東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
何一つない闇の中。
自分一人だけが、まるでアクリル絵の具のようにくっきりと浮かび上がっている。
夢。そう気付くのに時間はほとんど要らなかった。ただ、まだ俺はここから出るつもりはない。
装備を確認――もういい加減この癖は直した方がいいのだろうか――すると、幻想郷に来た時と同じ格好。ただ、アームキャノンだけが違っている。ジェネラルカスタムを手に入れる前に使っていた、アームキャノン・ビツケンヌカスタム。俺の頭も随分と懐かしい得物を与えたものだ。
すると、突然目の前に人が現れた。
赤みを帯びたセミロングの、少々ぼさっとした髪の毛。灰色の虹彩。背丈は俺と同程度で、藍色のパーカーに桃色のスカートと黒いニーソックス、白いチョーカーを身に付けている。それはまさしく――
「内穂?」
四島内穂。自分のクローンの変異体。かつて愛し、愛された存在。それが今ここにいる。
「…ふふっ」
彼女は俺にニコリと笑いかけ、背を向ける。そのままゆっくりと3歩歩んだかと思うと、――
どこから取り出したのか、鉈を持って斬りかかってきた。
「…!」
あっと思った時には、既に俺の体は動いていた。
アームキャノンを持った右腕が瞬間的に持ち上がり。
内穂の額に狙いを定め。
素早くダイヤルを回し出力を上げ。
トリガーを引いた。
アームキャノンの銃口から吐き出されたバイオバレットは、狙い通り内穂の額をぶち抜いた。
元々真っ赤だった俺の目は、――さらにどす黒い赤に染まった。
「内穂ぉぉおおお!!」
絶叫と共にガバッ、と起き上がり、夢から覚める。その後半は、実際に起きた悲劇のプレイバックだった。
「……」
荒い息のまま、ふと横を見ると、鈴仙が部屋の隅で固まっているのが見えた。先の叫びに驚いたのだろうか。
「…起こしに来てくれたのか?」
息の調子を整え、彼女に問う。彼女は怯えたような顔のまま、小さく首肯した。
「驚かせたな」
「い、いえ、そんなこと…」
「…そうだ鈴仙、その敬語は止めにしないか?」
「え?」
「どうも、そういうのはくすぐったくてな。敬語がデフォルトだというのなら話は別だが」
「あ、は……じゃない、うん、わかった」
少し微笑んでそう答えた彼女の顔が、なぜか内穂と重なった。
永遠亭は広い。
俺の病室から永琳達が待っている部屋まで、直線距離でも大体20m程度あるだろうか。
長い廊下を鈴仙と共に進んでいると、彼女が時折チラチラと此方を見ていることに気が付いた。
「…俺の見た夢の内容が気になるのか?」
「…うん」
「…了解した。朝食を摂った後で話そう」
彼女になら話せるかもしれない。
療養期間第2日目。今日は、もう一度過去と向き合ってみることにした。
しかし、まずは腹ごしらえだ。朝食は欠かさないのが俺のポリシーだから、どんなことがあろうとしっかり食べる。
「はぐ、ん…」
ほうれん草のおひたしを、麦ご飯と一緒に口に入れる。そして、咀嚼、咀嚼。
「ごく、ん…」
次は鯵だ。箸を使って骨を取り除き、また口に運ぶ。さらに咀嚼。
そういえば、この鯵は一体どうやって手に入れたのだろうか?幻想郷は内陸部にあるから、海はないはずだが…
そこまで考えて、ふとある人物の存在が頭に浮かんだ。
「なあ、永琳」
「何かしら?」
「八雲紫は…『外』に行けるのか?」
神出鬼没でどこにいるのかわからないという彼女。逆に言えば、どこにいてもおかしくないということではなかろうか。
「行けるわよ」
即答だった。やはり、八雲紫が外から仕入れたか。『境界を操る程度の能力』――できるなら、敵には回したくない。
「海産物の供給ルートが絶たれては困る」
「は?」
俺は、魚介類が大好きだ。
輝夜が間の抜けた声を出していたが、俺はそれを意に介さず、また鯵に箸を伸ばした。
そして、食後。俺は鈴仙と共に食器類を片付けた後、再び自分の病室に戻ってきた。
「それでは、心して聞くように」
胡座をかく俺の前に正座する鈴仙に、俺は説明を始めた。
コーカサスが完成する前に、2つの大戦があった。前者は巨大化したイスラム原理主義者の過激派が起こした武装蜂起をきっかけとした『第五次中東戦争』。後者は圧倒的技術力を誇った謎の反社会組織『
後者を解決した英雄は、『ブラスト・ハンドレッド』と呼ばれた男。そして、ここからが本題だ。
VRANEは国際連合による厳罰を受けたが、オセアニアにて戦禍を逃れた者達があった。
彼らは世界各地に散り散りになり、移住船に紛れてコーカサスに潜入。しばらくは影を潜めていたようだが、やがて英雄に復讐する為の計画を推進し始めた。
ちょうどその頃、自分は世界最強・最年少のバウンティハンターとして名を轟かせていた。VRANEの残党は、—―いつどこでどのようにしたかは不明だが—―俺の遺伝子を利用したクローンを造ろうとしていた。
『
だが、その内1体が突然変異を起こし女性化、スキャニングも失われた。それが『内穂』だった。完全なクローンでなかった彼女は、使い捨ての道具にすらなれないまま放り出された。
彼女はその後偶然俺と出会い、俺に残党の居場所を教えた。俺は政府にこの件を報告、残党の抹殺を命ぜられた。俺は任務を遂行し、彼女の復讐を代行した。
しかし、身寄りのない彼女が目的もなしに生きられるはずもなく、なし崩し的に俺の家に住み着いてしまった。
出会ったばかりの頃はほとんど笑顔を見せなかった内穂は、俺やその里親、義弟達と暮らすうちに次第に明るくなっていった。
不思議な感覚だった。女だとはいえ、彼女の遺伝子はほとんど自分と変わらない。彼女はまるで自分の双子の妹のようで、娘のようで、しかしどの言葉を用いてもその感覚を表すことはできなかった。ただ、一つだけ言えることは、俺と彼女が、兄妹間のそれとも、親子間のそれとも、そして男女間のそれとも異なる不可思議な『愛』で結ばれていたことだ。
そんな『愛』も、長くは続かなかった。
クローニングの不完全さが、内穂に極端な短命という悲劇的宿命を背負わせていたのだ。知り合いの医者に何とか延命できないかと頼んだが、無駄だった。
彼女は死んだ。
だが、悲劇は終わらなかった。
丘の上に埋葬した彼女の死体は掘り起こされ、いわば『フランケンシュタイン』のようにされていた。かつて俺が残党の抹殺を行ったVRANEの秘密研究所に、俺が再び足を踏み入れた時、彼女に襲われた。
俺は、それが内穂だと知らぬまま、やむなく射殺した。
殺した後で、ようやく彼女の正体を知った俺は――深い後悔に苛まれた。
「以上の説明で、理解できたか?」
「……」
俺が説明を終え、今一度鈴仙を見やると、彼女は俯いたまま唇を噛みしめていた。
殺した彼女の分まで生きようとか無理矢理納得しようとしても、やはり、なぜあんなに深い関係にあった存在を守れなかったのか、なぜ気付けなかったのか、その思いが先に立つ。『お前は強すぎる。だから救いようないものまでも救おうとする』とは俺の師匠の言だ。今ならわかる。俺一人が強くなったところで何一つ、自分すらも守れはしないと。
「…ごめんなさい小櫃、嫌なこと思い出させて…」
「いやなに、謝ることはない。老人臭いかもしれないが、多分俺は話し相手が欲しかっただけさ」
そう、まさにそうだった。俺の周りの人物は皆、俺を深く理解し過ぎていて、逆に誰にも話せなかった。俺は、自分のことをよく知らない者に自分の話を聴いて欲しかっただけ。
「…俺は、もう元の世界に帰るつもりは微塵もない」
「え…?!」
俺はもう、あの島にいたくない。あそこにいれば、俺は間違いなく彼女を殺したという自責の念に囚われ続けたまま、ルーティン化した命のやり取りに身を投じて精神を磨り減らすだけだ。治安の悪さにつけこんで報酬という名の
自己の正義を実現する為にバウンティハンターとなったというのに、そんなことでは本末転倒だ。
「俺は外来人かもしれない。だが、この地に根を下ろして生きると決めた以上、俺は
そう、だからこそ俺はこの地で生きる。もう一度、過去も今も全て受け止め、自己の正義の実現の為に。
俺の第二の人生を、始めるのだ。