東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
「本当に…本当にありがとうございました!」
そう言って俺に頭を下げるのは、翔子の母親、麻希。翔子の家は母子家庭だったらしい。
今、永遠亭は彼女の家族や友人達、近所の住人達が集まり、呑めや歌えの大宴会が開かれている。なぜ俺がこんな状況にあるのか。
話は三時間弱さかのぼる。
翔子の死亡が確認されたが、遺体にはまだバイオエナジーが残存していた。生物は寿命以外の要因、特に怪我などで死亡すると、体内にバイオエナジーが残存したままになる。これを強制的に循環させてやると、その流動に引っ張られて個体は生命活動を再開、ある程度外部から力を加え続ければ、後は自励ダイナモのように勝手に動き続ける。
俺の師匠は俺との戦闘訓練中に交通事故に遭い、一度死亡している。が、のどかとその友人リディア・ロイドの開発した『エナジードライブユニット』を体内に埋め込み、蘇生したのだ。エナジードライブユニットは、体内のバイオエナジーを集積・分配する、いわば第二の心臓のような役割を果たす。
アームキャノン・ジェネラルカスタムには、なぜかエナジードライブユニットと同等の機能を持った特殊プログラムが搭載されていた。それを思い出した俺は、すぐさま翔子にそれを行い蘇生させたのだが――
まさかAIDSが全快するとは思いもよらなかった。キャノンを彼女に押し当てバイオエナジーを強制循環させるうち、彼女の生命活動の再開と共に免疫機能がみるみる復活していったのだ。
これはあくまでも俺の考察に過ぎないが、恐らく生命活動を停止した個体内部にいたHIVが、外部からのバイオエナジーの強制流動に何らかの化学反応を起こし、たんぱく質やRNAの構造を連鎖的に自壊させてしまったのだろう。結果、免疫細胞たるヘルパーT細胞が機能できるようになり、AIDSが全快したと考えられる。
もしこの場にのどかやリディアがいたなら我先にと飛び付いてきそうな、自分としても非常に興味深い結果だったが、どういう風の吹き回しか翔子のAIDS全快を祝う宴会を開くこととなり、今に至る。
しかし、酒を飲んでいる者の中には間違いなく未成年であろう者も含まれている。
「おい永琳」
「あら、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないだろう、なぜ未成年が何食わぬ顔で酒を飲んでいる?」
「なぜって、それがここの常識だからよ」
「…お前は医者として何とも思わんのか? 将来奴等の肝臓がとんでもないことになったらどうするんだ!」
「仕方ないじゃない、郷に入りては郷に従え、よ」
永琳に注意喚起を促すが、無駄だった。それどころか、俺に酒の入った猪口を渡してくる。確かに俺はインフィニタスだから、アルコールに限らず有機毒に対し恐ろしく耐性が高い為酔うこともないが、酒と煙草と違法薬物には手を出すなというのが死んだ祖母の口癖だった。
だが、今わかった。幻想郷は無法地帯だ。
「さあ小櫃さん、こっちこっち!」
麻希やその友人達に引っ張られ、いつの間にか用意されていた壇上に拉致される。
「俺に一体何をしろって言うんだ…」
「まあ、簡単な自己紹介とかだけでも」
壇上から宴会の席を見渡せば、始めはきっちり並べられていた膳も、各人が思い思いの場所に持っていったせいでてんでバラバラだ。しかし参加者の注意はしっかりとこちらに向いている。
「自己紹介…ふむ、…俺は四島小櫃。元の世界ではバウンティハンター…いわば賞金稼ぎだった者だ」
その後も宴会は終始どんちゃん騒ぎ、6時間以上も続き、皆がいなくなったのは満月が真上に来るか来ないかの時だった。竹林の中で迷わないよう、俺と鈴仙、そして今回の宴会で知り合った藤原妹紅なる少女で人里の入り口までエスコートし、妹紅とは別れて二人で永遠亭まで戻った。
宴会の後片付けは永琳やてゐがあらかた終わらせてくれていて、俺と鈴仙の仕事は少なくて済んだ。…輝夜が何をしていたかは把握していない。二度目だが。
「ねえ、小櫃」
俺が自分の病室に戻ろうとすると、不意に永琳に呼び止められた。
「何だ?」
「提案…というよりお願いなのだけれど、
俺は耳を疑った。
「なぜ、そんなことを?」
「貴方が来なければ、あの子が生き返ることも、ましてやAIDSが全快することもなかった。これは、貴方の能力『スキャニング』と、貴方の武器『アームキャノン・ジェネラルカスタム』を見込んでのお願いで、私達からのささやかなお礼よ」
考えてみると、これはまたとないチャンスだ。俺は幻想郷では新参者で、行くあてもない。この間の金髪幼怪の襲撃でそれを痛い程――文字通り経験した中では最高峰の痛みで――思い知らされた。これを逃す訳にはいかない。
「…わかった。こちらもただ飯食らいにならぬよう、精一杯働かせて貰おう」
こうして、俺はこの世界に適応する為の第一歩を踏み出したのだ。