東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
今後出す独自設定の地名、及び更なるオリキャラ。
6月。梅雨前線の北上により、幻想郷にも梅雨の時期が訪れる。全ての生命を潤す恵みの雨だ。
素子がモノポールドライブを完成させ、その祝賀パーティーが彼女と親しいにとりのラボで開かれた。本格的な運用は大分後になるので、パーティーといっても大したものではなく、参加者は俺と素子とにとりのみ。今日の薬売りのシフトは俺は勿論鈴仙にも入っていないのだが、輝夜の暇潰しに付き合わされている鈴仙は俺に置いていかれた。哀れ。
「そういえば、今日は俺の誕生日だったな」
ふと思い出し、口を吐いて出たその言葉で、二人に『プレゼントを要求しろ!!』としつこく纏わり付かれた。そこで俺は『プレゼント』を要求する言葉として、次のように述べた。
「素子は普段どこに住んでいるんだ?」
この言葉が、後に予想もつかぬ存在との邂逅のきっかけになろうとは思ってもみなかった。
素子がモノポールドライブの原料として鉄鉱石を収集していた頃、彼女は地上と旧都を結ぶ地下坑道を利用していた。聞けば、それは地底に住んでいた妖怪の一味が、地上に出るべく妖怪の賢者の目を欺きつつ掘り進めたものの、崩落の危険性があった為に放棄されたのだそうだ。
しかし現在、坑道は地上と旧都を結ぶどころの話ではない。
「……」
「…これは凄いな。まさか、これを全て素子一人で?」
「そうだよ。なかなか苦労したね」
坑道の見取り図を見せられて、俺は言葉を失った。にとりも目を見張っている。坑道は素子が鉄鉱石を収集する際、スカイフィッシュの姿で妖力を纏った体当たりで広げられ続け、結果旧都をお椀型に囲う程に巨大化していたのである。そしてその一角に、素子は住んでいるのだ。
素子の案内で狭く暗い坑道を歩く。足元に転がる石に躓かぬよう気を配り、行き着いた先が彼女の家、というより棲み処だ。穴の開いた天井を持つ大きなドーム状の空間だが、旧都にあるような家らしい家はなく、石の上に寝袋で寝ているらしい。灼熱地獄跡からの暖気と穴からの日差しで地下水や雨水が蒸発する時の冷気とで対流が起こるから空調管理も完璧、風呂は天然温泉を源泉かけ流しで使っているという贅沢ぶり。天井の穴は間欠泉センターの地上部分に繋がっているから、地上とのアクセスの便も良い。そんな都合のいい環境が自然の力で造られてしまうとは驚きだ。
「ここが?」
「そう、私の家です。石ばっかの所ですけど、ゆっくりしていってくださいね」
はにかんだ様子で笑う素子。それは自分の弟子だった少女、徳嵩菜奈子に似ていた。ふとした時にこうしてコーカサスでのことを思い出すのも、まあ悪くはないな、と思えるようになっている。
「あー、素子、残念だけどゆっくりできないや」
「え? どうかしたの?」
振り返ると、にとりが俺の後ろで自分のバッグを漁っていた。顔がみるみるうちに青褪めていく。何かやらかしたのか。
「…工具、途中で落としてきちゃったみたい」
「ええぇっ?!」
「拙過ぎる。あのレンチかなり高級モデル」
「とっとにかく探そう! あ、小櫃さんそこで待っててください!」
「あっ…」
工具を落としたことが発覚するやいなや、二人は文字通りあっという間に坑道の闇に消えていってしまった。薄暗い広間の中に取り残され、天井の穴から降り注ぐ雨音だけが木霊する。
仕方がないので、俺はしばらく周辺を見て回ることにした。
なるほど、素子の言う通り石や岩ばかりだ。だが一見殺風景に見えても、ここの壁に目を凝らしてみれば、彼女の努力の証がびっしりと書き込まれているのがわかる。流し読みで何の計算式かわからなかったが、途中でマクスウェルの方程式が殴り書きしてあったので、恐らくモノポールドライブの設計に用いたのだろう。
彼女は律儀な努力家だ。計算をミスしてその都度塗り潰していることから推察するに詰めの甘い所があるようだが、それでも彼女の勤勉さ、そして決して傲ることのないパーソナリティーには好感を持てる。
壁の落書きの終わる場所の丁度真下に、計算に使ったと思われるチョークが2、3個転がっていた。なんとなく、それを拾い上げてみる。
「…チョークじゃない、これは…蛇の小便か」
チョークかと思ったが、石灰石ではなく尿酸だった。
石灰質の殻を持った爬虫類や鳥類の卵は乾燥に強いが、その内部で胚が成長する際、排泄物の問題をクリアする必要があった。魚類と同じように有毒なアンモニアを殻の中でそのまま排泄するのは危険だし、尿素では浸透圧の問題が発生する。その為、彼らは親水性の低い尿酸の形で排泄するのである。鳥の糞の白い部分は尿だというのはよく知られた話だ。
この手の知識は、かつて師匠と行なったサバイバル訓練で得たものだ。コーカサスは様々な自然環境が再現され、中にはヒトにとって過酷なものもある。俺は当時のことを回想しながら、アームキャノンを脇に置き、尿酸で落書きをしようと近くの手頃な石を手に取る――
はずだった。
「!」
俺が目標に定めた石は、俺の手が触れるより早く、ピアノ線に吊られたかの如き造作で宙に浮かび上がったのである。
刹那、広間の中央に陣取っていた幾つもの巨石が、轟音と地響きを伴って動き出す。それらは雨に打たれながら渦を巻いて立ち上がり、ついには寄り集まって、5階建てのビル程はあろうかという岩の巨人の様相を呈した。
「……!!」
白状しよう。俺はこの巨人に底なしの畏怖を覚えた。今まで自分を食おうと襲ってきた下級妖怪は、それこそ化け物と形容するのが相応しい、ホラー映画にでも出てきそうな歪な容姿をしていた。しかし今相対しているのは、それらとは別種の怖れを誘発させるものだ。自分の認知外のものを見せつけられたような、自分が如何に愚かでちっぽけな存在かを思い知らされたような、そんな類のものを。
次いで湧き上がる生存本能が、俺の身体を突き動かした。尿酸は放り、アームキャノンを素早く装着して前方へ向ける。ほぼ同時に飛んできた岩をチャージショットで吹き飛ばしつつ、バイオブースターで天井近くまで移動。
攻撃を仕掛けてきた時点で、この岩の巨人に意思があることは明白だ。スカイフィッシュ、即ちプラズマ生命体である素子と同じく、無機物のみで構成された生命体の妖怪らしい。バイオエナジー及び妖力を生成可能な鉱物塊、周辺の地質から考慮して恐らくは磁鉄鉱が意思を持ち、集合体として機能しているのだろう。
足と思しき部分を踏み鳴らし、尚も攻撃を続けんとする巨人。俺はアームキャノンのインターフェイスを展開し、マルチロックオンマイクロミサイルシステムを起動した。が、
『Error!! 異常な電磁波を感知。自動ターゲティングシステムが機能しません。プログラムを改変しますか? y/n 』
インターフェイスのスピーカーからのアナウンスは、およそ俺の期待を裏切るものだった。異常な電磁波、それは言うまでもなくあの巨人が放っているものだろう。心中で舌打ちする。だが対策法がない訳ではない。『y』。
「ボイスコマンド認証開始、…ミサイルへのバイオエナジー注入量を43%増、ミサイルの全プログラム消去、回路閉鎖、バイオレーザー機能オミット! この設定を別プログラム『No Guided Missile』として保存、現在の設定として適用する!」
これでミサイルは対象を追尾しなくなった。回路を狂わされて明後日の方向に向かうこともない。文字通りの
「ここからは正当防衛ということでいいよな?」
再びキャノンを構え、トリガーを引いて乱射する。目標に向けて猪突猛進する野獣と化したミサイル。最早その進撃を止めるものなど何もない。
「はいすとーーーっぷ!!」
と、思っていた。
ミサイルはいつの間にか天井の穴の外で爆発し、そして巨人の前には、
「…さーてロクス、ちょっと
『いい笑顔』を浮かべた素子がいた。
その巨人の名は、ロクスというらしい。
素子がトンネルを掘り続ける過程で大量の妖力が磁鉄鉱の地質に宿り、妖怪となったもので、素子の言うことなら何でも聞く。
「いいかいロクス、次にお客さんに手ェ出したらメタルギアREXばりのレールガンで粉砕するからね」
「すまぬ、主…」
平身低頭の体で小柄な少女に説教される巨岩。何ともシュールな光景である。
「しかしメタルギアを知っているとは…彼女はサブカルにも詳しいのか」
「メタルギア?」
「気にするな、わかるまい」
かつて日本で生まれた数々の名作ゲームは、その多くの人気がコーカサスでも受け継がれていた。アメリカでの受けが良かったとされる、任天堂の『メトロイド』はその代表――かく言う俺も好きだった――だし、カプコンの『メタルギア』も、開発者が逝去した後もずっと愛されていたものだ。尤も、俺に尋ねたにとりにわかるはずもないが。
「全く、幻想郷というのは大した場所だ」
未だ続く素子の説教に、見かねたにとりが仲裁に入っていく。こんな奇妙で斬新な体験ができるのも、幻想郷ならでは、なのやもしれぬ。
とんだ誕生日プレゼントを貰ったものだ。
コーカサスでも、メタルギアは不滅です。
そして、素子はゲーム大好きです。