東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
4000m級の山は日本列島に存在しないことになっている。が、妖怪の山は明らかに4000m以上の標高がある。
シュリュウの設置場所である守矢神社はその山中にあり、頂上にあるのではない。だとしても、バイオブースターを使用し、山の斜面に生えた樹木の梢を掠めて高速で登れば、急激な酸素分圧の低下で高山病を招く恐れがある。風速冷却による凍傷にも気を配らねばならない。
「フーッ、フーッ、…」
俺は師匠から教わった特別な呼吸法、名前は忘れてしまったが、鼻と口から同時に呼吸し、特に吐く息を強くするやり方で何とか凌いでいる。それでも若干目眩がする位だ。
前方を飛ぶエリオットに向けバイオバレットを乱れ撃つも、彼は低気圧を物ともせず、足裏のブースターを駆使してひらりひらりと避けてみせる。足裏以外からバイオエナジーを噴出できないようだが、やはり基本的な部分で、ただのヒトと生体兵器との差が顕著に出てしまう。
「くそッ!」
加速してエリオットに迫る。
「はああアアッ!」
「チッ、目障りな! 始めから囮だったなら、今お前に用はないわ!」
両腕に形成した刃でX字に斬りつけたが、瞬間的に伸び上がったハイドラのクローの一本が、信じられないパワーでそれを弾き飛ばし、俺の顔面に浅く切り傷を付けた。慣れない長時間の戦闘で疲弊し、判断能力が鈍っている。その上、俺はかなり焦っていた。まだシュリュウのリチャージが終わっていないのだ、何としても侵攻を食い止めねばならぬ。
再び射撃体勢に入った矢先、風を切る音にコール音が混じった。
「こちら小櫃」
『小櫃、今そっちに応援を寄越したよ』
「下がれにとり! こいつは生半可な戦力では相手にならん!」
相手はにとりだった。彼女の厚意はありがたいが、本来俺が解決するべき問題に、これ以上誰かを巻き込むのは死んでも御免だ。
『分かってるよ! …でも、ただ見てるだけだなんて、そんなのは絶対に嫌だ! 小櫃はそうして、いつも独りでやりきろうとしてる。鈴仙が撃てなかった時の為にわざわざ
度肝を抜かれた気分だった。最悪の場合を想定し、装置だけは作らせて、俺一人でもシジマ作戦を遂行できるよう設定していたが、それはにとりに筒抜けだったらしい。あの時と同じだ。また俺は、自分の命を蔑ろにしようとしていた。
「…すまない。応援を頼もう」
『…ありがとう。今そっちに武装した改良型のサイファーが6機待ち構えてる。高山でも運用できる代物さ。玄武の沢から熟練のオペレーターが遠隔で操作してるから、足止め程度にはなるはずだよ』
「恩に着る」
前方およそ200m、低い木々の陰から、鮮やかな青色に塗装された浮き輪のような物体が現れた。中心で高速回転するファンを利用して揚力と推力を得るそれの下には、3本の細い支柱で箱型のカメラと
サイファー。それは、1990年代、アメリカ合衆国のシルコスキー社が軍民双方の需要に向けての技術デモンストレーターとして開発した無人航空機だ。コーカサスから俺が持ち込んだ技術で――2129年の時点では、シルコスキー社は度重なる合併及び買収でGアームズの一部と化していた――、白狼天狗の間では新しい山の警備システムとして注目が集まっている。
にとりの改良した新しいサイファーは、通常8000
『行くよ皆!!』
続々と集まるサイファー。特徴的なフォーメーションを組んで、じりじりエリオットに近付きつつ、それぞれ違う武装で攻撃を仕掛けていく。あるものはチャクラムを思わせる円形の刃で切りつけ、またあるものは強烈な閃光――一体何万
その姿に、熱いものが頬を伝った。一つ世界に生きる仲間が、同じ目的の為共闘してくれていることを、俺は今更ながら実感したのだ。
「煩い蝿だな…!」
纏わり付かれている間も進撃を止めなかったエリオットが唸るように愚痴を零す。ハイドラを振り回していたのをさっぱり止め、極太のバイオレーザーで5機を薙ぎ払ってからこちらに向き直った。
『させるか! 食らえ、カワシロシーカーミサイル!!』
その意図を察知したにとりが、Nと大きく書かれた自分の機体を駆り、エリオットの視界を遮る。丁度その『N』の箇所が蛇腹状に開き、無数の小型ミサイルが放たれた。
「あれは…」
その大きさ、形状、飛び方、どうも見覚えがある。そう、あれは――
「…マルチロックオンマイクロミサイルシステム?」
『そうともよ。あの複雑なプログラムを再現するのには苦労したさ。さすがにバイオレーザー砲までは作れなかったけどね』
確かに、統合戦術情報分配システムを応用した、ミサイル同士の無線通信でリアルタイムに情報を交換しターゲットを発見する索敵能力は、ハルベルトの素晴らしい発明だ。だがにとりは、それを過信している。
「落ちろ!」
エリオットは迷わずにとりのサイファーを打ち砕いた。派手な炎を上げて爆散する機体。その後ろで、放たれたミサイルが全て爆発している。本体が破壊されるとミサイルも自爆するのは、ビツケンヌカスタムを扱っていた時から変わらない。そのせいでジェネラルカスタムを使うことになったのだ。
『ごめん小櫃、私達が手伝えるのはここまでだ。たった今シュリュウのリチャージが終わった、いつでも撃てる。絶対に奴を倒して、一緒に宴会で笑おう。…無事に、帰ってきて』
元よりそのつもりだ。無線機が沈黙すると、今度は人里にいる藍から通信が入った。
『小櫃、聞こえるか?』
「何かあったのか?」
『ブラスト・ハンドレッドの能力が、約20分前から急速に成長し始めた。博麗大結界に影響を及ぼしている。あと1分もすれば、幻想郷もろとも結界が消滅してしまう!』
「何!?」
あと1分。その数字に、俺は果てしなく震撼した。
たったそれだけの時間で、紫が自らの半生を以ってして作り上げた、彼女が愛してやまない人妖共存の理想郷が。
現代から不要とされ、忘れられたもの達の最後の楽園が。
ようやく過去に打ち勝つ準備のできた鈴仙の居場所が。
そして何より、正義を振るうという名目で貪ることしかできないあの島から解放された、自分の第二の人生が。
終わる。
そんなことは、させない。
「こうなれば…ッ!!」
最後の手段だ。
作戦の遂行もそうだが、鈴仙には自身の過去に打ち勝って貰いたい。癒えぬ傷跡に触れないことは、優しさなどではない。
キッと頂上側を見据える。プロジェクター式の光学迷彩でかなり見えにくくなってはいるが、100m程上には、長大な砲を備えた装置――シュリュウが、木製の柱が屹立する神社の境内に鎮座している。
酸素不足で視界が霞み始めたが、構わずブースターを最大出力で噴かす。素早くエリオットの背後に回り込み、左手でハイドラを掴むと、バスターの補助も受けて、ありったけの力で装甲を粉砕した。
「なっ?!」
ハイドラの装甲は、軽量化の為にカーボンファイバープラスチックで構成されている。得物を破壊されたエリオットには、最早完全な肉弾戦以外にできることはない。
エリオットを羽交い締めにし、そのままブースターでシュリュウの前まで宙を引きずるように連れていく。
「くそッ、この…放せ! 邪魔だガキ!!」
「ふんっ!」
「がっ…野郎…!」
足裏にしかブースターのない彼が、より機動力の高い俺に拘束されたまま自由に飛ぶことは不可能に近い。抵抗を試みるエリオットに、俺は頭部をバイオエナジーの装甲で覆ってヘッドバットで対抗する。
そして、シュリュウの四角い砲口の真正面に陣取った。
これで今度は、絶対に外さない。
「鈴仙、最後のチャンスだ! トリガーを引け!」
『引けって…無理よ! 私に…私になんかできっこない!! それに、この距離じゃ貴方も巻き込むわ!』
「早くしろ、時間がない! それとも、」
左の袖の裏に隠していた
「この遠隔発射装置で、俺に自殺をさせたいか!!」
『っ?!』
俺が独自判断で作成していたもの、それがこのトリガー型遠隔発射装置である。
今この場で、鈴仙に選択を強いる。実際のところ、シュリュウのトリガープルから発射にはおよそ0.5秒のタイムラグがあるから、俺が撃とうと鈴仙が撃とうと、俺はその指向性エネルギーの奔流に呑まれることはない。だが、ここで彼女が撃たねば、彼女は己の過去と向き合う機会を恒久的に失い、二度と自分の道を見つけられはしないだろう。
『小櫃、結界はあと20秒も持たない!! 早くレーザーを!!』
「撃たないか! 一度できたはずだ。自分の過去位自分でケリをつけろ!! 貴様のその手で、未来を勝ち取るんだ!!」
『わ、私…には…、』
臆病風に吹かれる玉兎を叱咤激励する。焦燥に駆られる藍の声も、どこか遠くの出来事に感じられた。
『10、』
藍が、幻想世界滅亡への
『9、』
死に物狂いでエリオットを抑えつつ、貧血で半ば景色のぼやけた目でシュリュウを見る。
『8、』
その中には、震える両手でグリップを握る鈴仙のバイオエナジーがあった。
『7、』
過去に立ち向かう気持ち、過去から逃げる気持ち、二つが拮抗しせめぎ合っている。
『6、』
俺は、鈴仙がいつも笑っていて欲しいと思う。
『5、』
だからこそ、彼女は今苦しんでも選ばねばならぬ。
『4、』
手を伸ばし、掴み取る未来の幸福の為に。
『3、』
決着の時。
『2、』
さあ、その
『1、』
「撃てえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
『うわああああぁあぁぁぁぁあああぁあぁあああああああああああぁぁぁぁああああああああ!!』
トリガープルの音が、小さく響いた。
今まで書いてきた中でも、今回の話が一番緊迫していたと思う。
しかし駄文のせいでストーリーの魅力が更にガタ落ち。だめだこりゃ。