東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
今年最初の更新は、小櫃の本領発揮であります。
「あはははははは…、そんなことがあったのかい」
後日、海生に例のフードマーケットでの出来事を話したところ、盛大に笑われてしまった。面目丸潰れである。
ベスに留守を任せている間、俺と鈴仙は海生について北千住の銀行に向かっている。久し振りに乗った電車はつくばエクスプレス。踏切のない路線とホームドアで高い安全性を確保している私鉄だ。
南千住から北千住までは一駅しかないものの、窓の外を横目に眺めると、高速で過ぎ去る街並みが、俺をコーカサスに舞い戻ったかのような感覚に陥らせる。繰り返すが、あの島は犯罪率に目を瞑れば利便性の高さは馬鹿にならなかったものだ。公共交通機関が発達して各地区を結び、テロが起こって発生する遅延も比較的短時間で復旧する。
鈴仙は鈴仙で、外の景色やら電車のスピードやらに感心しているようだった。そもそも彼女の故郷――月都自体が、そもそもここまで広大ではなかった為に、このような大掛かりな交通網を発達させなかったのだという。しかもそれ以前に、物質的豊かさが既に達成されているが故に、人々が『生き急がない』らしい。きっとそんな世界では犯罪も起こるまい。
『北千住、北千住です。1番線の電車は、快速、つくば行きです』
ホームに流れたアナウンスを合図に、ホームドアと電車のドアが同時に開き、それが俺達三人に到着を知らせた。杖をついて歩く海生を先導しながら、席を立って降車しようとする者達の波に乗って、エスカレーターで改札階に降りる。海生は携帯電話(何故か古い機種だった)の電子マネーを、鈴仙は切符を、俺は株式会社パスモが発行するサイバネ規格/非接触型ICカード方式の公共交通機関共通乗車カード・電子マネー『PASMO』を使い北改札を出た。…この世界に来た記念に買ったのだ。
外の大きな広場のような歩道橋を歩く俺達が、周りの目を少なからず惹いているのは自明だ。視覚障害者の海生、片腕の俺、そして傍から見れば何かのコスプレをしているようにしか見えないであろう鈴仙。ここに来るまでの道のりでも、かなり視線を感じた。
「妖怪なんて普段見るものじゃないからねー」
意外にも、鈴仙はこれに慣れている様子だ。
彼女の考えには賛成する。幻想郷の外では、科学の妄信が妖怪の存在を困難にしている。そこで生きていけるのは、その過酷な環境に適応し生き延びたものだけだ。尤もそこで生きる妖怪は、無用な混乱を避けるべく妖力も本来の姿も隠していることが多いから、大抵の者は気付かない。
「でも意外とその辺にいるものなんだぜ、妖怪って」
鈴仙の洩らした言葉に、海生が返した。
「そうなんです?」
「そ。今君の横通っていったの、あれ今のご時世日本じゃ珍しい
「えっ?! そうなの?!」
「ああ、間違いない。この目で捉えた」
ベス以外にも色々な妖怪が、現代社会に紛れ、馴染み、溶け込んで生活している。興味深い話だ。
歩道橋の西の端からエスカレーターで地上に降り、目の前の交差点を渡って、歩道を覆うアーケードに沿い駅から離れていく。80mも進めば、目的の銀行はすぐ左手にある。
「妙に混雑してるなぁ」
俺達は番号の振られた紙を渡され、順番待ちを強いられた。到着から既にたっぷり30分は経過している。
「……」
「…小櫃?」
待つのは嫌いではない。全力で激しく動かない、例えば待ち合わせで突っ立っていたりターゲット出現まで張り込んでいたりとかなら、持久戦は得意な方だ。それにサバイバルに於いては、待つことも戦略の一つだ。
俺は、待たされているのとは別な理由で苛立ち、殺気立っていた。
俺の価値観の中では、銀行といえば強盗が起こると相場が決まっていた。コーカサスにいた頃の依頼の3割は強盗の捕縛で、これらの解決で俺は一躍有名になると同時に多額の賞金を得ていたのである。とどのつまり、自分は今に受付に並んだ者の一人が係に拳銃を突き付け、「金を出せ」と常套句をのたまうのではないか、という、ある種期待にも似た不安を抱えているのだ。
「ちょっと水飲んでくる」
三人並んで椅子に座っていたのを、隣にいた海生が立ち上がり、壁際に置かれた冷水機に歩いていっても、そのことは思考の隅に追いやられてしまう。きっと鈴仙から見れば、俺の目はかつてなくぎらついているはずだ。
そして、恐れていた事態が現実のものとなった。
自動ドアが開き、外の喧騒と一緒に、ひょろ長い手足の若い男と、小太りの中年男が入ってきた。自動ドアの閉まる直前、路駐した黒い乗用車に眼鏡をかけた小柄な男が煙草を吸っているのが垣間見えた。
本能が、バウンティハンターとしての四島小櫃に教えていた。こいつらは、間違いなく『やる』と。
「鈴仙」
「え?」
「今入ってきた男二人と、外の車…気をつけろ。いざという時はフルパワーで無力化するんだ」
「ちょ、ちょっとそれってどういう」
鈴仙の言葉は、静かな銀行内に木霊した声に遮られた。
「金を出せ!」
叫んだのはひょろ長い方だったようだ。その容姿からは想像できないしわがれた声だった。受付にいた係に拳銃――マカロフの銃口を向けている。小太りはどこから出したのか、大振りなガーデンナイフで客の一人を脅している。
どうしたものか。すぐに頭の中で作戦が組み上げられていく。
アームキャノンを使えば、ここにいる二人も、外で脱出の手筈となる予定であろう一人も、極々簡単に無力化できる。だが公衆の面前でこんなオーバーテクノロジーを晒す訳にはいかないし、警察も怖い(バイオエナジーを腕から体外に取り出し、それを様々な形態に変化させる精密機器であり、正確には銃器ではないとはいえ、出力次第では北千住が火の海になる)。能力もスキャニング以外は使えない。
身一つでどうにかするしかあるまい。それが結論だった。ゆっくりと、違和感なく、意識されない路傍の石のように立ち上がる。
いざ、元世界最強の本領発揮といこうじゃないか。
どちらかというとひょろ長い方が近かったから、まずはそちらに歩を進める。案の定、小太りが気付き、近寄ってきた。
「おい、動くなよガキ。死にてぇのぐふぅっ」
刃物を持つというアドバンテージで慢心していたのか、俺の蹴り上げた足に反応できず、見事に股間に靴の爪先が命中。鍛え上げられた脚力が生み出す運動エネルギーは、哀れな中年男を沈黙させるには十分過ぎるものだった。
「あ、おい! 勝手に動くな!」
ひょろ長い男がマカロフを構える。が、その顔は青褪め、色を失っている(青いのに無色とはこれは如何に)様子だ。
「人に銃を向けるのは初めてか? 手が震えているぞ」
「う、うう五月蝿い!! じ、銃だぞ! う撃てるんだぞ!」
「サムセーフティーも上げずにか?」
「え」
相手の注意がこちらから逸れた一瞬の隙をついて、先日と同じく足下にスライディング。つんのめって倒れた男の後頭部を強か踏みつけ、その手からマカロフを奪い突き付けたが、
「…ハッ」
滑稽にも、モデルガンだった。
後は外だけだ。
アームキャノンを手に外に出ると、丁度路駐していた乗用車がエンジンを掛け、仲間を見捨てて走り去ろうとするところだった。すかさずインターフェイスを展開、カメラでナンバーを撮影する。これで十分だ。惜しむらくは、カーチェイスができないことか…
ちなみに、この程度の依頼なら、小櫃は3万円も要求しないでしょう。