東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
療養期間も終わり、俺はようやく人里を見て廻る機会を得た。個人的に興味を引くものも多々存在するが、まずは仕事を済ませねばならない。
永琳に渡されたメモを頼りに各戸に薬を置きに行く度、一昨日の宴会の参加者達に出くわす。皆俺のことを医者か外の世界の技術者だと勘違いしているようで、逐一説明するのにだいぶ時間を食う羽目になった。
そして、太陽が真上に来た頃、やっと最後の仕事が回ってきた。メモの一番下に書かれた名前は『上白沢慧音』。仕事の都合が悪くなければ宴会にも参加していた女性で、寺子屋の教師らしい。
「あっ!?」
突然、少女のものと思われる叫びが響いた。その声に聞き覚えがある気がして、俺は声の聞こえた方を向いた。
「っ!! 貴様…」
その姿を認めた瞬間、俺は激しい怒りを覚えた。眼前の少女は、あの時自分を絞め殺さんとした相手だったのだ。
くるりと踵を返し走り出す幼怪を、俺は全速力――ただしバイオブースターは使わず――で追いかける。やはり妖怪というだけあってか、逃げ足が速い。
逃げる少女を執拗に追う俺の姿は、周りの者にはどう写っているだろうか。と、普通の者は考えるだろうが、俺にとってそんなことは至極どうでもよい。故に俺は幼怪を追うのを邪魔されようものなら、蹴り飛ばしてでも道を空けさせるつもりでいる。
「先生助けてっ!!」
「? ルーミア!?」
先生と呼ばれた、青いワンピース姿で青いメッシュの入った銀髪の女性の陰に隠れる幼怪。どうやらルーミアというらしい彼女は、怯えた表情でこちらを窺っている。
「…誰だか知らないが、私の教え子に危害を加えるのは止めて貰おうか」
強い怒気を孕んだ口調で、女性は俺にそう言った。
「危害の件についてはむしろこちらが言いたい。そこにいるルーミアとやらのせいで一度死にかけた」
「仕方ないだろう、ルーミアはお前を…」
「食料としてしか見ていなかった、と?」
「と、とにかく、ルーミアに危害を加えるなら容赦はしない! お前のような外来人ごときに、私の教え子がどうこうされてたまるか!!」
カチン、と、そんな音が聞こえた気がした。あるいは、ブチッかもしれない。
「…外来人ごとき、だと?」
どんな音かはともかくとして、それが表す感情は、
「…ふざけるなよ」
怒りだ。
「つまり貴様はこう言いたいのか? 外来人である俺が貴様の教え子に惨殺されるのはよくて、貴様の教え子が外来人である俺に傷付けられるのはよくないと? 結局は他人事なのだな、自分達さえ良ければそれでいいと思っている。これでは幻想郷もコーカサスも同じじゃないか」
その怒りに反して、口を吐いて出たのは嘲りの言葉だった。
「貴様、言わせておけば…!」
「何だ、殺すのか? 殺すがいいさ! この武器がなければ、俺はただ他人より少し身体能力が高いだけのガキだ、簡単なことだろうよ! そこにいるルーミアとかいう小娘が、今まで多くのヒトを殺めてきたように、貴様もその手で俺を殺して見せろ!!」
俺は許せなかった。自らの手で命を奪う痛みも知らぬ
「二人とも喧嘩しちゃダメ!!」
俺の挑発でかなり険悪な雰囲気になっていたところに、別の少女が割って入った。
「翔子!?」
「小櫃さん、私のこと助けてくれたのに、そんな簡単に命を捨てるようなこと言っちゃダメだよ…小櫃さんは私の命の恩人だもん!」
翔子の悲痛な涙声に、俺ははっとした。俺は自分の命が最初から勘定に入っていなかった。戦いに於ける恐怖を克服する為に、戦う以上は始めから死んだものとして考え、ルーミアに襲われて怒ったのも、“俺が”襲われたからではなく、俺という“一人の人物が”襲われたから。結局俺は命より正義の方が大事だったのだ。一番命を蔑ろにしていたのは自分だったのだ。
「慧音先生。小櫃さんはいい人だよ。私を助けてくれたから…ルーミアちゃんも、小櫃さんのこと、もう襲わないで、ね?」
翔子がルーミアとその女性――上白沢慧音を宥める間も、俺は考えていた。確かに俺は、自己の正義の実現の為に戦い、今まで多くのヒトを殺してきた。その中で当然、命を奪う痛みを感じてきた。だが、その内に自分の命は入っていなかった。自分の弟子と共に依頼された仕事をする時も、いつも傷付くのは俺一人で、俺以外は傷付いてはいけなくて、それが当たり前だと思っていた。一番大切にするべきものを忘れていたのである。
彼女は俺の過去を知らない。故に彼女の言葉は、俺の過去を踏まえて言った言葉ではない。だが、俺にはその言葉が像の足となってのし掛かってきた。それは俺の衝動を押さえ付け、半ば暴力的に鎮静化した。