東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
ハイドラのクローが伸長し、青白いバイオエナジーを纏いながら回転する。その速度は尋常ではない。
「…おい、お前の得物はどうした?」
その凶刃を携えるブラスト――改め、エリオットが尋ねてきた。
「まさか置いてきたとは言わんよなぁ?」
下卑びた嘲笑いを浮かべるエリオットに右腕を向けた。手刀に赤黒いバイオエナジーが絡み付き、鋭利な刃を形作る。刃渡りおよそ70cm。
西洋の
バイオエナジーで形成及びコーティングされた刃即ちバイオブレードは、最早刃物の範疇ですらない謎の武器である。対象が生物であればそのバイオエナジーに直接作用、細胞レベルでダメージを与え破壊する。非生物であればその物体の分子構造の隙間に抉り込み、強制的に断裂させる。断面は荒削りで決して綺麗にはならないが、どんな硬質なものも一刀両断できるのだ。
それに限らず、バイオエナジーを用いた攻撃を完全に防ぐには、同じくバイオエナジーを以って対抗せなばならず。
やはり囮に適するのは俺一人だ。
「ほう、バスターか。また一つ能力が増えたとは…殺し甲斐があるじゃねえか」
「貴様を殺すのは俺だエリオット。貴様は、俺の
安い挑発。作戦の進行上、実際の
「餌だと? ほざけ、
吼えるエリオット。勿論、彼が作戦内容を知る由もない。
大振りだが隙のない袈裟斬りが繰り出される。腕の刃で受け止めたが、エリオットのその攻撃はあまりにも重い。全身の骨格と筋肉が悲鳴を上げていて、叩き上げの筋力でも太刀打ちできそうにない。
ヒトに限らず全ての生物の体は通常、本来出せる最大筋力の30%程度しか満足に発揮できない。そのままの出力では身体に重篤なダメージを与えてしまう。それを防ぐ為に常にリミッターが働いているのだ。
しかしVRANEが開発した生体兵器達は、遺伝子操作と、体内に内蔵した特殊な生命維持装置――原理や機構としては師匠のエナジードライブユニットと似たところがある――、そして数種のナノマシンを利用し、リミッターを排除して極限まで身体能力を増強しつつ、その反動で受ける自身へのダメージを最小限に留めている。
『
方針を変更することにした。回転する刃を脇に滑らせて受け流し、空いている左手の掌底でエリオットを退ける。そのまま彼に背を向け、近くの常緑樹の森へと一目散に駆け出した。
「逃げるな!!」
並み外れな脚力で追いかける狂人を尻目に、それから逃れるべく踵のブースターを噴かす。
俺はどちらかといえば、開けた場所よりもむしろ入り組んだ森や市街地、室内での戦闘を得意とするタイプだと思う。エリオットを森に誘い込んだのは、自分の得意な場所で戦いたかったからだ。
でもそれは、あくまで『得意』であって、『有利』ではなかった。
100mも進むと、分厚い腐葉土と落ち葉の層に覆われた広場に出た。振り返れば、エリオットの姿がない。
「撒いた?」
「残念だったな!」
「ぐっ?!」
その一瞬が命取りだった。左脇腹の肋骨に鈍い衝撃。同時に地面に倒された。
「くうっ…どわっ!」
立ち上がろうとするも、今度はいきなり正面からラリアットを食らった。
「クカカカカカ…!! 無様だな、賞金稼ぎ。アンカーフックを掛けるものに事欠かないここじゃあ、俺の独壇場だぜえ?」
動体視力、空間認識能力、反応速度。三拍子揃っていた。それは俺もエリオットも同じこと。
だがエリオットの動きは、俺の想像を遥かに超えてトリッキーだった。射出したワイヤーを使って空中で軌道を変え、強力な連続攻撃を繰り出す。予期せぬ方向から予期せぬ攻撃――斬撃や射撃、打撃ばかりでなく、尖った木の枝や石、岩までも――が飛んでくる。通常の人ならば、この状況を『複数人を相手取っているようだ』と喩えるだろうが、その場合、俺は本来得意なはずの対多人数戦で押されていることになる。明らかに劣勢に立たされている。
これではいけない。体勢を立て直す。
俺は隙を見て飛び上がり、開けた場所、即ちこの世界の弾幕ごっこの主な会場となる空へ出た。エリオットはさして高くもない木の梢に登り、気持ち悪いニヤニヤ笑いを浮かべてこちらを見上げている。
「どうした餌。怖いのか?」
「貴様程度に恐怖を感じるようなら、俺はこんな生き方はしていない」
「ハハハハハハはソうかそウかそうカあああア!!!!」
ピエロのように不気味な高笑いと、弾丸化されたバイオエナジーの発射音が重なった。
「死ねええええいええええええ!!」
「…っ」
両手を広げ前方に突き出し、黒く薄いシールドを展開した。強度は辛うじて足りているらしい。
強度を高めて左手だけの展開とし、右手は銃の形にして応戦。対するエリオットも、伸長したクローを放射状に展開、回転させてシールドとし、その中心から尚も乱射を続ける。
肩口や頬を掠める度、死の危険が脳裏を過る。その感覚は、かつてコーカサスで経験してきたものと相違ない。
早々にカタを付けねば、消されるのは自分の方だ。
ボイスコマンドで無線機を起動し、シュリュウに繋げた。ここであれば何とか狙いは付けられるはずだ。
「鈴仙、聞こえるか?迷いの竹林から北におおよそ4kmの地点にいる。狙撃してくれ!」
『……』
返事が返ってこない。一体どうしたというのか。
「鈴仙? …」
『…嫌、…いやあああああああああぁあぁぁぁああああ!!』
返事の代わりに、耳を劈くような絶叫が聴覚を殆ど支配した。
「鈴仙?! どうした鈴仙しっかりしろ!」
『あ、あああ…ごめんなさいごめんなさい依姫様、私は、ああああ…』
スコープを覗いた拍子に何か過去の記憶がフラッシュバックしたのか。その推論で、俺の脳内にある単語が浮かび上がった。
「…PTSD?」