は苦笑する。グ・ラハはくしゃっと笑った。
「安全に配慮してくれてありがとう。……場所は、首の両サイドと、左肩だ。アレルギーはないし、病気も風邪くらいしかしたことがないな」
「健康そうで冒険者としてなによりだわ。首、ね……貼りモノなら粘着力が強すぎないほうが良いだろうし、刺激のあるものも避けたほうが良いでしょう……そして両サイド、か。『絆創膏』で済ませようとすると逆に目立ってしまうものね。……しかし、ミコッテ族っていうのは案外がっしりしているのよねえ……ちょっとローブの上からで良いから、測らせてくれるかしら?」
そんなことを言う彼女の向こうから、メジャーを手にしたミッドランダー族男性が歩み出てきた。グ・ラハは今まで居ただろうかと面食らったが、さっと幻術を展開できるような工房だ。そういうものなのだろう。
「気を遣ってくれてありがとう」
「これが仕事なの。お礼なら全部終わったあとでね」
良い笑顔で言われてグ・ラハは苦笑した。即金で払える額でありますようにと彼は祈った。
数人が粛々と作業しているのをグ・ラハが見守っていると、存外に早く品物がテーブルに置かれた。
「随分早いな」
「あなたがアレルギーも既往症もなかったおかげよ。万人向けという基準だけで済むんだもの。できるだけ違和感が無くて、低刺激で、伸縮性も通気性もあって、目が詰まっているもの。要するに素材的には湿布薬やサポーターだけど、薬の類がついていないものよ。そして、何か貼っていると分からなくする程度の幻術をかけてある。『できるだけ』ということだからひとつも魔法を使ってはいけないということではないものね。絆創膏を隠す程度の幻術は埋もれて分からない程度でしょう」
「……協力が得られるなんて思ってなかったくらいだったのに、こんなに手厚いサービスをしてもらえるなんて……本当にありがとう。いくらなんだ?」
聞いて、グ・ラハは目を見開いた。
「それは……ただの湿布くらいの値段だろう?」
「何もおかしくないわ。薬がないのだからただの湿布未満よ?」
「いや、けど……」
「協力料とかそういう面倒臭いことを計算する暇があったら他の商品を作るわ。言ったでしょう? これは我々の商機を守ることでもあるの。まあ、思うところがあるというなら、これを」
「……? 合符?」
「ええ。単に『こういう商品』というだけの符票よ。消耗品だもの、手持ちが尽きたらまたここに買いに来てちょうだい。他の店に『これを』と頼むよりは我々の利益になるわ」
「……!」
客の名も、使用目的も何もない、単に『こういう商品』というだけの情報が記された符票が、今の彼の身にどれだけありがたいものか。
「冒険者は命懸けだからね。こうして細かいところは手厚いくらいにしてあげないと、すぐいなくなってしまうもの。けれどそのぶん、支えてあげられれば見返りが限りなく大きい。だから、めいっぱい冒険してめいっぱい好事家の喜ぶものを持ち帰ってきてちょうだい。楽しみにしているわ」
工房の面々はただただ良い笑顔で小さく手を上げるのみで、グ・ラハはこれ以上何か言うほうが失礼なのだろうと思った。だから上乗せしたりせずきっちりと代金を支払って、しっかり頭を下げて品物を受け取った。
「ああ、また来るよ」
「まいど、ご贔屓に」
-----------------------------------
「あなたが暁の血盟のメンバーを探していた冒険者ね。わたしは、盟主のミンフィリアといいます。さっそく、要件を聞かせてもらえる?」
日を置いて、賢人マークを隠したグ・ラハは、白いブリオーの上に念のためのローブを羽織り、そしてフードの下で髪をおろして、エーテライトの周りで人々に『暁の血盟のメンバーを紹介してくれないか』と尋ねて回った。
すると暁の血盟員のクルトゥネと名乗るフォレスター族の呪術師に呼び止められたので、極秘で依頼したいことがあるのだと伝え、今に至る。
極秘と伝えたからか奥に通されたが、当然に盟主の護衛のためだろう賢人たちも居た。ただし『彼女』の姿はない。今頃はもしかしたらシルクスの塔を攻略中なのかもしれなかった。
「ル・ヴェト・ティアだ。単刀直入に言う。帝国軍が所持している可能性のある大量殺戮兵器に関して、調査を依頼したい」
「帝国が……大量殺戮兵器、だと?」
全員一様に眉をひそめている。声を上げたのは恐らく『サンクレッド』だろう。
「可能性というだけなのが申し訳ないんだが、ことがことだけにな。あなたがたが暇ではないのは重々承知しているつもりなのだが、他にどこを頼っていいか分からないんだ」
「どこかのグランドカンパニーに頼ろうとしないのは何故?」
鋭く聞いて来たのは恐らく『ヤ・シュトラ』だろう。
「私自身の素性のためだ。情報の信憑性もそこから来るものだから、『国』を相手取れるものなのか分からない」
「素性……?」
「これも申し訳ないんだが、まだ明かせないんだ。今はどうか、このまま聞いてくれないか……怪しいのは分かってる。断られても仕方がないことも、分かってる。でも、どうしても『今』はだめなんだ」
「……なるほど、複雑な事情がありそうね。聞くだけ聞いてもいいのではないかしら。世迷言かどうかの判断は、それからでもいいでしょう」
ヤ・シュトラは随分辛口な人らしい。グ・ラハのフードの耳がしゅんと垂れたのを目にした賢人たちとミンフィリアが目を丸くしたことに、彼は気づいていない。
「ま、まあ……聞くだけなら、な」
そのサンクレッドのしどろもどろさはグ・ラハが憐れに思えたからのものだったが、当人には信用できないが故の躊躇いに感じ取られていた。
「ありがとう……」
少し身を縮めて俯きがちにしているグ・ラハに皆の視線が集中した。状況に促されてグ・ラハは語り始める。
「その兵器は名を『黒薔薇』と言うんだが、今も同じかどうかの確証はない。毒ガスを使った化学兵器だ」
皆息をのんだのが分かった。
「現状、どこかに記録か痕跡があるとしたら、二十年前にギラバニアの集落で開発実験が行われていたことと、実践投入前にガイウス・ヴァン・バエサルがその非人道性から計画を中止させたことくらいだと思う」
「……待ってくれ。ガイウスが計画を中止させたというなら、今は既に……いや、だからキミは『可能性』と言ったのか」
そう言ったのは恐らく『パパリモ』だろう。
「ああ。ガイウスの命令を無視して計画が続行されていた可能性があるんだ。けど軍団長かつ総督であった者さえ見逃したようなものを外から追えるとは思えない。だからそっち方面で無理をしてほしいと頼みに来たわけじゃないんだ」
「……と言うと?」
「『黒薔薇』はエーテルを強制的に停止させる兵器だ。圏内に居れば散布されたことに気づくこともできずに一瞬で命を奪われる」
皆の表情がそれぞれ苦し気なものになる。少ない言葉だけでも既にそら恐ろしいものだ。
「前線や集落で使われる可能性を考えて、なんとか防御手段を生み出してほしいんだ。私はエーテル学に疎いから自力ではなんともならない。けどあなたたちの中にはシャーレアンの賢人がいるんだろう? 詳しいかたもいるんじゃないか?」
グ・ラハがそう言うと、ヤ・シュトラとパパリモにちらほらと視線が行った。するとグ・ラハが安心したように微笑んだので、何人かは内心で微笑ましく思っていた。
「けれど『エーテルを強制的に停止させる』ね……何から対抗策を講じていいものか……」
熟考するそぶりを見せ始めるヤ・シュトラに、グ・ラハは更なる情報を口にする。
「『黒薔薇』はギラバニアに自生する有毒植物から抽出した毒素をもとに開発されたと聞いている。何かの助けになるかもしれない、どうにかして私が現地の植生調査に」
「待って! ギラバニアでしょう? 今あっちへ行くのはかなり難しいよ?」
そう発言した覆面の女性はグ・ラハには誰だか見当がつかなかった。
「確かに、『今』はな。だが、折が良いとも言える。氷の巫女の動きは気になるが、クリスタルブレイブも動き出したんだ」
そう言うサンクレッドはほんの少しだけ満足気か誇らしげか、そういった類の雰囲気をしていて、グ・ラハは引っかかった。クリスタルブレイブについては良いイメージが無いからだ。この段階ではまだ皆信頼しきっていたのだろうか?
「クリスタルブレイブ……あの青い服の人たちか?」
グ・ラハは探りを入れられないかとそんなふうに聞いてみる。
「ああ。『すべてはエオルゼアのために!』って真顔で言っちまえる組織さ。その真顔にも色んな種類があって、獰猛な奴もいるんだが……いい発破ではあるんだろう」
そんな抽象的なことを言うサンクレッドはただただ穏やかだ。グ・ラハは自身の情報不足を思って内心狼狽える。
「キミはもしかしたら『黒薔薇』で頭がいっぱいでよく知らなかったりするんじゃない?」
「お前が言えたことか?」
覆面の女性がパパリモに突っ込まれて不満そうにする。しかしこれはいがみ合いではなくじゃれ合いなのだろう。それが分かるから、グ・ラハは苦笑しながら言う。
「ああ……恥ずかしいことだが、グランドカンパニーエオルゼアに先駆けた先行統一組織、というくらいしか知らないんだ」
「恥ずかしがることはなくてよ。暁が軍隊を作った、と捉えている人たちもいるくらいなんだから」
「え、違うの?」
「違う」
ヤ・シュトラが優しい、と思ったらどうやら覆面の女性への皮肉か何かだったらしい。きっとこれも愛情表現……なのだろう。最後のパパリモによる強い突っ込みは確実にそれだろうが。
「総帥はアルフィノだから、石の家が拠点のように見えるのも無理はないし、人々の目は暁に関連付けがちだけど……実際はまったく別の組織よ。暁が取り組んでいるアシエンや蛮神の問題について協力してくれることはあっても、その対処を目的にはしていないの。そもそも、それ専門の知識や力を持つとして集められた人たちではないのだから、蛮神討滅に向かってもらったりしたら、テンパードにされてしまうわ」
ミンフィリアが優し気な表情で丁寧に、覆面の女性を見つめながら説明をしてくれている。彼女に伝えようとしてのことなのだろうが、これはグ・ラハにとってもありがたかった。
(ただ、知識や力、か。ミンフィリアが『異能』や『超える力』と言わないのは、オレは警戒されたまま、ということかな)
警戒というよりも用心や念のためなのかもしれないが、彼は少し寂寥を感じた。
もっと上手い説明ができたらよかったのに。
「彼らが動くのは『エオルゼアのため』。その範囲はかつてや現在の都市軍事同盟という枠組みに留まらず、おおよそ『アルデナード小大陸及びバイルブランド島』にあたるそうよ」
「……ということは、イシュガルドやアラミゴも含まれているのか」
グ・ラハが驚いたようにそう言うと、ミンフィリアはふっと微笑んだ。
「ええ。そうなるわね」
「アルフィノ様は中立である暁に端を発したからこそ、なんて言っていたかしらね。そして、どうしても数は少なくなるけれど、アラミゴやイシュガルドの出身者からも義勇の士を集ったの。仮に三国のどこかで発足した組織が掲げたのだったら、両国から『侵略者』とされてもおかしくはなかったかもしれないわね」
「そうかもしれない、な……」
ヤ・シュトラの言葉にグ・ラハが神妙に頷いているのを見ながら、サンクレッドが口を開いた。
「丁度両方で問題が進み始めた頃合いでの組織発足だったのもなかなか効いたんだろう。実際に対応を進めながらその『対応すること』を掲げた組織になっていくんだから、シナリオとしちゃ出来すぎなくらいだ」
「両方で問題が?」
「ああ。イシュガルドに関しては異端者問題、アラミゴに関しては難民問題だから、昔からあるものではあるんだがな。多少時期差があるとはいえ両方で急展開とくれば、普通なら泣きたくなる事態だ。だがそんなのの対処を両方うまくやり続けているようなエースがうちには居るんでね。お前も名くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「レイ、か……ふふ。どうやら私はまだ随分怪しまれているようだな。当然だとも思う。だが本当に、今はそれくらいにしておいてくれないか。……きっと、彼女のためでも……少しは、あるから、さ」
そう言ったグ・ラハは微笑んでいた。
微笑んではいたが、そこにあったのは切実な苦悶の色だった。
だからサンクレッドは戸惑う。人情としては信じてやりたい。しかし、組織の一員としては信じてやれる要素が少なすぎる。
「……悪かった」
サンクレッドが先程から抽象的なぼんやりしたことしか言わないのは、グ・ラハのことを探っているからなのだろう。しかし今はまだ本当に勘弁しておいてもらいたいから、『彼女の名を知っている』ことは明かしてそれまでにしておくことを願う。
彼女が今ともに冒険をしている『グ・ラハ・ティア』の未来の姿がここに在るなんて、こんな絶望はどうあっても知らせたくない。彼女は隠されるほうが悲しいと思うだろうが、せめて、クリスタルタワーが封印されるまではこのままで居たかった。
「いや、きっと……あなたは悪くない。私が足りないせいだ。だけどもし、私の素性に関して何かを掴んでも……あなたから誰かに明かすことはしないでくれ。意味はきっと、あなた自身も分かると思う」
「……!」
そう頼んでくるグ・ラハの瞳はとても淋しそうだった。
やりきれないものを抱えて、サンクレッドは顔をしかめた。
「……何故お前は一人で抱える」
「今が時じゃないからだ。それに、私は一人で抱えられないからここに来た」
「……!」
なんて真っすぐな目で拒絶することか。
「……なら、俺はやめない」
「……ちょっと、サンクレッド」
「だが、言わない」
「……」
「……ああ。ありがとう」
本当にありがたそうに目を細めて微笑むグ・ラハが逆に悲壮で、一同言葉に詰まる。
少しして口を開いたのはサンクレッドだった。
「……まあ、要するにそろそろこっちからギラバニアに侵略じゃない手を伸ばし始めるのさ。だからその植生調査というのも遠からずできるようになるはずだ」
「そっか。ありがたい。準備を進めておくよ」
お互い情報が足りない中、グ・ラハは喜んでそのまま進む意志を見せた。
だからもう今は、誰も食い下がれない。
(……ごめん。でも、『彼女』にも、皆にも、泣いてほしくないんだ。そしてオレも泣かないために)
グ・ラハは深々と頭を下げて、暁の間を出て行こうとする。
「待って」
ミンフィリアに呼び止められて、グ・ラハは目を丸くした。そろりと顔を上げて彼女を見る。
「『石の家』の机と椅子は余り気味なの。それに書物もたくさんあるわ。……もちろん植物に関するものもね。だからできるだけここにいて。『監視』と思ってくれてもいいわ」
「……!」
それはきっとミンフィリアの優しさだった。
「……ありがとう、助かる。……『黒薔薇』をとめられるまで、私は消えたりしないよ」
そう言ってグ・ラハは微笑んだが、暁の皆がそこから感じたのはやはり悲壮感だった。
かなり長かったので分けました。