東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
勇儀の案内で、彼女の友人・古明地さとりの住まう館――地霊殿に辿り着いた。点在するステンドグラスからの色とりどりの光が美しい。…どこから光が差しているのか疑問ではあるが。
覚妖怪というのは聞いたことはあったが、具体的にどんな姿をしているのかは知らなかった。しかし、今回話を聞く古明地さとりが覚妖怪だった為、俺はその特徴を掴むことができた。
地霊殿の応接間、目の前の椅子に座る薄紫色の髪の少女の体には、複数のケーブルのようなもので繋がった眼球状の奇妙な感覚器官が存在した。バイオエナジーの流動から分析するに、恐らくこの第三の眼――サードアイが、対象の中枢神経の電気的な信号パターンを視覚的にキャッチし、それらの情報を脳内で変換、結果的に思考や記憶を読み取ることとなっているのだろう。…俺もスキャニングを使い続ければ、彼女のようにより正確に思考や記憶を読むことができるようになるのだろうか?
閑話休題。
「…なるほど、そういうことですか」
さとりが心を読んでくれるお陰で、探している素子について面倒な説明をする手間が省けた。道中勇儀が説明してくれたが、彼女はその能力故に地底の妖怪の中でも屈指の嫌われ者であるらしい。確かに、『正直者が馬鹿を見る』この世の中ではそれは仕方ないのかもしれないが、俺が思うに、読まれて困るようなことを考える輩が悪いのだ。
「フォロー感謝します」
いやいやとんでもない。
隣で鈴仙と勇儀が首を
「確かに、素子はここにいました。おおよそ半年前に私のペットが連れてきたのです。彼女は博識で聡明、特に外の世界の技術や文化について詳しく、彼女の話はとても楽しいものでした」
一呼吸入れ、さとりが続ける。
「彼女の夢は、『モノポールドライブ』なるものを作ることだそうです」
「モノポールドライブ!?」
モノポールドライブ。それはコーカサスに於いても研究されていた、まさに夢の技術だ。
磁石にはN極、S極の二つの磁極が必ず存在し(磁気双極子)、そのそれぞれを単一で取り出すことはできない。棒磁石を半分にしても同じく両端がN極とS極になっている磁石が二つできるだけに過ぎず、電磁石の場合でも、巻き数が半分になった電磁石が二つ生まれるだけだ。マクスウェルの方程式――電磁場の振る舞いを記述する古典電磁気学の基礎方程式――に代表される古典電磁気学はこの前提のもとに構成されている。
だが一方で、電気には+
モノポールドライブの方に話を戻すと、それは磁気単極子が陽子崩壊の触媒作用を持つことを利用したものだ。周辺の原子を電子、陽子、中性子に分割、中性子は電子と陽子に分割変化、陽子や中性子のクォークを磁気単極子の磁力によって引き付け、それを中心付近でレプトンに変換、陽子崩壊を引き起こし、陽電子、光子、ニュートリノやその他のフェルミオンを取り出した後、大量の電子、陽電子、光子をエネルギーに変換する、という半永久的エネルギー供給システム。それがモノポールドライブだ。
プロジェクト・ヘヴンズスルーが計画されたのも、地球より磁場の強い木星でモノポールを効率よく集める――それでも二世紀以上かかるのは事実だが――為だという話を聞いたことがある。火星で一体何をするつもりだったのだろうか。
「…思考がずれていますよ、小櫃さん」
さとりに思考を読まれ、指摘された。
「あ、ああ…すまん。いや、それより何故彼女はそんなものを作ろうと?」
「…間欠泉センターの管理者である守矢神社の神二柱は、私のペットの一人――
幻想郷は閉鎖された世界であるが、エネルギーについては外のおこぼれを貰っているらしい。考えてみると、もし外のエネルギー供給システムが何らかの原因で機能しなくなったとすれば、幻想郷は大混乱に陥るだろう。早苗のいる神社の神はそれを考えて行ったのかもしれないが、神である以上、素子の意見も一概に否定はできない。
「彼女は地底の妖怪ではないので、地上との行き来は自由でした。そしてある日、守矢神社に対する苛立ちが頂点に達したらしい彼女は、二柱に喧嘩を吹っ掛けたようなのです」
「な…無茶するね…」
俺の横でずっと黙っていた勇儀が冷や汗を浮かべた。
「彼女は確かに聡明ですが、一度憤慨すると分別がつかなくなるようで…結果は勿論惨敗、神二柱に相当な怒りを買った彼女はボロボロになった状態で地霊殿に逃げ帰ってきました」
さとりの表情が暗い。その時は余程酷い状況だったのだろう。
「あれ以来、彼女は地底から姿を消しました。私の妹が探してはいますが、素子の特性上、発見できていません」
その時だった。応接室の扉が音高く開かれ、長い黒髪の少女――素子が現れた。そのやや後ろに、さとりと似た、しかし服装や髪の色等が補色となった少女も立っている。
俺は驚きを禁じ得なかった。二人が藪から棒に現れたことにではない。素子の後ろに立つ少女のバイオエナジーの流動パターンに驚いたのだ。
脊髄やその周辺の神経系統が異常発達している。いや、それだけではない。全身のありとあらゆる感覚神経、運動神経が、全て反射運動のみで機能できるようになっているのだ。前頭葉は全くと言っていい位に機能していない。それは最早、体そのものがもう一つの脳として働いていると形容しても、決して過剰な表現ではない程である。
「こいし! 素子を見つけてくれたのね!?」
「そうだよー」
「…はっ! 何で私は地霊殿に?」
こいしというこの少女が、恐らくさとりの妹なのだろう。よく観察すると、先程まで素子はほとんど無意識に行動していたらしい。反射運動のみで動けるこいしと何か関係が――
「――そうか、『無意識を操る程度の能力』か」
自身が無意識に行動できるだけでなく、他者も無意識のうちに行動させることのできる能力。俺はそう解釈した。
「小櫃さん、大体正解です」
「やはりか」
さとりが答え合わせをしてくれた。実は、俺の知人――コーカサスにいた時の、ではあるが――の一人、
「…あっ、あの時の…」
俺の存在に気付いた素子が、化け物――普通のヒトからすれば、ここにいる全員が化け物だろうが――にでも逢ったかのような顔で後退り、踵を返して逃げようとする。
「逃がさんぞ」
前方、素子の進行方向に向けて指向性を持たせ、力場を発生。そこに真っ直ぐ突っ込んだ素子は、すぐに腰を抜かしてしまい身動きが取れなくなる。
「さあ、尋問といくか」