東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
アームキャノンの機能の凄さ、小櫃の力の片鱗と、小櫃が悪を許さないということを味わって貰う為。また、外来人が人里に住み着いていることもあわせて設定。
6月26日。
梅雨明けが近いのか、晴れの日が増えてきた。雨合羽もそろそろいらなくなるだろうか。
舗装のない道のぬかるみが太陽光線で徐々に干上がり始めた正午頃、俺は置き薬の仕事を終え、昼食を摂るべく食事処を物色していた。
「ホットドッグはいかがー? おいしいよー」
カートらしきものでホットドッグを売る男を目にして、俺は恥ずかしながら、若干小走りになってしまった。ホットドッグなど何ヶ月もの間食べていない。聞けば彼は外来人、元生粋のニューヨーカーで、彼のように幻想入りした後もここで生活を続ける者は少なくないのだとか。
「はぐ、…んぐ、旨い」
帰路を辿りながら、大口を開けて久しぶりの味を頬張り、噛み締めた。ふわりと甘いロールパンを歯が突き抜けば、ケチャップとマスタードソースが肉汁溢れるソーセージに絡み付き、一噛みごとに細かく刻まれたピクルスのシャキシャキとした食感が踊る。至福のひと時だ。
そういえば、こうした幻想郷で自給できない食べ物の原料の入手ルートについては、『八雲紫が外から仕入れた』という風にしか考えていなかった。幻想郷縁起の記述から推し量ると、紅魔館はそれとは別なパイプを持っているようだ。他にも守矢神社や妖怪の山の天狗とかも怪しい。幻想郷と外とは分断されているように見えて、実際はそれ程でもないのかもしれない、と思っているうちにホットドッグが腹の中に消えた。
「ふう…ご馳走様」
食べ終えた後の包み紙を、飛びながらその辺に放るような真似は俺はしない。取り敢えずポケットに突っ込み、ポイ捨てする近くの馬鹿共――人里に住んでいる妖怪のようだ――には鉄拳制裁を下しつつゴミも逐一回収する。コーカサスでは身内でなければゴミ拾い程度しかできなかったが、
「…ん?」
ふと目に入ったのは、水田を挟んだ反対側、大きめの石の上に座り込み、ホットドッグを貪る妖怪らしき少女。形振り構わず、一心不乱に食らい付くその様子は、バイオエナジーを視るまでもなく、彼女の空腹を物語っていた。
一応、声をかけておくか。どこかお節介じみた思考が意識に上り、やはりどこか老人臭いな、と苦笑する。他人とズレたところがあるのは自覚しているが、まさかここまでとは。
そこへ突然、
「霊符『夢想封印』!」
どこからか轟いた声と共に、七色に発光する光弾が高速で妖怪少女に襲いかかった。
「! まずいっ!!」
どこから誰が放った弾幕かはこの際どうでもいい。俺はその不意打ちからその少女を守るべく、バイオブースターを最大出力で噴かした。
ゴキブリは初動から最高速度で走り出せるという。俺の加速度のそれはゴキブリにも匹敵するはずだ。被弾直前で弾幕と少女の間に割り込み、アームキャノンからシールドを展開。眩い光がバイオエナジーの壁を隔てて炸裂すると、伝わる衝撃で僅かに腕が痺れた。
「大丈夫か?」
後ろを見やり尋ねると、少女は怯えきって目に涙を浮かべている。
「み、巫女だ…博麗の…私、何にも悪いことしてないよぉ…」
「博麗の巫女だと?」
博麗の巫女。それは妖怪退治と異変解決を生業とし、幻想郷の結界を八雲紫と共に管理する、幻想郷になくてはならない存在。本人には直接会っていないが、幻想郷縁起に当代の巫女である『博麗霊夢』についての記載があった。
泥棒魔法使いこと霧雨魔理沙曰く、彼女は自分の友達で、修行もほとんどしないのに高い能力を持っているらしい。いわゆる天才というものだろう。
「…何よあんた。そいつの仲間? …邪魔するなら纏めて退治するわよ」
そういった情報から俺の頭の中で事前に構築した人物像は、今まさに自分の目の前に降り立ち、お祓い棒と御札を構える腋の出た巫女と清々しい程に一致している。具体的には、『努力をしていない』というのが見え見えだった。恐らく戦闘中は霊力で無意識に強化しているのだろうが、華奢な体は常人と同程度にしか力を出せないはずである。
かく言う俺も総合的身体能力は常人を超越こそすれ、力に於いては妖怪のそれに遠く及ばない。だがどのみち、弛まぬ努力と苦心の末に戦う力を得た俺が、この非常識極まりない女に不覚を取るはずがない。
「…貴様が、博麗の巫女…博麗霊夢だな?」
「そうよ。それがどうかした?」
「貴様のしている妖怪退治というのは、弱い者いじめの間違いじゃないのか?」
俺の後ろでまだガクガク震えている妖怪少女は、人に害を為すような性格でないことは明白だった。バイオエナジーがそう言っている。弱者が罪も犯さずに虐げられることを許せず、俺の二人称はいつの間にか『貴様』に変化していた。
「はあ? 何言ってんのよ? 人間じゃなきゃ退治する、それが巫女の仕事よ」
まるで人種差別だ。聞く耳を持っていないし、自分の行ないが正しいのだと思い込んでいる。
「…人権侵害も甚だしいな」
「文句でもあるの? そもそも人外に人権? 頭がおかしいわね。妖怪は永遠に人類の不倶戴天の敵。誰でもわかってるわよ普通。私は基本見敵必殺だし、人里の帰りに見かけたそこの妖怪が嬉しそうにしてて、気に入らないから退治しただけよ。…まあいいや。誰か知らないけど妖怪の仲間みたいだし、あんたも一緒に退治する」
…最早この女に情けなど無用だ。スペルカードルールに従う必要もない。
「がふっ…?!」
霊夢が袖口から札を取り出しこちらに攻撃を仕掛ける前にトリガーを引き、バイオバレットを下腹部に直撃させる。弾幕ごっこに使う時の、威力、弾速、射程を落としたものではない。
自らの目的の為に他人を顧みない者、他人を不当に傷付け利益を得ようとする者。それは、下衆で、糞で、塵屑で、この世界に存在する価値のない――否、存在を許してはならない最低最悪の輩だ。
そしてこの女は、博麗の巫女である自分の職権を乱用し、気に入らないという理由で平和的な者すら虐げる。これで俺が平静でいられようか。
「あ…が…ぁ」
ダンゴムシのように丸くなり、腹を押さえ呻く霊夢。ダイヤルを回し兵装を変更、新しいプログラムを起動した。銃口を霊夢の足首に向け、トリガーを引くと、青白い光線が対象に纏わり付く。
『バイオロジカルグラップル』。バイオエナジーをロープ状に形成して発射、対象物を掴み取り、捕縛、投擲などを行なうもので、最近できたばかりのベータテスト版だ。
悪に虐げられる平和的文民の痛みと怒り、その身に刻み付けて地獄に堕ちろ!
「うおおおらああああアァ!!」
「うあっぐをぉぶぉぶ!」
ありったけの力を込めてアームキャノンを振るい、霊夢を天高く舞い上がらせて水田にぶち込む。
「んぞるぁああああああァア!!」
「げぼっちょぅおあぶん?!」
息もつかせず、そのまま反対側に同じ要領で叩き込む。そして、
「うああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「ぐっ、うあああああああああああああああああああ?!」
水田から引っ張り揚げ、そのまま低空飛行しながら霊夢を地面に引き摺り続けた。
そこから、永遠亭の自室で目覚めるまでの記憶がない。
永琳の話では、俺が誤って霊的幻覚剤を呑んでしまい、悪夢を見てうなされていたということになっていた。嘘なのはすぐ見破ったが、詳しいことは語られず、分からず終いだった。
その日の鈴仙は、どこか俺に怯えているように見えた。