「……なんて。言ったところで、思い出すわけもないか」
「……思い出す?」
「いいさ、忘れてくれ。だが」
「いや忘れられるわけないだろ、そんな意味深なセリフ」
彼女は繰り返し続けた中、初めてそこで彼の言葉を遮った。
「……ハッ」
彼は、鼻で笑ってそして、何か言葉を続けようとした。けれどきっとそれははぐらかすためのものだろうから、更に彼女は口を挟む。
「あなたは神影洞で言っていたよね。
世界が、原初世界と鏡像世界に分かたれたとき。すべての命も14に分かたれ、それぞれの世界で、別の存在として生まれ変わった。
……だったらさ、命あるものみんな転生しているっていうのは、眉唾話じゃないんだろ。アシエンにも『転生組』がいるって話だしさ」
すっと、エメトセルクの表情が冷えたものに変わった気がした。
「だったら、その『思い出す』は……今話してくれたアーモロートのことなんだろ。そしてそんなことを言うってことは……私は、いや、私が魂の欠片を継いでいる人も、そのアーモロートで生きていた。で、あなたはその人のことを知っている」
「……」
エメトセルクはほんの少し表情を歪めた。
「……無駄話が過ぎたらしい」
「待って。
お前が聞く耳さえ持つことができたなら、私はいつでも、真実の淵から語りかける。
って言ってただろ。『隠すことなく』って。だったらはぐらかさないでくれよ」
「……」
エメトセルクは今度こそ明らかに憮然とした顔をした。
「まさか一言一句覚えているとは……まったく、思った以上に面倒臭い奴だなお前」
首を振りながら肩をすくめてみせるエメトセルクに、彼女はふっと苦笑した。彼女がここまで正確に覚えているのは繰り返し聞いたことがあるためで、何だか狡いような気がしなくもない。
そして本当は、その繰り返しのおかげで、彼女の魂の源流となる人とエメトセルクが知己であったろうことは、ほぼ確信している。その上で知らないふりをしているのだから、きっと本当に狡いのだろう。
「でも……まあ、さ。話してもらったところで何の意味もない。それは……分かっているつもりだ。眉唾話にされる場合があるくらいには、前世の記憶なんてそうそう思い出せるものじゃないんだろう。だから……あなたがはぐらかそうとするのも当然だとは思う」
「だったら何故聞く」
睨みつけるように目を細める彼に、彼女は再び苦笑した。そして無意識に己の手のひらを広げて、見つめる。
「ヤ・シュトラに罪喰いだと勘違いされた上に……夜の民の習慣にならって、闇属性を帯びた水で禊のようなものをしたとき、ピリピリしたんだ。だからきっと、私の身体は今、光属性に偏っている。それが進行してしまえば最終的に何を招くかはしっかりと思い知らされていることだよ。だから……あなたが見ている『罪喰い討伐の様子』っていうのは……私が罪喰い化に耐えられるかどうかなんだろう?」
話が別方向に飛んだ。それでもエメトセルクはほんの少し眉をひそめただけで、じっと話を聞く姿勢を崩さないでくれている。……本当に律義なんだよな、この人。
「だからもしあなたの『裁定』っていうのに落第するとしたら、私は死んで罪喰いになるってことじゃないか。そんなの意地でも合格しないわけにいかないだろ」
彼は真意を明かしてくれないから、耐えられたとして『ともに世界統合を目指せ』と言われて、結局殺し合いになるだけかもしれない。
でももしかしたら、彼女が彼の言う『この世界の先を託すに足る者』になれたなら、アシエンが分かたれたままの世界を許容してくれる道が在るのかもしれない。だからもし耐えられたらと願わないことはなかった。
……だが。
今の所方法が分からないのだから、そうなれる可能性は低いのだろう。
それなりに足掻こうとはしてきた。強くなったことで乗り越えられるというなら、悪いことではないはずだから。アレキサンダーが是としなかった慢心とも、きっと違うものだから。
しかし光属性への耐性とか、そういうことで対策できる問題ではないらしい。耐えられない要因はきっと、器の小ささ。彼が認めるに足る強さを、彼が期待する強さを、彼と並び歩く者、例えば彼女の魂の源流となる人なら有していたと言うなら……その小ささは、分かたれたことによる実力不足。そんなもの彼女がいくら足掻こうがどうにかしようがない。
ゼノスが言っていた『超える力の真なるを使いこなす』ことができればあるいはとも考えたが、超える力を伸ばす(?)方法なんてまるで分からないままだった。帝国がやったように、おびただしい人の命を利用することは考えられない。
それでももし分かたれたなりの強さで乗り越えられるものならと、諦めずにここまで歩いて来た。
今の所超えられていないあの最期も、乗り越えてみせるから。
だから。
だからもし。
「……でもさ。本当にもしさ、あなたの『裁定』に合格できなかったとしたら……私の成れの果ては、あなたが討伐してくれないか」
「……」
エメトセルクは片方の眉を跳ね上げた。何を愚かなことをしゃあしゃあと、そんなふうに言いたげなのが見て取れる。しかしそう忌々し気に表情を歪める彼に対して、彼女はにっこりと微笑んだ。
「昔の知人の欠片なんだろ? そのよしみで後始末くらい頼まれてくれたって良くないか?」
「お前の尻拭いなぞ御免だね。だいたい、私はアシエンだぞ? お前が落第したなら晴れて何もかも元通りだ。敵の願いなどどうして聞く必要がある」
彼女は苦笑する。
「だって罪喰いは私たちの敵だ。敵の敵は味方なんて言えるか知らないけど、きっとあなたにとって好都合なことをしでかすよ。なら後始末くらい頼んだっていいだろ。
……もしくはさ、もう残り一体なんだ。それで耐えられなくなるとしたら、全ての大罪喰いの光が蓄積した化け物なんだから……そんなのが生まれたら、今度こそ光の氾濫がこの世界を滅ぼすかもしれない。それはアシエンだって望んでないんだろう?
……どちらになるにしろ、その果てにあなたにとっても私が『いらないもの』になったなら……最後を下されるなら、あなたがいいなって、思うんだ」
「……」
再びすっと、彼の表情が冷える。
……きっととても、怒っているのだろう。当たり前だ。
自分でも愚かなことを言っていると……単なる弱音だというのは、分かっているのだから。
それでも、このあとあなたは嗤って見届けてやるとは言ってくれるんだからさ、弱音くらい、吐かせてよ。
今まで罪喰いになったことはなかったけど、全力で歩いては来たけど、絶対にないなんて一概に言えないんだからさ。
幾度経験しようと慣れきれない、時折襲い来る罪喰い化兆候の痛みと苦しみで、気が狂いそうなんだ。
冷えた表情でエメトセルクが彼女を見つめていたのは、ほんの数秒だけだった。
彼は、はあぁぁ、とそれはそれは盛大なため息をついた。今まで見た中で最大のものだったかもしれない。
「……本当に勝手な奴だ。まったく。……厭になる」
もしかしたらあなたにとって、『あの人』も『勝手な奴』だったのかもしれないね。
それはそんなことを感じさせる呆れ声だった。
「そんな情けないことを言うようでは私の期待に応えてくれそうもないな?」
「……いや。私は足掻くよ。今までだってそうしてきたんだ。諦めるなんて御免だね」
エメトセルクは少しだけ目を見張った気がした。
「だから今のはちょっとした弱音ってやつだ。いや、願掛けかもしれないな。備えあれば憂いなしって言うだろ?」
「……ハッ」
エメトセルクはまた、鼻で笑った。
「呆れた世迷言なぞ言ってないでせいぜい進めよ英雄様。約束だから今はただ、お前の勝敗を見届けてやる」
言って彼は彼女にゆっくりと背を向ける。
「ああそうだ、ひとつだけ聞いておきたいことがあった」
そしてこれまでと同じように、振り返って同じことを聞いて来た。
だから彼女もこれまで通りに首を振る。
ひらひらと手を振りながら歩き去る背中を、彼女はやりきれない思いで見送った。
……この先にきっと待ち受ける彼との『決着』は、何度経験しようとも呑み込めなくて、納得できなくて、苦くてたまらないものだ。
そしてそれは己の力不足が招くこと。だから、やりきれない。
彼女が彼に認めてもらう方法は、果たしてどこかに存在するのだろうか。
(……そうだね。『せいぜい進む』しか……きっと、今私にできることはない)
もしかしたらの希望を抱えながら、彼女は何度通ったかしれない道を、ひたすら歩き続けた。
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彼女はどすりと背後から鈍い衝撃を受けた。同時に走る鋭い痛み。
その上それはそれだけで終わってくれなくて、がっちりと腕を回して肩を捕らえられた後、更に押し進められたそれがついには前へと突き抜ける。
気を抜いていたつもりはなかったのに、よくもまあこんな、ひと気のない所を通った隙を突かれたものだ。
そんなどこか他人事なことを思ったような気がしながら、彼女は憎まれ口を叩こうとした。
「……ど、して……急所、外し……」
おかげで苦しい。痛い。
「……恨み言くらい聞いて逝け。まったく、面倒なことを押し付けてくれたものだ。……本当に勝手な奴だ。厭になる」
彼女は苦笑したいのに、うまくいかなかった。
「頼んで、な……」
「同じことだ」
(……ああ)
『私の成れの果ては、あなたが討伐してくれないか』
(……そうか)
今の彼女は成れの果て。
……化け物、なのかもしれなかった。
時を超え、歴史を変えて、幾度も、幾度も、誰も、何も、失わないために。
そんなことをやろうなんてもう、きっとまともな『ヒト』じゃない。
「……覚えて、……の、か……?」
「……思い出したんだよ。忌々しい」
舌打ちさえ聞こえた気がした。
(……そういえば)
ソル帝の崩御を演じた後は、働きすぎるラハブレアと違って、彼は休眠していた。
そしてそのラハブレアが消滅したからと、エリディブスによって彼の休眠は破られた。
そんな愚痴を、聞いた時があった気がした。
だから。
いつもいつも。
彼女があの日に還るのは。
時期はバラバラで時に大きな差があっても、絶対にラハブレアがアスカロンに取り込まれた後だった。
こんなふうなら、いつもいつもの『終わり』は、彼に下されたものだったのだろうか。
全てが全てまったく覚えていられていないけど。
それなら、本当に、なんて面倒なことを押し付けたのだろう。
「……ごめ、ん……も、う……」
もういい。あなたがこんなことに巻き込まれないでくれ。
皆まで言えない。先を言わせてくれないまま彼は、後ろからの凶刃を引き抜くと、前から、今度こそ急所を確実に破壊した。
「今更謝罪の言葉なんて聞くものか」
ぽつりと呟くように彼は言った。
信じがたいようであっても鮮明に思い出された、現状と全く異なる『霊災周辺以後の歴史』は、妄想と捨て置くにはあまりにもはっきりとした実感を押し付けて来る。
そしてその歴史と『今』が全く異なっている原因はことごとく彼女だった。
そしてとどめに今の彼女の『覚えていたのか』という言葉。
(……時間、か)
彼女がやり直したのは如何なる力に依るものか。
『アゼム』
あの者に影響を受けているとおぼしきエオルゼア十二神の一柱『日神アーゼマ』は、『
(……まさか、な)
あの魂を持つ者がこれ以上何を背負わなければならないというのか。
(……もし、今ここで終わらせても、またお前が繰り返すというのなら)
そんな憐れな化け物は、終わらせてやるとも。抜け出せないというのなら、幾度だろうと。
(……約束、したからな)