東方無限者 〜the Infinitous's Second Life.   作:影のビツケンヌ

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思惑

 いつ敵がやって来るかわからない。それは大変なストレスになる。

 蓄積する気苦労の解消の為、俺は兎ではないある生物と戯れている。

 その名は、モスマンだ。

 1966年頃、アメリカ合衆国ウェストバージニア州ポイント・プレザント一帯に出現、現地の人々を震憾させた未確認動物。目撃情報によれば、体長2m、ギラギラと赤く輝く目、背中に大きな翼を持ち、それを羽ばたかせずに空を飛ぶ腕のないヒトのような姿だったという。

 しかし今こたつの中に入っているそれは、そこまで大層なものではない。むしろ愛嬌がある位だ。

 モス、即ち蛾と名が付いているが、その頭部はどちらかというとスズメバチかハンミョウに似ている。細いが筋肉質な腕を持ち、2本足で直立しても身長は90cmを超えない。背中にある4枚の翼は、ボロボロに破れた外套のようだ。

 このモスマンは、一月半前に俺が引き取ったものだ。博麗神社周辺に現れ、近くに住んでいた妖怪狐に襲いかかり、手首を食いちぎるという暴挙に出た。バイオエナジーの流動を調べたところ、モスマンはイヌやキツネ等の食肉類を好んで食べることがわかった。隔離の為に永遠亭へ連れ帰り、飼育を試みたのだが、観察すればする程、興味深いUMAであることが判明した。

 食性は基本的に肉食だが、肉っぽいものなら何でも食べる(だがカレーには見向きもしなかった)。上唇と下唇で食物を咥え、大顎と小顎でちぎり取るように食べるのである。翼は毛羽立っているが、その構造が飛行中の羽音を消すのに役立つ。夜影に乗じて空中から奇襲をかけ、鉤爪の付いた両手足で攫ってから、強大な大顎で以って仕留めるらしい。並外れた動体視力と優れた暗視能力を持つが、色覚はあまりなく、赤い色を認識できない。

 そして最大の特徴。それは、人に馴れるという点だ。

 時折上げる耳障りな金切り声を別にすれば、その暮らしぶりは殆ど飼いネコと変わらない。今も俺に短い触角の生えた堅い頭を掻かれている。義父の友人で且つ同じ退役軍人の名にちなみ、『ギン』と名付けた彼は、虫らしく表情の無い顔の割に感情が細やかで、同情や哀れみの念さえ示す。尚、それを読み取れるだけの能力や動物的な勘を持たぬ永琳と輝夜は、「何を考えているかわからない」と気味悪がっている。

 バイオエナジーの流動を見ることができる俺にとって、こうした生き物の気持ちを察するのは容易い。どんな感情を抱いているのか、何を欲しているのか…手に取るようにわかる。そのせいか、ギンは俺を主人と考えているらしい。

「キィー」

「……」

こうした生物の存在に驚かなくなっているのも、俺がこの世界に適応したことの証と言えよう。確かに弱肉強食ではあるが、それでもここは安寧の地。コーカサスの方が異常だったのだ。

 ブラスト本人の目的は、あくまで師匠の技術を受け継いだ俺の殺害であり、故意に世界を壊そうとしている訳ではない。だが、奴は目的の為なら手段を選ばないだろう。そして周りのことなどこれっぽっちも考えていないに違いない。そんな輩の横暴を許す訳にはいかない。

「…守る。この世界を、等しく与えられた平和を」

 その時、傍らの無線機にコールが入った。

「素子か、どうした?」

「シュリュウの設置作業がたった今完了しました。動作確認を行なうので、霧の湖まで来てくれますか?」

「了解した。すぐに向かう」

 

 素子が設計・開発した高出力自由電子レーザー砲『シュリュウ(shrew)』。トガリネズミの名を冠するこの兵器は、ブラストの持つ力や武器の機能に唯一対抗しうる存在だ。

 バイオエナジーの性質については、まだ解明されていない部分が多数を占める。分子結合無しで高い強靭性を持ち、密度の違いや取り出し方で色彩すら変化する。中でもバイオエナジーを用いたシールドの強度は、既存の殆どの兵器による攻撃を無効化してしまう程だ。その驚異的な防御を突破した初めての兵器が、皮肉にもそのシールドを発生させられる携行兵器たるアームキャノンの開発元、即ちGアームズの、僅か五日間で設計・開発された高出力自由電子レーザー砲だったのである。…尤も、VRANEとGアームズの、バイオエナジーを扱う技術は全くの別物であり、かつて(コーカサス)で騒がれていた『GアームズはVRANEの隠れ蓑である』や、『GアームズはVRANEの技術を盗用している』等の噂は眉唾なのだが。

 閑話休題。

 自由電子レーザー砲は、照準さえ合わせれば確実に当たる。ブラックホール等を除けば(無論、シェイバーハンドもある種のブラックホールである)、この世に光より速いものは存在しない。たとえどんなに離れた場所で、しかも俺とブラストが乱戦していたとしても、正確無比にブラストを狙い撃つことができるのである。

 またシュリュウは素子の緻密な設計によって、その口径の大型化にも成功している。それはブラストの頭部や心臓を撃ち抜くのではなく、文字通りブラストを焼き払うことを意味する。

 この危険極まりない兵器は、作戦終了後すぐに解体し、設計図も破棄することになっている。自由電子レーザーは外の世界でも兵器として実用化する研究が行なわれている為、幻想郷内に残しておくのは褒められたものではないと藍が言っていた。

 「それではテストを開始します。小櫃さんは私の指示があるまで動かないでください」

セーラー服を着た人の姿からスカイフィッシュの姿となり妖怪の山へ飛んでいく素子を、湖の水上から見送る。シジマ作戦の中核を成すのは、モノポールドライブと核融合炉の二つの動力源を制御する素子と空、火力制御を行なう魔理沙、ブラストを惹き付けて囮となる俺、そしてブラストを狙撃する鈴仙だ。装置そのものが桁違いに大型とはいえ、基本的には狙撃銃と同じであるから、『経験』のある者を俺が抜擢した結果、鈴仙が狙撃手に選ばれた。

 この作戦は、幻想郷のスペルカードルールに従ったものではない。ただの殺し合い、いや暗殺だ。今までは暗殺を邪魔する側だったのだが、まさか自分が暗殺計画を実行しようとは妙な気分だ。

「…奴の所業を鑑みれば、当然の報いか」

俺は独りごち、ようやく器用に扱えるようになったバスターを試そうと、山に背を向け、右腕を高く振り上げた。

 その動作と、にとりの改良の末イヤホンサイズになった小型無線機がけたたましいコール音を発したのと、ほぼ同時だった。

「こちら小櫃」

「椛です! 大至急幽香さんの家に向かってください!! ブラストの襲撃を受けています!!」

幽香が襲われている。椛の言葉を聞いた俺の頭は、かつてコーカサスで依頼を受けた時さながら、急速に覚醒し始めた。思考回路が切り替わり、意識は戦闘へとシフトする。

 「…予定変更だ。テストは中止、シジマ作戦を直ちに決行せよ!」

 黒色がうねり迸り、湖面を叩きつけた。

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