東方無限者 〜the Infinitous's Second Life. 作:影のビツケンヌ
療養期間第4日目。
といっても、もうここに住むことが確定している為カウントする必要はないのだが。
傷の治りが予想より早かったらしく、俺は鈴仙の置き薬の仕事を手伝わせて貰えることになった。
右手にアームキャノン、左手に薬の入った箱を携え、竹林内を歩く。昨夜酔っぱらった宴会の参加者達を連れていった時と同じ道だ。あの時参加者の中に妖怪も混じっていたらしく、そのせいか行きも帰りも妖怪に遭遇することはなかった。自分としては、またあの金髪幼怪に出くわして、返り討ちどころの騒ぎではない程に徹底的に痛め付けてやりたかったのだが。
「どうしたの小櫃? 顔が堅いわよ。緊張してる?」
顔に出ていたらしく、左隣を歩く鈴仙に指摘された。
「いや、自分を襲った幼怪のことを思い出してな。どうやって這いつくばらすか考えていた」
「…気持ちはわからなくもないけど、あまり妖怪をいじめないでね」
「誤解しないで欲しい、俺は妖怪が嫌いなんじゃなく他人に危害を加える者が嫌いなんだ」
例え相手がヒトでも、俺は同じことを考えたろう。悪は滅びる。正義に勝てぬから。
ふと、視界の隅に妙なバイオエナジーを視た気がして、そちらに視線を向けた。
「ん…?」
地面からおよそ1m強の高さに現れた赤いぼんやりした“影”は、一風変わった半透明さを備えている。飾りリボンのような膜状の物体を左右に付けた棒の形をしたそれは、緩急をつけた動きで“リボン”を波打たせ飛行している。くねくねと目にも留まらぬスピード――あくまで常人にとっての話ではあるが――で方向転換し、その先端がこちらを向いて――
「っ!? 伏せろ!!」
その動きに危険を感じた俺は、とっさに鈴仙を地面に押し倒した。
瞬間、自分のすぐ上を銃弾が掠めたような感覚に襲われた。否、掠めたのは先の赤い影――赤く見えているのは恐らく自分だけだが――だ。
「鈴仙、何ともないか?」
尋ねつつ、彼女をちらと見やる。心拍数の上昇が見られる――いきなり押し倒されたりすればびっくりして当然だろう――が、特に問題はなさそうだ。
「え? あ、うん…」
「リボンのようなもので飛び回る棒が見えるか?」
彼女はキョロキョロと辺りを見回すが、
「何も見えないけど?」
視認できないらしい。
不可視の――正確には自分にしか見えない――敵。鈴仙に手助けして貰えるとは到底思えない。赤い影は俺と鈴仙の周りをぐるぐると周回していたが、突如向きを変えた。
「そこだっ!!」
素早くダイヤルを回し出力を調整、トリガーを引く。小さなマズルフラッシュと共に吐き出されたバイオバレットは棒状部分に命中した。
まるで空中に放られたイカかミミズのようにぐねぐねとしながら地に落ちるそれ。ガサッという落ち葉の音と同時に光を発し、姿を変えた。
「う…くっ…!」
立ち上がったのは、翔子と同年代程度の、セーラー服を着た少女だった。長い黒髪で目付きも鋭いが、まだまだ幼い。
「ちぃっ!」
少女は走り出し、その場から逃げようとする。
「鈴仙、俺は奴を追う。お前は一度永遠亭まで戻れ」
「え? でも仕事は…」
「お前の安全が先だ!お前に見えていないなら、俺が戦ってお前を守るしかないだろうが!!」
もう返事など聞いていられる程の心の余裕はなかった。奴を逃せば、またいつ
走りながら、背中、踵、尻の辺りに力を入れる。するとそのそれぞれの部位からゴオッと漆黒の奔流が吹き出し、自分の体を浮かせる。『バイオブースター』。バイオエナジーの噴出を移動に利用する能力だ。
本来なら、インフィニタスは能力を使い続けても自身が元々持つ能力が進化するのみで、複数の能力を持つことはない。だが、俺の場合バイオプライムに片足を突っ込み始めているらしく、故にバイオブースター以外にも、周囲にバイオエナジーを放射、その反射を感じ取って周囲の状況を把握する『バイオロケーション』も使用可能だ。
今回はバイオブースターを使用し、竹林内を飛行している。噴出量と方向を精密に調整し、脱兎の如く逃走する少女との距離を着実に縮めていく。
「とうっ!!」
すると、少女は跳躍して俺の頭上に躍り出、またあの“棒”の形になって飛行し始める。
俺がいた場所はちょうど竹林の終わりだったようで、周囲が開けていた。“棒”はあっという間に遥か遠く飛び去った。
「…逃したか」
いくら視力が優れていてもアームキャノンは狙撃を目的とした構造にはなっていないし、むしろあのスピードの持ち主なら障害物のない空は独壇場だろう。俺は追撃を諦め、永遠亭まで戻ることとした。
「小櫃にしか見えない正体不明の敵に襲われた、ですって?」
鈴仙が戻ったのはつい先程だった模様で、彼女は永琳に状況の説明を行っていた。
「ただ見えないどころの話じゃない。奴の推定最高飛行時速はマッハ7以上…銃弾もびっくりの速度だ」
付け加える俺の言葉に、永琳はすっかり考え込んでしまった。
「どうしましょう…そんな輩がいるのでは危なくて鈴仙には任せられないわ」
「とりあえず、今日は外に出ない方がいい。奴も警戒してこの竹林にはしばらく入って来ないはずだ。永琳、明日俺一人で人里に行く。今日の分の仕事と、情報収集がしたい。飛んでいる奴の姿にどうも見覚えがある気がするんだ」
「見覚え?知り合いなの?」
「いや、そういうことではないが…自分の知識と裏付けをしたいんだ」
棒状の体に薄い膜状のひれ。人の姿。一体何者なのか。
何としても突き止めてやる。
退屈な昼下がり、永遠亭の縁側に一人腰を下ろし、先の襲撃者の正体について考えていた。
あの“棒”の形状は、まさしく『スカイフィッシュ』なる
俺の立てた仮説は二つ。
一つは、スカイフィッシュが『幻想入り』し、何らかの形で強化されたこと。スカイフィッシュの姿から人の姿になったところから判断したが、バイオバレットに被弾してそうなったという点で疑問が残る。
もう一つは、スカイフィッシュの姿に変身できる妖怪か何かであるということ。だがそんなものは聞いたことがない。
いずれにせよ、奴をこのまま野放しにしては置けない。あのスピードで衝突すれば、並のヒトは言わずもがな、妖怪であってもただでは済まされないだろう。いや、もしかすると既に被害が出ているかもしれない。
ふと、門前で何者かと会話するてゐに目が留まった。
彼女の前にいる少女は、金髪だった。
「!?」
だが、あの時自分を襲った相手ではないらしい。身長はてゐより更に低く、衣服の色こそ同じ黒であるもののデザインがかなり違う。頭の上の赤いリボンを見て、ようやく自分を襲った
そして、何より俺が目を疑ったのは、
「なぜあれは動いているんだ?」
バイオエナジーが流れていないことだった。それはその少女、らしき存在が生物でないことを意味する。幻想郷の科学技術力はコーカサスにはおろか『外』の水準にも達していないということは、今までの生活でわかりきっている。人工知能、それも自我を持ったアンドロイドなど作れる訳がない。
「メディは妖怪だよ」
いつの間にか、自分の前にてゐが立っていた。俺は昔から、思考に没頭すると周囲の状況が目に入らなくなる。そろそろ治した方がいいのだろうか。
「彼女はメディスン・メランコリー。無名の丘っていう、辺り一面鈴蘭だらけの小高い丘があって、そこにメディが住んでるんだ」
言って、何やら刈り取られた草花の沢山入った竹製の篭を見せる。
「毒を操る程度の能力を持ってる。うちとメディは、薬剤師と薬剤原料の提供者っていう関係」
なるほど、つまりこの草花は毒草か。毒と薬は紙一重とのどかに教わった通りである。
「妖怪は妖怪でも、メディは捨てられた人形から生まれた妖怪だから、小櫃がびっくりするのも仕方ないだろうね」
「…今日は忙しいな」
「さっきまでぼーっとしてたくせに何言ってんのさ」
「気分の問題だ」
正体不明のスカイフィッシュに勝手に動き回る人形。一体今日という日はどこまで俺を悩ますつもりだろうか。
論理的思考能力という知的生命体に与えられた特権を、この時ばかりは返上したいと切に願ったのであった。俺は疲れた頭に暫しの休息を取らせる為に、自分の