光だった彼女のループ譚   作:千里亭希遊

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6.もう一つの未来 - その者の結末

 永遠のような時を生きるヒトにも終わりの時はやってくる。

 辿ろうと思えばどこまでも魂を辿ることのできる『眼』を持つ彼は、そのことを恐らく誰よりも明確に、身近に、はっきりと認識していた。

 

『エメトセルクというのは、不思議な男でな。最も頑なでありながら、最も揺らいでいるようにも思える。他者とともにありながら、その実、誰の隣にもいない……』

 

 彼自身のあずかり知らぬところでエリディブスがそう評したのは、その認識ゆえに失うことを恐れ、親しい者を作ろうとしなかったようにもとれる、彼のそんな姿のためか。

 

 それでもその悲しい姿勢は、特にとある二人によってほとんど無理やり変えられてしまった。そんな時代が確かにあった。

 

 ……それなのに、二人ともが、失われた。

 

 それで彼にもとの姿勢に戻るなと言うのは無体にもほどがあるだろう。むしろその傾向はより強くなってしまったのかもしれなかった。

 

 彼本人は、誰かにそんなふうに見られたとしたら、きっと思いきり顔をしかめるのだろう。

 

『昔の知人の欠片なんだろ? そのよしみで後始末くらい頼まれてくれたって良くないか?』

 

(……勝手な奴め)

 

 勝手に人の懐にあがりこんでおいて勝手に居なくなって、そしてあの日々を覚えてすらいないくせに勝手に後始末まで押し付けた。

 

 彼女のあれはただの弱音で、そう本気で願われたわけではないだろうことは彼にも分かっている。

 そもそも本人がそう言っていた。

 

 それでも。

 

 それでも、分かたれたなりそこないであろうと、取るに足らぬ弱き者との認識を覆せなかった者であろうと、有象無象の中では確かに強き者だった。

 欠片でもあの魂を継いだ者でもあるのだから、それくらいは彼が認めたっていいはずだ。

 

 そんなやつが、他の誰でもなく、彼に、『弱音』を吐いた。

 ……思い出しもしないくせに。

 

(最後の最後まで喚びやしなかったあの『あいつ』が、欠片にすぎずとも、やっと)

 

 ただの弱音に過ぎなくても、それを吐いてもいいと彼を、『頼った』。

 

『最後を下されるなら、あなたがいいなって、思うんだ』

 

(……聞くさ。おあつらえ向きに敵同士だった。それくらいは、してやるさ)

 

 女々しいのかもしれないと思いながらも。

 誰にも知られていないことぐらいならば。

 他人になど、譲るものか。

 

 ふと視線を感じて彼はのろのろと瞼を持ち上げた。

 

 視線の主は赤い仮面と何の飾り気もない白いローブの、見慣れた人影だった。

 そこにかつての小さき姿を幻視した気がして、彼は内心で苦笑する。

 

(走馬灯かねえ……)

 

 本当に女々しいじゃないか。

 

〖おお厭だ、辛気臭い。お前らしくもないだろう〗

 

 エリディブスの表情は仮面で見えない。それでも彼が表情を歪めたのはありありと分かった。

 

 お前らしくもない。

 

 本当にそうだろうか?

 

 二つ足りないとはいえ残るすべての世界の統合を果たしたのち、ゾディアークの中に囚われ続けていた人々の魂を全て解放した。

 核であったエリディブスのものも例に漏れない。だから、第一世界と第十三世界のゾディアークに在った魂こそ欠けてはいるが、彼は記憶も何もかも取り戻している。そのためかかつての穏やかで優しい性質も戻ってきていた。

 永くアシエンとしてなりそこないに敵対し、やつらに対して非道も行った。それも抱えているのだから全く同じとは言えないのだろうが、それでも彼はかつての通りの『エリディブス』だった。

 

 彼がはっきり口にしたことはないが、非道を行ったことを是とはしつつもどこか悔いている。そんなような優しいにすぎる人間なのだ。それは甘さでは決してない。自身で虐殺しておいて棚上げして悲しんでいるのでもない。己のしたことだときっちり認識したうえで、『ヒトの心』を持ち合わせているための『人情』を抱えている部分にすぎない。だから彼が、取り繕う言葉になりかねないことを口にすることはない。

 

 お前らしくもない。

 そうでは、ないのだろう。

 

 現にエリディブスの表情の歪みは、彼の皮肉めいた念に腹を立てたとかそういうモノからくるのではなく、悲し気で、苦し気なものだった。

 

(不滅なる者であることをやめて、老けた。それでもなりそこないのように耄碌やらはしていない。近頃のこいつについてを失念していたというのなら……いよいよ終わる時なのだろう)

 

 十二の世界の統合を果たして、随分経つ。

 彼の魂は今、エーテルの海に還ろうとしている。そのせいで色々と曖昧になってきているのだ。

 それに、さきほどのぼやきは肉声に出来なかった。身体もずいぶん弱ってしまっている。

 

〖ヒトならばいつかはエーテルの海に還らなければならない。かつてとほぼ変わらぬ世界を取り戻したというのに、不滅なる者のまま正気を失うなど愚かにすぎる。それは、委員会(われわれ)で決めたことだろうに〗

 

 自然にそれを迎えられる身体に戻るのには、それなりに苦労した。しかしやり遂げた。

 そしてエリディブスは彼より若い。だから、こうなるのは必然だった。

 

「……だとしても、友の死は……そうやすやすと受け入れられるものではないよ」

 

 苦し気にそう言った彼の口調は、やはりアシエンとして在った頃よりも、小さき人であった頃に近い。

 

〖友、か。……光栄なものだな〗

 

 苦笑交じりにしみじみと言う彼の念は、エリディブスにはどこか嬉しそうに聞こえた。

 

(『らしくもない』のは、きみじゃないか)

 

 けれど彼はずっと素直じゃなかっただけで、本当は仲間想いの暖かいひとだということを、エリディブスはよくよく知っている。……一万二千年以上もずっと誰も彼もを背負い続けて、宿願を遂げたほどのひとなのだから。

 

〖だがそれでも辛気臭いのは勘弁だ。だいたい、命は死すれど巡り巡ってまた生まれる。それはお前もうんざりするほど眺めてきただろう? だからそう悲しむことでもあるまい〗

「……私にはきみみたいな『眼』はないから、きみが転生したとしても、きっと見つけられない」

〖分からんさ。アログリフとミトロンを見てみろ。過去を覚えているわけじゃないようだが……相変わらずの親友(トモダチ)っぷりだ〗

「……ああ。そうだった、な……」

 

 エリディブスの表情が幾分和らいだ気がした。

 

 あの二人にもやはり、第一世界と第十三世界の魂が欠けている。

 それでも今の世界に転生した彼らは、あの日々と遜色のない能力を発揮した。だから再び十四人委員会の同じ座に就けた。そして転生体なのだからもうガイアとアルテミスではない別人なのに、再び強い絆で結ばれている。

 もちろんかつてのお前たちも仲が良かったなどと無粋なことは伝えていない。それでも、なのだから。

 

〖あの二人は稀有だからな。同じようになれるなんておいそれと言えやしないが、あの様子は夢を見せてくれる〗

 

 エリディブスは切なげにふっと笑った。

 

〖だからお前が悲しむ必要などないだろう? 誰にだって訪れることなんだ。穏やかに見送ってくれ〗

「それでも……友との別れは、いずれ誰にも必ず訪れることであろうと、幾度経験しようと……悲しいよ、淋しい、よ……」

 

 エリディブスは俯いた。

 

〖……ああ、そうだな〗

 

 幾度経験しようと失うことは悲しい。苦しい。そうそう割り切れない。それは、重々知っている。

 だからこそ、取り戻したいと願い続けたのだから。

 

「……だけど、きみが辛気臭いのは嫌いだって言うなら……きみらしい気もするから、いつかは……きみがもういないことを受け止める。だけけど、今は……今くらい、許してくれ」

〖……ああ。……永きをともに過ごした我が同志、そしてかけがえなき友よ。私を惜しんでくれて、ありがとう、な〗

「……!」

 

 素直な彼は本当にらしくなくて、それでもこんな時にそんな姿を見せてくれるのは、淋しさは消えずとも、とても嬉しいことなのかもしれなかった。

 

〖……優しい上に責任感の強すぎるお前が私は気がかりでたまらない。私などより随分年若いとはいえ、お前も既に長く生きた。エーテルの海に還るのはそう遠くないだろう。お前はもう、充分働いた。だから、今後あまり無理はせずに、休め〗

「……それは」

〖それみろ、休もうとしやしない〗

「……」

〖……ヒトというのは、想いを継いでいくものだ。たとえ誰かが死しても、誰かがまた、同じ志をもつ。持ってくれるのが、今の世界なら、信じられる。……そうだろう?〗

 

 ……何せ。

 本当に驚くべきことに、かつてゾディアークに命を捧げなかった者たちは、なりそこないと化したまま愚かな生を繰り返して来た者たちであれど、激変した。

 十二の世界の統合を成し遂げた時点で、かつての穏やかさをほとんど取り戻した様子を見せ、そして多少なりとも過去の時代を思い出したらしき者たちを中心に、自ら進んで、ゾディアークに囚われた魂たちの代わりとなることを申し出た。

 

 そんなもの、もう、憎み続けられるはずがなかった。

 彼らも確かにあの日々を生きた『真なる人』の欠片だった。それを、思い知った。

 驚きながら、身を切るような思いを抱えながら、彼らを代わりに捧げ、そして、囚われていた魂たちをエーテルの海に帰した。皆、自然な循環の中に還すことができた。

 

 それから長い永い時が経った。

 今の世界にゾディアークを顕現させ続ける必要はない。

 理は壊れていない。自然も、命も、豊かに存在している。

 だから。

 

 ゾディアークの存在自体を、エーテルに還した。

 もとが世界を救いたいという願いの元生まれた蛮神だ。あれはそれを、穏やかに受け入れた。

 だからかつてなりそこないと蔑んだ魂たちも、もう憎むべき者たちではあり得ない彼らも、エーテルの海に還って行った。

 

 そしてまた、生まれて来たのだ。だからこれからも誰もが正常に巡っていくのだ。

 

 ここまで歩み続けたのは、多くの犠牲の上にあれど、決して間違いではなかった。

 そう思ってもいいのではないかと言えるはずだ。

 

 しかしこれで終わりではない。

 

〖この先の世界はもう、これからの人類に託していける。我々がしゃしゃり出ずともな。……それに、我々にだって機会がないとも言えんだろう? 生まれ変わってから再び邁進できたたとしたら、きっとそれで良いんだ。今はもうきっと、我々は身分相応の役目は終えている。これ以上は……若造たちにとってお節介ですらありそうだ〗

 

 未だ欠けてはいるためか、人々はかつてほどの強力な創造魔法を使えない。

 それでも、完璧に近い技術の元、再び恐怖を知らなくなってしまえば、かつての災厄を繰り返さないと楽観することはできない。

 だから忘れず歩まなければならない。対策を忘れてはならない。

 終末を経験した世界を、愚かだと吐き捨てた分かたれた時代を、確かにあった時代を、『覚えて』いなければならない。

 

(……私も……『あいつ』に願ったことがある)

 

 それは遠い記憶。この歴史では経験することが無かったこと。

 

『覚えていろ。私たちは確かに、生きていたんだ』

 

 あいつの欠片も、確かに生きていた。あいつからそう願ってきたわけではなくても、忘れるものか。

 

 引導を渡して以降、あの魂の持ち主は原初世界に現れなかった。

 世界の統合を否定し立ち塞がった者はいた。けれどあいつ程の脅威は現れなかった。

 今の穏やかな世界でも、あいつの魂を継ぐ者は見つけられていない。

 

(……恐らく『あいつ』はまだ囚われている。あの繰り返しに)

 

 それについて彼に思うところがないわけはなかった。

 

(……あれでただの『知人』程度なものか。ばかやろうが)

 

 彼にとって思い入れがある魂。認めよう。かつては確かにそういう仲だった。

 だからその欠片でしかなかったとしても。

 

『……いや。私は足掻くよ。今までだってそうしてきたんだ。諦めるなんて御免だね』

 

 相変わらず誰も彼もを救おうと願いとんでもなく諦めが悪かったあの者は。

 エーテルを……魂を辿ることの出来る彼の『眼』にはなおさら、『変わらない『あいつ』』に見える時が確かにあった。

 そんな存在を気にかけないでいるなんて薄情にはなれない。

 

『だが、今よりずっといい世界だったのは本当だ。この仕様もない世界で戦ってきたお前こそ、案外、気に入ると思うぞ』

 

 それも、ここでは経験しなかった会話。だが。

 

(……私は『あいつ』にこそ、『今』を見せたかったのかも、しれないな……)

 

 だというのに、いない。

 

(『あいつ』がまだ繰り返しているのなら、私はまたあれに会うことができるのだろうか)

 

『時間遡行』

 

 それが起こっているとしたら、個々の終わりは関係がないだろう。

 ぼんやりとしたものではあれ、何度かあの時代を経験した記憶が確かにある。それなら、また還る可能性がなくはない。

 恐らくどこまでかが終わった後に、あの第七霊災周辺にリープすることになっている。その終わりというのがいつ訪れるものなのかまでは分からない。

 今生の終わりか、幾度か転生した先か。創造魔法や技術がどれだけ進歩しようと、『星』が宇宙に在る天体である以上、いつかは人の住めなくなる環境となり、やがて終わりを迎える。その先か。

 人類がそこで終わるかは果たして分からない。新天地を求めて宇宙に出る可能性もあるかもしれない。

 そうだろうと、何かどこかに『終わり』と呼べる区切りがある。

 だからこの先どこかで、何の因果かは知らないが、あの時代に戻っている。

 

 ルイゾワが半召喚しテンパードを生み出す前に術式を破棄した『エオルゼア十二神』は、確かに蛮神だった。だからそのうちの『時神』の干渉を疑ったこともある。

 しかし莫大なエーテルを消費するような蛮神の偽りの奇跡の力が及んでいるふうではなかった。エーテルを視る『眼』はそうした流れを感知していない。その『眼』がエーテルの流れを見誤るような生半可なものではないことは、決して驕りではないと、分かっている。

 第一、幾度も幾度も繰り返しなどというとんでもないことが起こっているというのに、星のエーテルが枯れていない。

 

(もしあれらに関係しているとすれば、あの信仰のもとになった超常が本当に存在している可能性、だろうが……)

 

 そのような異常な力の流れも、感知できていない。

 

(……もしくは、世界自体が『そういうもの』である可能性、か)

 

 それはどうかしたら救いようがなく恐ろしいことなのかもしれなかった。

 しかしその恐怖を避け得る逃げ道が見えないわけではない。

 

(記憶を継がないのであれば、まだマシのはずだ)

 

 無限に繰り返しているのであれば、きっと本来はそういう世界だった。

 彼も恐らく、繰り返している自覚のない歴史をたどったことがある。

 

 あの欠片の弱音を思い出したせいで呼び覚まされたらしき、おぼろげながら彼にある最初の記憶は、第七霊災後、続けて第八霊災を起こし第一世界の統合を果たしたというもの。その第八霊災であの欠片は死した。その後のあれの転生体も知っている。

 

 ……だが。

 

 第八霊災は星を傷つけ過ぎたらしい。

 なりそこないの中には懸命に足掻き生き続けようとした者たちもあった。しかし彼らでは星を回復するすべを獲得できなかった。クリスタルタワーに希望を懸けたようだが、あれも所詮はなりそこないの創造物ということか、力不足だったらしい。そしてアシエン側もそれを嘲笑うことはできない。

 

 第八霊災の爪痕は想定以上のものではあったが、更に鏡像世界を統合すれば環境を補えるはずと邁進した。しかし霊災を繰り返すことで起きたのは、星の更なる疲弊だった。十三残っていた世界の統合をすべて果たしても、ゾディアークが環境を回復できるほどに捧げられる命も残らなかった。

 

 だから、星は滅んだ。

 

(……今の歴史で星が滅んでいないのは、恐らくあの霊災を経ていないから、だ。……あの歴史での第八霊災の傷は、余程致命的だったんだろう)

 

 今の世界では第一世界は光の氾濫で滅び、あの霊災は起こせていない。

 

 致命傷を負ったあの歴史が繰り返されたかどうかは、分からない。把握できない。

 こんな現状があるならもしかしたらあの先でも星が滅びることがない未来もあったのかもしれない。

 だが、今の彼はその歴史は知らない。

 

 その滅びとは違う次の記憶は、第八霊災後のなりそこないたちが懸けたクリスタルタワーへの希望が、別方向に向けられたらしき歴史だった。

 あの時代に目覚めたグ・ラハ・ティアは、最初の記憶にあるようにあの時代を改善するために走り続けたのではなく、どうやら過去を変えるために送り出されたらしい。

 

 結果アシエンは第八霊災を起こすに至らず敗北した。

 

 忌々しい記憶ではあるが、悪くはないと思える部分もなくはなかった。

 何せあれと全力でぶつかった末の結末だ。敗者として勝者を称える心はある。

 

 加えて水晶公とそれを送り出した人々は、真なる人に無し得なかったことをやり遂げさえしたのだから。評価しないわけがない。

 あれはもしかしたら、あの時に彼が拘った、『世界の先を託すに足る強き者』と認めても良かったかもしれなかった。それが眼中になかったのは、あまり認めたくはないがあの欠片にばかり執着しすぎていたからかもしれない。

 

 敗者となり死した彼は、どうもその後しばらくあの者を見守っていたらしい。

 

(……まったく我ながら見上げた執着だ)

 

 ともかく、あの者とその仲間は、たくさんのことを成し遂げた。やはり評価しないわけがないようなことを。

 

(だが……)

 

 あの者は、月で死した。

 

(……あれに納得が行っていない、のか……?)

 

 それでもあいつはかつてと変わらず命のかぎり歩んだのだと、彼は評価する。

 ……だがあいつは、同じくかつてと変わらず諦めが悪い。

 

(……ばかやろうが……ッ)

 

 彼が『思い出す』のは決まってエリディブスにたたき起こされたあとで、もしかしたらそこが固定されたリープ点なのかもしれず、『違う歴史』が様々見えるのは第七霊災周辺以後のみだ。

 それ以外を覚えられていないだけ、なのかもしれないが。

 

(時神だの世界そのものだのわけのわからないモノを原因とするよりは……あのバカ自身が諦められずに原理不明を引き起こしていたところで、どこまでもどうしようもない奴なんだから、驚くことでもないのかもしれない)

 

 あの者がやっているのであれば、あの者の生きた時代に始まってばかりいるように見えるのも、おかしくはないのだろう。

 

 ……そして。

 

(あいつの周りに居るやつらは回を重ねるごとに……私はそうすべてはっきり覚えちゃいし、あれの交友関係を全て知っているわけでもないが……少なくとも数回前ですでに、第一世界の者たち以外、誰も死なずあいつより長く生きたと見えた。それでも繰り返し続けているとしたらどこまであいつは背負っていく? 誰も彼もが寿命を全うするまで見送りたいとでも? それとも月での戦いを越えたがったままだとでも言うのか? だが今の世界であの歴史は起こらない。あいつ自身が変えに変えた果てにあいつが私に勝った記憶はひとつもない。あれが月に行くことはない。……第一世界、か……? ……ばかやろうが……憐れなんてものじゃないだろうが……ッ)

 

 第一世界については彼が休眠したのち、エリディブスに起こされ、『現状』を確認したうえで動き始めてから、彼は滅びを観測する。ミトロンとアログリフに任せていたものが失敗して光の氾濫に至るのだ。しかしバランスを鑑みて属性が正反対となる第七霊災とほぼ同時並行で続けて行った計画だったのに、どういう理屈か百年前に原初世界でその影響とおぼしきエーテルの停滞現象が起こっていたことになる。鏡像であるが故の時間のズレにしても不自然すぎる。そしてあの時点のなりそこないには、世界を渡るすべなどない。

 加えて、『あいつ』は彼が殺し、第一世界の統合は起こせずとも、グ・ラハ・ティアが目覚める前に次とその次の霊災を経てクリスタルタワーは破壊され、なりそこないたちが世界を渡るすべを獲得することはない。

 

 そんな歴史で『あいつ』が第一世界をどうこうできる道があるとは、思えない。一人だけで背負おうとするなど無理が過ぎる。

 

 第一世界や……さらには第十三世界のことは、手に余ると次代の人々に託しても……いいのかもしれないことなのだから。

 ほとんど無になっていた第一世界の無の大地を、『あいつ』が蘇らせたことがあるのを、彼は知っている。

 だったら……『あいつ』みたいに諦めないでいても良いじゃないか。

 

(……できることなら、『あいつ』は……あんな繰り返しの中に在り続けさせたくない)

 

 彼は彼女の敵だ。それはきっと、どうしようもない。だから、可能性を求めるとしたらまた再びあの歴史で決着をつけること。それがきっと、彼女を救いたいとするのなら一番悪くない道だ。

 だがそれは、どちらかの敗北を生むものでは、ある。

 

(……あの通り私が敗けた道だろうと、悪くはないと思えた)

 

 それを甘んじて受け入れるだけに留まるつもりはない。きちんと決着をつけた結果彼が勝つ道が今の歴史に似たものになるなら、それもきっと、悪くないと、言えるはず、だった。

 そのどちらかでありたい。

 

 その果てにあるいは、再び彼に敗北が訪れるのだとしても。

 あいつの隣を歩く者は、きっと、あいつにとって、かつての我々に遜色のない『仲間』なんだろうよ。

 

 だったら世界の先を任せるのも、悪くないのだろう。

 

(そしてもう、繰り返したとしても、記憶を継いでくれるなよ……)

 

 お前が過去に囚われたまま前に進めないなど、見ていられない。許容できない。そんな薄情ではいられない。お前はかつてかけがえのない存在であったのだから。思い入れを拭い去ることなんてできない。

 

(あの歴史で我々が勝っていたなら、恐らくこの今と変わらない世界になる。だから、生まれ変わって来い。そしてこの世界を見ろ)

 

『お前こそ、案外、気に入ると思うぞ』

 

 それは真に願うことなのだから。

 

「……エメトセルク!!!!!」

 

 かつての呼ばれ方をして、彼はふと意識を浮上させた。

 

(……ぐるぐると考え込んでいただけと思ったが、朦朧としていた、か……)

 

 気づけばなんだか、部屋には大勢人が増えていた。

 彼は内で苦笑する。

 

(……何だ? 私にはこんなに今際の際に駆け付けるような者たちがいたっていうのか?)

 

 そう立派に生きたわけじゃないだろう。

 終末の災厄をとめることができなかった。そしてなりそこないを虐殺したような非道だろうが。

 

〖……その座はもう次代のものだろうが。そこのそいつを泣かせる気か〗

 

 命の終わりを感じた彼は、きちんと引継ぎをしている。……ソルの時と違って。

 見ろ。明らかに泣きそうに口を曲げているじゃないか。

 

「……ハーデス」

 

 言い直されたその呼ばれかたに、柄にもなく彼はこみ上げるものを感じる。

 

(……その名で呼ばれるということが……こんなにも)

 

 永く取り戻せなかった世界。今は、彼をその名を持つ者として認識してくれる人々がいる。

 

(……ああ。やはり、悪くはない)

 

 非道の上に成り立っているのだとしても。他にもっと穏やかな解決法は無かったものかと、思わなくはないとしても。

 ……今転生しているとして、過去彼が命を奪ったことにかわりがない者たちは数多く、それは決してうやむやにはできないとしても。

 

(全力で勝ち取った道だ)

 

『……私はそろそろ見つけたいんだ。今ひとときの痛みに耐えてでも、より悲劇の少ない道を選べる、そんな強さを持つ相手を』

 

 それは終末の刻の、実際にそうできた人々だけに向いていた視線なのかもしれなかった。

 だから、あの頃の『なりそこない』に成し得ることだとはまったく思っていなかった、信じられなかった。だから彼らなりの何かがあったところで、目を向けなかった。

 争いなどしない『真なる人』を自負しながら、きっと驕り、侮っていた。

 だから現在の統合された世界を目指すために滅ぼした者たちについて、『今ひと時の痛み』とは、真には思えていなかったのかもしれなかった。

 

 だから今は、決して、正当化しようとは、思わない。

 必要な犠牲だったと片づけて捨ておくことは、もうできない。

 

 ……きっと『必要な犠牲』ではなく、未来(いま)を選び取るためにアシエンが踏み越えたもの。

 今がこうであるために、アシエンが、彼が、『この星の物語における悪役』にした、『確かに生きていた』者たち、なのだ。

 

 だからもし、あの、アシエンが敗れ去った歴史も続くのなら、今の世界のすべてがそれだ。

 

 どちらも『ヒト』が全力で勝ち取った道。

 

 ならば、やはり、どちらも悪くはない世界なのかも、しれなかった。

 

 今。

 刈り取った側の私などがもし願えるなら、過去私が命を奪った者たちよ、せめて、これより先の生は幸せであってくれ。

 これからをそういう世界にできたはずなのだから。

 

(……それは……お前にも願いたいことなんだぞ……)

 

 命のかぎり歩み続けた、親愛なる者よ。

 

 そう願いながら。

 

 多くの人に見守られ。

 

 

 

 ハーデスは、エーテルの海に還っていった。

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