東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
永遠亭の病室。
胸に顔を埋め、肩を震わせて泣く鈴仙を、俺は右手でしっかりと抱き寄せていた。
「グスッ…えぐっ…」
「ほら、泣くな。もう勝ったじゃないか。ブラストにも、お前の過去にも」
俺が慰めると、鈴仙は泣き腫らした顔を上げて俺を見た。壊れた蛇口か湧き水の如く溢れる涙を拭いもせず、俺のタンクトップはびちゃびちゃを通り越してグチャグチャだ。
「でも、貴方、」
「大丈夫だ。俺のことなら気にするな」
エリオットと激戦を繰り広げた俺だが、一箇所を除いて、大事に至る怪我は負っていない。
そう、一箇所を除いて。
「貴方…腕が!!」
俺の左腕は、シュリュウの怒りの一撃で、根元から完全に損失していた。
鈴仙がトリガーを引いた瞬間に、俺はエリオットをシュリュウに向けて突き飛ばし、同時に右手側に飛んで回避しようとした。が、高山病の兆候が出始めていた俺はタイミングを見誤り、左腕がレーザーに巻き込まれてしまったのだ。
「非道いよね…謝っても…許されないよね…」
自分がトリガーを引いた。俺の腕を消し飛ばした。その事実が、鈴仙の心をがんじがらめに縛り付けているようだった。
「俺のミスだ。お前や幻想郷の平和が守られるなら、腕の1本や2本惜しくない」
「でも…っ!!」
未だ泣き言を垂れる口を、無くした左手の代わりに自分の渇いた口で塞いだ。甘い沈黙が漂う。
鈴仙は突然の出来事に身を硬くするも、次第に力が抜け、俺の胸板に体を預けていく。
「っはあ…」
唇同士が離れる。彼女はまだ涙を流し続けていた。
「この世界を救ったのはお前だ。誰もお前を責めない。責めさせはしない」
確固たる意思を以って、眼前の少女に誓う。それを聞き、また泣き出そうとするのを、俺は右手で押さえて一旦止めた。
「…お前が泣き虫な奴だというのは知っている。臆病なのも分かっている。でも、俺はお前には笑っていて欲しい。お前はもう十分苦しんだ。高い代償を払ったんだ。今は泣いても、明日からは、もう泣かないでくれ」
手を放すと、最早その涙を止めるものは何もなく、鈴仙はそのまま夜まで泣き続けた。
幻想郷縁起の内容が更新された。
鈴仙、にとり、素子、魔理沙、空の項目に今回の『ブラスト・ハンドレッド排除計画』に関わったことが書き加えられ、俺が『インフィニタス』という種族として記載された。まだ紫の検閲を受けていない為加筆・修正されることもあるだろうが――そもそも、紫は冬眠が終わる3月頭まで今回の件を知る由もない――、やはり自分のことが本になるというのは慣れないものだ。
そしてそのすぐ後、『幻想郷を救った英雄』の凱旋を祝う、里を上げての大宴会が始まった。
集まった人々は人妖の垣根を越え、普段人里やその周辺で暮らす者ばかりでなく、山の天狗や河童、守矢の神二柱、果ては勇儀やさとりを始めとする地底の妖怪まで。幻想郷の住人はお祭り好きとはいえ、いくらなんでもやり過ぎだ。それに、ただ酒を呑みたいというだけの者も多い気がする。
永遠亭で開かれたものとは比べ物にならないカオスに、俺は開いた口が塞がらなかった。鬼が酒に酔った勢いで壮絶な腕相撲大会を催し、爆笑の渦が巻き起こる。阿鼻叫喚? 酒池肉林? いや、そんな言葉では到底形容し切れない。酒と紫煙の強烈な臭いに会場を追い出され、俺は路地裏の暗がりで一人ハッカを吸うことにした。
「……」
寒空に消えていく呼気と蒸気を眺めながら、俺は一人考えた。
もしも彼が、この世界に於いて『四島小櫃を殺す』という目標を達成したなら、彼はどうしたのか。きっとまた、次なる
俺も一歩間違えば、彼のようになっていたのかもしれない。人の心に巣食う悪を許せなかっただけに、俺はたった6歳で殺人を犯している。そこでの感情がエリオットのように歪んだ偏執的なものであったなら、俺は少しでも悪意を見せた者に対し例外なく死の宣告を下す凶悪殺人鬼にしかなりえなかったろう。
そんな「もしも~だったなら」の思考を繰り返していると、何だか馬鹿らしくなってきた。そんなことを考えたところで、何が変わる訳でもなし。もう一度混沌とした宴に戻る決心を着け、電子タバコをポケットに突っ込んで歩き出した。
過去に戻ることはできない。過去を変えることもできない。だが俺達は、今という時を生き、常に未来に向けて歩んでいる。
これにて第2章は終了であります。
続く第3章は『混凝土の密林に於いて』。
既に内容をタグで察している方もいらっしゃるかもしれませんね。