光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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 それを否定したかもしれないモノと、それでも実際に実行したヒトたちの、両者を彼女は知っている。


4.過去を書き変えるということ

 

 アレキサンダーはクイックシンクスの時間遡行命令を拒否した。

 

 蛮神には個々に意志があり、たとえ討滅されエーテルの海に還ろうとも、再召喚されれば転生したかのように再び同じ個性を持つ。それは幾度も蛮神と戦って来た彼女にはよく分かっていることだった。

 

 何せ『たった今再召喚された』と聞いた存在でも以前と同じように振る舞い、そして、過去を知っていることがしばしばあったのだから。

 召喚者の願いに左右される部分はあっても、蛮神はそれぞれ固有の魂を持っているということなのだろう。

 

 だからきっと、アレキサンダーは『自分自身の意思』で『過去に遡ること』を拒否した。過去改変を繰り返して理想世界へたどり着こうとしたクイックシンクスを、良しとしなかった。

 

 その真意を彼女たちが直接聞けたわけではない。

 

 しかし、ダヤンの意思を通じてミーデに伝えられたらしき、『アレキサンダーを閉じた時空に封じる』という『解』についてもを鑑みれば想像できないこともない。

 

 蛮神の存在とその力の行使は星のエーテルを喰らい尽くす。

 アレキサンダーが演算結果を機械的に受け止める存在なら、もうそのことだけで蛮神としての己の存在意義を否定しただろう。『理想郷への操舵装置』である『機械仕掛けの科学の神』が、その『理想郷』の()()となる『星』の滅びを是とするわけはない。

 万物の根源がエーテルである以上、たとえば滅びゆくハイデリンと『理想郷』を切り離せたとして、アレキサンダーが存在を続ける限りいつかはその『理想郷』をも食い潰すことが確定している。

 

 しかし、他の蛮神同様に抱えているこの『召喚者の願いを根底から脅かす存在こそが蛮神』という矛盾から、『己は存在すべきでない』と明言あるいは更に自身を滅ぼそうとした蛮神を、他に彼女は知らない。

『自己の消滅に対する恐怖』は本来何者も耐えがたい『生存本能』なのだから、世界の存続のためには自分は滅びるべきと分かっていたとして、そう容易く認められるものではないはずだ。

 

 それでもアレキサンダーは、己を『閉じた時空』へ『封印』することを『解』とした。世界に自身は不要だと認めた。何故?

 

 機械仕掛けだから恐怖を感じる心が無かった?

 それはきっと違う。蛮神が魂を持っているならば、機械の神だからといって一概に『心』の存在を否定することはできない。

 その機械仕掛けであるからこそ自身の演算結果に絶対の自信があり、己の永久凍結をも辞さない『心』を有したのではないだろうか。

 幾多の蛮神が目を背けたように、己の存在否定だけでは、きっと絶対の自信をもって自己の封印など押し進められはしない。自己犠牲精神だけで停止したのではない。もっと崇高な意思決定があったほうが自然に思える。

 

 ではその『演算結果』とは?

 

 ヤ・シュトラも言っていただろう?

 

『私も、夢想することがあるわ……あの苦い過去を変えてしまえたら、いまとは違う未来があったかも、って』

『現実にその手段を手にしたら、人は過去をやり直すことに腐心して、明日への歩みを止めてしまう』

 

 きっとアレキサンダーが二度目の時間遡行を拒否したのも、莫大なエーテル消費を鑑みてのことだけではないのだ。

 

【より良い『今』のために、その不出来の原因となる過去を修正する】

 

 いつでも何度でも改変可能となれば、過去の失敗を漁ることばかりに固執する。

 その果てにヒトが行きつく在りかたは、堕落しかない。

 

【どれだけ失敗しようとやり直せばいい】

 

 アレキサンダーは、己がその慢心を生む手段となることを嫌った。

 

 だから、そんな強い意志のもと、自身の存在否定を肯定することができた。

 

 しかしコアに融合している『シールロックの宝』のせいで『生存本能』のままに自己修復が行われ続け、自壊が叶わない。

 そこで、『エニグマ・コーデックス』を生み出したホトゴ族の生き残りたちを身の内に引き入れた。彼女なら、想い人の意志と共に終わらない一瞬の中にあることを願われて、受け入れないはずはない。

 蛮神にとっては召喚者の願いというものはナニモノにも代えがたい原動力だ。その召喚者たり得た者がアレキサンダーの出した答えに同調するなら、何よりも強い封印を施す力となるだろう。

 

 想像の域を出ないことではある。

 

 しかし、こうであったなら、何故アレキサンダーがわざわざ過去のダヤンを取り込んだのかの説明がつく部分があるのだ。時間遡行に伴う莫大なエーテル消費に巻き込まれた単なる事故、で済ませるにはあまりに大きな存在なのだから。

 

 あの時間遡行は、三年前に戻ればミーデが失った仲間たちを取り戻せるかもしれない、そんなラウンドロクスの願いに端を発したものなのに、結果彼女が仲間を失った原因にさえなった。青の手が彼女の仲間を撃ち殺し、アレキサンダーがダヤンを飲み込んだ。これがなければアレキサンダーは三年前あの場で召喚され、その召喚者であるアウラ・ゼラたちの願いの下にあったはずで、そのままいけば青の手とは敵対すらしたかもしれない。

 

 しかしこの件は、クイックシンクス自ら起こしたものではないだけに、クイックシンクスがアレキサンダーを手中に収めるのを可能にしたのと同時に、アレキサンダーがクイックシンクスの手から逃れるための一手にもなったのだろう。

 

 ダヤンは失われたが、『アレキサンダー』の中に保護されたともとれる。あの時間遡行に込められていた願いは、わずかでも反映されていたのだと思いたい。そして結果的にそれが、ミーデがダヤンと共にアレキサンダーを封印するための布石となった。

 

 やはり想像の域を出ないこと、ではある。加えて、救いのようなものはあるかもしれなくても、ミーデたちにとっては過酷な道のりでしかない。

 

 それでも。

 

 過去を変えられるとしても、その過去改変で得られる(if)ではなく、その過去の上に成り立つ未来(あした)選んだ。

 

 それは紛れもなく英雄的行為で、激しく胸を打つ『答え』だった。

 

 

 

 だから彼女は、幾度繰り返そうと既知の事実を変えようとしなかった。

 どれほど身を切られた悲しみでも、幾度も幾度も、繰り返し見届けた。

 

 変えるべきは未だ見ぬ未来のみ。

 己が命を落とすことを、実力で回避できたその先だけだと。

 

 

 ただし、ひとつだけ、彼女が知っている『例外』があった。

 

 

 第八霊災で死んでいたはずの彼女たちは、未来から過去に希望を届けたグ・ラハ・ティアに救われた。

 第八霊災自体が、防がれた。

 

 それは『アレキサンダー』が危惧した慢心の過去改変とは絶対的に異なる片道切符だった。

 蛮神が莫大なエーテルを代償に起こす奇跡ではなく、魔導技術の発展と、クリスタルタワーの太陽エネルギー集積力による人為の賜物。

 失敗の許されない、一度きりの歴史への反逆。

 

 そんな途方もないことで助けられた彼女は、諦めてはいけなかった。

 諦めるわけには、いかなかった。

 

 この先ずっと、世界を終わらせないために在り続ける。

 ただ命を届けたいと、生きてくれと願ってくれた二百年もの時間に連なる人々は、この在りかたをきっと悲しむのだろう。

 けれどこういうモノが彼女だった。性分だった。

 だから、あんなところで死ぬわけにはいかない。あんなすぐに死んではいけない。

 

 それなのに。

 

 月へ行って、それから。

 

 どうしてもその先へ、彼女は進むことができなかった。

 幾度、何度繰り返しても。

 

 進めなかった。

 

 だから彼女は、壊れた。

 

 

 

 過去を変えないという信条を、壊した。

 

 

 

 そうでなければ、もう、立っていられなかった。

 

 

 

 いくつもいくつも。

 過去の悲しみの上に誰かがやり遂げた選択を、否定する。

 それがどれだけ傲慢な事かを知らないわけではなかったのに、それでも、自身のエゴで破壊する。

 

『だが聞こえのいい大義ほど、人を無心に駆り立てて、そこにあったはずの「真の願い」を見失わせるのさ……』

 

 知っている。

 あなたがそう言ったのは、皆のことが心配だったからだ。

 そして、その『真の願い』が一体何なのかも、知っている。

 

 だから、その『真の願い』だけを一番に優先しようと、今度こそ隣に居る皆を守りたいと、そう思ったから、守り通したのに。

 

 

 

 なのにそうしたからこそ、その隣に居てくれる皆の選択を嫌だと否定してしまったのは、何故なのかな?

 

 

 

 でも、そうなったとして、きっと皆が生きていてくれるほうが、私は嬉しいんだ。

 そう。

 これは単なる私のエゴだ。

 

 第一世界が滅びるかもしれないことは分かっていたのに決行した、それは、世界を統合しようとしているアシエンよりも凶悪なことかもしれないのに、だからそれでもなお彼らの願いを手折ろうなんておこがましいにも程があって、お門違いでさえあって、身勝手でしかないのに、それでも。

 

 エゴで始めたのならこの道は。

 もう誰も失ってはいけないのだ。

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