東方無限者 〜the Infinitous's Second Life.   作:影のビツケンヌ

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第2章:眠らぬ悪夢と
封印


 幻想入りしてから既に半年が経過している。

 夏の間は新しく会得した技術――バイオブースターを応用した翼面形成で高度2000mまで上昇、滑空して楽々と幻想郷中を旅することができたのに、気温が下がってくると上昇気流が発生しにくくなり飛行効率が落ちてしまった。冬将軍の足音は少しずつ近くなっている。この『バイオウィング』も今週で来春まで使い納めだろう。

 幻想郷に於いて力のある者は、翼の有無に関わらず皆空を飛べる。俺も飛ぶことはできるが、「飛べる」という“概念”で飛ぶ彼らとは異なり「飛べる」という“理論”、すなわちブースターの噴射による反作用やウィングの形状が生み出す揚力で飛ばなければならない。空気力学に縛られない彼らが羨ましい限りだ。

 だが悪いことばかりではない。俺の場合飛行という行為そのものが攻撃に転用できるのだ。

 バイオブースターを直に浴びると、皮膚組織が激しく損傷して火傷のような跡ができる。リグル・ナイトバグという、蟲を束ねる妖怪少女が、離陸時に俺の後方にいた為に右腕に全治1ヶ月の大火傷(実際は永琳の薬を処方して10日で回復した)を負う形で発見された。

 またバイオウィングは、触れるだけで大抵の物を易々と切り刻むことができる。ウィング展開状態のまま魔法の森に着陸しようとして、通り道の木々を伐採してしまった。

 …現在はまだ攻撃方法は確立できていないが、その内に上手く扱えるようになるだろう。

 つい先程人里での薬売りが終わり、俺は今ブースターとウィングを併用しながら迷いの竹林に向けて飛んでいる。魔法の森のはずれにある香霖堂で購入したラジオによれば、今年の冬はえらく乾燥するそうだ。恐らく幻想郷に雪が降ることもないだろう。

「雪、か」

コーカサスは、平地で雪が降ることはなかった。俺は師匠と行った登山(冬山に!)で雪位見たことはあるが、俺の知り合い、特にティーンエイジャーは積雪はおろか降雪を目撃したこともない者が圧倒的多数だと思われる。

「幻想入り最初の年は雪を見ず…少々惜しいな」

 口を吐いて出た言葉が字余りの川柳になっていたことに気付いたのは、迷いの竹林上空に来た時だった。

 竹の幹の先端すれすれまで高度を落とし、ブースターを切る。鳥よりも翼竜に近い形状のウィングを操り、エアブレーキをかけながら、永遠亭門前に直接着陸した。永遠亭の場所を完璧に把握した今だからこそ為せる業である。

 「うわあびっくりした!!」

丁度帰ったらしいてゐが、俺の突然の登場にすっとんきょうな声を上げた。

「普段驚かす側の人間が驚いてどうする」

迷いの竹林には、悪趣味なてゐの仕掛けた無数のブービートラップがそこかしこに散在している。俺のとった方法は、これらの被害を回避するのにうってつけだ。そういえば、ブービートラップの由来は、カツオドリが植物の茂みに突っ込んで出られなくなったことにあるらしい。尤も、俺の(ウィング)の形はカツオドリ(boobee)には程遠く、それにてゐが作るような単純な罠に引っ掛かる程俺も間抜け(boobee)ではないので、さほど大きな問題にはならない。

「…今私を侮辱するようなこと考えなかった?」

「ほう、常日頃から自分の仕掛けた罠に掛かる者を侮辱しておきながらその質問をするか? お前が言う権利はないぞ似非幼女が」

「ううっ、反論できない…」

 てゐと過ごす内に、彼女がかなりの高齢であることがわかってきた。もう少し年相応の振る舞いができないのか、とも考えたが、それこそ俺が言えたことではない。

 精神の発達が早いインフィニタスは、4歳頃には精神年齢がおおよそ9、10歳程度になる。3~7歳の間は特に肉体と精神の発達が不釣り合いである為に思考が安定せず、問題行動を起こしやすい。…俺のケースが、その最たるものだった。

 「ああ、そういえばさっき賢者サンの式が手紙を持ってきたよ」

俺の的確なツッコミから立ち直ったてゐが、懐の紙を取り出し俺に渡した。

「紫からか」

「アームキャノンがどうとか言ってたけど…まあその手紙を読めば分かるでしょ」

彼女はそう言い残し、永遠亭に入っていく。

 八雲紫。実際に会ったのは一度だけだが、その時しっかりとお礼をすることができた。彼女が幻想入りさせてくれなかったとすれば、俺は間違いなく墓の下だったろう。

「しかし、俺のアームキャノンに何かあるのか…?」

心当たりは…有り過ぎた。そろそろ隠し通すのも難しくなってきたところだ。文を開き、日時と場所だけ確認する。

「明日の午前11時に白玉楼…何事もなければいいのだが」

 

 翌朝。永琳に断りを入れた後、乾燥した空気の中白玉楼へ飛ぶ。妖怪の山を照らす日射しが地面を温め、ソアリングに必要な上昇気流を作り出してくれた。おかげで俺は何の支障もなく空高く舞い上がることができる。

 かつて中生代白亜紀後期のヨーロッパには、ハツェゴプテリクスやアランボウギアニアなどといった、翼開長が13mにもなる、現代の常識を遥かに超えた巨大飛行生物が生息していた。それら巨大翼竜は巨体に似合わず体重が軽く、四肢に備わった強靭な筋肉を用いて僅か数秒で離陸、飛行することができた。

 俺のウィングは、アランボウギアニアのものをイメージして形成している。翼開長は勿論13m。オオタカのような幅広い尾翼も尾てい骨から伸ばし、易々と風に乗って長距離を飛ぶのだ。

 しかし今回向かう冥界は、入り口が上空にある。螺旋を描いて昇るのみである。

「…いつ見ても美しい世界だ」

眼下に広がる地球最後の楽園を尻目に、俺は冥界の門に突っ込んだ。

 その先にあるのは長い長い階段だ。最初にここを訪れた時、律儀に一段ずつ登っていったのが災いし、頂上に辿り着くのに大分時間と体力を浪費した。同じ失敗はしたくないので、ブースターを普段より強めに噴かして階段をショートカットする。

 バイオブースターで出せる速度は理論上制限がない。が、加速度によるGや風速冷却による凍傷の危険がある為最大でも音速は超えない。それでも白玉楼への階段を登る時間を省くには十二分で、上から見ていたらしい白玉楼の庭師・魂魄(こんぱく)妖夢(ようむ)を大層驚かせたようだった。

 妖夢の種族、半人半霊はヒトと幽霊のハーフであるという。生物学的には理解し難いが、体内を流れるバイオエナジーが少なく見えたので、恐らくその分は心霊物質たるニューバイオが流れているのだろう。妖夢曰く「半分死んでいる」らしいが、なるほどこれなら納得がいく。ということは、生体部分に対しては通常の生物以上にポジバイオを用いた攻撃が有効で、弾幕ごっこ用に調整したものすら致命傷を与えうるのではないか。考えたら恐ろしくなった。

 妖夢について白玉楼の居間に来てみれば、そこには件の妖怪の賢者と、その親友で白玉楼の主・西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)が座していた。

 幽々子は亡霊だ。亡霊はヒトの精神の具現であるという。彼女以外の亡霊を見たことはない為亡霊全般にいえるかはわからないが、幽霊と違って亡霊の体を構成するのはニューバイオでなくネガバイオだ。ポジバイオとネガバイオが融合するとニューバイオとなることはわかっている。つまり幽々子を始めとする亡霊に対しポジバイオを用いた攻撃を行うと、バイオエナジーが力荷を失い形成していた形状を保てなくなり自壊する危険がある。考えたら妖夢の時以上に恐ろしくなった。

 粟立つ背中をどうにか落ち着かせ、用意されていた座布団の上に正座した。

「あらあら、そんなに畏まらなくていいのに」

「少しばかり話が長くなるかもしれないわ。楽にして頂戴な」

「そういう紫こそ、“胡散臭い変人”を装う必要もないと思うが」

紫は口元を扇子で隠していたが、

「…それもそうね」

扇子を閉じ、懐――ではなく傍らに開いた空間の裂け目『スキマ』に入れた。

 彼女は胡散臭い変人というようなイメージで通っているようだが、実際はそんな人物ではない。確かに彼女は切れ者ではある。しかしそれは長い経験と努力によって培われたものであり、ハルベルトのような天性のものではないのだ。天才と呼ばれる者には古来から変人が多い。彼女はそれを真似ているのだろう。最初に会った時すぐさま見抜いた。

 「それで、用件は何だ?わざわざ冥界まで呼び出した位だから、重要な話なのだろ?」

賢者の話をなるべく迅速に済ませる為に、俺は催促した。

「とりあえず単刀直入に言うと…」

数秒の間を空けて、紫は続けた。

「小櫃、貴方のアームキャノンは封印させて貰うわ」

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