東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
永遠亭に帰る頃には、完全に夜になってしまった。ただ、丁度その時夕食の仕度が終わったようで、それに遅刻することだけはなんとか回避できた。
献立は野菜カレーと福神漬け、そしてツナサラダ。どうやら幻想郷は中途半端に外の文化を取り込んでいるらしい。でなければこんなカレーやらサラダやらが出るはずもないだろう。とにかく、理科的なものに偏った自分の知識では、それをどんなにフルに活用しても答を導き出すことなど不可能である。詳細については考える必要はない。俺達はその恩恵に預かっていればいいのだから。
「で、情報は得られたの?」
俺の前に座る永琳が尋ねた。
「奴が妖怪化したスカイフィッシュであるという有力な仮説が出た。それだけだな」
「それだけ?」
「被害者からの聞き込みでは情報が少なかった。明日は妖怪の山の裏にあるという温泉地帯に向かう」
「間欠泉センターに?怨霊が出るから危ないわよ、どうしてそんな場所に行くの?」
「スカイフィッシュは、本来地熱帯付近の磁場で体構造を安定させる生物だと聞く。それならばその間欠泉センターにいる、もしくはいた可能性が高い。あるいは、間欠泉を通じて、地下深くのより磁場の強力な場所に…」
「それなら博麗神社の裏から行くといいわ。そこからなら怨霊にも出会す可能性は低いでしょう」
「了解した」
地球が30億Aの電流を使うのと同等の強力な磁場を持つことは最早知っての通りだが、地球は決して永久磁石などではなく、巨大な電磁石なのだ。ではその電流はどのように維持しているのか。それは高温の環境下に於いて融解した鉄により構成された惑星
「ところで小櫃」
「どうした?」
「さっきからずっと思っていたのだけれど、…よく目を瞑ったまま食べられるわね」
そう、今俺には一切の視覚情報が入ってきていない。
「俺はどうやらバイオプライムに片足を突っ込み始めているらしい。この能力は『バイオロケーション』だ」
バイオロケーションは、周囲にバイオエナジーを放射、その反射を感じ取って周囲の状況を把握する。だが、これだけでは動くものを感知するには不向きで、実際はもう少し違う方法も併用する。
南米にデンキナマズという魚がいる。この魚は、自身の周囲に強力な電場を発生させ、その乱れを感知し、水中の獲物のいかなる動きも見逃さない。それはいわば高性能の動体感知機であり、濁った水の中での狩りを助けている。
バイオロケーションは、ただバイオエナジーの反射を感じ取るだけではない。デンキナマズと似たように、自身を中心として最大で半径1㎞以上に渡りバイオエナジーの力場《フィールド》を発生、その乱れを感知する。この能力のお陰で、俺は過去に何度となく
「…よっと」
何を思ったか、てゐが福神漬けの入った器をずらした。
「ん」
俺はそこに箸を伸ばし、口に運ぶ。
「むっ…」
またてゐが器をずらす。
「ふむ」
箸を伸ばす。
「くっ…」
器をずらす。
「ふっ」
伸ばす。
「ちいっ!」
ずらす。
「てゐ?」
永琳と輝夜に半目で睨まれ、てゐはしぶしぶ器を元の位置に戻す。てゐが悪戯好きなのは知っているが、一体何を張り合っているやら。
「まあ、そのままでも見えてることはわかったけど、何でわざわざ?」
「ここの皆の顔は覚えたから、もうスキャニングを発動したままにする必要――目を開けている必要もないと思ってな」
それに、俺の持つこの能力のせいで若干1名のプライバシーを侵害する訳にはいかない。
「ふう…」
風呂に入りながら、自分のことについて考えたくなった。
「よっこらせ、っと」
湯船から出、鏡の前に立つ。
細いのに武骨で筋肉質な自分の体躯。徐々に器用さを失っていくような気がする。動きの邪魔になる為、無駄な筋肉は着けないよう気を付けて来たが、いつかはそれも保てなくなるだろう。否、――
「既に
その時聞こえたガラリという音が、風呂場に何者かが入ってきたことを伝えた。
「っ!」
反射的に力場を発生、守りを固める。だが、入ってきたのは敵などではなく、
「……」
鈴仙だった。
白状しよう。実は女の裸など毎日見てきた。コーカサスにいた時――正確には幻想郷に来る2年程前――、自分はのどかが管理する下宿『暁風荘』に住んでいたのだが、風呂は共用で混浴が当たり前だった。故に鈴仙が入ってきたところで俺は何とも思わない。思えない。
だが鈴仙の方は、今まで男と一緒に風呂に入るなどという経験はないはずだ。永遠亭には、俺を除けば男は誰一人としていない。ならば一体何の為に?諜報、脅迫、恫喝、暗殺、…様々な『可能性』が頭を飛び交う。
「鈴仙か」
「ひっ!?」
「何の真似だ?」
しかし鈴仙の答えに、俺は別の意味で驚愕することになった。
「え、えっと…ふ、二人っきりで話がしたくて…」
「…は?」
湯船の中に、俺と背中合わせで座る鈴仙。これだけ近いと、力場を発生させているだけでバイオエナジーの流動まで感知できる。
「…ねえ、小櫃」
鈴仙が口火を切る。
「何だ?」
「貴方の能力…スキャニングは、『バイオエナジーを視る程度の能力』なんでしょう?」
「…ああ、その通りだ」
「なら…視えたんだよね?私の…思ってること…」
「…ああ、視た」
俺が永遠亭に帰ってすぐに、彼女が俺に抱いている感情は理解できた。彼女もそれを意識してか、少し俺と距離をおいていた。
彼女は、俺に対して恋愛感情を抱いている。
今まで俺はそんな感情を向けられたことはない。それでも、俺の周りの人物達のそれを視てどんなものかは知っていた。
「貴方は…どう思ってるの?」
彼女の想いに応える理由はない。反対に彼女の想いを無視する理由もない。あらゆることに理由を必要とする自分の生き方に、絶望的な位適合しない選択。
「俺は…」
自分の『好き』と鈴仙の『好き』は違うものだ。偽りの愛を演じて傷付けるか、視えている想いを知りながら切り捨てるか。
…仕方ない。
「…俺でいいのか」
「え…?」
「お前は、俺でいいのか」
俺はたった今から、人生に於いて最初で最後、最大級の嘘を吐くことになる。その確認だった。
「…貴方でいい、じゃない。貴方じゃないと、嫌…!」
小さく掠れ、それでも強い鈴仙の言葉。それで十分だ。
俺は鈴仙の右隣に移動し、左手――アームキャノンを右手で扱うようになってからは一度も引き金を引いたことがない――を使って、彼女の頭を撫でてやる。かつて、内穂にそうしていたように。
「承諾した」
了解、ではなく、承諾。
「…っ!」
鈴仙は、俺に抱き付き、小さな嗚咽を漏らし始めた。
その時、俺の脳裏に何かが過った。この世には見えるものと見えないものがある。理由というのは、その可視と不可視の
どこから聞こえる湯気の落ちる音が、やけに大きい。彼女は、ますます内穂と重なって見えた。