僕は彼女に恋をしてしまった……。
LOVE
ピクチャー・ディスというブロンディの歌がずっと好きで、でも歌の歌詞を勘違いしていて、正確にはDAYをDIEと聞き間違えていたので、そうかこの歌の主人公は12月に死のうとしているのか、と勝手に思い込んで僕は感動していた。
これから死ぬことを、しっかり覚えておいてくれと歌う女なんて、なんか色っぽいじゃないか。
そのぐらい僕の英語の聞き取り能力は曖昧で、洋楽の歌詞を聞き間違えては思い込みで感激したりしているわけなんだけど、喜多さんにその間違いを盛大に語ってしまったことは、今でも思い出すだに頭から火が出るぐらい恥ずかしい。
それは4月の初旬の日で、高校に入学したてのある日の出来事だった。
放課後に、中学の頃から友達だった男子と音楽の話をしていて、最近洋楽を聞くよと僕が言うと、どんなの聴くんだ?と問いかけられたから、僕はアイポッドに入っているブロンディを聞かせて、さっきの説明をしたのだ。
すると、近くの席にいた女子が「私もそれ聴きたいわ」と言い出して、僕も友達もびっくりした。
その話しかけてきた女子が喜多さんで、一目見ただけですごく可愛くて、どう考えてもクラスの中心になりそうな女の子だった。
可愛らしい容姿を鼻にかけるでもなくフランクな性格のようで、僕たちに話しかけたのもきっと他意はないのだろう。
すごくあっさりとした動作で、僕のイヤホンを取り、僕はイヤホンを渡すだけでじっとりと体から汗が噴き出していたのだけれども、そんなことはちっとも知らない彼女は、その可憐な耳にイヤホンを指して、ブロンディを聴いてくれた。
喜多さんが、その歌が本当は12月の日々を歌っているだけだということを聞き取れていたのかどうか知らないけど、「なんか、かっこいいね」と言ってくれた。
その一言だけでつまらない陰キャの僕は、彼女のことが気になって仕方なくなってしまったのだ。
正確には、一目見た瞬間から可愛いなと気にはなっていたわけだけど、心の奥底にまで染み渡るように気になったのはその瞬間が最初なわけだ。
かといって、それ以上の進展はなく、というかそもそも喜多さんと僕が釣り合うはずもなく、僕は悶々と喜多さんの妄想をするようになっただけだった。
休みの日に自転車に乗っていると、不意に喜多さんの顔が浮かぶことがあるし、あの細い脚とか、細い腰とか、目を閉じるとすぐに映像が瞼の裏に映し出される。
こういうのって恋っていうんだろうなと思いながら、町はずれの公園まで行って、カメラを構える。
被写体は、人間ではなく、公園の片隅にある小さな池だ。
中学生の頃から僕は、写真を撮ることにハマっていて、町はずれの公園まで行っては、毎日池の写真を撮っていたのだ。
毎日同じものを撮れば、なんだか芸術っぽい感じが出るんじゃないかなと思ってそういうことをやっていたのだが、たまたま「スモーク」という映画を見たら、主人公が同じことをやっていて、なんだ、使い古された手法だったのかと思うと、なんだかみじめな気分になったけれど、それでもこの習慣はやめなかった。
というか、やめられなかった。
僕は、音楽とか小説とか映画とか、創造とか創作と呼ばれているものが好きなのだけど、自分の脳内から音を紡ぐことも、文章を作り出すこともできる才能がなくて、写真というのはシャッターを切ると自動的にその瞬間を切り取ることができるので、その行為にすがっていたのだ。
もちろん、どんな下手な鼻歌だって歌えばそれは歌だし、どんなに支離滅裂な文章だって書けば文章だ。
それでも僕は、自分にとって一番楽な行為と考えられる写真を撮ることに自我の承認欲求をゆだねていたのだ。
人物を写す気にはならなかった。
人を写すという行為は、その人の許可がいるし、相手に意思がある以上、僕の思い通りにはならない。
相互干渉というものが僕は苦手で、一方通行が出来ることのほうが心地よいという駄目な性分に逃げてしまい、それで物言わぬ池ばかりを写していたのだ。
5月ごろになると、喜多さんがギターを背負って学校に来るようになったので驚いた。
バンドを始めたらしく、といっても本人に訊く勇気が僕にあるはずもなく、クラスの男子たちの噂ですぐに知ったというだけのことだ。
さらには、なんでもリョウとかいう男に熱を入れあげていて、その男のいるバンドに加入したらしい。
僕は歯ぎしりをしたが、歯ぎしりをするだけで何もできはしなかった。
僕はというと、本当に何者でもなくて、何かになりたいと思いながらも何もできなくて、ただだらだらと映画を見たり、音楽を聴いたりして過ごしていた。
たくさん何かを吸収すれば自分も優秀になれるんじゃないかと思ったのだが、全くそんな気配もない。
高校生なのに珍しいことといえば、いとこのお兄さんがたまに遊びに来るときに彼が持ってきてくれる缶ビールをご相伴にあずかることぐらいで、たまにといったけど、結構頻繁に来るので、僕は一週間のうち一日ぐらいは酔っぱらっていたのかもしれない。
お兄さんは大学生だけど、もう大学には8年ぐらいいて、大学に本当に行っているのかどうかよくわからない。
映画研究会に入ってて、将来はゴダールになるとか言っているけれど、そんなこと言っている大学生なんてありふれているし、まだブレッソンになるって言う方がましなんじゃないかなとか思いつつ、ブレッソンになりたいって学生もいくらでもいそうだし、そもそも固有名詞を挙げて何かを述べることにあまり意味を感じない。
とにかくお兄さんが持って来るので、一緒に缶ビールを飲んでいて、そういう時には結構高い確率で猥談になる。
お兄さんが、「おい、日出坊、お前、高校にいい女の子いないのか?」と訊いてくるので、僕はしょうがなく、「喜多さんっていう可愛い子がいる」と言った。
「へぇ、いいじゃん」
「よかないよ」
「なんで」
「だって彼氏いるし」
「まじかよ」
「たぶん」
「多分ってなんだよ、たぶんって」
「よく知らないけど、その、バンドやっててさ」
「へぇ」
「そのバンドにリョウって男がいるんだって」
「そりゃ、ヤってるな」
お兄さんは即答した。
ヤってる、という言葉の響きがエロくて、僕は悔しいを通り越して感心したこともあり、その瞬間からリョウって男に対する嫌な気持は失せて、むしろ妄想の中で喜多さんを犯す竿役として機能するようになった。
リョウというチャラいイケメンに喜多さんが好きなようにされてしかもそれは凌辱ではなく喜多さんが望むものだという妄想は、実に僕の心を刺激するのだ。
僕は深夜に一人になったときに、相変わらずブロンディを聴きながら、そういう妄想で自分を慰めた。
僕の部屋は、実家の二階で、壁にはミスタービッグとドリームシアターのポスターが貼ってあった。
ドリームシアターは実は聴いたことがなくって、クラスメイトのSさんがくれたポスターだった。
彼女は毎日、イメージズ・アンド・ワーズを聴いてから眠るらしいのだけれど、そんなの聴いてからぐっすり眠れるのかなと思ったり、でも律義に毎日聴くのってなんかいじらしくて可愛いなと思ったりした。
よくよく考えたらなんでSさんは僕にポスターをくれたのか気になってしまうことがあるけれど、Sさんには仲が良い男友達がいるし、僕にくれたのはきっと僕が洋楽を聴くからだろう。
でも、いまだにドリームシアターはちゃんと聴いていない。
一方僕はその頃は、ビージーズのマサチューセッツを聴いてから眠るのが日課で、シャープの青いラジカセでビージーズのホリゾンタルというアルバムをセットして、7曲目をかける。
でもラジカセは壊れかけで、いつもなぜか6曲目を再生するので、僕は舌打ちしいながらもう一つスキップするのだけど、よくよく考えたら最初から8曲目をセットすればいいのに、なぜかそれができないのだ。
僕にはそういう、やればいいだけのことがなぜができないってことがたくさんある。
それはともかくとして、マサチュ-セッツを聴く理由は、中毒性があったり、やはり単純に良い曲で、特に柔らかいコーラスの雰囲気とか最高に好きなのだけれども、一番の理由は、なごむからだろう。
ゆったりとしたメロディや、おおらかな歌作りが、寝る前にちょうどいいのだ。
カチカチっとした能率主義とか成果主義とは少し違う次元にいるような気分になって、僕はそういう牧歌的な物事のありようをすごく愛している。
マサチューセッツを聴いていると、喜多さんへの切望や渇望は薄らいでいって、彼女のただ可愛い部分とか、こちらを明かるくしてくれそうな良い部分だけが心の中に染み渡ってくるのだ。
だから僕は夢で喜多さんを抱いたことはなくて、むしろ素敵な友達関係の妄想をして眠りに落ちる。
夏になった頃のある日、いとこのお兄さんに誘われて彼のアパートで缶ビールを飲んでると、お兄さんが唐突に「なぁ、喜多ちゃんって子、見に行かね?」と言い出した。
見に行くったってどこへ?と思ったのだが、有無を言わせない感じで「たしかその子、バスケの部活手伝ってるんだろう?」と言った。
そういえば、彼女が色んな部活の助っ人として活躍していることを話したことがあった。
お兄さんは、酔っ払いのくせに、変なことだけよく覚えていたりするのだ。
「でもいつやってるかわかんないよ」
「調べろよ、そんなん」
「あぁ、うん」
断り切れずに、女子のそういう情報に詳しい友人のYにメールをしてみると、僕が女子に興味を持っていてそれがよりによって喜多さんなことをからかい交じりの文面で「今日の夕方だよ」と連絡があった。
あまりにも奇跡的すぎるタイミングで、僕は唖然としてしまい、脳から何か興奮物質のようなものがドバドバとあふれ出すような気持で、結局はいとこのお兄さん以上にやる気を出してしまい、その日、喜多さんを見に行くことが決まったのだ。
バスケットボールの試合は、町はずれの高台の上にある市民体育館で行われていて、いとこのお兄さんの家からは遠かったので、僕たちは少し酔いの残った千鳥足でひぃひぃ言いながら坂を上った。
どうしてこんなところに体育館立てるんだよ、と文句をお兄さんが言ったが、理由は僕にわかるわけがなくって、もしかしたら地元の政治家とか、いろんな要因が絡んでたのかもしれない。
ようやく体育館に到着すると、もう夕暮れで、試合はほとんど終わりかけだった。
僕はスポーツに疎いので、バスケットボールの点数差というものがあまりわからないのだけれど、喜多さんのいるチームは数字の上では負けていて、それがあと5分ほどで取り返せるものなのかどうかは判別できない。
それでも、髪をポニーテールにくくって走り回る喜多さんは予想以上に可愛くて、僕は教室で喜多さんを見ていた時よりもさらに心の柔らかいところに彼女の姿がぐっと深く沈み込んでいくような気がした。
心の中に泥のような湿地帯みたいなスポンジみたいな床があって、そこに彼女の姿が沈んでいき、かたどられていくような感じ。
これから先、僕は喜多さんとあまり話す機会もなく学校を卒業したら会えなくなってしまうかもしれないというか、ほぼ確実にそうなのだけど、それでもこうして僕の心の奥の床にめりこんで形状記憶された彼女の姿は、一生消えないような気がする。
そんなことを考えているとゲームセットのホイッスルが鳴って、喜多さんのチームはあっけなく負けてしまった。
僕は試合が終わった後の負けたチームってどうするんだろうと少し心配になったのだけど、喜多さんは悔しがるでもなく、なんだか笑っていて、そのにこやかさが爽やかで、僕はほっとした。
僕が心配なんてしたって、なんの意味もないことなんだけど、どうしてこんなに、そんなことが気になるのだろうと考えたら、あぁ、そうか僕は、喜多さんが悔しくて顔をゆがめている姿を見たくなかったんだと思い至った。
でもそれは彼女を気遣う優しさなんかじゃなくて、ただ単に、自分の好きな女の子に、顔をゆがめるような真似をしてほしくない、幻滅したくないだけだったんだ。
急に恥ずかしくなって、隣の席のいとこのお兄さんの方を見ると、お兄さんはぽぉっとした顔で、一言「いいな、あの子」とだけ言った。
その時、コートにいた喜多さんが、僕たちの方を見上げて、きらっと光りそうな笑顔を向けて、ちょっとだけ手を振った。
僕は驚いた。
周囲をきょろきょろと見まわし、たぶん他に誰かクラスメイトがいたのだろうと勝手に納得した。
僕とお兄さんは、試合の余韻を味わうようにしてしばらくそこでおしゃべりをして、といっても二人ともインドアな人間なので、やっぱりバスケットボールの試合の良しあしなんてわかるわけもなくって、そろそろ帰ろうか、ということになった。
2階の観覧席を降りて、通路に出たときに、「伊東くんっ!」
喜多さんが僕の名前を呼んだ。
あまりにも唐突で、僕はその事実が信じられず、まるでスローモーションみたいに、その時の光景が脳裏に焼き付いている。
試合が終わって数分しか経っていなくて、まだ汗だくの喜多さんが、通路にいて、僕の方を見ていた。
僕の苗字を憶えていることに驚いたけど、それよりもまず、僕がここにいることを認識してくれていたこと、それで頭がショートしそうになる。
「ありがとう、見に来てくれたんだ!」
屈託のない笑顔を向けられ、僕は口をパクパクとさせた。
「それ、カメラ? 試合撮ってくれたの?」
え?と驚いて手元を見ると、僕は首からカメラを提げていて、それは、お兄さんの家を出る時に、無意識に首いぶら下げてきたものだ。
いつもそれを持って外に出るから、習性になっていた。
写真を撮ろうとしていた勘違いされて咎められたような気がして、僕はしどろもどろになり、言い訳をしなくちゃと思って、「でも、撮ってないよ、試合に遅れてしまったから」と言った。
「そうなの?」
喜多さんが、残念そうにする。
「でも、試合は少しは見てくれていたよね?」
「えっ」
「二階にいたでしょ?」
「あ、うん」
「ありがとう!」
まぶしいような笑顔でお礼を言う彼女。
僕は、いつの間にかカメラを構えていた。
今振り返っても、なぜそんな動作をしたのか、自分でも理解できないのだけど、僕はその時、すごく自然にこの瞬間を写真に撮りたいと思ったのだ。
「あの、と、撮ってもいい?」
「うん」
ファインダー越しに覗くと、喜多さんの顔が映し出され、僕はシャッターを切る。
その瞬間を、永遠に切り取った。
「汗かいてたかも、ちょっと恥ずかしい」
喜多さんが、照れた顔をしていて、その表情は、これまで僕が見た喜多さんの中で一番人間的だった。
「に、人間を撮ったの、は、初めてだった」
僕がつぶやくと、「そうなんだ」と喜多さんが言った。
「あ、あの」
「ん?」
「ま、負けちゃったね」
「うん」
僕の言葉に、返事した時。
笑顔なのに、喜多さんの表情の中に、不意にパレットに色が混じるみたいな形で悔しさみたいなのが混じって、それがすぐに消えた。
「あぁ」
僕は、その瞬間も、写真で切り取れたらよかったのに、と思った。
市民体育館からの帰り道、いとこのお兄さんはずっと喜多さんの可愛さを熱っぽく語り続けていて、僕は一方で、ずっとカメラを握りしめていた。
この中に、切り取った彼女の一瞬が、僕の中で宇宙になる。
僕だけがこの箱の中に閉じ込めた彼女の一瞬があれば、僕はもうこの先、誰一人として人物を撮らないで良いだろう。
頭の中に再び、ブロンディの歌が流れ出し、それはやはり僕の頭の中では12月に自殺をする歌で、そんな女の子の生きている瞬間を、この掌のカメラの中に閉じ込められたような気分になった。
デボラハリーと喜多さんは全然違うのに、僕の中の彼女たちは混じりあっていた。
喜多さんはバンドをまだ続けていて、彼女の歌がどんな歌なのか僕は知らない。
でも、知る必要はないのだと思う。
僕の中の彼女たちは僕の勘違いの歌を、訂正することもなく歌い続けているからだ。
僕は、早く家に帰りたかった。
早く家に帰って、僕だけが切り取った彼女の季節を、抱きしめるのだ。
このカメラがあればそれができる。
なのに、何故だろうか。
僕は息が苦しくなった。
《完》
いかがでしたでしょうか。