東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
決闘前日。
アームキャノンに弾幕ごっこのスペルカードをプログラムしている内に、実弾――ミサイルのことだが――が戦闘中に尽きる可能性があることに気付いた。そこで、俺は新しくそれを作る為に、『無縁塚』なる場所にやって来ている。
無縁塚はその周囲の結界が薄い為に比率が若干外の世界に偏っており、故に外の世界から物が流れ着いてくることがあるらしい。そこでジャンクパーツを見つければミサイルの材料になるか、そう思っていたのだが。
「…楽観視し過ぎたな」
再利用できるようなジャンクはほとんど転がっていなかったのである。
いや、そもそもたかが1日であんなハイスペックなミサイルなど作れるはずがない。それはコーカサスにいた時の話、今ここの技術では不可能だ。アームキャノンと違い通常の電子コンピューターと同じCPUを使っているのが不幸中の幸いではあるが…
突然、自分の僅か20m後方で、自動販売機が動いた。
「っ?!」
振り返ると、丁度横倒しになった自動販売機が開け放たれ、ジュースの入っていない中身を晒け出すところだった。
「ちぇっ、たった64ビットのグズか。こんなんじゃ全然足りないよ…」
犯人と思しき声の主は、自動販売機の内部に組み込まれていたらしいICチップを放った。
「あーあ、この間来てた外来人の『スマートフォン』みたいなやつが転がってたりしないもんかね…」
愚痴りながらその場に立ち上がる少女を、俺は詳しく観察した。
緑色のキャスケットの下には、ウェーブのかかった外ハネが特徴的な青い髪。この世界に於いてこうした現実離れした髪色は、大抵人外を表すものだと思う。実際、この少女は妖怪だった。髪は赤い珠がいくつも付いた、どこか数珠に似たアクセサリーでツーサイドアップにされている。
白いブラウスに、肩の部分にポケットが付いた水色の上着、そして裾に大量のポケットが付いた濃い青色のスカートを着ている。背中の大きなリュックは、胸元の鍵から、左右の肩の上、腋の下の四方に伸びる太めの紐で固定されているようだ。
「…ふむ」
どうやら、彼女の衣服には非常に高い撥水性があるらしい。傘と似た織り方をしている。少々大きめに作ってあるように見えたのは、延びにくさをカバーし動きを制限させない為だろう。
「撥水性…水…河童?」
そういえば、確か幽香の話では、幻想郷の河童は非常に高い技術力を持っていると聞く。彼女がもし河童ならば、協力を仰いでミサイルを作って貰うこともできるかもしれない。
「すまない、少し尋ねたいことがあるのだが…」
「ひゅい!?」
少女に近付き声をかけたが、彼女はやたら珍妙な悲鳴を上げ、忽然と姿を消した。
「!」
彼女はある種の光学迷彩を装備しているらしい。
光学迷彩はかつて――ということは今の幻想郷の外の状況――イギリスの戦車に実装されていたが、コーカサスに人口移動してからは軍も不要になり、光学迷彩自体も、人間一人が使うには費用がかかり過ぎる為に結局使われなくなった。
ただし、それはあくまでも『プロジェクターを使い周囲の景色を投影するタイプ』の話。実は、Gアームズが光ファイバーと回折格子を利用した迷彩服を極秘開発していたのだ。まだ完成してはいなかったが、プログラムさえ出来ればいつでも売りに出せるとハルベルトは得意気に言っていた。
彼女の装備しているのは恐らくその完成形。だが、バイオエナジーまで隠せる訳ではない。
「…別に危害を加えるつもりで話しかけたのではないんだがな」
「……」
自動販売機の後ろにしゃがんで隠れているのは丸わかりだ。頭隠して尻隠さず。
「もしお前が河童なら、是非とも作って貰いたいものがあるん」
「何!?何作るの!?」
俺の言葉を遮り、河童が自動販売機の陰から飛び出してきた。それも、目を爛々と輝かせて。
「…とりあえず、
「ふーん、四島小櫃…変わった名前だね?」
「初めて会う奴には、名字みたいな名前だとよく言われたものさ」
河城にとりと名乗る彼女は、妖怪の山は玄武の沢にアジトを持つ河童のエンジニアだそうだ。メカについては何でも御座れ、とは言うものの、恐らくどう足掻いてもマルチシューターマシンの複製は不可能だろう。しかし、俺の目的はミサイルにある。アームキャノンなど一丁で十分だ。
今、俺とにとりは玄武の沢への道中にある。
「それで、作って欲しいっていうのは?」
「ああ、これだ」
一度立ち止まり、アームキャノンのディスプレイを開く。いくつかの項目の中から『ミサイルイジェクト』を選択、取り出すミサイルを一発に設定。
アームキャノンの先端が4つに分割、後方にスライド、マルチシューターマシンの一部がせり出し、口径が大きくなる。内部でミサイルが装填される無機質な音が小さく響くと、直後にミサイルが一発顔――弾頭だけに『頭』と呼ぶべきだろうか――を覗かせる。
指先で摘まみ、軽く引っ張ったところ、ミサイルは楽に取れた。
「おお…」
にとりは先程からずっと興奮している。エンジニアの性か。
ミサイルの推進剤はサーモリック爆薬の応用で、固体から気体へと急激な相変化を起こし不燃性のガスを高圧で噴出している。折り畳み式のスタビライザーを使い方向を変えて自由に飛べるようになっている。
バイオレーザー砲、などと大儀そうな名の付いた迎撃装置は、実際には水鉄砲のように(ただし圧力は水圧カッター並)バイオエナジーを発射しているだけだ。バイオエナジーは、体外に取り出され一定以上の密度を持てば、極簡単に溜め込むことができる。例えばペットボトルに入れておく、なんてこともできてしまうのだ。
ニヤニヤ笑うにとりに、俺はミサイルの特性を教えた。それなりの知識もあったようで、説明に時間は食わなかった。
「設計図があった方がいいか?」
「いや、別に要らないよ。ちょっとバラせばこの程度お茶の子さいさいだよ」
相当腕に自信があるらしい。にんまりと笑う表情からもそれは感じられる。
そうこうする内に、にとりの工房に辿り着いた。妖怪の山は白狼天狗が哨戒しているが、にとりは警備の穴を随分前から発見していた為、その道を通った俺はまんまとそれを掻い潜ることができたのだ。にとり曰く「たまに迷い込んでくる外来人の持ち物を工房でじっくり調べたかった」とのこと。ちなみに、今その外来人は人里で普通に暮らしているのだとか。
「あー、でもサーモバリック爆薬? っていうのがよくわからなかったから、それについても教えて貰えるかな?」
「無論だ」
ペンチやらスパナやら、その他様々な工具がきっちり整理されて置かれた部屋。その隅の作業台に備え付けられた椅子2つに、俺とにとりは腰掛けている。
「サーモバリック爆薬がどんなものか説明する前に、まずは燃料気化爆弾というものについて理解して貰いたい」
「燃料気化爆弾?外の世界の爆弾かい?」
「そうとも。まあ、これはあくまで日本で定着した俗称ではあるが…燃料気化爆弾というのは、火薬ではなく酸化エチレンや酸化プロピレンのような燃料を一次爆薬で加圧沸騰させ、『
「おお…」
「爆鳴気の爆発は空間爆発であって強大な衝撃波を発生させ、12159hPa、すなわち12気圧に達する圧力と、2500〜3000℃の高温が生じる。加害半径は一般的には数百mと推定される」
「おおお…」
「ただしこれは通常の爆弾とは爆発の直接的比較はできない。殺傷プロセスが異なる。作動時発生する巨大な火球による蒸し殺し、爆風の衝撃波による圧死、急性無気肺と一酸化炭素中毒と酸素分圧の低下の合併症による窒息死だ」
「うわ…」
「この兵器は建物などにはあまりダメージを与えられない。つまり人を殺すことを第一に考えた爆弾だ」
そう、これとその発展形であるサーモバリック爆薬は、明らかにジュネーブ協定に違反した大量殺戮兵器なのだ。故に、コーカサスでは製造を一切禁止している。
「話を戻す。サーモバリック爆薬は燃料気化爆弾の発展形だ。液体ではなく固体から気体へと相変化させる。
「はあ…」
説明を始めてからにとりが感心し通しだ。能力の説明をした時の鈴仙も似たような反応をしていた気がする。
「…まあ、とにかく俺のミサイルの推進剤はその応用で、不燃性のガスを高圧で噴出して飛行するんだ」
「…うん、なるほどわかった。いくつ作ればいい?」
「昼食を摂るまでの間に、できるだけ沢山作って欲しい。頼めるか?」
「任せなさい!」
彼女は作業台の上にミサイルを置くや、工具を駆使して瞬く間にバラバラに分解し、スタンドで固定されたレンズを使って隅から隅まで細かく観察していく。熟練者の業だ。
「…何か手伝おうか?」
「あ、じゃあ奥の棚からラジオペンチ持ってきて」
「了解した」
にとりに依頼され、工具を取りに足を踏み出した。
その時、俺は棚の隣、布製のシーツがかかった物体に目がいった。セロハンテープで小さな紙切れが留められている。そこに書いてあった文字は――
『空素子 大型コイル』。